編み物をする手をふと止めて、さとりさんは顔を上げました。
視線の先には時計。短針は11をさしています。
「もうこんな時間、ですか……そろそろ寝る準備をしなきゃ」
そう呟いて、毛糸玉やら何やらを片づけ始めた時。
部屋の扉が、突然がちゃりと開きました。
乱暴な音に思わずさとりさんが振り返ると、そこには妹のこいしちゃん。眠そうな目でうつらうつら。また無意識なのでしょうか。
まぶたをゴシゴシと擦って、こいしちゃんは言いました。
「うー……お姉ちゃん、一緒に寝よ……」
「あら、まだ一人で寝れないのですか? もう子供じゃないでしょうに」
「仕方ないじゃん。お姉ちゃんと一緒だとなんか落ち着くんだもん」
ふふ、とさとりさんは笑います。甘えん坊のこいしちゃん。自分にべったりなところが、悩みどころであり嬉しくもあるのです。
パチリ、パチリ。電気を消して、二人は寝室へ向かいます。
誰もいなくなった部屋に、ばたんと扉の閉まる音が響きました。
◆
真っ暗の中、照明をつけるとぼんやりと二人の姿が浮かび上がりました。
橙色に染め上がった白いシーツの上に、こいしちゃんはぼふんと乗っかります。
その隣に、さとりさんがゆっくりとあまり衝撃が伝わらないように優しく座りました。
「もう。そんなに暴れたら埃がたってしまうでしょう?」
「だってー。お姉ちゃんと一緒に寝られるのが嬉しくて!」
顔をほころばせて、こいしちゃんはそう言いました。
毎日一緒に寝ているというのに、どうしてそこまで喜べるのでしょう。さとりさんはついつい、くすりと漏らしてしまいます。
「む。なんで笑ってるの?」
「いえいえ。こいしが気にすることじゃありませんよ」
「むー!」
頬を膨らませて、ぷいとこいしちゃんは横を向いてしまいます。
けれどもさとりさんには分かっていました。これも「フリ」なのです。構って貰いたいからすねてるふりをしているだけなのです。
はいはい、とさとりさんはこいしちゃんの頭を撫でてあげました。
こいしちゃんは、
「何それ、馬鹿にしてるの?」
とまたおへそを曲げようとしていましたが、頬が緩んでいたのをさとりさんは見逃しませんでした。
「ほら、ほら。早く横になりなさい。あんまり興奮すると、また眠れなくなってしまいますよ」
「はーい」
さとりさんが掛け布団を取ると、こいしちゃんは何もないベッドの上に仰向けになって寝転がりました。
その上に、さとりさんはふわりと布団を掛けてあげます。
「きゃー!」楽しげな笑い声。何とも言えない心地良さが、こいしちゃんの心の中に広がります。
毎度毎度、よくも飽きないものだ、とさとりさんは思います。
けれども自分もその心地良さを知っているので、不思議に思いつつも口には出せないのでした。
「さぁ、私もお布団に入れて下さい。寝るまで一緒にいてあげますよ」
「えー。寝るまでなの? ずっと一緒がいい!」
「だめです。他の子だって、一人じゃ眠れない子はいっぱいいるんですから。こいしだけが独り占めしちゃいけないでしょ?」
「……ちぇ。分かったよ」
しぶしぶながら、こいしちゃんは頷きます。
だってさとりさんは皆のお母さん。妹さんだからといって、特別扱いはいけないと分かっているのです。
とはいえ、少しは特別だったりするのですけど。
ごそごそと、さとりさんも布団の中に入ります。肌に冷たい布の感触。やんわり下りてきていた眠気も、少し覚めてしまいました。
さとりさんとこいしちゃんは向かい合い、くすくす二人で笑います。二人っきりの密やかな空間。それはなんだか、内緒話のようで。
「さて、今日は何をしましょうか。物語り? 子守唄? それとも、ゲームでもやってみます?」
「んー……お姉ちゃんとお話しがいいな!」
「あらあら、またですか。仕方のない子ですね」
たまに趣向を変えることもありますが、こいしちゃんはもっぱらお姉さんとのお話しを好みます。
それはやっぱり、さとりさんのことが好きだからなのでしょう。
さとりさんは布団の中から、ゆっくりとこいしちゃんの髪の毛に手を伸ばします。
ひとつまみして、平に乗せる。さらさらと流れる髪の毛は、一見すれば絹の糸のようでした。
「こいしの髪は、いつ見ても綺麗ですね。まるで綿菓子のよう」
「そう? お姉ちゃんの髪の毛だって、結構素敵だと思うな」
「私のはただの癖っ毛ですし。……手に溶けそうなくらい、柔らかな毛。ふわふわとして気持ちが良いわ。大好きですよ、こいしの髪」
「私は?」
「勿論、あなたも」
ふふ、と笑みがこぼれます。どこか安心したような、幸せそうな笑い顔。
さとりさんもにこりと返し、こいしちゃんの頭を撫でます。なでなでと。なでなでなでなで。
シーツの上に広がる絹糸が、手の動きに合わせ波打ちます。柔らかな光に照らされて、オレンジジュースが満ちては引いて。
それはそれは、幻想的な光景でした。
「くんくん」
「……何やってるの、お姉ちゃん?」
「いえ、こいしの髪は、いつも良い匂いがするなぁと思いまして……いつもは何で洗っているのですか?」
「石鹸だよー。お姉ちゃんと同じ」
「あら、そうなんですか? そう言われればそんな気もしますが……」
「じゃあ、今度一緒にお風呂入る? 見れば分かるでしょ」
「そうですね……はい、たまには一緒もいいかもしれませんね。ふふ、久し振りですね」
「そうだね! 楽しみだなぁ……そうだ、背中流しっこしようよ。頭も洗って貰いたいなぁ……それにそれに、」
「こらこら。楽しみにするのもいいですが、今はまず先に寝ないと。ね?」
「……はーい」
わくわくが抑えきれない様子のこいしちゃん。それをさとりさんは優しくたしなめます。
明日が楽しみであるならば、明日のためにも充分寝ないと。そういうことを、さとりさんは言っているのです。
と、その時でした。こいしちゃんは突然布団の中に潜り込み、ごそごそと何やら始めました。
はて、何をしているのやら。さとりさんがいぶかしむと、突然がばりと布団がめくれ上がってこいしちゃんが飛び出てきました。
「じゃじゃーん! こいしちゃんご登場です!」
「……こいし」
「はい」
「もう、寝ましょうって、言いましたよね?」
「ごめんなさい」
流石に悪ふざけが過ぎたと感じたのか。さとりさんの言葉に、こいしちゃんは素直に謝りしずしずとまた布団の中に入ります。
そんな姿を見てしまったさとりさん。怒ったふりをしていたにもかかわらず、思わずくすくすと笑いだしてしまいました。
「うふふふ……あっははは! あーもう! こいしったら本当に素直ですね!」
「……? なぁにお姉ちゃん、いきなり笑いだして……ちょっと気分悪いな」
「ふふ、ごめんなさい。あんまりあなたが可愛かったものですから……つい、ね」
「ふんだ」
笑われてしまって、今度はこいしちゃんがへそを曲げる番に。
さとりさんも謝りますが、こいしちゃんは大層ご立腹。真面目に謝っていたのに笑われたのですから無理もありません。
さとりさんはどうしたものかと、困り顔になりました。
「ええと……ど、どうすればいいのかしら……どうしたら、私を許してくれますか?」
「ふーん。知らない知らない、知らないもんねー」
そっぽを向いたこいしちゃん。
完全に調子に乗っていますが、自分が笑ってしまった結果のことなのでさとりさんも強くは言えません。
狼狽しきった様子のさとりさん。そんな彼女に、こいしちゃんは視線を向けないままにぽつりと呟きました。
「……じゃあ、さ」
「は、はい?」
「抱っこして」
つんと顔を逸らしたまま、耳をほんのり赤くして。
もぞもぞと、体を寄せてくるのです。
やっぱり、素直になれないのでしょうか。
そんな妹の心を覚ったさとりさんはにこりと微笑んで、ぎゅうっとこいしちゃんの体を抱き締めました。
「……ふふ。かわいい子。よしよし」
「ちょっ……そうやって子供扱いするのはやめてよ! まだ許してないんだから――」
「はいはい」
なでなで。
さとりさんが言葉を遮り頭を撫でると、唇を尖らせつつもこいしちゃんはぴたりと喋るのをやめました。
不満げな顔もまた愛らしい。さとりさんはより深く手を髪の毛の中に埋め、肌に指を沿わせます。
なでなで。
なでなで。
なでなで。
「……お姉ちゃん、ってさぁ」
「はい」
「ふかふかしてるね」
「はい」
「あったかい、ね」
「……はい」
呟くような、会話を交わし。
そうして。
二人の体は、ゆっくりとベッドに沈み込んでいきました。
◆
こいしちゃんが寝付いたのを見届けて、さとりさんは忍び足で音を立てずに部屋を出ました。
そのまま一緒に寝てしまってもよかったのですが、さとりさんは一家の長。寝る前にもやることはたくさんあるのです。
そしてさとりさんは、やるべきことを先にやっておくタイプなのでした。
決して、いつも一緒に寝ているくまちゃんのぬいぐるみがないから、寝れないというわけではないのですよ。
誰もいない廊下を、こつこつと足音を響かせながら一人で歩きます。
するとどうしたことでしょうか、歩いて行く先、暗闇の向こう側からも足音が聞こえてくるではありませんか。
思わず立ち止まるさとりさん。いえいえ、怖いのではありません。ただ、ほんのちょっと、足が動かなくなってしまっただけなのです。
普段から怨霊やら妖怪やら、本来なら恐ろしくてたまらない存在に囲まれて暮らしているさとりさん。この程度なんかてやんでいです。
だから大丈夫、何も恐れることはないわ。さとりさんは自分に何度もそう言い聞かせて、無理やり歩をまた一つ前へと進めました。
その時です。
「……あれー? なーんでさとり様がここにいるんですかぁ?」
「その声は……おくう、なの? もしかして」
「そうですよぅ」
あくび混じりの寝ぼけた声。紛れもなく、ペットの地獄鴉、霊烏路空ことおくうの声でした。
話を聞けば、尿意を催して目覚めたのだそうな。さとりさんと出会ったのは、その帰り道のことだったのでした。
なーんだ、と深く息を吐くさとりさん。取り越し苦労、気苦労です。
無論、おくうは事情を知らないので「?」と始終不思議そうに首をかしげていましたが。
「全く……まぁ、おくうで良かったです。さぁ、お部屋に戻って寝なさいな」
「うにゅ……さとり様は、私と一緒に寝てくださらないんですか?」
「……えっ」
これは珍しい、とさとりさんは思いました。何せおくうは、そういったお願いを今までしたことがなかったのです。
一緒に寝てほしいだなんて、そんなことを言ったのは初めてのことでした。
けれどもしかし、考えてみればそれも我慢していただけのことなのかもしれません。そう、ただ甘えづらかっただけのこと。
そう思うと、大人びた見た目とのギャップが激しくて、さとりさんはふふ、と小さく笑いました。
「そうですね。……それじゃあ、今日は一緒に寝ましょうか。さぁ、行きましょう」
「はぁーい……」
眠い目をこすりこすり。こらえ切れないあくびを漏らして、おくうは返します。
そんなおくうの隣に並んで、さとりさんは寝室へと連れ立って行きました。
「それでですねそれでですね、こーんな、でっかいゆで卵を食べたんです! お腹一杯になるまで!」
「そう……それは良かったですね。おいしかったのですか?」
「はい! こう……黄身も大きかったんですよ。私の体くらい!」
仰向けのまま、興奮した様子で、身振り手振りを交えて語るおくう。内容は先程まで見ていた夢の話。
大好きなゆで卵が、食べきれないほどの大きさで出てきたそうなのです。
本当に心の底から、おくうは嬉しそうに喋ります。そんな彼女の髪に、さとりさんはそっと手を伸ばしました。
「……なんですか、さとり様?」
「いえ、その……あなたの髪はこいしと違って、つやつやとした黒い髪ですよね、と思って……」
「はい……? そりゃそうですよー。毎日見てるじゃないですか」
「そう……それもそうですね」
シーツの上に広がる黒。ピョンピョンと横に跳ねた枝毛を、さとりさんは指でつーっとなぞります。
少し、傷んでいるのでしょうか。寝癖とはちょっと違った感じ。髪の毛のお手入れは、あまりしていないように思えました。
「でも、綺麗だわ。そう、例えて言うなら、鴉の羽が濡れたような――そんな、美しさ」
「……? ありがとうございます!」
おくうはよく分からなそうに首を傾げた後、にっこりと笑ってお礼を口にしました。
実際、よく分かっていないのでしょう。さとりさんは心が読めます。彼女が何も分かっていないことも、ほぼ全て筒抜けなのでした。
けれど、さとりさんはそんなことは一切気にせず、言葉を続けて声にしました。
「あなたは、お洒落には興味がないのかしら? 装飾品と言えば、いつも結んでいるリボンくらいなものじゃないですか」
「うにゅ? ……そうですねぇ、お洒落はー……うーん、興味がないわけないじゃないですけどぉ……」
「ないわけじゃないんですか? それなら、たまには買い物に出かけたっていいじゃないですか。女の子なんですから」
「うーん……」
さとりさんの言葉に、おくうは両手の指先を合わせ合わせ眉を曲げます。
唇を尖らせて、何やらもじもじとした様子。いったいどうしたというのでしょうか?
「私って、背がおっきいですから……そういうの、あんまり似合わないんじゃないかって……リボンだって、お燐に貰ったものだし」
「あら、そうだったんですか。そう……背が、大きいから、ねぇ……ふふふ」
おくうの告白に、さとりさんはくすくすと笑います。どうして笑われたのか分からないおくうは、「はい?」と目を丸くしました。
「そんな心配、いりませんよ。あなたはかわいいんですもの。もっと女の子らしいお洋服を着ても、似合うんじゃないかしら」
「……そ、そうですかぁ? えへへ……」
「そうです。背が低い私にはできないようなお洒落も、あなたならきっとできるでしょうね。
……そうだわ。今度、一緒にお買い物に行きましょう。きっとおくうの好きなお洋服も見つかるはずです」
「あっ、え……と、……はい! ありがとうございます、さとり様! ……あ、でも、お仕事の方は……?」
「そんなもの、一日くらいどうってことはありませんよ。私が許します。一緒にお出かけしましょう」
みんなには、秘密ですよ、と。
さとりさんがそう言うと、おくうはぱぁっと顔を明るく輝かせました。
主であるさとりさんが、ペットと一緒にどこかに行くなんて滅多にない話。それを、まさかこんな個人的な話で。
とても信じられません。特別扱いをされた気分です。おくうは、嬉しさがこらえ切れないように、うんうんと何度も頷きました。
「みんなに見せびらかして、驚かせてやりましょう。かわいらしいおくうを見て、いったいどんな反応をするのか――楽しみですね。
さぁ、その日のためにも、今日はもう寝ませんと。約束は約束ですが、勿論それまではしっかりと働いてもらいますよ。いいですね?」
「はいっ! 勿論ですさとり様っ!」
びしぃっ、と敬礼。なんだかどこかおかしい気がしますが、そこがまたおくうのかわいらしいところ。
さとりさんはにっこりと微笑んで、おくうの頭にぽんと手を乗せました。
ゆっくり、優しく。規則正しいリズムでぽんぽんと。
手から伝わる温かみに、興奮していた様子のおくうもいつの間にか寝付いていました。
◆
「……ふぅ。みんな甘えん坊さんね」
部屋から出たさとりさんは、そんなことを独りごちます。
それでも嫌な気分にならないのは、やっぱりみんなの愛情が伝わっているからなのでしょうか。
それにしても、今日は疲れた。さぁ、さっさと部屋に戻って、寝支度を整えよう。
そう決めたさとりさんは、再び自分の部屋に戻ろうとして、ふと少し離れた部屋の扉から明かりが漏れていたことに気付きました。
はて、何かあったっけ、この時間帯ならみんな寝ているはずだし――はて。頭を捻りながら、さとりさんは扉へと向かいます。
その時。
がちゃり。
扉が開いて、中から誰かが顔をのぞかせました。
「……ありゃ、さとり様じゃないですか。お疲れ様です」
見つかってしまった、とでもいうかのように、苦笑する少女。ぴんとたったネコ耳が、顔の動きに合わせてゆらりと揺れます。
言うまでもなく。
そこにいたのは、お下げを解いたお燐なのでした。
「……こんな時間までお仕事だなんて……精が出ますね、全く」
「あははー……すいません」
「熱心なのは良いことなのですけれどね……。でも、もう少し自分の体をいたわりなさい。明日にだって、仕事は回せるのですよ」
「それはそうなんですけどねー、何と言うか、先に済ませておきたくなっちゃって……ごめんなさい」
嘆息するさとりさんに、頭を下げるお燐。ひたすら平身低頭な彼女に、さとりさんはやんわりと笑いかけます。
「でも……そこまで厳しい仕事を任せた私にも、責任はありますよね。ごめんなさい、お燐」
「いやいや……ってうぇぇえ!? ちょ、そんな、顔を上げてくださいさとり様!」
お燐が慌てるのも当然。何せ、さとりさんもぺこりと頭を下げたのですから。
ペットの彼女は恐縮しきって、その場でおろおろとするばかり。そんなお燐の様子に、さとりさんは忍び笑いを漏らします。
「なっ……なんで笑うんですかぁ!? ひどいですよ……」
「いえいえ……だって、お燐がかわいいんですもの。ぷっくく……」
「にゃあ! だから笑わないでくださいってばぁ!!」
赤面赤面、また赤面。根が真っ直ぐなお燐ですから、さとりさんも思わずいじめたくなってしまうのです。
けれども、これ以上はさすがにかわいそう。さとりさんは必死に笑いをこらえて、大きく深呼吸をしました。
「……えぇ。でも、申し訳ないと思っているのは本当です。ですから、今日はゆっくり休んでください――私と一緒に寝て」
「えぇ、ありがとうございま――はぁっ!?」
「あら。お燐は、私と一緒に寝るのが嫌いなのですか?」
「い、いや、嫌いっていうか、むしろ歓迎というか、でもでもそんな、恐れ多い――」
「ならいいじゃないですか。さぁ、行きましょう。あなたのお部屋はどこですか?」
「あぁ、それならあっちの突き当たりの角を右に曲がって――ってちょっと、何誘導しようとしてるんですか!?」
「分かりました。それでは行きましょう」
「えっ、あの、ちょっと、あたいの話も聞いて下さいよさとり様ーっ!」
ずりずりと、お燐の背中を手で押すさとりさん。
お燐の息を殺した叫びが、廊下にちょっとだけ響き渡りました。
「……あの、いいんですよ? あたいは、その、一人でもちゃんと寝れますし」
「いけません。ちゃんと寝付くところまで見ていないと、また抜け出してしまいそうですからね。ちゃんと見ていてあげます」
「しませんよぅ……」
いつもはピンと立ったネコ耳も、今はしょんぼり頭を垂れて。
さとりさんに抱き付かれながら、二人はベッドの中にいました。
「いや、ていうか、本当あたいのことはいいんですよ? さとり様だってお忙しいでしょう。何もこんなところで時間を浪費しなくても」
「いいですから。たまには、私にもあなたを労わらせて下さいよ。でないと、主として申し訳が立ちません」
「ううー……こんな時ばっかり、そうやって権力を振りかざすんですから……卑怯ですよ」
ぶつくさ文句を言いつつも、お燐はさとりさんに体を預けます。主がそう言っているのだから仕方がない、そう自分に言い聞かせて。
言い訳がないと甘えられない、というところが、またかわいらしいのよね、とさとりさんは心の中で密やかに思いました。
そうして、頭に手を伸ばし。
何度も何度も、さらさらとした燃えるような赤い毛の、流れに沿って柔らかく撫でました。
「でもね、お燐。私は、本当にあなたに感謝しているのですよ。大変な仕事も進んで引き受けてくれて……感謝してもしきれません」
「い、いえいえ! そんな、あたいにできることなんて、それくらいしかないんですから……あはは」
から笑い。
さとりさんは尚も続けます。
「あなたにできることは、あなたにしかできないこと。それ以外の誰にも、あなたの役目は務まりません。
だから、感謝しているのです。あなたがいて、本当に良かった、って――」
「……う、その、……あ、ありがとうございます」
てれてれと、お燐はぽりぽり頬を掻きます。
褒め殺し。さとりさんの得意技でした。
とはいっても、今回は本心からなのですけれど。
「だからこそ、尚更無理をしてほしくない。大切なあなたなのだから――勿論、誰もが大切なのですが――、体を壊してほしくはないのです」
「そうです、か……はい、分かりました。これからは、あんまり……えと、夜中までは極力働かないようにします。すいません」
「はい。分かってくれたのなら、それでいいです」
お燐の頭を腕に抱いて、さとりさんは呟くように言いました。
なでりなでり、なでなでり。
会話が途切れ、束の間の静寂。夜中特有のしんとした空気が、部屋の中に満ちていきます。
ゆらりゆらりと、たゆたうように。
深く沈澱していた雰囲気。それを払拭するかのように、お燐はふぅ、と大きく息を吐きました。
「……今日はどうもありがとうございます。おかげで、ちょっと疲れも取れた気がします。
あとはもう、一人でも大丈夫ですので、どうぞご、自分、の……?」
「……くー……すー……」
途中で、お燐は気付きました。さとりさんが、もう既に寝入ってしまっていることに。
穏やかな寝息。余程疲れていたのでしょう。それもそうです、みんなを寝かしつけてきていたのですから。
それにしても、自分より先に寝てしまうなんて。思わずお燐はくすりと、起こさない程度に噴き出してしまいました。
「……ってありゃ。そういえば、このままだとなかなか眠り辛いねぇ……どうしたものか」
そうです。さとりさんは、お燐の頭を両腕に抱いたまま寝入ってしまっていたのでした。
さてはて、このままではどうにも眠り辛いものですが。
「まぁ……たまには、いっか。この方があったかいもんね」
そう結論付けました。
左手だけ伸ばし、スイッチをパチリ。電灯が消え、部屋の中は暗闇に閉ざされました。
あたたかな主人の腕の中。お燐は微かな声で言います。
「おやすみなさい、さとり様」
そうして、ゆっくりと、瞼を閉じました。
それでも、おやすみなさい。また明日。
甘えるこいしちゃんが可愛過ぎて起きてるのが辛い
おやすみ古明地。また明日。
みんな、かわいいね。お燐、夜勤はまじでほどほどにな。
さとりさまに寝かしつけてもらえるなんて幸せだー。
お洒落したおくう、さぞかし可愛いんだろうなー。