それは地霊殿でのある日の食卓での出来事だった
「どうしてこいし様は家の中でも帽子をかぶっているんですか?」
空の何気ないつっこみにこいしは箸を急停止させた
「そういえば普段は家の中じゃ帽子は取ってましたよね。あまり帽子被ってるとはげちゃいま…」
注意しようとした燐の言葉をこいしは遮った
「ちっちっち、二人は何もわかっていないわね」
人差し指を立て言葉にあわせ3度ほど振りこいしは続けた
「この帽子は私の唯一の個性、トレードマークってやつなの。これを手放してしまうということは個性を失う…つまり私が私でなくなってしまうということなのよ!」
こいしは続けた。私が帽子を手放すということは空が核融合を、燐がにゃーんを失うことと一緒であると
流暢に出てくるその言い訳はまるで演説のように聞こえるくらいだった
「でも今までは家の中ではちゃんと取ってましたよね?なんで今更そんなことを?」
燐の反論にこいしはあまいあまいと嘲笑った
「今までの私は個性というものの大切さに気づいてなかったのよ。私はそのことを悔い改め…自分の個性を大切にすると決めた!だからお家で帽子をかぶる事もお姉ちゃんは理解してくれ」
「理解できるわけないでしょう。行儀が悪いから早く取りなさい」
一蹴
こいしの長々と続いた熱弁をさとりは一言で捨て去った
「いや…だからこれは個性を守るためで「だからといってマナーを守らなくていいはずないでしょう」
「…この帽子がないと私はただの地味な女の子に「少なくともこの家であなたほど個性の強い妖怪はいないわ」
「……実はこの帽子は私のバッテリーになってt「ならご飯を食べる必要はないじゃない」
次々と出てくる言い訳を出し切る前に切り伏せていくさとり。第3の瞳を閉じて心を読めないはずなのにそれはまるで読心しているかのようだった
「…このまま問答してても仕方ないわね。お空、こいしの帽子を取ってあげなさい」
「はーい」
主人の命令を受けた空は立ち上がりゆっくりとこいしに近づいた
「や、やめろー!お空は私を退治するつもりかー!」
空が近づくたびにこいしは手と足をばたつかせて抵抗し、それは一歩ずつ空が近づくたびに激しさを増していった
「うにゅ…さとりさまーこいしさまがすごく嫌がってるんですけ…ど…」
かわいそうに思い、さとりにどうしようか聞こうとした空。しかしさとりの態度がその質問の答えを表していた
膝の上で両手を組み空を見つめるさとり。それは「構わん。行け」というさとりからの言葉のない指示でありそれはペットの中でも上流議員と呼ばれる者たちですら逆らうことのできない命令でもあった
「…こいし様ごめんなさい。さとりさまの命令なんです」
「うわあああ圧力なんかに負けてはだめだぞおくう―――っ!?」
必死の抵抗の甲斐なく、こいしの帽子は空に取られてしまった
ぴょこん
帽子を失い、何も飾られないこいしの白く流れる髪だけが残るはずだった
しかしこいしの頭に残る別のもの
白いこいしの髪と同じ色のふかふかしていそうなそれはこいしの頭の左右に一つずつついていた
「これって…犬の耳ですか?」
それはまるでトイプードルの様な犬のたれ耳であった
「なんだーただの犬耳じゃないですかー。あまり嫌がるから重大なことかと思いましたよー。ね、さとり様?」
「わ…わんこ…♪」
!?
空がほっとした表情でさとりを見るとそこには目をキラキラと輝かせ口の端からちょっと涎を垂らしている興奮状態のさとりの姿があった
しかもよくみると瞳孔がハートの形になっている
「ちょっ…お、おりんあれって…」
「そうだね…さとり様がサトゴロウ状態になっちゃったよ…」
普段こそ落ち着いていて、常に物事を冷たく捉えるさとりであったがその裏にはもう一つの顔があった
それは大の動物好きという一面。しかもかなり溺愛するタイプでありペットの周りからは「サトゴロウ状態」と呼ばれるほどの溺愛っぷりであった
今でこそ普通の家族のように扱われる空と燐であったがこの二人も地霊殿に来て初めのころはこのサトゴロウ状態で周りから引かれるほどの愛を受けていたのだった
「わわわ…だから帽子は取りたくなかったのに~~~~~っ!!」
こいしもさとりのこのサトゴロウ状態の事をしていった
自分が新しくペットを拾ってくればさとりは必ずといっていいほど目を輝かせ、周りのことを気にせず愛で続ける
ばれたら私もされてしまうに違いない
そう考えたこいしは帽子の中に耳を押し込めて隠していた
しかしそれも空に破られてしまい、今まさにその恐れた事態がおきようとしていた
「わんこ…♪わんこ…♪」
「や…やめて…私のそばに近寄るなああ――――――ッ」
「…ねえ、どうしよっかあれ…?」
「どうしようといわれてもねぇ…」
空と燐は悩んでいた。目の前のこの状況をどうやって崩そうか
「んー♪よしよし♪おーよしよしよし♪」
「~~~~~~っ!!」
ペット二人の目の前には頬を擦り合わせ、幸せそうにこいしの犬耳をなで続けるさとりと、顔を真っ赤にして大きな怒りマークを浮かべながら頬を膨らますこいしの姿があった
「うにゅ…ごめんなさいこいし様…こんなことになるとは思ってなくて…」
「おくう…戻ったら覚えておきなよ…」
何度も頭を下げる空をこいしはじろりと睨みつけていた
「…そ、そうだ!こいし様先にお風呂入ってきたらどうですか?もう沸いてると思いますよ!」
燐がそう言うと目でこいしに合図を送ってくる。きっと何か策があるに違いないと思ったこいしは燐に乗ってみることにした
「…じゃあ先に入らせてもらおっかな」
「じゃあ私も一緒に「さとり様はあたいと洗い物の当番ですからねーほらさっさと洗っちゃいましょー」
そう言うとこいしとお風呂に入ろうとしていたさとりを燐はちゃっちゃと台所に連れて行った
燐の言う策はこれだったのだろう。お風呂に入って部屋に戻って鍵をかける。そうすればとりあえず今日は逃げ切ることができる
心で燐に感謝をしつつこいしはお風呂場に向かっていった
●REC
「ふぅ…ひどい目にあった~…」
お風呂に浸かりながらこいしはぐったりとうなだれていた。
自分からは何もしていないにもかかわらず心身ともに疲れきる。サトゴロウ状態とはそれまでに対象の体力をすり減らすものであった
「まあでもおりんのおかげで今日はもうゆっくりできそうだし。とりあえずひとあんし「さっ洗い物も終わったし今度はあなたを洗ってあげるわー♪」
安心できると思った矢先だった。洗い物を終えたさとりがお風呂場に突入してきたのだった
いくら4人分の洗い物とはいえ早すぎる。まださっきの脱出から5分と経っていなかった
「い、いや…体くらい自分で」
「ほら♪きれいきれいにしてあげるわ~♪」
話を聞かずにさとりがお風呂場を駆けてくる。いつもの運動神経の鈍いさとりなら滑り転んでもおかしくなかった
しかし今のさとりは転ぶどころかうっかり踏んづけた石鹸ですら滑らないという超人的に軽いステップで近づいてきた
「ほら♪全身きれいにしてあげるからおいで…♪」
「ひっいやああ―――っ!!」
結局お風呂場から逃げることができずこいしは捕まってしまった
そして、髪の毛、背中と洗い終わるとさとりは自分の身体をこいしの背中に密着させて前を洗い始める
首から胸、お腹とだんだんと身体を這う手は下がっていきそして…
こいしは顔を真っ赤にして、自分じゃない手に体を蹂躙される感覚に体を震わせて耐えることしかできなかった
それからなんとかお風呂から上がることはできたがこいしは結局最初しか休むことができなかった
全身を洗われ、体もさとりに拭いてもらう形になり、そして今
こいしのベッドで背を向けるこいしと後ろから抱きしめるさとりの姿があった
「そんなそっぽ向かないで…こっち向いて一緒に寝ましょ♪」
「我断固拒絶セシ」
今日一日のサトゴロウ状態にこいしの精神はかなり磨り減ってしまい、もう何もかも拒絶することしかできなかった
もう休みたい、一人になりたい。こいしの心はそんなことしか考えることができなくなっていた
「…ごめんなさい、こいし…」
一言謝罪の声が聞こえると、抱きしめていた手が引っ込んでいき、そっと背中に触れた
「本当はあなたをここまで追い詰めるつもりはなかったわ…だけどこうでもしないと私はこうして貴方と触れることができないと思ったから…」
無言で背を向け続けるこいしに向けてさとりは続けた
「貴方が瞳を閉ざしてから、私は貴方から少し距離を置いていた気がするの…今まで心を読める世界に生きてきて始めて心が読めなかった相手が貴方だったから…
私は貴方とどう接していいかわからなかった…それでも私はみんなと同じように接してきたつもりだったわ…」
語り続けるうちに背に当てられた手が震えている感触がこいしに伝わってくる
「だけど…その接し方は他人と同じ接し方。実の妹にする接し方ではなかったわ…。わたしも…普通の姉のようにあなたを可愛がってあげたかった…
だけどそれを行うには時間が経ちすぎていた…周りのペットからも冷たい姉として覚えられてしまったし、今更変えることを私にはできなかったの…
それで今日のあなたを見て…これなら私も貴方を可愛がることができる。サトゴロウなどと呆れられても…私はこれしかチャンスがないと思ったの
…結局、あなたからも嫌われてしまったけれど…一言謝っておきたかった…。ごめんなさい長く話しちゃって…私はもう出て行くから…」
そう言って一呼吸おいてさとりは出て行こうとした
ベッドから出ようとすると、さとりの服が何かに掴まれた
こいしが服の袖をきゅっと掴んでいた
そしてそのままぐいっと引っ張りさとりをベッドに戻す。いきなり引っ張られ「きゃっ」と声を上げたさとりをこいしはそのまま抱きしめた
「ど…どうしたのこいし…?」
「…可愛がってくれるんでしょ?」
さとりの胸に顔を当て、表情を隠しながらこいしは呟く
距離を置いていたとはいえ実の姉妹。その一言だけでさとりはこいしの考えを知ることができた
「…ええ、いっぱい可愛がってあげるわ」
「ん…今日だけなんだからね。明日からはいつも通りなんだから」
こいしはそう念押すと胸にさとりに甘えるように胸に擦りついた
「ふふ…こうしてみると本当にこいぬみたいね…」
「ん……わぅん…」
髪を梳くように頭をなで続けるさとりと本当にこいぬをのように演じて甘えてくるこいし
その日だけ二人は夜遅くまで互いを可愛がりあったのだった
■停止
翌日朝
違和感を感じて早く起きてしまったこいし。一度大きく背を伸ばし、頭をぽりぽり掻く
何かがない。こいしは慌てて洗面所に行って鏡に映る自分の姿を確認した
「……―――っやったあああああ!!」
地霊殿全体を震わすようなこいしの歓声。それにびっくりして二匹のペットがどたどたと起きてきた
「「ど、どうしたんですかこいしさまー!?」」
一言一句同じ言葉を同じタイミングで放つ空と燐。ある意味ナイスコンビの姿であった
「ほら。取れた!犬耳が取れたー!」
「おー本当だ…きれいさっぱりなくなってる」
「よかったじゃないですか。これでもうさとり様によしよしされなくて済みますね」
こいしの喜びを素直に祝ってくれる空と燐
でもそれはまたさとりと距離が置かれるということ。こいしはうれしい反面少し寂しい気持ちを感じていた
「何を朝から騒いでいるの…?」
二匹から少し遅れてさとりも現場に到着した
そしてこいしと二匹のペットは驚愕の光景を目にした
「さ、さとりさま…頭に…」
「それってまさか…」
「おねえちゃんに…犬耳…?」
それは色こそこいしと違いさとりの髪と同じ紫色だが、それ以外はまるで同じ犬の垂れ耳であった
「へっ…?そんなまさか…」
慌てて鏡を見てみるさとり、顔を洗ったり頬をつねったりしても消えない。どうやら夢ではなく本当についてるものだと確信した
「…ふふふっ。まさかお姉ちゃんに犬耳が移っちゃうなんてね~」
黒い笑い声と共にさとりの背に悪寒が走った
「私もいーっぱい可愛がってもらったし。お姉ちゃんも私と同じくらい…いやその倍は可愛がってあげないとね~♪」
くすくすと笑いながら近づいてくるこいし。さとりは逃げようにも背後は洗面所で逃げ場はなかった
「ちょ…ちょっと待ってこいし…きゃああ―――っ」
その日一日。地霊殿に住むもの以外地底でさとりを見た妖怪はいなかったそうだ
おまけ
某日夜地霊殿
電気を消して暗い部屋の中、一つの明かりを見続ける影を空は見かけた
「…おりん何見てるの?」
「さとり様がこいし様をかわいがってるDVD」
それでも甘々だったことには変わりないけどww
ねこめいじだろうとわんこめいじだろうと大した問題ではない
大事なのは古明地姉妹が可愛過ぎて生きるのが辛いということ
地上デジタルなんて見れなくていいから地底デジタルを映してくれ…
こうして考えると古明地姉妹は何にでもなれる気がするなあ。さとつむりやらでこいしやら。
わんこめいじ可愛いよ!
タイトルの意味をすっかり忘れてた。
犬耳つけて地霊殿に突入だ!!!
これはさとりん編も期待したい。