永遠亭の庭で永琳は優曇華が跳ねているのを発見した。
ただ、視線を上に向けて、リズミカルに地面を蹴っている。
永琳はその場で立ち止り、しばらく観察していたが一向にやめる様子はない。
ただ何かに取りつかれた様に一心不乱に跳ね続ける様は鬼気迫る物すら感じられた。
空は快晴、竹林にさわやかな風が吹き抜ける。
同時にザッザッと優曇華が跳ねる音だけが響いている。
永琳は声をかけようとしてやめた。
理解できないが弟子にとっては意味のある事なのかもしれないと考える。
あるいは単にそういう気分な性格に変化しているのかもしれないとも思う。
優曇華はその日によって性格が変わる。
怠け者であったり、真面目であったり。
反抗的であったり、すり寄ってきたり。
どうも内に秘める能力の所為だと思うのだがいまいち分からない。
狂気を操る程度の能力……正確には物事の波長を操る能力、それが優曇華の能力だ。
波長とは何か、そもそも波とは何か?それは全てである。
空間全てその物が波であり、そこに住む生物や物質、勿論光も波で出来ている。
それだけではない、人の気質や思考。感情そのものも波で説明できる。
優曇華はそれらを操る事が出来る。
ゆえにその日感じる波長によって本人の性質も変化すると仮説を立ててはいるのだが……
いずれは本格的に研究しようと考えている題名の一つで、うまくいけば優曇華の性格を固定できるかもしれない。
そうしたら真面目で、可愛くて、すり寄ってくる性格に固定しよう、などと考えている。
観察を続けると優曇華の瞳が真っ赤に染まっている事が確認できた。
己に秘める狂気を発動させている証拠だ。
普段は薄い朱色の瞳が塗りつぶしたような赤に染まる。
これはますます、波長に影響されているのだと理解した。
能力を使って、何かを感じ取っているのだと推測する。
いったい何を感じ取っているのかは分からないがおそらく、跳ねねばならない衝動に侵されているのだろう。
そこで永琳は思い出す。
優曇華は兎だ。兎と言えば動物。
動物の異常行動は少なくとも何かの予知と言われている。
たとえば大地震。
発生数日前に大量の動物たちが震源地から逃げ出したという例などは有名だ。
優曇華が跳ねると言う異常行動ももしかしたらその類なのかもしれない。
もしかして、近いうちにここ幻想郷が何かしら未曾有の大災害に見舞われる予兆を感じ取った上での行動なのだろうか?
ならばまずそれらを調べねばなるまいと永琳は思った。
どれほどの余裕があるのか分からないが、ともあれ急いだ方が良いだろう。
今の永琳には、愛すべき姫や約束を交わした妖怪兎達など、たくさんの守るべきものがあるのだ。
己に気合を入れて研究室へと歩を進めようとする。
「あれ、師匠?」
声が掛けられた。
優曇華が跳ねるのをやめて不思議そうに此方を見ている。
その瞳は薄い朱色に戻っていて、永琳を見つめていた。
「ウドンゲ……どうして跳ねていたの?」
そういえば、肝心な事を目の前の弟子に聞くのを忘れるところだったと永琳は思った。
天才、月の頭脳などと呼ばれてはいるが、元来の性格はおっちょこちょいである事を自覚している。
「ああ、其れはですね、感じたんですよ」
やはりか、と永琳は己の考えが当たっていた事を確信する。
さっそく永遠亭の面子を集めて会議を行う事にしよう。場合によっては妖怪の賢者にもコンタクトを取らねばならない。
「今夜、満月なんです」
「え?」
満月で思い浮かぶのは潮の満ち引き。それから連想されるのは大津波……否、幻想郷には海は存在しない。
ならば台風か? 満月の晩に起きた台風は重力の関係からどうしようもなく巨大化する事もある。
だが、それで幻想郷がどうにかなるとは思えなかった。
……では別の可能性をと……そこまで考えて……
「跳ねたくなりますよね」
弟子の言葉で全てを理解する。
それまで頭を巡っていた思考の波が急速に引いていくのを感じた。
なんてことはない、と。
異常でも何でもなかった。
ついでにまず、優先的に研究すべきは自分のおっちょこちょいを治す事だと。
しかしそれにしても。
「早すぎじゃないかしら?」
と、つい永琳は呟いてみて、優曇華が首を傾げる。
誤魔化す様に彼女が見上げた先には抜けるような青い空が広がっていた。
-終-
それは素晴らしいお月見ですね!
お月見したい…(普通の意味で
あぁお月見したい。ばいんばいん的な意味で