「ええっと、ここですかね。厨房」
「あなたまで来ることはなかったのに、美鈴」
「そ、そんなこと言わないでくださいよ~、咲夜さん」
いきなりフライパンが飛んできた。
キッチンに入ったばかりの美鈴の頭上すれすれを通過し、背後の壁に当たってガーン、と音をひびかせる。
さすがの咲夜も驚いて固まった。
美鈴は一拍おいて、涙目で震えだす。
次に聞こえたのは大声だった。
「どうして貴方はそう聞き分けがないんですか!」
「別に言われなくても自分で判断くらいできます!」
中の光景を見て咲夜はさらに目を丸くした。
「うひゃあ!」
美鈴が声を上げる。
珍しい。
古明地さとりと四季映姫が、調理場の机を挟んでにらみ合っていた。
二人がケンカをしている。
ビュン、と。
再び何かがさとりから映姫に向かって飛んで行った。
映姫は片手で受け止めると即座に投げ返した。それがさとりの背後の壁にぶつかって流し台に落ちたところでようやく咲夜は視認する。カラカラと音をたてるのはしゃもじだ。
さとりが新たに、雑巾を、映姫は手近なお皿をつかむ。
咲夜の見る前で、二人はそれらを次々と放り投げた。
「つべこべ、言わずに、宴会に出なさい! 今日の貴方の役目はわかっているでしょう。ああまったくもぉ、いつまでうじうじ! しているつもりですか!」
うじうじのあたりでついに鍋釜が飛んだ。
映姫がいつになく目をつり上げて怒れば、さとりも負けていない。
「おしつけ、がましいんですよ、あなたは! 私の気持ちも知ら、ない癖に!」
「宴会に出る方が遥かにさとりのためです!」
「おおきなぁ、お世話っ!」
さとりがどんぶりをぶん投げた。
二人のセリフ(というか叫び声)で、咲夜は大体の喧嘩の内容を理解した。
ははぁ、さすが閻魔様。対応が早い。
この日は地霊殿での花見会だった。
元々の始まりは、さとりのペットたちがひきこもりがちなご主人様に桜を見せたいという思いつきからだった。猫のお燐が桜の枝を持って帰ることを提案し、鴉のお空がどうせなら桜の木ごと持って行こうと言った。
地底が人工太陽のおかげでいくらか植物を栽培出来るようになりつつあったので、二匹のペットは地霊殿の庭に桜の木を植えることにした。うまくいけば、地霊殿で桜が見れる。地上どころか、旧都にも滅多に顔を出さないさとりを思ってのことだった。
このことをお燐とおくうが霊夢に相談していたとき、ちょうど聞きつけていた鬼の萃香がどうせ植樹するならならと気前よく百本くらいしよう、と言った。萃香のおかげで桜の木は妖怪の山から譲ってもらえることになり、お燐とおくうは大いに喜んだ。
地底と地上の妖怪双方の協力で、地霊殿の庭と、旧都までの道筋に桜は植えられた。お燐とおくうが恐怖に震えながらも風見幽香に頼みに言ったこともあって、桜はうまく地底の土に根づいてくれた。地底に満開の春が来た。
新たな名物ができれば見に行くのが幻想郷の住人である。せっかく桜もあることだしと、今年は地霊殿でも花見会が行われることになった。
紅魔館の住人も、宴会に参加していた。
しかし、肝心のさとりがなかなか皆の前に姿を表さない。いまさら宴会に混ざることに遠慮しているらしい、とは、咲夜が地霊殿のペットたちから聞いた話である。代わりになぜかさとりのつくった料理が宴会のメインになっている。
料理は美味しかった。それは結構なのだが、作った人物にお礼と賛辞もいえないのは咲夜の胸にもやもやしたものを生んだ。
聞けば、ペットたちもさとりの不在を残念がっている。咲夜も、どうせならみんなで宴会は楽しむものだと思っている。
さとりは嫌われ者で有名だが、咲夜は別に好きも嫌いもしていない。心を読まれるのは初めてだが、全ては会ってからである。
そう考えた咲夜は、直接さとりに当たることにした。するとなぜか美鈴もついてきた。
そこで、料理の様子とさとりの様子と、ついでにその技を見に、咲夜は地霊殿の調理場を訪れたのだった。
どんぶりは寸前で映姫がキャッチする。
「わ、わ、咲夜さん危ないです」
美鈴が目を回している。
それにしても、と咲夜は思った。
なかなかに派手なケンカをする。普段の二人からのイメージでは、口論かせいぜい口をきかなくなる程度のものかと思っていたが。
さとりと映姫の仲が非常にいいことは咲夜も知っていた。
それでも付き合う中でのケンカくらい一つや二つするだろう。咲夜もたまにレミリアとケンカする。しかし、二人のケンカがこんなに激しく乱暴なものになるとは想像外だった。
さとりと映姫のそばにある調理器具は、いまや全て宙を舞っていた。
ザル、中華なべ、ポット、ボール、グラタン皿から蒸し器まである。ちょっとしたキッチン弾幕だ。
次第に二人の戦う範囲が広くなっていく。
さすがに地霊殿。キッチンには道具も食器も無数にあった。
皿も大小様々。グラスだけでも先程から、ゴブレット、ワイングラス、タンブラー、オールドファッション、ショットグラス、と、何でもかんでも飛んでいる。
風切り音を立て飛ぶグラスが割れれば一大事だが、二人ともお互いの投げたものを危なげなく受け止めて投げ返すという芸当をずっと続けていた。
最初のフライパン以来、咲夜と美鈴の方にも飛んでこない。道具は全て咲夜の眼前で飛び交っている。
しかもよく見ると、さとりのそばにも映姫のそばにも、それぞれ料理中の鍋とフライパンがあった。二人はケンカしながら料理をしていたのだ。お互い相手の方を見ながらどうやってか料理の方にも気を配っていて、鍋をかき回したり調味料を入れたりしている。
咲夜は止めようと思う前に、ちょっとの間、感心した。変わった手品を見ているようだった。
「さ、咲夜さん、これ止めないといけないんじゃないですかね」
美鈴の言葉で、自分の目的を思い出し慌てる。
しかし二人のケンカが害のないのを見て、しばし首をかしげたあと、座って見学することにした。
「さ、咲夜さん、とめないんですか!?」
「いいから、せっかくだし見てましょう美鈴」
考えてみれば、さとりは相手の考えが読めるし、映姫は幻想郷の実力者だ。これくらいの芸当何でもないのだろう。
「本当! 映姫は! いつもそう! 勝手にやってきたかと思えば説教ばかりして! だから頭が固いっていうの!」
「はっ! さとりこそっ! いつまでも覚りだからなんて言い訳してっ! 少しは自分からっ! 友達を作りに! いきなさいっ!」
「友達なんて! いままでっ! できなかったじゃない!」
「友達なら私がいるでしょうこのネクラ! ひきこもり!」
「頑固! わからずや! 説教バカ!」
「なっ!? 説教バカとはなんですか! さとりこそ妹離れしろこのシスコン!」
さとりは料理に塩をふりかけるとそのまま大壺ごと映姫に投げつけた。
映姫はそれをキャッチすると自分の料理にも塩をふる。
咲夜は静かに拍手した。
美鈴は相変わらずわたわたと右往左往していた。
「さ、咲夜さ~ん。落ち着いて見てないで、やっぱり止めた方が」
「ならあなた一人でやりなさいよ」
「わ、私だけじゃ無理ですよ~」
咲夜は無視する。
「シスコンって言ったなぁ! 映姫なんて豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえ!」
「さとりこそ! 猫に頭噛まれろ!」
「バーカバーカ!」
「シスコンシスコン!」
いよいよケンカは罵倒を通り越して子供の言い合いになってきた。
投げるものもなくなったのかスリッパが飛んでいる。
咲夜は最後の決着まで、このケンカを楽しむことにした。
料理が完成すると、二人はようやく物の投げ合いをやめ、にらみ合いながら料理を盛り付けた。
ようやくケンカが終わって美鈴はほっとため息をついている。
映姫は魚の焼き物、さとりはナポリタンを作っていた。あれだけのケンカのあとなのに、ホコリ一つ入っていない。
と。
咲夜と美鈴の前に、ずい、と大皿が差し出される。
「あなた方、すみませんがこれを宴会の場所まで運んでおいてもらえませんか?」
そう頼んできたのは映姫だった。
「私はこれからさとりを意地でも連れていきますから」
そう言うと映姫はがしっとさとりの体を掴み、引きずり始めた。
「な?! 映姫横暴ですよ!」
「うるさいいいからだまってきなさい」
さとりがじたばたと暴れるが、映姫は構わずズルズルと引きずっていく。
「あ、あわわわ、またケンカ」
美鈴は再びワタワタとしていたが、咲夜にはむしろ二人は仲いいように見えた。
宴会場にさとりが現れたことで花見会はより盛り上がった。
今の幻想郷にさとりを排除するものはいない。
咲夜と美鈴は先に料理を席に運んで見守っていた。
さとりはさすがにあきらめたようで、映姫に引きずられなくても花見に加わっている。
さとりと映姫は相変わらず視線を合わせないまま、ぷりぷりして席に着く。
「だ、大丈夫ですかね、あのお二人」
「大丈夫よ。見てなさい」
離れたところで咲夜たちが眺めていると。二人はおもむろに料理に口をつけた。
なぜか、互いの作ったものを。
「ハン、ナポリタンなんて、映姫は相変わらずの子供舌ですね」
「その魚私が持ってきたんですよ。さとりこそ私がいないと食べれない癖に」
さとりも映姫も、互いの作ったものをまずいまずいと言いながら次々と平らげていく。
美鈴はポカンとして二人の仕草を見ていた。
咲夜は桜を見ながら思った。
やれやれ。
めんどくさい二人ですわ。
(おわり)
一番若い筈の咲夜さんが、冷静に呆れはててたのがまた面白かったですw
○「私はこれから意地でもさとりを連れて行きますから」
こいつら本当に結婚しろww
さとえいは友情とか恋愛とか経験しつくしてこんな関係になったイメージが、がががが。
コメント返信です。
1. 名前が無い程度の能力さん
イメージ通りです。
2. 名前が無い程度の能力さん
本当、結婚すればいいのに
3. 名前が無い程度の能力さん
横で見ていたらうざいことこの上ない。
4. 名前が無い程度の能力さん
お燐「ああ、あれですか。年柄年中なので気にしなくていいですよ。二人のあいさつみたいなものです」
5. 名前が無い程度の能力
「お姉ちゃんが欲しければ、まずは私を説得することね!」と、こいしvs映姫が始まります。
6. 奇声を発する程度の能力さん
たぶん近くにいすぎたんだと思います。
7. 名前が無い程度の能力さん
誤字指摘ありがとうございます。
8. ぺ・四潤さん
いつも読んでくださってありがとうございます
まあ、夫婦漫才ですよね。