紅魔館のメイド長十六夜咲夜は、人里での買出しが終わり、紅魔館への帰途にあった。
特に急ぎの仕事がないので、のんびりと空を飛んでいると、下の木々の隙間に7匹程の妖怪が見える。
今まで見たことがない姿の妖怪達が、誰かと戦っているようだ。
(誰と戦っているのかしら?)
目を凝らすと、紅白の衣装が見えた。
(霊夢が戦っているの。あの妖怪達も馬鹿ね。霊夢に敵う訳がないのだからさっさと逃げれば良いのに。)
そんな事を思いながら、その戦いを眺めていると違和感を感じる。
そして、その違和感の原因に気が付いた。妖怪達は弾幕ごっこで戦っていない。それ程の力が強い妖怪ではなさそうだが、それでも妖怪だ。力任せの攻撃が万一当たれば人間の霊夢などひとたまりもない。
それなのに、霊夢は攻撃せずにひたすら攻撃を避けているだけだった。
(弾幕ごっこでないとはいえ、私やお嬢様を倒したんだから、あんな下級妖怪に負けるなんて許さないわよ。)
そう思いながら、見ていても相変わらず霊夢は攻撃を避けるだけで、まるで弾幕を展開する様子がない。それだけでなく、いつもの霊夢より動きに精彩がない。
(全く何やってるのかしら。弾幕ごっこでなくてもあの程度の妖怪なら瞬殺できるでしょう。)
霊夢の戦いに苛立ちを感じ、一匹の妖怪にナイフを投げる。
いきなり空間が裂けると、一本の腕が現れ、そのナイフの柄を掴んだ。
「だめよ。霊夢の邪魔をしては。」
いきなり後ろから声をかけられる。振り向くと、空間にできた裂け目から八雲紫が上半身だけ出していた。
「こんなところを見られるなんてやっぱり失敗ね。ちゃんと結界を張っておけば良かったわ。」
そんな事を言いながら、紫は先程のナイフを咲夜に返した。
「見られて都合が悪い事なの?何かの特訓?」
「違うわ。あれは霊夢の覚悟なのよ……見られてしまったのだからしょうがないわ。貴方も見ていなさい。」
そう答えた紫にはいつもの胡散臭そうな笑みはなく、苦しげな表情をしていた。視線を霊夢に戻すと先程とあまり状況は変わっていない。いや、少しずつだが霊夢の動きが更に悪くなっていく
「ちょっと、霊夢はどうしたの?あんな霊夢は異常よ。」
ついに妖怪の攻撃が霊夢に掠め始めた時、流石にこのままではまずいと思った咲夜が飛び出そうとしたが、その腕を紫が掴んだ。
「大人しく見ていなさい……大丈夫よ、もう終わりにするはずだから。」
そう紫が答えたのを待っていたかのように、霊夢がスペルカードを発動させた。
一瞬で妖怪達全てを吹き飛ばす。スペルカードの威力をかなり落して発動させた為か、吹き飛ばされた妖怪達に大きな外傷はない。しばらく転げまわっていたが、未だそばに霊夢がいる事を思い出したのか、慌てて逃げだし姿を消した。
「紫、いるんでしょ?」
霊夢は紫がいる事を確信しているのか顔を動かさずに声だけを発した。
「いるわよ。」
その声とともに紫は咲夜の傍の空間を閉じ、霊夢の傍の空間を開き顔を出す。
「後はいつものとおり、お願いね。」
「わかったわよ。でも、大丈夫?いつもより辛そうだけど。」
「私は大丈夫だから、早く行って。」
「判ったわ。あっ、それと今回はちょっと失敗して、観客がいるのよ。そっちへの説明は霊夢からお願いね。」
紫はそう言うと咲夜の方を指差した。霊夢は指差された方を向き、咲夜を見つけるとバツの悪い顔をした。
「あまりらしくない戦い方でしたわね。」
咲夜は霊夢の傍に降りてくると少し嫌味を込めて言った。
「一昨日、食料が切れちゃったんだけど、昨日から酷い雨が降ったじゃない。買出し行けなくて、お茶しか飲んでないのよ。」
「それならさっさと終わらせれば良かったのではないの?あんなクズ妖怪に何を手間取っていたのかしら。」
「咲夜はさっきの妖怪見たことないでしょ?あの妖怪達は最近、幻想郷に流されて来たばかりの妖怪なのよ。まだここでのルールがわからないのだもの。いきなり張倒すのはやり過ぎだと思わない?」
「だから、それを教えていたとでも言うのかしら?見ていた限りでは、あいつらにやりたいようにやらせていただけみたいだけど。」
「それは仕方ないわよ。咲夜にならあの妖怪達の気持ちがわかるかと思ったんだけど……」
「わかりませんわ。こちらが攻撃しない事をいいことに、力任せに、それも集団で一人の人間を襲うあんな連中の気持ちなんて判りたくもありませんわ。」
「そっか、咲夜にはわからないのか。わからないならその方が幸せだからいいよ……」
そう答え終わった霊夢がいきなり倒れかけたので慌てて咲夜は霊夢を支えた。
「ちょっと、霊夢?」
「ごめん……やっぱ、もう限界っぽい……ちょっとだけ休ませて……」
そう言うと霊夢はそのまま寝息をたて始めた。
咲夜は、そんな霊夢をしばらく抱きかかえていたが、取り合えず下草が綺麗そうな木の下に移動し、霊夢を木に寄りかからせた。
そして、咲夜もその隣に座ると、先程霊夢の言った言葉を考えた。
(何がわからない方が幸せよ。いくら幻想郷に来たばかりだからってあんな連中の何を……あっ)
そこで咲夜はようやく霊夢の言ったことに気付いた。
幻想郷に流れて来たばかり。それは外の世界で幻想になったという事。簡単に言えば、忘れられた、爪弾きにされた、存在を否定されたという事。
そんな者が見知らぬ場所へ流れついた時、怒りと不安を抱えた連中、それも力をさほど持たぬ妖怪達に出来る事は人を襲うことぐらい。
咲夜もその異能故に存在を疎まれたことがある為、その気持ちならば嫌という程わかる。
「ん~」
寝苦しいのか、身体を動かした霊夢はバランスを崩し、そのまま咲夜の脚に上半身を預ける格好になる。
(もしかして霊夢は、あの妖怪達の怒りの受け皿になっていたってこと?幻想郷の巫女ってそんなことまでしないといけないの?)
馬鹿な事をと思う。博麗の巫女はその存在自体が幻想郷の要。もし霊夢に万一のことがあれば幻想郷自体が崩壊してしまう。霊夢も、そしてそんな事をやらせている紫も何を考えているのだ。
咲夜がそんな事を考えていると、目の前の空間が開き、紫が出てきた。
「霊夢、終わったわよ~って、寝ちゃってるの?まぁ、いいわ。」
いつもの胡散臭い笑顔をした紫はそう言うと、咲夜に身体を預け眠る霊夢を抱き上げようとした。
「少し答えて欲しい事があります。」
紫の腕を掴むと、咲夜は話しかけた。
「なにかしら?」
「今、何をしてきたのですか?」
「あの妖怪達に幻想郷のことを説明してきたのだけよ。」
(やはりそうなのか。霊夢があの妖怪達の怒りを受け止め、そしてある程度落ち着いた所で紫が幻想郷のルールを教える。)
「こんな馬鹿げた事をいつもやっているのかしら?」
「馬鹿げた事?」
「えぇ、幻想郷の要たる博麗の巫女をあんなクズ妖怪の怒りの受け皿にしていることですわ。」
「……」
紫が黙っている事に自分の言葉が間違っていないと確信しさらに咲夜は続けた。
「博麗の巫女にこんな事させて、霊夢も貴方も、あんなクズの為に幻想郷を滅ぼすつもりなのかしら?」
「……霊夢に聞いたの?」
「いいえ、霊夢はただ、『ここに流されて来たあの妖怪の気持ちがわからないのは幸せなこと。』そう言っただけですわ。」
「その言葉でそこまで気付くとは、流石は紅魔館の誇るパーフェクトメイドね。」
「茶化さないで欲しいわね。」
「でも、はずれよ。博麗の巫女は本来こんな事する必要はないわ。」
「では、なぜこんな事を?」
「私は言ったわよね。『あれが霊夢の覚悟』なんだって。これは霊夢自身が望んだことなのよ。私は反対したんだけどね……」
「どうして……」
「貴方が考えたとおりよ。ここに流されて来た者はその身に怒りと不安を抱えている。そんな者達にいきなり、この幻想郷のルールを力ずくで押し付けても反発されるだけ。その怒りをある程度発散させられれば良いのだけど、相手をする者が、力の弱い妖怪や妖精では殺されてしまうかもしれない。力の強い私や貴方の主人が相手をしてもだめ。一方的にやられているだけでは、幻想郷のパワーバランスが崩れるかもしれない。だからと言って萎縮させてて、ろくに暴れさせないのでは意味がない。里人では本当に殺されてしまう。結局は完全な弱者を装える強者が受け皿の役をやるしかないの。」
「そんなことをするくらいなら、あんなクズ、殺してしまえば……」
「それを貴方が言うの?」
紫の言葉に咲夜は言葉を失う。
「ここは幻想郷よ。全てを受け入れる世界。今迄の博麗の巫女はその身の安全が保証されていた。でも、決して倒してはいけない博麗の巫女の存在は、妖怪達からその存在意義を奪っていたの。それを防ぐ為に霊夢はスペルカードルールを作った。そして、どんな者達でも受け入れる為にこんな無茶をしているのよ。」
咲夜は紫の話を黙って聞いているしかなかった。
「霊夢はね、今迄の博麗の巫女の中で、最も幻想郷の意思を体現しているの。だから幻想郷に最も愛されているのだけど。貴方も霊夢に会って何か感じたでしょ?」
(霊夢に会って確かに私は変わった。私だけでなくお嬢様も、妹様も。何かに守られている安心感がある。)
「これからもこんな事を続けていくわけね。」
「そうよ。霊夢が投げ出さない限り続けるわ。」
「私達に……いえ、私に何か出来る事は?」
「今迄通りに霊夢に接してくれること。悪いけどそれ以外はないわ。言っておくけど霊夢の代わりをやろうなんて考えないでよ。そんな事をすれば霊夢が逆に苦しむだけだから。」
(何もするなと言ってるようなものじゃない。)
苦しげな咲夜の顔を見て、紫はひとつの提案をする。
「仕方ないわね。じゃぁ、私の手伝いをしない?」
「貴方の手伝い?」
「そうよ。でも、これは霊夢の為になる事よ。」
「いったい何をすればいいのかしら?」
「霊夢の世話を手伝って欲しいの。」
「身の回りの世話ってこと?」
「違うわよ。今回みたいに私が傍に付いていれれば良いのだけど、私も常に付いている事は不可能なのよ。だから、今回みたいなことがあっても私が付いていられない時には、貴方が霊夢に付いてあげて欲しいの。」
(聞いたことがある。確か八雲紫は冬眠に入ると春まで目覚める事はない。いやそれ以外でも頻繁に眠る事があると。)
「任せなさい。」
「言っておくけど辛いわよ。目の前で霊夢が苦しんでいても助けてはいけないし、誰にもこの事を告げられないのだから。」
咲夜は先程の苦戦している霊夢を苦しげな表情で見ていた紫の顔を思い出した。
「でも、それが霊夢の覚悟なんでしょ。耐えてみせるわ。それが私の覚悟よ。」
「そう。じゃぁ、早速お願いね。ゆかりん、疲れちゃって眠かったのよ。」
咲夜の答えに満足したのか、紫はその言葉を残すと、大きなあくびをしながら空間を開き、さっさと姿を消してしまった。
「ちょっ……まぁ、いいわ。」
霊夢の言葉を思い出す。確か昨日からお茶しか飲んでないと言っていた。
何か、霊夢に作ってあげよう。あまり身体に負担がかからなくて栄養のあるものを。
脚の上で眠る霊夢の髪を撫でながら、咲夜は霊夢への食事メニューを考え始めた。
10/03/29 誤字修正
同 日 あとがきの最後に甘味追加(必要な方のみお読み下さい。)
10/03/30 誤字、言回しを少し修正
10/04/03 更に誤字修正
でも咲夜さんが居るから大丈夫か!
これではあと一日しか持たない…
まあ脳内補完するがなぁ!!
そうですよね。
と、言うか、この二人は一緒にいれば、何があっても大丈夫な気がするのは私だけなんでしょうか?
>>2様
今回は『平穏な日常の延長上にある幸福』を書いたつもりだったので、霊咲分不足で申し訳ありません。
後書きの最後に、咲霊分ですが加えておきます。(幸せの鏡を聞いて居たら、ベタだけど自然と出てきた。)
これからお読みになる方も、必要な方はお読み下さい。
私の妄想回路は現在その8割近くを咲霊、霊咲の処理を行なっております。なお、妄想回路内のキャラクターコンバート機能、シナリオ追加機能も脳内補完作業中となっております。
やっぱり脳内補完って重要ですよね。
にしてもレミリアさんあっさりと…是非とも子供ができたら見せて貰いたいぜ!
前世云々の話も読みたいなー。