Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

しらじらと

2010/04/06 10:45:06
最終更新
サイズ
4.4KB
ページ数
1

分類タグ





「ネエ、妖夢は?」

 そう言われて初めて、私は自身の従者がいないのに気づいた。
 とりあえず目の前のお茶をずいと飲み干すと、さあね、とだけ返事をしておく。湯呑に入っていたのは随分と前に淹れた茶であったらしく、温みも、香りも、味も殆ど感じられなかった。

「分かんないわけ? まあ、主のほうが召使の行方を把握してると言うのも見ようじゃ変な話だけど」
「妖夢は庭師よ。庭師兼、剣術指南」
「初耳ね。あんたのこき使いっぷりを見てる限りは」
「それは、心外だわ」

 机をはさみ、私と対坐する形でいるのは博麗霊夢。妖怪退治と、暇を持て余さないことにかけては一流の巫女である。
 聞けば別段用事も無くただここ白玉楼へ来てみただけだそうだが、追い払うも何も、すでにその時点で座敷に上がってしまっていたために今の様な状況に至る。もっとも、毎日に退屈しているのは確かなので、だらだらと巫女につきあってやるのにもやぶさかでは無かったのだが。

 会話が続くでもなく、ぼうっとしていると、霊夢の腕がすっと伸び、中身を飲み干した私の湯呑を捕まえる。それからワイングラスみたく、くるくる揺すって見せた。
 その動作が彼女のどういう意図を表しているのか見当もつかないが、相変わらず捉えどころのないその微笑みだけが、強く印象に残った。

「ひょっとして、屋敷のどこにもいないのかしら」
「そうかもしれないわね」
「……お茶も出ないのね、あいつがいないと」

 すると、あれは茶の催促か。そう察して中座しかけたものの、しかし霊夢の方はその予想に反して首を振った。
 座布団にかけているので背もたれもなく、後ろにかけた体重を畳についた両腕で支えている。そうするとしぜん肩はあがる格好となり、装束ゆえに露出した肌がいっそう強調され、その白さが奇妙なまでに艶かしい。

「わざわざ淹れるくらいだったら要らないわよ」
「白玉楼は、客人をもてなさない、無粋な場所じゃないわ」
「妖夢なしで出来るわけ?」
「失礼ねぇ、そんなに箱入りじゃなくてよ」

 そう、張り切って台所へ立ったまでは良かったが、湯が沸いてからすぐに、後悔する。
 なるほどお茶の作法はわきまえているものの、そうも仰々しくなく淹れるとなれば話は別で、簡単に済ませようと思えば思うほどやれ茶の葉だ急須だとをあれこれ悩んでしまう。結構なお手前です、なんて月並みな台詞が飛び交う座敷の間で取り交わされるものとは全く異質な、奇妙な飲み物を捻りだしているような気さえして、けっきょく遅いのを心配した霊夢にとって代わられてしまった。

「あんたホントに大丈夫? お茶一杯淹れられないじゃお嫁にもいけないわよ」
「その時は、お茶淹れが上手な霊夢に来てもらうわ。ああでも霊夢は女の子だから、そうね養子にとりましょう。西行寺の家を継がせてあげる」
「あー分かった分かった」

 霊たちが遠巻きにそのやり取りを眺め、時折くすくすと笑うように小刻みに揺れあった。号令がかかれば自分の意のままに動く彼らでも、そうでないときは比較的自由に、好き勝手することを許している。
 妖夢のように直接の主従関係があるでもなし、彼らには彼らなりの冥界ライフを与えているつもりだ。
 その霊たちが、来訪者霊夢を面白がって観察しているのもここ白玉楼に来客が少ないことを思えば当然ではあった。

「霊夢がお茶を入れてくれるから、私はお茶うけでも用意しなきゃね」
「あんたが後々口寂しくなるだけよ。私はお茶だけでいい」
「あらそう。じゃあ私のぶんは無しにして、霊夢のぶんを私がもらいましょう」
「……それって何か、大事なところを間違ってる気がする」
「そお?」

 急須を片手に苦笑いしつつ、霊夢に促され、私たちは台所を後にする。私が盆に乗せて持つのは二人分の湯呑と、霊夢の分であって私が食べるお茶うけの羊羹である。
 どっちがもてなされる身分なのか、もうそんなこと気にするのやめるわ。
 霊夢がそんな事を言った。

「縁側にでも行きましょう。花だのはないけど、部屋に閉じこもっているよりは気も晴れるでしょうし」

 霊夢を従えて歩くと自然口調は小気味よく、生き生きとなる気がする。もちろんそれは彼女に対する優越感などではなく、あの博麗を従者のように侍らせているという事実が単純に嬉しいだけなのかも知れない。
 そうした子供じみた昂奮にもちゃんと付き合ってくれる霊夢が、紫とは違った意味の友人として、好ましい。

「これは、これは」

 縁側に腰かけるなり、霊夢は大仰に嘆息して笑った。
 確かにそこには盆栽、花の類の彩りがある訳ではないが、枯山水の見事に広がった光景がある。
 見事に、と人ごとの様に言えるのは、妖夢がいるから。彼女にまかせっきりの庭だから、どうしても自分のものとは思えずにいる。

「つまり、この羊羹みたいなものね」
「なにが?」
「私のものであって、私のものでないの。このお庭は」

 そう言って、羊羹を食んだ。口いっぱいに、甘さが広がる。
 霊夢は私の言った意味を、隣で首をひねりひねり分かりかねていたが、やがて遠く視線を泳がせた。

 桜が咲くにはまだ早い。
 冥界の空はどんより暗く、枯山水の白砂が眼に痛い。


「ああ、そうか」

 今日は誰かが来そうだから、お茶うけでも買って来なさいと。
 妖夢をお使いへ走らせたのは自分だと思い出したのは、霊夢が去って、一人になってからだった。

ただそんなかんじのはなし。

『過ぎゆく日々に』
_18
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
2.名前が無い程度の能力削除
3.名前が無い程度の能力削除
4.名前が無い程度の能力削除
5.名前が無い程度の能力削除
6.名前が無い程度の能力削除
7.名前が無い程度の能力削除
流れをぶったぎるようで悪いが素晴らしかった
幽々子と霊夢だけの話って珍しいけど意外と相性悪くないのかもなあ
最後のオチまでさらさら読めててそれでいて面白い、お見事でした
8.奇声を発する程度の能力削除
素晴らしかったです!
9.名前が無い程度の能力削除
斯くも素晴らしき短編。ありがとうございます。
10.名前が無い程度の能力削除
二人ともカッコイイ!雰囲気好きです!