Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

てゐの一日

2010/03/28 00:47:29
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 春が来て、てゐの日となる。
 一年間に他人へ与えてきた幸福が返ってくる。

 てゐの誕生日などは誰も知りはしない。
 それでも、
「てゐ、ちょっと来なさい」
 呼ばれた方へ行ってみれば、
「耳そうじさせろや。こら」
 不器用な鈴仙が、くすぐったい手つきで、丹念に耳穴を掻き清めてくれた。
 頬肉がにやりと温む。
 ひどく心地よかった。
 ころんと向きを変え、膝枕に顔をうずめた。
「これが嫌だから……」
 てゐはいたずらが好きだ。
「何か言った?」
「べつにー」
 しゃわん。しゅわん。
 頭の裏にブラシをかけられてゆく。
 横目に庭を見ると、耳の毛が抜けて、春風に白くきらりと散っていった。

 ぱっ。
 と意識が切れる。
 眠っていたらしい。
「起きなさい。終わったわよ。それから……姫と師匠が、部屋に来なさいって」
 てゐの体は鈴仙の手に抱かれるほど小さい。
 天気も良かった。
 すでに今日のところは満足で、これ以上は多い。
「ふっ。因幡てゐは逃走する。さらばだー」
 脱兎、てゐは縁側の床を蹴って外へ駆け出した。
 冷たくされるのは嫌いだった。
 優しくされるのも、苦手だった。
 ぱしぱしと顔に当たった竹の葉が、くるりくるり回りながら後ろへ落ちていった。
「とうっ」
 跳躍。
 青い竹林を飛びあがり、ざんっと藪を抜けて、風の光る空へ入った。


(知り合いには会いたくないな。初対面でいて、馬鹿か、哀れな奴がいい)
 てゐは中空を漂い続けた。
 小傘が登場する。
「ばああっ! うらめしや~」
 うすらぼやけた視界の間近で、大目玉の化け傘がにょろんと舌を垂らしていた。
 傘をかいくぐり、小傘の脇をすっと通り抜けて、
「はるのうららの~」
 歌を唄った。
「う~らら~め~し~や~!」
 化け傘はてゐに追いすがり、真っ赤な大舌を振り回し、驚かそうとやっきになっている。
 こういう奴が好きだ。
 振り向いていかにもびっくりとして見せると、小傘は得意満面となった。
「あち……私は、小傘。人を驚かせるのが私の栄養よ」
「私もイタズラは大好きさ」
 意気投合した。

 陽が高く青空は冴えて冷んやりとしている。
「てゐ。あの黒いのは……?」
「邪悪なピンポン玉の妖怪だね」
 風下に、丸い闇がふらふらとしている。
 てゐと小傘は長い平板を用意して、ほくそ笑んだ。
「ゆくぞ」
「おうよ」
 ごつん。
 闇が、てゐの持つ平板にぶつかった。
「いたい」
 向きを変えて、闇は小傘の構える方へぶつかっていった。
 ごん。がん。ごん。
「くらえ、てゐトルネード」
「なんの。小傘ゾーン」
 羽子板のように板を振って打ち合った。
 ふっと闇がとけて、
「てめえら」
 怒るルーミアを、笑い飛ばして別々に逃げ散った。


(もう昼か。おなか減ったなー)
 永遠亭にはまだ帰る気になれない。
 人間の食べものが好きだ。
「変化の術~」
 人間に化けて人里へ行き、ふと目についた稗田の屋敷に忍び込んだ。
 中ではちょうど、阿求が膳をつついている。
「何の御用?」
「お昼を頂……観察に」
 阿求の向かいに正座して、食膳をじいっと眺めた。
 雑穀。草。
 つまみ喰いをする気は失せていた。
「ああ、かわいそう。まずそう。こんなものを食べてるなんて。うわあ」
 平然とした顔で、阿求は薬草のようなものを噛みしめている。
 てゐは膳を取り上げた。
「もうやめて。私は食事がしたいの」
「それはたった今食事を奪われた、私のセリフでは」
「よし。やはりお互い、食事がしたいわけだ。外に食べに行けば問題解決」 
 不満をもらす阿求を連れ出して、ラーメン屋に入った。
 当然のことだが、幻想郷にラーメンはある。

「半ライス」
 と言いかけた阿求の口を黙らせて、てゐが注文をとった。
「味噌を二つ。よろしく」
 しばらくして、味噌ラーメンが運ばれてくる。
 てゐは至福の顔をして、麺をたぐるようにして口へ入れた。
 ぱきん。
 阿求もようやく箸を割った。
「私は幻想郷縁起を書く使命があるからこそ、閻魔様に転生を許されている」
 食事一つとっても、好きにはできないのであろう。
 それでも、
「いっただっきまあす」
 この時は阿求の声が弾んだ。
 てゐは古い妖怪で、稗田阿一の手で幻想郷縁起の編纂が始められた時から、存在が確認されていたと云う。
「むかしの……転生前の記憶は、どのくらい残ってるの?」
「ほとんど無いわよ」
「そっか」
 幻想郷縁起に書いてあること以外、阿求は知らないであろう。
「ごちそうさま」
 ずいっと掌を突き出した。
「勘定してくる。千円ちょうだい」
「えっ。私の奢りなの?」
 それからつり銭を懐にしまい、ひとり人里を離れた。


(てえいっ!)
 春が好きだ。
 春告精を掴まえて、桜を一本だけ満開にさせた。
 うずうずとしてしまい、たまらず枝を折った。
 その枝を振り回していると、
「ごきげんね」
 陽炎のように幽香が立っていた。
 穏やかに微笑んでいる。
 てゐがそっと後ろへ下がると、殺気がぴしりと疾り抜けて、足が止まった。
「ま、待って待って。これには深いわけが」
「話してごらん。ほんの枝一本のことよ。悪くても耳の一本で許してあげる」
「つまり……こういうわけで」
 ぐっさり。
 折った桜の枝を、地面に突き立てた。
 策はない。
 てゐはひたすら幸運を祈った。
「春ですよー」
 声がした。

 春告精が集まってくる。
 桜の枝はメキメキと大きくなり、あっという間に幽香の背丈ほどの樹に成長した。
 つぼみが生まれ、柔らかな風に揺れている。
「あっきれた……」
 幽香は嘆息した。
 産まれたばかりの桜が、てゐと幽香の間に立って花を開く。
「いいわ。許してあげる」
 殺気が引いてゆく。
 桜は満開となった。
「私はしばらくお花見してるけど、どうする?」
 幽香は桜周りの土を踏まぬよう、離れたところでぼうっと眺めている。
 ぺこり。
 てゐは桜に頭を下げて、
「家に帰るよ。幸運も使い果たした」
 竹林へ向かって空を飛んだ。


 永遠亭に着いた。
「おーい! おーい。おーい」
 てゐの声だけが廊下に響く。
 返事はない。
「おっかしいな。まるで人の気配がしないんだけど」
 片付いた廃屋にいるようだった。
 しばらくして、輝夜の部屋に侵入すると呆然とした。
 地上や月の宝物が、がらくたのように積んである。
 机の上に置き手紙を見つけた。
「ふうん……あいつら、月に帰ったのか。こんなに財宝をもらえるなんて、今日はついてるな」
 部屋が闇になる。
 時がどうにかされたらしい。
 次の瞬間、てゐは満月を見上げていた。
「あっ」
 という間もなく移動されてしまい、庭にいた。

 輝夜と永琳がいて、笑っている。
 三方に団子や甘酒が山と積まれており、振り向くと、てゐの体は鈴仙に抱きかかえられていた。
(やられた……)
 がっくりと視線を落とした。
 耳がうなだれる。
 どうやら、いたずらをされてしまったらしい。
「毎年、この話をしようとするといなくなるんだから」
「いや、でもね。姫」
「今日は私たちが出逢った日。ついでで、お前の誕生日にすると、最初に言ったろう」
「師匠……」
「神妙にしろ。てゐ」
 ふっ。
 と体の力を一瞬抜いて、反転。思いっきり鈴仙を蹴飛ばした。
 勢い虚空に放り出される。
 こういう時のための準備がある。
「かかったな!」
 着地と同時、てゐは庭の片隅に建つ石灯篭を狙って跳び、これを蹴倒した。
 てこを倒したように仕掛けが動く。
「地震?」
 ずどん。
 と地が割れて、庭は陥没し、鈴仙などは土に埋まった。
 巨大な落とし穴だった。
「へへっ。これだけ貰っとくよ」
 てゐは腕一杯に団子を抱えて、満月の中を飛んだ。
 ひょいと口に入れる。
「このひどさ。鈴仙の手作りか」
 それが好きだ。
十三度目まして。てゐの何でもない話です。
短いですが、少しなりと楽しんで頂けたらと思います。

前作はコメント頂きありがとうございました。
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_p/?mode=read&key=1269060180&log=59
いつ続くやら目処は立ちませんが、まあそのうちに。ちなみに何がとは言いませんが、着想はお察しの通り。

追記:指摘ありがとうございます。誤字修正しました。来きなさい→来なさい
かっぱ巻き風味
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
>てめえら
マジで怒ったルーミアさん怖いwwww

ほのぼのしてて、とっても良かったです!
2.名前が無い程度の能力削除
>鈴仙など
などひどい
3.名前が無い程度の能力削除
てゐらしいといえばてゐらしい。
悪くなかったです。
4.名前が無い程度の能力削除
てゐは本当にフリーダムですね
永遠亭主要メンバーで唯一月と関係なく
永琳を「師匠」とは呼ぶものの明確な師弟関係すらなく
そんなてゐの愉快な一日、面白かったです
5.名前が無い程度の能力削除
やっぱり因幡だwww
6.名前が無い程度の能力削除
ルーミアでラリーしたり、あっきゅんを食事に連れ出したかと思えば奢らせたり、祝いを受けるのをいやがりつつも団子を食べて「こういうのが良い」と言う。和みました
7.名前が無い程度の能力削除
あれ?これすごくいい
8.名前が無い程度の能力削除
いいなぁ
9.名前が無い程度の能力削除
ああ、いいなあ…
10.ずわいがに削除
いたずらが上手いッスなぁ。お見事でした。