ぽかぽかと日差しが柔らかな昼下がり。
山の上にある神社の縁側で、きらきらを輝く湖を眺めながらまったりとした時間を過ごしているのは、風祝の少女。
脇のあいた緑色の巫女服に身を包んだ少女は、お茶を飲みながら、もうすっかりと暖かくなった春の陽気を堪能していた。
【 はるかぜびより 】
「はぁ……春ですねぇ……」
春はいい。暖かくて、日差しが気持ちよくて。
ぽかぽかで、うららかで。
そして何より、
「霊夢さんの機嫌がいいのがいいですよねぇ……」
そう、あの紅白の巫女の機嫌が良いことが何よりもいい。
八つ当たりで鬼畜な弾幕ごっこに付き合わされることもないし、『修行』という名目のもとに行われる暇潰しと憂さ晴らしを兼ねたキチガイみたいな弾幕ごっこに付き合わされることもない。
あぁ、平和だ。平和万歳。春まんせーい。
(でもそういえば……)
あの巫女は、二月の中旬辺りが一番機嫌の悪くなる。
まぁ、それは世間全体というか、幻想郷一体にハートが飛びまくる時期だからで。
「……今年は起きて下さったんでしょうか」
大切な友達だから。
だから、微力ながら神様にお願いをしたんですよ?
「いや、別に神奈子様と無条件でイチャラブできる機会を邪魔されるのが嫌だったからとか、そんな理由じゃないんですから」
早苗さん、本音が口からダダ漏れですよ。
……どうやら春の陽気にすっかり頭のネジを緩んでしまっているらしい。
「さなえ?」
そんな早苗さんを呼ぶ声、ひとつ。
こんな心地よく自分のことを呼ぶ人なんて、いや、神様なんて、早苗にとっては一人しかいない。
ぱっと顔を向ければ、そこには春に相応しい柔和な顔をした神様。
ふんわりとした深い蒼の髪は毛先が内巻きになっていて一見可愛らしくて。ワインレッドの瞳が春の光を押し返して甘く光り。どこか厳しさのある顔付きをしているけれど、その奥から仄かに滲み出ている優しさがまたなんとも言えない魅力を醸し出している、そんな女性。
別に比喩でもお世辞でもなんでもなく、早苗にはそんな風に見える神様は、
「何か楽しいことでもあったかい?」
と柔らかく目を細めながら早苗の隣に座った。
「いえ。特に何がというわけじゃないんですが、春はいいなって思いまして」
「そうかい。確かに春はいいねぇ、あったかくって」
神奈子はそう言ってごろりと寝転がった。
早苗の膝に頭を置いて、うららかな陽射しを全身で浴びながら軽く目を伏せる。
「くすくす。神奈子様、寒がりですもんねぇ」
「う~ん……これでも頑張ってるんだが、寒さには勝てる気がしないねぇ……」
軍神様が何を仰ってるんですか。早苗はそう呟きながら、神奈子のくるっと巻いた毛先を弄る。
ぽかぽかの陽射しがあったかくて気持ちよくて、愛しい神様の体温もぽかぽかで気持ちいい。
自然と緩む頬。崩れた表情を隠しもせずに、早苗は自分の膝に寝転がった神様を愛でる。
「平和だねぇ」
「……ですねぇ」
あぁ、やっぱり平和はいいなぁ。春はほんとにいいなぁ。
冬は神奈子様ったら炬燵からなかなか出てくれないんだもん。
炬燵の中で一緒にくっついて丸くなるのもいいんですけど。
お布団の中でぎゅってしてもらえるのもいいですけど。
でもでも。
(こぉ……消極的なんですもん……)
何がとは言えないけれど。
「どうしたんだい?」
「い、言えませんってっ!」
ちょっと落ち込んだような顔をした早苗を気遣って、神奈子が声をかける。
だが早苗は考えていた「言えない」ことをそのまんま口に出してしまった。
(って、何神奈子さまのお言葉に反論してるんですか東風谷早苗!!)
確かに言えないですよ!?
確かに言えないですけれど、その「言えないです!」って言葉も言う必要なかったじゃないですか!!
「あっ、ち、違くて! 言えないって、その……」
「……早苗?」
「あ、いえその、やっぱり言えないんですけれど、その違くてあの、その……」
まずい。どうやって弁解しよう。
神奈子さま……ほ、本気で心配そうな顔をしてらっしゃる!
「あ、いや、だからその違うんですよ!? 言えないっていうのは、言葉の綾というか」
「私に言えないことなのかい?」
「そ、そういうことではなくてその……どっちかというと他の人には言えないと申しますか……」
「ふむ……」
神奈子は頷きながら起き上り、早苗の隣に片膝を立てて座った。
それからじぃーっと早苗を見つめて、
「なら、私には話せるんだね?」
と、にっこり笑って言う。
こういう作り笑顔をする時の神奈子の瞳には、有無を言わさぬ力を持っている。
やはり神様。そんな強い瞳で見つめられたら、人間なんて本当にひとたまりもない。
「ぁぅ……」
早苗はそう思いながら頬を赤く染めて、誰かさん譲りの情けない声を漏らした。
「い、言わなきゃダメですか……?」
ダメ元だとは分かっているが、もじもじしながら上目遣いで聞いてみる。
すると神奈子は「ん~」と顎に手を当てて、
「そんな顔をされると、逆に言わせたくなるねぇ」
と、酷く穏やかな顔で意地悪極まりないこと仰った。
「いじわるです……」
「好きな子はイジめたくなるっていうのは、神も妖も一緒ってことだよ」
穏やかな顔で、くしゅっと頭を撫でられる。
そのまま髪の毛を緩やかに梳かれて、頭皮をなでなでされているとすっかり心地よくなってしまって。
口から「はふ……」とまた情けない声が出た。
「ほら、言ってご覧」
「ぁ、えと……」
「ん?」
「その……私のこと、嫌いになりませんか?」
神奈子の袖の端をちょこっと摘まんで、早苗は俯きながら小さな声でおずおずと尋ねる。
すると、目の前の神様は春風みたいな顔で笑ってみせた。
「どうしてそんな事を思うのか、私には分らないねぇ」
「だ、だってその……」
「大丈夫だってっば。ほら」
俯いて視線を合わせない早苗。
そんな可愛い巫女を、神奈子は軽々と抱き上げて自分の膝上に座らせた。
「か、神奈子様っ!」
「早苗のお願いなら、なんでも叶えてみせるから……ね?」
早苗の顔が、更に真っ赤に染まった。
(な、なんでもって……!!)
言葉に詰まって、あぅあぅと間抜けな声を漏らす。
そんな早苗を、神奈子はただ穏やかに見つめて。ただ、早苗の言葉を待った。
「そ、そんなつもりは……! た、確かに神奈子様にしか叶えられないコトですけど……」
「ほう。なら、尚更言うべきだろう?」
「!」
しまった、また墓穴掘った。
己のあまりの未熟さに、今掘った穴に入ってしまいたくなる。
視線に耐えられなくなって、早苗は限界にまで赤くなって熱を持った顔を神奈子の肩にくっつけた。
「おやおや。そんなに無茶難題なのかい?」
「……そ、そういうわけでは……ある意味、とても簡単なんですけど………」
恥ずかしがる早苗の背中を、神奈子は赤子にするようによしよしと撫でつける。
(……うぅ……やめて下さい神奈子さまぁ……)
その手に撫でられると、とても心地よくなってしまって。
子供の頃から触れてる手で、大好きな神様の手で、そんな風に優しく触れられたら。
抗えない。
(神奈子様には全然その気はないんでしょうけど……)
私は逆らえないんですよ、愛しい神様。
「……その……神奈子さま……」
早苗が遠慮がちに神奈子の背中に手を回す。
ぎゅっと抱きついて、深く息を吸って。
ちょっと大袈裟だけれど、覚悟を決めて。
「ん?」と短く返事をする神奈子の首筋に顔を埋めて。
「あの、早苗は……神奈子様に――――」
耳元で、小さく小さく告げる。
まるで祈りでも捧げるかのように。
そうしたら神奈子の頬がほんのりと赤くなって、
「ぁ~……ぅー……」
誰かさんの口癖によく似た声を漏らした。
あぅ。どうしよう。
神奈子さまを困らせてしまいました。
「ご、ゴメンなさい、神奈子さま……」
「おや。どうして謝るんだい?」
「だ、だって……困らせてしまいましたから……」
「困ってなんかいないよ。ただ照れているだけだよ」
「……てれ?」
照れてらっしゃるんですか?
顔を上げようとしたら、ぎゅっと抱き締められて、また肩に顔をくっつける事になった。
「こら。あんまり見るんじゃないの」
「えー」
照れた顔とか、さぞや可愛らしいに違いないのに。
「……きっと可愛らしいのに………」
「何がだい?」
「照れた神奈子さまがです」
「全く、この子は……」
ちょっと生意気をなこと言ってしまっただろうが。
怒らせてしまったかな。
「神奈子さま申しわ、きゃっ!」
謝ろうと思った瞬間、早苗の視界が反転。
縁側でお天道様を見上げる形になった早苗。でも見上げた先にあったのは、
「それじゃあ、早苗の可愛いお願いを叶えてあげよう」
やっぱり春風のように穏やかに笑う神様の顔で。
「……はい、神奈子さま」
神奈子の首に腕を絡めて引き寄せながら、早苗も微笑む。
春のそよ風のように、柔らかく。
風がそっと吹いて、二人のカラダを撫でていく。
今日は柔らかな春風日和。
END
私もご一緒して宜しいでしょうか、諏訪さま方。
おいしゅうございました
ちゃんと神奈子様を信仰してる早苗さんが何か初々しくてもう……
諏訪子様の寂しさは私が紛らわせて差し上げます。