Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

まな板のある風景

2010/04/06 02:20:35
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 丁度、夕餉の支度をしていた頃だった。

「力仕事、ごくろうさん」

 はっとして振り向くと、洩矢の神の人懐っこい目が、ころころと見上げていた。
 細く伸びた両の眉が、その額に緩やかな弧を描いている。あどけない彼女の容姿で唯一大人びて見えるのが、その眉だった。

「おゆはんの支度は、力仕事ですか?」

 そんな彼女の眉が大好きな早苗は、可笑しそうに言ったきり、またまな板に向かった。珍しく山女の良いのを頂いたから、それに串を通している最中だった。
 塩焼きにでもすれば、あまり手の込んだものが嫌いなもう一柱の神は喜ぶことだろう。山女は山の河童からのいただき物で、こう言う時、妖怪の信者もまんざらではないと早苗は思う。

 諏訪子は早苗の問いには答えずに、その小さな背を伸ばして、早苗の手元を覗きこんでいた。手馴れたものだね、と嘆息の混じった声がその口から出る。

 もとから料理の得意だった早苗だが、一つ屋根のしたで神々を養うようになってから、ますます腕に磨きがかかった。
 諏訪子はそれを、知っている。
 彼女の小さな頭は、そんな早苗の手元を見ようとうろうろしていたが、やがて引っ込む。それから、エプロンの結び紐がほどけていたのだろうか、背中にごそごそと指が動くのを、早苗は感じた。

「いや、おゆはんの支度もそうだけど、もっと、男手の欲しい仕事だってあるでしょ。例えばほら、あれだ」

 よし、と小さな声が、諏訪子の口から零れた。綺麗に線対称の結び目が、早苗の後ろ腰に咲いている。
 自分ではそれを見ることの出来ない早苗は、服ごしに伝わった、諏訪子の手の感触と、温かさだけを黙ってかみしめた。

「薪割りとか、そういうの。あれはだって、力仕事でしょ?」
「そうですね。……ああいうの、初めは面白かったんで、そう大変でもなかったんですけど。コックや蛇口をひねるだけのころと違って」

 ガスだって電気だって水道だって、この幻想郷にはない。
 分かりきった、ことだった。

「それが今は、つらい?」
「いいえ……これも神奈子さまと、諏訪子さまのためですから。それに、ここの人にはそれが普通なのでしょう?」
「河童は、どうかなあ」
「ふふふ、ごまかしてそうですね。カセットコンロぐらい、修理するなりして使ってそうです」

 笑っているうちに、山女に串は通る。
 出来ました。そう言って早苗が串ごと山女を手にすると、浅黒く縦に縞の連なった山女のぬめった肌が、差し入る西日を受け、きらきらと光った。諏訪子は眩しそうに、早苗とその魚とを見比べている。

「どうかなさいました?」

 じっと見つめる諏訪子を不審に思ったか、早苗はちょっと小首を傾げた。諏訪子は相変わらず眼を細めたまま、うんうんと満足げに頷いて見せる。
 諏訪子は暇人であった。神と言っても、日がな一日忙しい訳でもない。特に、表だって守矢の社を司っているのは神奈子の方であったから、存外諏訪子は暇を持て余し、ぶらぶらとしていることの方が多かった。
 社の中をうろついていることもあれば、庭へ出て、名もなきカミガミとお喋りに興じていることもある。けれども今日の日の様に、炊事場に足を運ぶことは滅多になかった。
 と言うよりも、早苗の記憶の内では、これが初めてであるように思われる。
 そして開口一番に労をねぎらわれたのだから、照れるよりも不審が先に走った。そして、不審よりも満足が先に。

 諏訪子さまが、褒めてくださっている……!

 じん、と背中の腰のあたりで、温かい。諏訪子の手がそこへ残っているようで、早苗は嬉しさに負けそうになる。


 けれども諏訪子の口は、早苗の思うほど、重々しい言葉を吐くようには出来ていないらしい。

「いや、さなちゃん、良いお嫁さんになるだろうなァって!」

 諏訪子が踵を返したのと、傍の竈で鍋が噴くのは同時だった。
 アッと言うほどもなく、小さい姿は夕闇の廊下の向うへ走り去る。


 そのすばやさと、鍋の処理に慌てたせいで、照れ隠しの意味合いで文句を言うのは、その日の夕餉の席になった。
ただそのていどのおはなし
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コメント



1.名前が無い程度の能力削除
威厳無いけどそれで良し。
2.名前が無い程度の能力削除
諏訪子様の胸がまな板だとかそういう話を想像してこの話を開いてしまった俺に天罰くだれ!
3.名前が無い程度の能力削除
あれ俺何時の間に(ry
4.名前が無い程度の能力削除
久しぶりに健康的で温かな守矢家を見た気がします。
ありがとう。
5.奇声を発する程度の能力 in 携帯削除
温かい良いお話でした。
6.名前が無い程度の能力削除
はっはっはっ
改めていわなくとも、すわちゃんが良いお嫁さんになるって事は分かってますって!
・・・あれ?
7.名前が無い程度の能力削除
>>2
大丈夫おれもさ。

ひねたところのない、良い話でした。
8.名前が無い程度の能力削除
ただそのていどのおはなしで人は楽しめるのですよ。
9.名前が無い程度の能力削除
もう最近は
こういう幻想郷の話を求めてる自分がいる。
10.名前が無い程度の能力削除
ヤ、ヤマメの串焼き……

これだけは言っておく!
残念だが早苗さんは俺の嫁だから誰にも渡さんよw
11.ぺ・四潤削除
こういうただの日常話は読んでて心が安らぎます。
諏訪子様。失礼なことを思っていた私をどうか許してください。