「良いですか……星。これが最後の試練です。」
部屋の中央に置かれた蝋燭の灯りだけを頼りに、私と星は向かい合うように座っています。
実は今、私達はこれからの対策について密談しているところです。
何についての密談か、ですか?
そんなの決まってます。
奥手な星と、更に輪を掛けて奥手であるナズーリンを結ばせる為の密談です。
「聖……これで本当に上手くいくのでしょうか……?」
星は不安を隠せずにそう言いました。
最初が上手くいっていただけに、星は今まで私の提案にノリノリでした。
しかし現状を省みると、事態は好転どころか悪化する一方……星はそう思い込んでいるのでしょう。
だけどそれは彼女の思い違いで、私から見れば二人は大きく近付いたと思っています。
そもそも初めから相思相愛である二人に必要だったのは『きっかけ』……それさえあれば二人はもっと親密な関係になれる。
まさに『恋人』と呼べるほどに……私はそう確信しています。
「何も心配はいりませんよ、星。貴女はただ私の言葉と、自分の気持ちを信じてさえいれば良いんです。」
失敗は許されない。いえ、失敗なんてする筈無い……。
私は、星を励ますためにも力強くそう言いました。
「それでは、最後の試練ですが──」
後日──
「ナズーリン……。」
「ご主人……。」
廊下で、ただ静かに見つめ合う二人の姿がありました。
呼び止めたのはやっぱり星で、だけどそれっきり何も切り出せずにいます。
(星……! 勇気を振り絞るのですっ……!)
そんな二人に見かねた私は、星の視界にだけ映るように立って、そう口パクで彼女にエールを送ります。
待っているだけでは進展なんてない。きっと星だって、分かっている筈です。
(聖…………はいっ!)
どうやら私の想いは伝わったようです。
星は小さく頷くと、意を決しナズーリンの手を両手で包み込むようにして握りました。
「ナズーリン…………どうか、聞いてください。」
「……聞いてるよ……ご主人。」
星に手を取られ、驚きはしたものの直ぐに平静を装ってみせるナズーリン。
どうやら今回は、ナズーリンにも心構えが出来ている様子です。
…………これは期待できるかもしれませんっ!
「また私に……教えて頂きたいことがあるんです。」
「ああ……何でも答えるよ……私で良ければね。」
ナズーリンの優しい言葉に勇気を貰ったのでしょう。
不安に強張っていた星の表情が遠目でも分かるくらいに、ゆっくりと穏やかなものになっていきます。
笑顔を取り戻した星の前に、もはや敵はいません。
「それではナズーリン……私に──」
(ここが正念場ですよ、星っ……!)
傍観者である私も、次第に気分が高揚してきているのを感じました。
そんな私が息を呑むのと同時に、星は一度大きく息を吸い込むと、心を込めてナズーリンに向かって言いました。
「──私に…………鼠の繁殖の仕方を教えて下さい!」
「……………………え?」
きっとナズーリンには思い掛けない言葉だったのでしょう。
先程までの余裕が嘘のように表情を凍りつかせています。
「繁殖です! 鼠の!」
ナズーリンが聞き取れなかったものと勘違いした星は、もう一度、今度はもっと大きな声で言いました。
言いながら、星は恥ずかしさから顔を真っ赤に染めてしまいます。
勿論最初から聞き取れていて、尚且つ意味を十分に理解しているナズーリンの顔も面白いくらいに真っ赤になっています。
ぷーくすくす。
「だ……騙したなぁ! 聖殿!?」
突然振り返って、そんな事を宣うナズーリン。
私はすっと柱の影に身を隠して、彼女の悲鳴じみた叫びを聞き流す事に。
「計画と違うじゃないか……!! あ、いや違うんだご主人、これは──。」
何という失態でしょう。あれ程私との密談は星には内密にと言っておいたのに。
ナズーリンが慌てて言い訳を始めたのは、当然己の過ちに気付いての事でしょう。
しかし彼女の心配を、良くも悪くも星は見事に裏切ってくれました。
「ナズーリン……さぁ……私と一緒に……。」
回りが全く見えていないのか、幸いにも星は気付いていないみたいです。
私はほっと安堵しましたが、ナズーリンはそうはいきません。
星はただ瞳を血走らせてナズーリンの肩を掴みます。
「痛っ……ご、ご主人? 落ち着こう、話せば分かる──!」
これが思った以上に力が込められているらしく、ナズーリンは振り解こうにも身動き一つ取れません。
あれで星は寅の妖怪……力は人一倍あるので当然と言えば当然と言えます。
追い詰められた鼠の如く、情けなくもプルプルと顔を震わせているナズーリンに、ずいっと星の顔が迫ります。
「愚考ながら、こればっかりは実演しかないと思うのです……!」
「ぶっ!? そうじゃないぞ、ご主人!? 私達は……聖殿に踊らされているんだ! だから正気に戻ってくれ! ご主人!!」
窮地に立たされたナズーリンは、声を張り上げてそう懇願しました。
そんな彼女の必死の訴えに、しかし星は悲しそうな顔で応えます。
「ナズーリン……また貴女は都合が悪くなると聖のせいにして……。」
「なっ!? 違うんだ! 私は決して──」
「言い訳は懲り懲りです!!!」
「──っ!?」
大気を振るわせる程の星の大声に、ナズーリンは思わず口を噤みました。
普段から温厚な星は大声を出すなんてことは決してありません。
だから本人も戸惑っているのでしょう。
星もまた、それっきり言葉を失ってしまいました。
…………雲行きが怪しくなってきましたね。
本当なら星がナズーリンを押し倒し、そのまま美味しく召し上がって「はい、めでたしめでたし♪」の予定だったのに……。
ナズーリンの心無い一言で、計画がパーです。
そうして訪れた沈黙に、暫く二人は動けずにいました──
無理もありません。
星はとっても素直で、だけど自分のことになると引っ込み思案になってしまうとても謙虚な子。
ナズーリンも、紳士な振る舞いの影に自分の感情を隠してしまうとても臆病な子。
そんな奥手で、だけど優しい心を持った二人だからこそ、惹かれあい、そして……互いに遠慮し合ってきたのでしょう。
だからこそ、背中を押して上げたかった……二人にはもっと幸せになって欲しかった……私の願いは本当にそれだけでした。
なのに私は、二人の間にどうしようもない溝を作ってしまったのかもしれません。
──南無三っ……!
このまま二人はすれ違ってしまうのか……私がそう思った、その時でした──
「………………ない。」
ナズーリンが顔を伏せたまま何事かを呟きました。
「…………すまない。」
今度は私の耳にもはっきりと聞こえました。
だけどそれは何に対しての謝罪なのか、私も……おそらく、直接言われた星にも分かりませんでした。
「やっぱり……これは間違っていると思うんだ。」
顔を上げたナズーリン……こちらからでは表情は窺えませんが、声色に何時もの覇気がありません。
「聖殿が……本当に善意で私達の間を取り持ってくれているのだとしても……。」
それでもナズーリンは言葉に決意と真摯を込めて星に告げます。
「私は望まない……誰かの手が掛かった幸せなんて……!」
「な……ずー……りん……?」
星にはきっと、自分をも否定されたように……拒絶されたように聞こえたのでしょう……。
ショックを隠しきれず、よろよろと後ずさりました。
そして、ずっとナズーリンの肩を掴んで離さなかったその手が、ゆっくりと彼女から離れていきます。
ガシッ。
しかしその手を、今度はナズーリンが捕まえます。
星の両手を逃がすまいと、それぞれの手でしっかりと。
「だから……だから、貴女自身の言葉で応えて欲しい……私の想いに──。」
すっかり混乱している星に構わず、ナズーリンは言いました。
「私は……貴女を愛している。」
とある日の命蓮寺での出来事──
「ナズーリン、ナズーリン♪」
いつものように、後ろから声を掛ける──のでは無く、隣を歩くナズーリンに向かって、星は声を掛けました。
ニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべる星の左手は、しっかりとナズーリンの右手と繋がれています。
もちろん。恋人繋ぎで。
「な、なんだい。ご主人。」
隣を歩くことに慣れていないから、顔を赤く染めながらナズーリンは応えます。
「ふふふっ、呼んでみただけです♪」
そんな恥ずかしがるナズーリンに構わず、上機嫌に命蓮寺の廊下を歩く星。
「…………ぁぅ///」
そんな幸せ一杯な二人の姿は日記に留めておく必要が無いくらい、ここ命蓮寺では度々目撃されることになりましたとさ。
めでたし、めでたし。
ああもう、恋人繋ぎとか呼んでみただけとか、ニヤニヤが止まらないww
読み終わってから何か引っ掛るものがあって何度も読み返してみたけど何も問題無かった。
……きさまにせものだな!
さぁて来週のヘルツさんは!?
次回はレイサナか…糖分過多になりそうだな。
好き合う者は結ばれるよ!