Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

尻尾の中の霊夢(2)

2010/04/03 14:05:19
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 博麗神社。

「では霊夢、短い間だが世話になる」

 少ない荷物を運び終えた藍は、改めて家主へと頭を下げた。
 迎える霊夢の面持ちは、あまり良いものとはいえなかった。諦めが幾分か含まれている。

「妖怪のあんたには短いかもしれないけど、人間にとって一つの季節は長いものよ。ま、気楽にやりましょ。あんま肩肘張っても、しょうもないしね」 

 ひらひらと手を振って答えてくる。
 藍は笑みを返して、しかし釘を刺すように告げた。

「ああ、判っているよ。けど、締めるところはきっちり締めるからな。私は紫様みたく甘くはないから、そのつもりでいてくれ」
「紫が甘いってのは初耳だけど……出だしからこれじゃあ、先が思いやられるわねぇ」

 かぶりを振って、ため息混じりに零す霊夢。
 藍は今日からはじまる共同生活を思った。
 おそらく、気苦労の多いものになるのではないだろうか。だがそれでも、なまけものが服を着ているような主に比べれば、この巫女の世話は幾分か楽なようにも思える。
 博麗の巫女とはいっても、人間の子供。思考回路が出口のない迷宮のような妖怪ではない。
 理性に従い、道理で判断するはずだ。納得のいく答えを用意できれば、正しく導けるだろう。



 明けて翌日。
 藍は布団の擦れる音を聞き、眼を覚ました。
 辺りは薄暗く、静かだった。もし夏ならば夜は明けていただろうが、今は冬。太陽はまだ寝ており、外にはまだ月が出ているだろう。
 藍はちらりと隣を見た。部屋には布団が二つ敷かれていて、自分の隣には霊夢がいるはずだった。
 彼女は居た。上半身だけ起こして、ぼんやりと虚空を見詰めている。
 藍は寝起きの頭の中で、思う。
(……ん? もう起きるのか? 流石に早すぎるんじゃないか……?)
 それとも、お花を摘みにでも行くのだろうか。
 しかしそれにしては、霊夢はぼうっとしたまま動かない。
 藍は彼女を眺めた。霊夢は色のない瞳を虚空に彷徨わせて、じっとしている。
 しばらくして布団から抜け出した。それを畳み始めるものだから、藍は身を起こして彼女の名を呼んだ。

「霊夢。もう起きるのか?」

 問えば、彼女は視線だけを寄越してきた。
 色の見えない瞳に藍の姿が映る。感情が抜け落ちた能面のような表情で、ただこちらを視界に入れている。
 霊夢の口が小さく動くのを、藍は見過ごさなかった。なにかを呟く。聞こえはしなかったが、「ああ」と言ったのだろう。自分の存在に初めて気が付いた、そんな様子だった。

「ええ、あんたはまだ寝てなさい。寒いでしょ」
 
 その言葉を発するときには、先程の能面は剥がれていたが。
 無表情のなかに、僅かな色が見て取れる。 
 藍は僅かな驚きと共に、返事した。

「ずいぶんと朝が早いんだな。もう朝食をつくるのか?」
「んー。本殿の掃除よ。朝食をつくるのはその後。準備が出来たら呼ぶから」
 
 申し出に、藍はかぶりを振った。
 
「いや、そんなことはできない。お前の生活に合わせよう。私にも掃除の手伝いをさせてくれ」
「別に良いのに。つめたいわよ。朝の雑巾かけって」
「構わないよ」
「そう。じゃあお願いしちゃおうかな」

 気の抜けた返事だ。
 藍は布団から抜け出して、巫女と同じように着替える。
 それから本殿に向かい、霊夢の指示に従って掃除を始めた。



 掃除を終え、霊夢は腕を組んで、うーんと唸っていた。

「ずいぶんと早く終わっちゃったわね。いつもなら、もっとかかるんだけど……」
「まあ、私が手伝った分当然だろう」 

 巫女は藍を眺めた。
 若干呆れたような色が窺える。

「あんた気合入れすぎなのよ。そんなに頑張ったら駄目よ。すぐ綺麗になっちゃうじゃない。そうなったら困るでしょ」

 妙なことを口走る霊夢に、藍は首を傾げた。

「いや、困らないだろう? それに本殿なんだから、もっと腰をすえて掃除すべきじゃないのか。お前の掃除の仕方は、なんと言えば良いのか……適切な言葉が見つからないが、見ていてじれったく思える」

 早くもなく、かといってゆっくりでもなく――雑でもなければ、丁寧でもない。
 霊夢は始終変わらないペースで掃除をする。その様子を見ていると、つい「貸してみろ」と口を出しそうになってしまう。
 巫女が口を開く。

「それはあんたが日々忙しく過ごしてるからよ。紫にコキ使われているから、心にゆとりがなくなってしまったのね」
「確かに紫様の世話は苦労も多いが、それは私の望みでもある。決してコキ使われているわけではないよ」 
 
 訂正をすれば、霊夢はいつもの投げやりな口調で返してくる。

「ま、もっと適当にやりなさい。てきとーに。それがこの神社で過ごす唯一のコツよ。紫も居ないんだから、少しは楽できるでしょ」
「そうだな。これでお前が結界の管理をサボるようなことをしなければ、私の苦労も減るだろうよ」
「朝ごはんは何にしようかしらね」
「油揚げの味噌汁は外せないな」
「はいはい」
 
 掃除を終えた後は、朝食の準備だった。
 昨日のうちにマヨヒガから拝借してきた食材が、博麗神社にあった。藍が居なくなったマヨヒガに食材があっても、誰も使うものが居ないため、すべて持ってきたのだった。
 それを見て、巫女は目をまんまるに見開いた。

「わ、なにこれ」
「見れば判るだろう」

 野菜やら肉やら米やら果物やら油揚げやら。
 食事の内容に偏りが出ないように、食材がある。目新しいものは何も無い。どれもが人里に出れば揃えられるものだ。

「すごいわね。わたし、きっと今日あたり死ぬわ」
「何を大げさな」
「あんたがいる間、贅沢病にならなければいいけど……」
 
 割と真面目に心配している様相の霊夢を見て、藍は疑問に思った。

「普段は何を食べているんだ?」
「その日あるものよ」
「例えば?」
「山菜とか。でも、冬はなくなっちゃうからちょっと困るのよね。良い保存法ってないのかしら?」

 牛肉ーと呟いて、つんつんしている巫女。
 藍は言った。

「霊夢」
「ん?」
「居間で待ってなさい。私が作るから」
「そんな気遣いいらないわよ。あんた、まだ何処に何があるのか判らないでしょ」
「一目見れば把握できる」
「それに、藍に任せていたら、油揚げのフルコースになりそうで怖いじゃない」
「どうやら、お前は私に対して偏見を持っているようだね。確かに油揚げは好きだが、それを他人に強要するほど野暮ではないよ、私は」
「ならその厚揚げとお稲荷さんは夕飯に回しなさい。油揚げ使っていいのは、味噌汁だけだからね」
「肉は食べるか?」
「うん」

 少し豪華な朝食にしようと思っていたが、結局は質素な食事になった。
 しかし霊夢の雰囲気から察するに、それでよかったのかもしれない。
 居間。
 いただきます、と二人で手を合わせて味噌汁を啜った。

「久しぶりだな」   
「何が?」

 ふと呟けば、巫女が聞き返してくる。

「こうして誰かと朝食を摂るのが」
「紫や橙がいるじゃない」
「紫様は、朝が大変弱いお方だからな。昔はそうでもなかったのだが」
「あんたたちの言う昔って、人間には想像できないほど過去でしょう」
「私が子供の頃の話だ」
「人間、年をとれば早起きになるけど、妖怪は違うのね」
「どうだろうね。妖怪と一口に言っても、人間と違ってだいぶ構造が異なるから。一概には言えないだろう」
「橙は? 一緒に食べないの?」
「橙はどちらかといえば、夜行性だからね」
「ふーん。わたしも、誰かと朝食を摂るのは久しぶりね、多分」
「多分?」
「昔、誰かと食べていた気がするわ。昔といっても、あんたからしたら凄く最近のことなんだろうけどね」
「……」
「この味噌汁おいしい」
「だろう」

 
 
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
どこか掴み所のない霊夢vs世話好きな白面金毛九尾の狐の藍
勝負の行方は如何に……!!
次回も楽しみに待っています
2.名前が無い程度の能力削除
なんだろう…この不思議な感じ。
なんともいえないゆったりした何かを感じるとです
3.奇声を発する程度の能力削除
この不思議な感じが凄く好きです!!!
4.名前が無い程度の能力削除
牛肉~w 以外にちゃんとしてる霊夢は新鮮です。
5.飛鳥削除
藍が霊夢の母親代わりみたい。
6.名前が無い程度の能力削除
いや~このやり取りはなかなかw
幻想郷の日常が見れた感じで良かったです。