紅を基調とした洋室がある。
部屋の中央、テーブルにはティーセットが置かれ、椅子にはティーカップとソーサーを持って座る吸血鬼がいた。
彼女は淹れたての紅茶で満たされたティーカップを口元へと運び、傾ける。
琥珀色の液体を口にし、味を確かめるように口の中で弄んでから、小さく喉を鳴らす。
一息。
その後に彼女はティーカップをソーサーに載せてテーブルに置くと、口の端を吊り上げて笑う。
「不味いわ」
彼女は笑みを浮かべたままそう言い放ち、演技がかった仕草で自分の平らな胸に片手を当てて、
「このレミリア・スカーレットによくもこんな紅茶を飲ませてくれたものね」
大げさにため息をついてから、彼女はテーブルに肩肘を置いて頬杖を付く。
「やっぱり紅茶は咲夜が淹れてくれたものに限るわね。それ以外は……紅茶に対して冒涜じゃないかしら?」
レミリアと名乗った彼女は紅い双眸を弓なりに細め、歯を見せるように笑い、
「ねえ。貴女もそう思わない? おチビちゃん」
そう問いかけた。
彼女の視線の先、テーブルを隔てて部屋の入り口側には二つの人影があった。
銀髪の少女と、その後ろに立つ銀髪の女性の二人だ。
少女は小さな両手で拳を作り、大きな双眸には涙を溜めて震えている。
女性は少女とレミリアを交互に見やりながら、頬に手を当てて困ったように眉を顰めて笑っていた。
先に口を開いたのは少女の方で、
「な、なによ、おじょーさまのばかぁ、せっかく、こーちゃ、いれてあげたのに!」
彼女は決壊寸前の両目に怒りの色を湛えながら、震える声で抗議する。
対するレミリアは少女の言葉に呆れたように手のひらを返し、
「淹れてもらった事には感謝しているわ。でも美味しいかどうかは別でしょう? おチビちゃん」
突き放すような言葉を受けて少女はスカートをぎゅっと握り締め、
「お、おチビちゃんじゃないもん! おじょーさまとおんなじぐらいだもん! そ、それに、わたしのなまえは――」
再度放たれた抗議の言葉は、レミリアが片手を突き出したことで遮られる。
レミリアは突き出した手の人差し指を立てると、チッチッと舌を鳴らしながら振ってみせて、
「名前で呼んで欲しかったら、まずは私に『美味しい』って言わせてみなさい。それまでは――貴女はおチビちゃんで十分よ」
それに私のほうがちょっと背が高いわ、と付け加えて微笑んだ。
3度目の『おチビちゃん』呼ばわりに、少女は堪えが利かなくなったのか大粒の涙をぽろぽろと零し始める。
彼女は泣きじゃくりながら、小さな拳を大きく振って、
「いいよっ! おばーちゃんにもう一回、教えてもらってくるもん! そしたらおじょーさまのほっぺたなんてぽろぽろ落ちちゃうぐらいの。こーちゃいれてあげるから!」
言い放つなり、彼女は祖母の名前を口しながら部屋から駆け出していった。
扉を開け放ったまま飛び出していった少女を見送った銀髪の女性は、苦笑いを浮かべながらレミリアに向き直る。
「あの子……一人で紅茶を淹れれるようになって、お嬢様に給仕することを凄く楽しみにしてたんですよ?」
静けさが戻った部屋の中で、レミリアは応じるように苦笑いを浮かべ、
「恨むんだったら咲夜を恨みなさい? 咲夜が淹れてくれた紅茶の所為で私の舌は肥えてしまったのだから」
ティーカップを持ち直すと、少し冷めた中身を飲み干した。
にがっ、と小さく舌を出すレミリアを見て、女性は口元に手を当てて笑う。
「私も……お嬢様に名前で呼んでもらえるようになるまで、結構時間がかかりましたね」
「貴女の紅茶もまだ咲夜の紅茶には及ばないけど。でも……貴女のお茶菓子には一目置いてるわよ?」
だから今度は一緒に持ってきなさい、と命令しながらレミリアはティーポットを手に持って、空になったティーカップに紅茶を注ぐ。
「私には永遠に近い時間があるの。貴女達にはこれからもずっと……楽しませてもらうわよ」
レミリアは少女が淹れた不味い紅茶を再度口にする。
彼女が淹れる紅茶がこの先、どう変わっていくかを楽しみにしながら吸血鬼は小さく喉を鳴らした。
「未来にまで楽しみを残してくれるなんて……本当に貴女は出来たメイドね。――咲夜」
呟いて、レミリアは窓の無い壁を見遣る。
壁の向こう、屋敷の外、庭の中にこじんまりとした館が建っている。
玄関の扉の前、銀髪の初老の淑女が泣きじゃくる少女をあやしながら紅い屋敷を見つめていた。
ありだな
しかし三代に渡って給仕して貰えるレミリアはカリスマありすぎだろ。
ありだな。
咲夜さん引退して離れで隠居してるところもいいな。
ありだな。
まずい紅茶を楽しみながら飲むお嬢様はカリスマがすごいな。
俺が祖父だ。
ありだな。
良いお話でした。
ありだな
ありだな。