ほどよく晴れている夏の昼間だった。
道に銭貨が落ちていた。それも五枚である。
最初に見つけたのは霊夢。突然声を上げて、飛びついた。
一緒に歩いていた魔理沙とアリスは驚いて、顔を見合わせる。なにせ突然、今日の天気について不満を漏らしていた霊夢が地面に飛び込んだように見えたのだ。まさか雨乞いでもはじめたのではないかと、状況を理解するまで、二人は奇異のまなざしを霊夢に送っていた。そして状況がつかめると、哀れんだ。
「なあ霊夢、そこは神社の賽銭箱じゃないぜ。地面だ」
魔理沙が言った。
「そうよ霊夢。気持ちは分かるけど、たぶん、落として困っている人がいるはずよ」
アリスが言った。
霊夢は返事代わりに鼻をふんと鳴らすと、懐に銭貨をしまい込む。
「二人とも変に道徳心を煽らないでよ。私だってそんなこと分かってるんだから……」
「いやでもなあ、やっぱり落とした人がいるということは、同時に困った人がいるわけじゃないか」
魔理沙が言うと、アリスはその通りだと頷く。二人は半ばからかっているようでもあり、本気で諭しているようでもあった。
霊夢はそれを無視して歩きはじめる。道徳心、そういう綺麗な心も全部無視して、何だか胸のモヤモヤを感じつつも歩きはじめる。魔理沙もアリスも仕方がないと後に従うが、二人は霊夢を非難しながら、何やら不満がある様子だった。
三人がしばらくゆくと、再び道にあるものが落ちていた。
太陽光に反射する何か。あれは……瓶詰めされた光るキノコである。
すかさず魔理沙が飛びこんだ。魔理沙はそれを手に取って、驚嘆の声を上げる。
「こ、これは珍しいものがあった。滅多にお目にかかれるものじゃない」
魔理沙はひとしきり瓶を眺めると、躊躇なくそれを懐にしまった。
「魔理沙、あんたさっき私に言ったこと、覚えてらっしゃらないのかしら」
霊夢がからかうように言う。
「ちょっと魔理沙、あんたね、さっきまで散々霊夢を非難しといて、それはないんじゃないの?」
アリスはあきらかに不満そうである。
「そうだな……確かにこれを落としたやつは相当困っているはずだ。レアだからな。この発光源キノコ。でもさ、道に落ちてたってことは、あれだ、本人の不注意のせいだよな。それに何か不思議な巡り合わせを感じるんだ。うん。霊夢の気持ち、今になってよくわかったよ。すまなかった」
魔理沙の差し出す手に、霊夢の手ががっちりと結ばれた。赤く染まりはじめた空が二人の友情を祝福するように、濃い影をも重ね合わせる。その劇的なシーンの傍、一人佇むアリス。
「呆れた……」
アリスは一人、憤慨した。
アリスは先頭に立って、ずんずん夕暮れの道を進みはじめる。その後ろから霊夢と魔理沙の二人は並んでついてゆく。二人の間に特に会話はなかったが、表情は同じであった。今日はついている。そんな顔である。
その二人を見返しもせず、アリスは不満げな足音を鳴らして抗議していた。なんて軽薄なんだろう。そんな顔をしている。
しかし、ふと、前方にあるものを見つけると、アリスは小走りに近寄って、身を屈めた。
「こ、これは、ああ、なんて可哀想なのかしら。こんな所に捨てられて、本当に可哀想。見て、この人形。とても綺麗だわ!」
二人の前に振り返ったアリスは興奮気味に喋る。その手には可愛らしい人形がひしと握られていた。
「アリス、もしかして持って帰ろうとしてないわよね」
霊夢がにっこりと笑う。
「いや、アリス、それは捨てられていたんじゃなくて、うっかり落としちゃった人がいる、そういうことじゃないか。いやあ、落とした人が可哀想だなあ」
魔理沙は満面の笑み。
「ち、違うわ。これは捨てられちゃったのよ。だって、ほら、こんなに悲しい瞳をしてるじゃない」
霊夢と魔理沙の二人が近づいて人形を見てみると、そのガラスの瞳は特に、感情を示していないように思えた。それに、人形はとても手入れが行き届いていて、汚れ一つない。霊夢と魔理沙は肩をすくめた。
「見苦しいな。まるで犯罪者の言い訳だぜ」
魔理沙がアリスの心の片隅を突いた。対照的に、霊夢は特にその辺りには触れない。ただ、結論を急がせた。
「持って帰るのね?」
「え、あ、うん……」
アリスは観念したように頭を垂れた。まるで先ほどのまでの態度とは違っている。
「まあまあ、これで私たちは皆、運命共同体ってやつだ。罪深いねえ」
魔理沙はあっけらかんと笑って、話をまとめたのだった。
今、三人はとてもついている、今日は良い日だ。同じ顔をしていた。仲良く並んで、おしゃべりもいつも以上に盛り上がる。他愛のない日常的な、いつも通りの内容ではあったが、今日はその中から自然と笑いがこぼれる。
そんな和気藹々とした中、霊夢が突然立ち止まった。魔理沙とアリスの二人は気づかずに、各々の戦利品を眺めながら進んでいる。霊夢はその後ろ姿に、声をかけた。
「やっぱり私、この銭貨を元の場所に戻すべきだと思う」
前方の二人が振り返った。霊夢は続ける。
「やっぱり困っている人がいるだろうし、何だかあんたたちを見ていると、罪悪感を覚えるわ。私が元の場所に戻したら、もちろんあんたたちも戻すしかないわよねえ。そもそもあれだけ私を非難したんだからさ」
霊夢はくるりと来た道を戻ろうとする。
「そんな!」
魔理沙とアリスの二人が声を合わせるとともに、霊夢の肩を掴む。
「霊夢! 待て待て、モノは考えようだろ。あれは空から落ちてきたお賽銭。そう思えば、問題ないじゃないか」
魔理沙が言った。
「ね、考え直しましょう霊夢。だって、もう日が暮れてしまうもの。元の場所に戻したって、真っ暗で何も見えないわ。それに、どうせ誰か他の人が拾っちゃうかもしれないじゃない」
アリスが言った。
「二人とも道徳心を忘れてしまったのね。それじゃ、私も今度こそ忘れるわ」
霊夢はにやりと笑った。その霊夢の顔をみるやいなや二人は遊ばれたのだと気づいて、からからと笑った。三人の笑い声が夜の帳に響いた。
こうして道徳心は暗がりの中へと消え去ったのだった。
道に銭貨が落ちていた。それも五枚である。
最初に見つけたのは霊夢。突然声を上げて、飛びついた。
一緒に歩いていた魔理沙とアリスは驚いて、顔を見合わせる。なにせ突然、今日の天気について不満を漏らしていた霊夢が地面に飛び込んだように見えたのだ。まさか雨乞いでもはじめたのではないかと、状況を理解するまで、二人は奇異のまなざしを霊夢に送っていた。そして状況がつかめると、哀れんだ。
「なあ霊夢、そこは神社の賽銭箱じゃないぜ。地面だ」
魔理沙が言った。
「そうよ霊夢。気持ちは分かるけど、たぶん、落として困っている人がいるはずよ」
アリスが言った。
霊夢は返事代わりに鼻をふんと鳴らすと、懐に銭貨をしまい込む。
「二人とも変に道徳心を煽らないでよ。私だってそんなこと分かってるんだから……」
「いやでもなあ、やっぱり落とした人がいるということは、同時に困った人がいるわけじゃないか」
魔理沙が言うと、アリスはその通りだと頷く。二人は半ばからかっているようでもあり、本気で諭しているようでもあった。
霊夢はそれを無視して歩きはじめる。道徳心、そういう綺麗な心も全部無視して、何だか胸のモヤモヤを感じつつも歩きはじめる。魔理沙もアリスも仕方がないと後に従うが、二人は霊夢を非難しながら、何やら不満がある様子だった。
三人がしばらくゆくと、再び道にあるものが落ちていた。
太陽光に反射する何か。あれは……瓶詰めされた光るキノコである。
すかさず魔理沙が飛びこんだ。魔理沙はそれを手に取って、驚嘆の声を上げる。
「こ、これは珍しいものがあった。滅多にお目にかかれるものじゃない」
魔理沙はひとしきり瓶を眺めると、躊躇なくそれを懐にしまった。
「魔理沙、あんたさっき私に言ったこと、覚えてらっしゃらないのかしら」
霊夢がからかうように言う。
「ちょっと魔理沙、あんたね、さっきまで散々霊夢を非難しといて、それはないんじゃないの?」
アリスはあきらかに不満そうである。
「そうだな……確かにこれを落としたやつは相当困っているはずだ。レアだからな。この発光源キノコ。でもさ、道に落ちてたってことは、あれだ、本人の不注意のせいだよな。それに何か不思議な巡り合わせを感じるんだ。うん。霊夢の気持ち、今になってよくわかったよ。すまなかった」
魔理沙の差し出す手に、霊夢の手ががっちりと結ばれた。赤く染まりはじめた空が二人の友情を祝福するように、濃い影をも重ね合わせる。その劇的なシーンの傍、一人佇むアリス。
「呆れた……」
アリスは一人、憤慨した。
アリスは先頭に立って、ずんずん夕暮れの道を進みはじめる。その後ろから霊夢と魔理沙の二人は並んでついてゆく。二人の間に特に会話はなかったが、表情は同じであった。今日はついている。そんな顔である。
その二人を見返しもせず、アリスは不満げな足音を鳴らして抗議していた。なんて軽薄なんだろう。そんな顔をしている。
しかし、ふと、前方にあるものを見つけると、アリスは小走りに近寄って、身を屈めた。
「こ、これは、ああ、なんて可哀想なのかしら。こんな所に捨てられて、本当に可哀想。見て、この人形。とても綺麗だわ!」
二人の前に振り返ったアリスは興奮気味に喋る。その手には可愛らしい人形がひしと握られていた。
「アリス、もしかして持って帰ろうとしてないわよね」
霊夢がにっこりと笑う。
「いや、アリス、それは捨てられていたんじゃなくて、うっかり落としちゃった人がいる、そういうことじゃないか。いやあ、落とした人が可哀想だなあ」
魔理沙は満面の笑み。
「ち、違うわ。これは捨てられちゃったのよ。だって、ほら、こんなに悲しい瞳をしてるじゃない」
霊夢と魔理沙の二人が近づいて人形を見てみると、そのガラスの瞳は特に、感情を示していないように思えた。それに、人形はとても手入れが行き届いていて、汚れ一つない。霊夢と魔理沙は肩をすくめた。
「見苦しいな。まるで犯罪者の言い訳だぜ」
魔理沙がアリスの心の片隅を突いた。対照的に、霊夢は特にその辺りには触れない。ただ、結論を急がせた。
「持って帰るのね?」
「え、あ、うん……」
アリスは観念したように頭を垂れた。まるで先ほどのまでの態度とは違っている。
「まあまあ、これで私たちは皆、運命共同体ってやつだ。罪深いねえ」
魔理沙はあっけらかんと笑って、話をまとめたのだった。
今、三人はとてもついている、今日は良い日だ。同じ顔をしていた。仲良く並んで、おしゃべりもいつも以上に盛り上がる。他愛のない日常的な、いつも通りの内容ではあったが、今日はその中から自然と笑いがこぼれる。
そんな和気藹々とした中、霊夢が突然立ち止まった。魔理沙とアリスの二人は気づかずに、各々の戦利品を眺めながら進んでいる。霊夢はその後ろ姿に、声をかけた。
「やっぱり私、この銭貨を元の場所に戻すべきだと思う」
前方の二人が振り返った。霊夢は続ける。
「やっぱり困っている人がいるだろうし、何だかあんたたちを見ていると、罪悪感を覚えるわ。私が元の場所に戻したら、もちろんあんたたちも戻すしかないわよねえ。そもそもあれだけ私を非難したんだからさ」
霊夢はくるりと来た道を戻ろうとする。
「そんな!」
魔理沙とアリスの二人が声を合わせるとともに、霊夢の肩を掴む。
「霊夢! 待て待て、モノは考えようだろ。あれは空から落ちてきたお賽銭。そう思えば、問題ないじゃないか」
魔理沙が言った。
「ね、考え直しましょう霊夢。だって、もう日が暮れてしまうもの。元の場所に戻したって、真っ暗で何も見えないわ。それに、どうせ誰か他の人が拾っちゃうかもしれないじゃない」
アリスが言った。
「二人とも道徳心を忘れてしまったのね。それじゃ、私も今度こそ忘れるわ」
霊夢はにやりと笑った。その霊夢の顔をみるやいなや二人は遊ばれたのだと気づいて、からからと笑った。三人の笑い声が夜の帳に響いた。
こうして道徳心は暗がりの中へと消え去ったのだった。