〇日目
一日目
二日目午前
二日目午後
三日目
上の作品を、この作品より先に読んでもらわないと大変なことになります。
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今日は朝からドライブへ行くらしい。気が重かった。当然だ、あの車だ。車慣れしていない人以上に危なっかしい車だ。
ところが、思っていた以上にメリーパパは親切だった。乗ってみたら今度はゆっくり――それでも百キロ越えだったけど――走ってくれたのだった。
日本とはちがってアメリカは広い。
開拓されていないのか、あえてそのままなのかは知らないけど、街を出てしばらく走ると大きな岩がゴロゴロしている。
つぎつぎと来ては去る岩をみおくっているうちに、何匹かの鳥に目をうばわれた。
「わあ……かわいい」
特にきれいだと思ったのが、紫色の鳥だ。なんていう名前なんだろう?
名前も知らないその鳥はがんばって車についてこようとしている。でもすこし鳥のほうが遅くて、だんだんと離されていく。
でも鳥はがんばる。すると、
「お、がんばれがんばれ」
開いた窓のすぐとなりまで追いついた。でも、その努力はやがて無になる。だんだんと置いていかれるんだろうな、と思っていた。思っていた、のだ。
予想を裏切った鳥はくるっと一回転し、車の中――しかもわたしの頭の上に降りてきた。いや、突撃されたというべきか。爪でガリッとやられた。
「ひゃあ!」
びっくりして声をあげた。それに気づいたハーン家のみなさんがこちらを見て、アメリカ人らしく大きく笑う。その声は窓から飛びだして、はるかうしろの方まで流れていった。
ちょっと痛かったものの、べつに気にするほどではない。許してあげよう。よしよし。
「よしよーし」
鳥をなでようと頭の上に手をのばした。すると、
「あだだだだ!」
鳥はキツツキのようにわたしの頭を、ズガガガガとくちばしで何度も叩いた。さっきの爪とは比べものにならない。
頭にすこし先が丸い釘を何度も打たれている気分だ。
そういえば昔友だちが、ゲームのコントローラーでボタンを連打する練習をしていた。もしかして、あれと似たような図なんだろうか。
連打されるボタンの気持ちを味わいながら、自分でもよくわからない悲鳴をあげて頭の上の鳥を追い払おうとする。鳥はひらりとさけて、ふたたび窓の外へとおどり出た。
痛さから怒りがうまれて鳥を捕まえようとしたけど、すでにヤツは外。バカにするように二回宙返りをして飛び去ってしまった。
いったい、なんだったんだろう。超一級テロリストじゃないか。
理不尽さとくやしさだけがのこった。バードストライクはおそろしい。
その間ハーン家のみなさんはわたしを助けることもせずに、ただただ爆笑していた。とくにおじさん。
「ハハハハハァー!」
戦場で頭がハイになった兵士のように、おじさんは荒々しく道路を走っていく。前を走っていた車を何台か抜いた。その車の運転手のうちの1人がこちらをにらんだ。
彼の目は、狩人のようだった。
彼がアクセルを踏む。わたしたちの車を抜こうとした。しかしおじさんはその車の前に、わたしたちの車を後ろの車の前にずらした。
後ろの車が左に行こうとすれば左に。後ろの奴が右と見せかけて左に行けば最初から左に。
もはや戦後ではない、今まさに戦争がはじまったのだ。
最後通牒を突きつけられた後ろの車は、ついにキレた。道路をはみ出し、大回りでおじさんを抜こうとした。
ところが、舗装されていない道路外にはみ出すことは、試合放棄も同然。ぬかるみらしきものにはまってしまい、後ろの車はあっけなく停止した。
「ヒャッハー!」
勝利によろこぶおじさんが、アピールのように蛇行運転をはじめる。それと同時に、後ろからサイレンの音が聞こえた。嫌な予感。
おじさんは「ビッグウェイブ!」と叫び、さらにスピードを上げた。
それからは曲がったり、飛んだり、潜ったり――もう思い出したくはない。というか覚えてない。
でもこれは、きっとわたしが鳥に突付かれたのがすべての原因だったのだろう。
青い鳥をみたらよろこぼうと思ったけど、紫の鳥をみたら気をつけようと思った。
夜ごろになって、やっと警察から逃げ帰ってきた。傷だらけ、泥まみれ、水びたし、その上弾痕が残る車を降りて、メリーに誘導される。
『今夜はバーベキューをやるよ』と言われていたのでたのしみだ。ちなみになんとか聞き取った。間違えていたらショックだ。
でも、夕飯の時間になったとき、別の意味でショックを受けた。出てきたバーベキューは阿保みたいな量だった。本気でアメリカンジョークかと思った。
でもみんな本気らしい。食べきれないほどのすごい量を押しつけてきたけど、ほとんど「ノーセンキュー」でかわす。そうしないとわたしもとんでもない体型になってしまう。
日本人にふさわしい量の食事をもらい、丸太でできた椅子に座る。メリーもあとから来たので、二人でならんで食べる。
やはりおなじ歳でよかった。いろいろ話があう。当然相手は英語だけど、なんとなくわかる。わからないところはニコニコして適当に相づち。
日本の話、京都の話、学校の話、先生の話――アメリカの話、学校の話、先生の話。そういった話題が、特に盛り上がった。
わたしの英語のひどさはこの数日でメリーはよく知っているから、自虐ネタは結構なウケだった。
ところがそのとき。
「あれ、だれかいるの?」
家の陰から、だれかがわたしたちを覗いているような気がした。声をかけると気配は消えたけれど、確かになにかがいた。
でも、もういない。だから、怪訝な気持ちになることもないか。
「……」
「……」
変なところで話が切れて、微妙な空気が流れてしまった。
でも話の滞りはおわりであり、はじまりでもある。
さっきまで続いていた話のおわりの一言であり、はじまりの一言はメリーの「ばいざうぇー」だった。どういう意味かわからないけど、話をかえるときに使うんだろう。
そのときわたしは――ふと、空気が緊張したかのように感じた。バーベキューのための火が急に消えたかのように、まわりがぞっとするほど寒くなった。
お皿を置いて、思わず自分の肩を抱きしめた。
メリーはそれに気づかない。だから、容赦がない。
メリーは早口で、なにかを言った。それの表情はあまりにも真剣で、おびえるようだったから――わたしは聞き返すことができなかった。
これはラッキーだったのか、それとも不幸への伏線か。
彼女はすこし暗い表情をしており、視線を地面に落としている。何か声をかけようと思ったけど、こういうときなんて言うのかわからない。彼女の表情から考えて、適当なことは言えない。でも、言うべきことは一体何? わたしには、わからない。
けっきょく、「あー、えーっと……」と意味のない言葉を繰りかえしていた。メリーはそれに気づいたのか、ほほ笑んでくれる。
無理していることがわかるくらい、痛々しい表情だった。
気にしなくていいのだろうか。友だちなら何とか言ってあげるべきなんだろうけど、やはり言葉が……くやしくてはがゆくて、でも何もできない。
ベッドの中に入るときには彼女はもう明るい顔になっていたけど、さっきの彼女の顔を、わたしは忘れることができなかった。
こういった失敗だって、わたしは乗り越えなくてはいけない。でも、そのタイミングが今来るなんて、あまりにも残酷すぎた。
パーティの帰り、突然水を掛けられたかのような苛立ち、不快感――それがわたしを満たしていった。
まず、わたしの実力が及ばないこと。そして残る日々をこの気持ちで暮らしたくないから、今心にある申し訳なさを忘れようとしていること。
この2つをメリーに謝りたかった。でも、そうしてしまうとメリーがどんな気持ちになるかは簡単にわかる。
結局、わたしは心の中にメリーの幻を創り、偽者に謝るしかなかった。
◆ アメリカ旅行日記
ドライブは楽しかったけど、鳥はもういやだ。
それよりバーベキュー。おいしかったけど、さすがにあんな量は食べられなかった。ぜんぶ足したらわたしの体重くらいにはなるんじゃないか。いやそれはないか。
食べながら、メリーと話した。すこしだけさびしそうというか、かなしそうな顔をみせたけど、なにを言ったのかわからなかった。
今日ほど、英語が話せないことがかなしくなった日はなかった。
バーベキューをおえたあと、おじさんたちは用事があるからと言って出かけていった。明日には戻るらしい。
今晩は、メリーと2人っきりだ。
◆
五日目。わたしは気持ちのよい朝をむかえた。
鳥のさえずりが聞こえ、木々の隙間から漏れた光が部屋を照らし、新鮮な朝の空気が鼻をくすぐる――。
――はずだった。でもそうじゃなかった。
四日目の夜。もしかすると五日目に足をつっこんでいるかもしれない。たぶんそんな、正確には言いにくい夜の時間。
わたしは森の中にいた。暗い、暗い、森の中だ。
たった――ひとりで。
<つづく>
一度書いた作品って後で見直すと結構粗が見えてきますよね
これからも頑張ってください!
あと、誤字発見
わたしが取りに突付かれた
→鳥
無理せずゆっくりやっておくれ。