Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

さてゆかん

2010/04/06 17:12:48
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われたちて むかうのさとへ さてゆかん


「……」
ふうむ、と幽々子はため息をついた。
手にした短冊の文字をためつすがめつし、そしてぽつりと言う。
「……ふむ」
とりあえず文句ありげに呟いてみる。
空白が目立つ紙の表面では、やわらかな書体が踊っている。
あの無骨者が、ちまちまと筆で記したのかと思うと、その光景を思いだすだけで、なにやらひどくおかしさがこみあげるが。
「……だいたい、さてゆかんなんて。逝く気まんまんじゃないの。まったく。縁起でもない。ねえ?」
幽々子は、歌の意味を推し量りながら、ひとりごとを言った。
庭の木に止まっていた雀に向かってたずねてみたのだが、勿論答えはない。
たずねられた雀は幽々子を見て、首をかしげている。
(……ふん)
幽々子は、笑って口元を緩めた。
短冊に、ちょっとくちづけしつつ、呟く。
(われたちて、むかうのさとへ、たちゆかん……)
つまらない歌だ。
(つまらない歌だな)
不得意は不得意なりに、頭をひねったのだろう。そういう努力の影は、見受けられない気がしないでもない。
が、いかんせん。中身が凡庸すぎる。
短すぎて、逆に何を言いたいのか分からないのだ。
(もうちょっとちゃんと仕込んでやればよかったかな。でも、あいつときたら、全然だったものねえー……)
幽々子は思った。
元侍従の、仏頂面がよく似合う、岩壁顔を思い出す。
とにかく、庭のことに関しては右に並ぶものを見ない男だったが、風流のすさびたる、詩歌というものに関しては、まるで体をなしていなかった。
幽々子の無茶な要求に応えるべく、無い感性を総動員して、毎度絞っていたものと思われる。まあ、幽々子があんまりヒマなので、と歌遊びを言いつけたのが悪いと言えば悪いのだが。
しかし、だからこそ不可解だった。
幽々子はもう一回、歌を反芻した。
(ふむ……)
そもそもこれでは、下手をすると、歌になっていないではないか。
(そうよね。これって完成していないんじゃないのかしら)
あの無骨者にかぎって、物事を途中で投げ出すなど思えない。
何時間でも悩んでいるはずだし、悩んだ以上、それなりの答えは出す。
ただでさえ苦み走った顔の眉根に、いっそうくっきり筋の浮かんだ光景が目に浮かぶようだ。
(歌は、そんなしかめ面で読むものじゃないわよ。遊び遊び)
幽々子は、横から茶化していたのを思いだした。
想像の中の自分が、この歌を前に悩んでいる妖忌に、実際に言っているかのような錯覚を覚える。
魂魄妖忌は、苦み走った顔を返して、それをちらと見返すと、また苦い顔で悩むのだった。
幽々子は待ちくたびれて、やがて髪を弄ったり、果てには、ひまつぶしに華をやり始めたりしてしまう。妖忌はその横で悩む。
こう腕組みして。ううん。むむう。と、時折、そんなうめきをもらす。
幽々子がいい加減眠たくなりかけた頃に、妖忌は筆を置いて、「できましたぞ」と言うのだ。
自分は、期待をこめて、表面ではなんのけない顔で、それを受け取って目を通すのだ。大体が、愚にもつかない内容の歌だ。
自分は当然落胆しつつも、涼しい顔で、さらさらと評論を述べ立ててやる。「ううむ……」などと言いつつ、年嵩の侍従は、ちょっとがっかりした様子を見せつつも、真面目に聞き入るのだった。
思いだして、幽々子は、ぼんやりと梅の木を見つめた。
(あれはあれで、一所懸命だったのね。しかし努力や時間は、結果に結びつくとは限らずか)
短冊を口元に当てて、考えこむ、
ふむ。
やはりおかしい。
幽々子は思い、短冊を離して見た。
もう一度ながめて読み返す。
それで確信を得る。
「ふむ」
やはり、目の前にある歌は、完成していない。
それをわざわざ、しかも今になって送りつけてくるとは、どういう了見なのか。
「……」
幽々子は黙って脇の盃を取り上げ、手のひらの上でくるくるもてあそんだ。
「どういうつもりかしらねえ~あいつ」
盃の中身に注がれる酒はない。妖忌が残していった朱塗りの椀は、ゆっくりと鈍く光っている。
「ん~? どういうつもりかしらねえー」
「幽々子様?」
と、庭から妖夢がやってきた。
幽々子はそちらを見た。
妖夢は枝切り鋏の柄に手をかけていたが、幽々子の姿を見ると、ちょっと眉をひそめてきた。
「もう、また昼から呑んでいらっしゃるんですか……」
「いいじゃないの。どうせやることなんてないのだし」
「一応、幽々子様はいつもお仕事中なのですけど……」
妖夢は言う。
真面目なことを。
「なに、このあいだ来たばかりだもの。あの方も、そうそう降りてなんてきやしないわよ」
幽々子が言うと、妖夢はたしなめ顔になった。
「だいたい、ちょっとだらしないですよ、いくらなんでも。こんな日も高い内からお酒を召すだなんて。体面を考えてくださらないと困ります」
「あらら。妖夢が私に説教をするわ。大きくなったものよねえ。夜中になると、粗相をしていたのは、一体いつまでだったかしら。思い出すわねえ。あのころの妖夢のお尻は、ちっちゃくて白くて、とっても可愛くてね~」
「うう、ちょ、ちょっと……やめてくださいよ」
「朝早くから、お風呂場でこっそりドロワを洗ってたのよねー。見られるのが恥ずかしいからって。いじらしくて可愛かったわ、あれは」
「幽々子様、酔っていらっしゃいますね……?」
「うふふ」
「失礼いたします」
「はい、さよなら」
妖夢はすごすごと退散していった。幽々子はくいと自分の盃を煽った。
手にした短冊をかざす。ひらひらと風が扇ぐ。
外はすっかり小春の様子だ。
空気が生温い。
幽々子は良い気分で、縁側に寝ころんだ。ごろごろとしながら、短冊を見やる。
(死期を悟ると、姿を消すっていうものねー。猫は)
ぼんやりとそんなことを考える。
猫。
似合わない。
(わたしにはさんざ呑気だって言っておいて、自分はどうなのかしらね) 
ついでに、ちょっと皮肉めいたことを言ってやる。
思い浮かべた侍従の顔も、短冊も何も言わないが。
そのまま寝ころがって、幽々子は飽きもせずに短冊を見つめた。
(……ふ……ん)
ふ、と欠伸が口に上ってくる。
幽々子は口元を手で押さえた。
少し涙のにじんだ目のはしをしばたく。
(意味なんて……ないのかもねえ~……)
心の中で呟く。
と。
欠伸をした拍子か。
ふと指が緩んだ。
「……おっ、と」
短冊がひらりと舞う。
ぴちゃ。
「あ」
(あらら)
幽々子は思わず、苦い心地になった。
うっかりである。
脇に置いていた盃の中に、舞った短冊がべっとりと浸かってしまっていた。
「ありゃあ~……」
短冊を指でつまんで、幽々子は参ったな、と思った。惚けていた。
「もう……あー」
ぶつくさと言う。
これではもう呑めないではないか。
眉をしかめつつ、指で引き上げた短冊を、目の前にかざす。
ふと。
「……」
ふと。
気がついて、幽々子は短冊を見た。
短冊は、酒に沁みて、べっとりとしおれている。
その表面に、文字が浮かびあがっていた。
酒の沁みた部分に。黒く。
「……」
ふむ。
ふと思いついて、幽々子は起き上がり、短冊を縁側の方にさし出した。
ついでに辺りをちらりと見る。
妖夢あたりに見られると、またとがめられて面倒である。
人がいないのを確かめてから、幽々子は盃を取った。
残った酒を、とろり、と短冊に垂らす。
短冊は、たちまち酒を吸って、びだびだになった。
黒い墨で書かれた文字が、その表面に浮かびあがる。
(細工紙か……)
幽々子は思いつつ、文字に目を落とした。
ふむ、と読んで、ちょっとかみ砕くような目をする。
短冊には、こんな下手な歌が載っている。

われたちて むかうのさとへ さてゆかん

ひさしきさけぞ わがさかつきに

「ひさしきさけぞ……」
幽々子は口ずさんだ。
やがて、思わず吹きだした。
「ぷ」
幽々子はくすくすと笑った。
ちょっとほそくなった目で、酒くさくなった短冊を眺める。
なるほど。
たっぷりと酒を吸っている。
「まったく……」
呟く。
まったく。
(残念ね。及第点はあげられないわ)
心の中で、侍従の仏頂面に言ってやる。そっけなく。
短冊をちょっとひらつかせて。
侍従は、やはりがっかりしたような顔をした。
が、その顔はどこか晴れ晴れとしても見えた。
(それは残念ですな)
妖忌は言った。
仏頂面を緩ませて。
 
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
春の昼過ぎはこんなふうに思案しながらゆっくり過ごしたくなりますね。

最近まともな妖忌見ていなかったので、イメージを元に戻せましたよ。
2.名前が無い程度の能力削除
この雰囲気がすげえ!
3.奇声を発する程度の能力削除
良い!良すぎる!!
4.名前が無い程度の能力削除
なんとも粋なお話でございました。
5.名前が無い程度の能力削除
うは。無骨者の詩とは、こんなにも可笑しくとも面白い。
6.名前が無い程度の能力削除
風流だなぁ
7.名前が無い程度の能力削除
あなたの書かれる妖忌が大好きでした。
8.名前が無い程度の能力削除
粋だねぇ、キザだねぇ
細工紙ってもんを知らないから、そうきたか!とはならなかったのが残念だ