月の裏側には忘れられた都がある。
「いくよ~!」
「応~!」
黄色い歓声。
星型の弾幕が放たれる。
レイセンは横ステップにそれをいなし、弾幕を撃ち返す。
3WAYの尖突形状弾。そして時間差での1発。
一撃を避けたメガネ兎だったが、避けた拍子によろけてつんのめる。
時間差の2発目が肩に被弾する。
「あ~あ、負けちゃった……」
「これで四勝一敗だね」
レイセンがさしのべた手を取り、起き上がるメガネ兎。
二人はにこやかに笑い合い、そしてまた定位置につく。
「じゃあもう一回ね。いくよ~!」
「応~!」
一騒動が終わった月の都は再びゆるやかな平穏を取り戻していた。
謀反を疑われた依姫は、己と同じ能力を持った地上人を見せびらかす事で疑いを晴らし、月の都に侵入しようとした地上人たちは果たせず送還されていった。
永遠に近しい命を持つ月の民にとって、また退屈な時間が戻ってきた。
これからまた暇人達が暇にあかせて研究を進め、暇にあかせた知的遊戯が月を発展させていくだろう。
それとは別に、月では新たな娯楽が流行していた。
霧雨魔理沙が持ち込んだ弾幕ごっこである。
地上人侵入の顛末はニュースとなり、天狗の新聞を遥かに上回る速度で月の都中に配信された。
そこで注目されたのが、依姫と侵入者たちが行ったという地上の決闘法、弾幕ごっこだった。
弾幕を撃ち合い、その美しさと回避技術を競い合う。
シンプルなルールが受け、月の都で大流行となった。
見渡せば月の裏側で弾幕ごっこに興じているのはレイセン達だけではない。
何十、いや何百組という月の民が、この新しい遊戯をひとつやってみようと弾幕の花を咲かせていた。
「420勝152敗!」
そこかしこで勝敗をカウントする声が響いている。
月の民の時間は長い。
***
幻想郷のどこかにあり、どこにもない八雲の屋敷。
八雲紫は縁側に佇んでいた。
道家のそれを思わせる装いに身を包み、黄金の髪は月光に照らされて薄く輝いている。
彼女は哀れむように月を見上げていた。
酒杯を軽く持ち上げる。傍らの藍が酒を注ぐ。
酒杯に月を映す。
月を呑んでこそ月見酒である。
「ニューギニアにサッカーが伝わった時の話をしましょう」
「紫さま、ニューギニアとは何ですか?」
「外の世界の国の名前よ」
藍は九尾の狐である。
外の世界の知識もあるが、それも東アジアからヨーロッパにかけての範囲の事であろう。
太平洋の島々については知る由もない。
ちなみにサッカーは知っている。
幻想郷で一時期流行った。
「宣教師からサッカーを伝えられた彼らは何をしたか分かる?」
「……分かりません」
一考し、藍は答えた。
藍の一考とは、サッカーが伝わった事による生活環境・経済活動・感情的好悪変化および島民を基督教へ改宗させる材料となりうるか。といった程度までである。
難しく考えすぎね、と紫は笑った。
「サッカーをしたのよ」
「それは分かります」
からかわれたと思ったのか、藍はむくれた。
「サッカーをした結果、どうなったのか分からないと言ったのです」
「サッカーを続けたのよ」
「はあ?」
「何度も、何度もね」
紫は月を見上げた。
「彼らは勝負をつけなかった」
「つけなかった?」
「片方のチームが勝ったら、もう片方のチームが同じだけ勝つまで。通算の勝ち負けが同数になるまで続けたそうよ」
藍ははっと月を見上げた。
「小規模な島の中では、突出しない事、敵を作らない事が重要視される。日本にもその傾向は昔からあるわね。
だから彼らは勝ち負けで軋轢を作らない。優劣を決めない」
「……寿命が永遠に近いからこそ、月の民も近隣に敵を作らない事を重視する」
「月に伝わった弾幕ごっこは、ニューギニアのサッカーと同じなのよ」
藍は月を見る。
あそこでは、一度弾幕ごっこを始めたが最後、勝敗が同数になるまで延々とそれを続ける月の民で溢れているのだろうか。
「月の民のかなりの数がネトゲ廃人になったも同然なのよ」
「紫さま、「ねとげはいじん」とは何でしょう?」
「外の世界の人種の名前よ」
月は遊興にのめり込むか。
暇に飽かせて発展してきた月に持ち込まれた絶大な暇潰し。
それはひょっとしたら月の頭脳を停滞させ、十年か、百年単位で発展を妨げる毒になるかもしれない。
人間、霧雨魔理沙の持ち込んだ遊戯によって。
「地上の人間も妖怪も勝てなかった月の民に、正面から勝ったのは魔理沙なのかもしれないわね」
紫はそう言って、月を呑んだ。
<了>
読み返していてこの箇所が少し浮いているような印象を受けました。
原作がゲームである事を考えれば3WAYは自然な表現のはずですが……自分でも理由はよくわかりません。
個人的には「まっすぐな軌跡で放たれる三条の弾幕」というような日本語のみによる表記のほうが好みです。
外見的特徴の少ない玉兎の中でメガネ兎は使い勝手が良いですよね。
前作と比べてあっさりと決着がつく点は二人の未熟さがよく出ていて感心しました。
>月の都に侵入しようとした地上人たちは果たせず
地上人たちは目的を果たせず、の脱字でしょうか?
サッカーを布教した国がどうなったのかについての紫の答え。その単純でありがら深い結果に驚きました。
自分もこの藍と同じで「その結果として『別の』何が起きたのか?」と考えてしまう人間だからです。
意外性のある展開を探して上下に飛ぶため、まっすぐ発展させることを事前に思考の対象から取り除いてしまう。
それに気がつけただけでも、これを読んでおけて良かったと思いました。
>ネトゲ廃人
この表現は八雲家の会話に相応しくないような気がしました。ただの廃人や中毒者で良いのでは。
それとタグの「ややブラック?」が理解できませんでした。ネトゲ廃人のくだりに配慮したとか……?
娯楽を与える事が敵にとっては最大の打撃となる――というのは面白いです。
思い返してみれば現実でもそのような例はいくつもありますよね。納得がいきます。
中盤にあった酒を呷る部分はただの描写だと思って素通りしましたが、綺麗に結びに繋がっているのも見事でした。
唯一気になったのは『勝負をつけなかった』からの数行でしょうか。
優劣の発生を忌避する心理の説明は確かにわかりやすかったです。
けれど、勝ち負けが同数になるまで続けるという前提でいなければ対等な関係を維持できないものでしょうか。
その目標の達成が必ずしも求められるとは思えないのです。
異なる対決で埋め合わせをする、あるいは決着がついていないという前提は残ったままでの事実上の終結。
十年か、百年単位で競争が終わる理由として、いま挙げたような理屈があるのだと書かれていれば……。
いえ、それでは綺麗に終わらないかも知れませんね。やはりこのままで良いのかも……。
※コメントしようとして直前に気づいた事がひとつ。どこか引っかかっていた理由がわかりました!
紫は魔理沙が提案した弾幕ごっこについて、それが広まっているはずだと考えています。
前半に置かれている月面の弾幕ごっこの場面により受け入れていましたが、実はこれは奇妙なことです。
月を覗き見ていたのか、鈴仙などから月の様子を聞きだしたのか。どちらの説明もありません。
何の情報も無ければ、月で弾幕ごっこが流行するというのは紫にとってただの憶測でしかないはずです。
そうであれば後半の話はあくまでも「仮定の話」でなければいけない。
しかし、それでは魔理沙の勝利も途端に曖昧にされてしまいます。もしかしたら勝っていたのかも……と。
前半の場面で、最後に紫が玉兎達を観察している描写を入れれば完璧になるのではないでしょうか。
文章表現についてはわりと我流でやらせて貰っています。はい。
3WAYについては掌編のため平易な書き方になってるとご理解いただければ幸いです。
>果たせず
文章的には「月の都に侵入しようとした地上人は、都への侵入を果たせずに送還されていった」ですね。重文なので経験則で省略をば。
(この場合、地上人の修飾表現を削れればいいんですが、テンポコントロールの問題で「謀反を疑われた~送還されていった」までが続きの一文であるため、前文の地上人=霊夢と後文の地上人=レミリア達を区別する修飾表現は外せない、と)
>ブラック?
ほのぼのを期待される方へのご注意、という程度の意味ですね。
第一場面のほのぼの弾幕ごっこに、第二場面で違う意味づけを与える構成なので。
>ネトゲ廃人
ただの「廃人」「中毒者」ですと「遊興にのめり込みすぎて」というニュアンスが消えてしまうかと。
あとは外の世界の知識と語彙を持っている紫、の補強ですね。
紫が月の状況を知っている事などについては省略の美学と考えていましたが、描写については確かに一考の余地があるかもしれませんね。
アドバイスありがとうございました。