‘伝統の幻想ブン屋‘射命丸文と‘すきま妖怪の式‘八雲藍は、千年来の昔馴染みにて、悪友と呼べる関係である。
「藍ちゃん藍しゃま、あっそびましょー」
「とっとと帰れ捏造記者」
「なんだと動物」
こんな関係。
「珍しく正門から呼びかけたのになんたる仕打ち!」
「そも隠れ家に易々と来てるんじゃない」
「場所が知れているんだから、結界またぎもらっくらく~」
「羽ごともいでやろうか……」
「それはともかく、中に入れてちょうだいよ」
玄関前、一枚の扉を挟んで、フタリはやりとりをしている。
「駄目だ」
「言いつつも、下の口は」
「下らんことを言うな。いいから、帰れ」
文と違い、藍は基本的に人格者だった。
夜に来るべきだったか。
思いつつ、文は別のことで悩んでいた。
これほどまでに拒否される理由がわからない。
叩けば埃が落ちまくる文だが、そんなことは藍も先刻承知な筈だ。
それとも、まさか――文は唇に手を当て、眉根を寄せ、問う。
「エイプリルフールの、『藍が卵を孕んだ』ってジョークが気に入らなかった……?」
「紫様が涙ながらに相手は誰かと煩かったな。何時の話だ」
「違うのね……。じゃあ、貴女のヌードを新聞に載せたことかしら」
「何処で見つけた、あんな見事なキタキツネ」
「山にごろごろいるわ。――だったら、橙のドロチラを撮ったこと!?」
まだ記事にはしていない。
叫びつつも、文は身構えていた。
愛する式のあられもない姿。
藍が許す訳もない。
玄関ごとぶち壊す弾幕が放たれるか、或いは、藍自身が飛んでくるか。
集められる莫大な妖力に、文は下駄を地に食い込ませる。
吹き飛ばされないためだ。
一瞬後、大地が揺らされた。
「……え?」
それだけだった。
「藍、正気!? 集めた力を散らせただけって、橙のドロチラよ!」
「ネガを燃や、いや、よこせ」
「わー正気ねー」
呆れながらも、文は玄関に手をかける。
「待った」
「あによ、入らないと渡せないわよ?」
「……そうだな。最後に一つ。お前は、遊びに来たんだな?」
念を押す言葉に、文は動きを止める。
響きが妙に硬かったのだ。
なんだというのだろう。
首を小さく傾げ、文は、来訪の理由を正確に告げた。
「んー、纏まった取材に行く前に、ちょっと顔を見ておこうかと思って。
結構かかりそうなのよ、旧都にも行くつもりだからさ。
あ、ほら、鬼様たちに伝言とかない?」
頬を掻く文。
最後の質問は矢継ぎ早に発された。
珍しく本心だった故、少しばかり気恥ずかしい。
藍が応える。
「ない。帰れ」
間髪いれずだった。
「ちょっとこら、いい加減泣くわよ!?」
「帰り時じゃないか。ほら、しっし」
「かーかー、やかましいわ!」
文の乗り突っ込みにも、藍は態度を変えなかった。
文は、扉越しに藍を睨みつけた。
玄関が開かれる気配は一向にない。
これほどまでに徹底した拒絶は、初めてだった。
「……帰れ。今は会わない」
投げかけられる言葉に見切りをつけ、文はくるりと背を向ける。
「ふん。
……いいわよ。
どーしてもって訳じゃないし」
呟きながら、羽を広げた。
荷物を背負い、空を見上げる。
微かに揺らいでいるのは、天候の所為だ。
――雲ひとつない空を、文は睨んだ。
「なによ、別に、出陣前に毛を寄こせとか言ってる訳じゃぁ痛っ!?」
危うい発言を止めたのは、藍。
「うぎぎ、貴女だってこれくらい……なに、これ」
丸い缶が投げつけられた。
河童のプリント。
軟膏だ。
問おうにも、藍の姿は見えなかった。
奥に戻ったのだろう。
訳がわからない。
頭を振り、文は浮かびあがる。
藍は言っていた。
『今は』と。
取材を終える頃には、覚えのないほとぼりも冷めるだろう。
――思い、文は空を駆ける。
絶好の撮影日和だった。
「……行ったか」
遠ざかる文の妖気を感じ、藍はため息をついた。
らしくないことをした、と小さく零す。
憂いを帯びていた。
「うーん、雛鴉ちゃん、泣きそうだったけど?」
「そうさせないために追い返し……紫様?」
「はぁい、子狐ちゃん」
何時も通り神出鬼没に現れる主、八雲紫に、藍は渋面を返す。
「なぁにその顔。子ども扱いが気に触ったかしら?」
「……子供扱いされようとしていることに、ですね」
「ふふ、流石私の子狐ちゃん。金毛九尾は伊達じゃない」
ほら見ろ――藍は更に顔を渋くした。
にも拘らず、微笑みを浮かべるだけの紫。
紫には見えている――藍の頬が薄らと赤くなっているのが。
「……言わなくてはいけませんか」
「いけないわ。あぁ藍、何故、貴女はお友達を追い返したの?」
「わざとらしい……。貴女自身のお言葉に、答えが出ているではありませんか」
藍は苦言を続けた。
にも拘らず、微笑みを浮かべるだけの紫。
紫には解っている――藍が友をにべもなく追い返した、その理由が。
「アレは忘れているかもしれませんがね。
用心に越したことはありませんから。
思いだす材料を与える訳にはいきません」
紫は、ただ微笑みを浮かべた。
「噂には聞いていました。
文が、纏まった取材をそろそろ行うだろうと。
行先は、妖怪の山、守矢神社、旧地獄、旧都、そして、地霊殿――」
そして、そっと――輝かしい藍の髪を、撫でた。
「ですから!
私を見て、思い出させる訳にはいかないんです。
当時、何百枚、何千枚とかかったらしい、あのスペル――『金閣寺の一枚天井』を!!」
金髪ならごろごろいるでしょうに――思いつつ、紫はぴんと張った尻尾にも手をやった。
「こっちも九つだものねぇ」
「それがどうか……?」
「なんでもないわ」
斯様に――‘伝統の幻想ブン屋‘射命丸文と‘すきま妖怪の式‘八雲藍は、千年来の昔馴染みにて、悪友と呼べる関係なのであった――。
<了>
「藍ちゃん藍しゃま、あっそびましょー」
「とっとと帰れ捏造記者」
「なんだと動物」
こんな関係。
「珍しく正門から呼びかけたのになんたる仕打ち!」
「そも隠れ家に易々と来てるんじゃない」
「場所が知れているんだから、結界またぎもらっくらく~」
「羽ごともいでやろうか……」
「それはともかく、中に入れてちょうだいよ」
玄関前、一枚の扉を挟んで、フタリはやりとりをしている。
「駄目だ」
「言いつつも、下の口は」
「下らんことを言うな。いいから、帰れ」
文と違い、藍は基本的に人格者だった。
夜に来るべきだったか。
思いつつ、文は別のことで悩んでいた。
これほどまでに拒否される理由がわからない。
叩けば埃が落ちまくる文だが、そんなことは藍も先刻承知な筈だ。
それとも、まさか――文は唇に手を当て、眉根を寄せ、問う。
「エイプリルフールの、『藍が卵を孕んだ』ってジョークが気に入らなかった……?」
「紫様が涙ながらに相手は誰かと煩かったな。何時の話だ」
「違うのね……。じゃあ、貴女のヌードを新聞に載せたことかしら」
「何処で見つけた、あんな見事なキタキツネ」
「山にごろごろいるわ。――だったら、橙のドロチラを撮ったこと!?」
まだ記事にはしていない。
叫びつつも、文は身構えていた。
愛する式のあられもない姿。
藍が許す訳もない。
玄関ごとぶち壊す弾幕が放たれるか、或いは、藍自身が飛んでくるか。
集められる莫大な妖力に、文は下駄を地に食い込ませる。
吹き飛ばされないためだ。
一瞬後、大地が揺らされた。
「……え?」
それだけだった。
「藍、正気!? 集めた力を散らせただけって、橙のドロチラよ!」
「ネガを燃や、いや、よこせ」
「わー正気ねー」
呆れながらも、文は玄関に手をかける。
「待った」
「あによ、入らないと渡せないわよ?」
「……そうだな。最後に一つ。お前は、遊びに来たんだな?」
念を押す言葉に、文は動きを止める。
響きが妙に硬かったのだ。
なんだというのだろう。
首を小さく傾げ、文は、来訪の理由を正確に告げた。
「んー、纏まった取材に行く前に、ちょっと顔を見ておこうかと思って。
結構かかりそうなのよ、旧都にも行くつもりだからさ。
あ、ほら、鬼様たちに伝言とかない?」
頬を掻く文。
最後の質問は矢継ぎ早に発された。
珍しく本心だった故、少しばかり気恥ずかしい。
藍が応える。
「ない。帰れ」
間髪いれずだった。
「ちょっとこら、いい加減泣くわよ!?」
「帰り時じゃないか。ほら、しっし」
「かーかー、やかましいわ!」
文の乗り突っ込みにも、藍は態度を変えなかった。
文は、扉越しに藍を睨みつけた。
玄関が開かれる気配は一向にない。
これほどまでに徹底した拒絶は、初めてだった。
「……帰れ。今は会わない」
投げかけられる言葉に見切りをつけ、文はくるりと背を向ける。
「ふん。
……いいわよ。
どーしてもって訳じゃないし」
呟きながら、羽を広げた。
荷物を背負い、空を見上げる。
微かに揺らいでいるのは、天候の所為だ。
――雲ひとつない空を、文は睨んだ。
「なによ、別に、出陣前に毛を寄こせとか言ってる訳じゃぁ痛っ!?」
危うい発言を止めたのは、藍。
「うぎぎ、貴女だってこれくらい……なに、これ」
丸い缶が投げつけられた。
河童のプリント。
軟膏だ。
問おうにも、藍の姿は見えなかった。
奥に戻ったのだろう。
訳がわからない。
頭を振り、文は浮かびあがる。
藍は言っていた。
『今は』と。
取材を終える頃には、覚えのないほとぼりも冷めるだろう。
――思い、文は空を駆ける。
絶好の撮影日和だった。
「……行ったか」
遠ざかる文の妖気を感じ、藍はため息をついた。
らしくないことをした、と小さく零す。
憂いを帯びていた。
「うーん、雛鴉ちゃん、泣きそうだったけど?」
「そうさせないために追い返し……紫様?」
「はぁい、子狐ちゃん」
何時も通り神出鬼没に現れる主、八雲紫に、藍は渋面を返す。
「なぁにその顔。子ども扱いが気に触ったかしら?」
「……子供扱いされようとしていることに、ですね」
「ふふ、流石私の子狐ちゃん。金毛九尾は伊達じゃない」
ほら見ろ――藍は更に顔を渋くした。
にも拘らず、微笑みを浮かべるだけの紫。
紫には見えている――藍の頬が薄らと赤くなっているのが。
「……言わなくてはいけませんか」
「いけないわ。あぁ藍、何故、貴女はお友達を追い返したの?」
「わざとらしい……。貴女自身のお言葉に、答えが出ているではありませんか」
藍は苦言を続けた。
にも拘らず、微笑みを浮かべるだけの紫。
紫には解っている――藍が友をにべもなく追い返した、その理由が。
「アレは忘れているかもしれませんがね。
用心に越したことはありませんから。
思いだす材料を与える訳にはいきません」
紫は、ただ微笑みを浮かべた。
「噂には聞いていました。
文が、纏まった取材をそろそろ行うだろうと。
行先は、妖怪の山、守矢神社、旧地獄、旧都、そして、地霊殿――」
そして、そっと――輝かしい藍の髪を、撫でた。
「ですから!
私を見て、思い出させる訳にはいかないんです。
当時、何百枚、何千枚とかかったらしい、あのスペル――『金閣寺の一枚天井』を!!」
金髪ならごろごろいるでしょうに――思いつつ、紫はぴんと張った尻尾にも手をやった。
「こっちも九つだものねぇ」
「それがどうか……?」
「なんでもないわ」
斯様に――‘伝統の幻想ブン屋‘射命丸文と‘すきま妖怪の式‘八雲藍は、千年来の昔馴染みにて、悪友と呼べる関係なのであった――。
<了>
だがしかし、藍の気遣いもむなしくさとりんによって金閣寺は再現されるのでした。
いや、それはそれで。
うろ覚えのほうが難しいんですけど……カンダタロープも取り方わからん……