※ この話は、作品集プチ59、『ネズミの歩き方』からの続きとなっております。
本作よりもとっても短いので、是非そちらからお願い致します。
私は書く──
この命蓮寺で起きた出来事を、この聖白蓮の命に代えても──
「な……ナズーリン……? あの……少し、お時間を貰えますか……?」
これは一体どうした事でしょう。
いつも元気な寅丸星が、今日はしょんぼりしながらナズーリンの背中に声を掛けました。
「ご主人……悪いが今は忙しいんだ……後にしてくれないか……?」
振り返ったナズーリンもどこか悲しげに顔を俯かせています。
前回、私の可愛い星に告白を迫られておきながらもこの態度……。
しかもあれ以来ずっと星を避け続けている、とってもチキンなナズーリン。
「そ、そう言わずに……! どうか少しだけで良いんです!」
ナズーリンに冷たくあしらわれても、それでも星は勇気を振り絞って言いました。
大きな瞳をうるうると潤ませ、必死になってナズーリンに懇願します。
私なら、それだけで全てを許していることでしょう。
「…………少し、だけなら……。」
流石にチキンでどうしようもない甲斐性無しのナズーリンにも、星の泣き落としの効果はあったようです。
こうして訪れたチャンスをどうにか物にしようと、胸の前で小さくガッツポーズをとって自身を鼓舞する星。
ああ……その姿のなんと健気なことでしょう。
「ではナズーリン……どうか私に……鼠の『食べ方』を──。」
しかし星のこの一言にナズーリンは尻尾を逆立てました。
まるでこれから『捕食』されようとしている小動物のように、恐怖でふるふると震えています。
一方の星は、先程までの怯えた表情が嘘のように、今は一変して素敵な笑みを浮かべています。
頬を僅かに上気させ、瞳はとろんと蕩けている星の笑顔はどこか妖艶さを醸し出しているよう。
「す、すまない! ご主人っ!!」
「……はっ!? まっ、待ってください! ナズーリン!!」
有ろう事か、ナズーリンは逃げ出してしまったのです。
勇気を振り絞ってナズーリンとの仲を修復しようとした星を置いて。
後に残された星の背中はしょんぼりと哀愁を漂わせていました。
ああっ……! なんて可哀想な星……っ!
それに比べてこのナズーリンときたら──
「聖殿……? 心なしか私への悪意が酷くないかな?」
ふと後ろから声がしたので振り返ると、驚く事にそこにはナズーリンがいました。
眉間に皺を寄せて、何やら困り果てている様子です。
「そんなことはありませんよ。それよりナズーリン? ノックも無しに人の部屋に入るなんて、紳士たる貴女らしからぬ行為ですね。」
「そこは紳士ではなく淑女と……いや、確かにそっちの方が私には合ってるだろうがね。
勝手に入った事は謝ろう。しかし今の私には無礼を承知でも他に優先せざるを得ない事情があってね。」
そう言いながら手を腰に当てたナズーリンの目が、鋭く光ります。
成る程、一面ボスの癖にこの凛々しさ……星が惚れてしまうのも分かる気がします。
「どうやら、ご主人に妙な事を吹き込んでいるのは聖殿のようだね?」
半ば確信的にそう問い掛けてきたナズーリンに私は、はて、と首を傾げます。
「なんの事でしょう?」
「惚けても無駄だよ、聖殿。ネタはもう上がってるんだ。あまり私の捜査力を舐めないほうがいい。
現に今、君が書いているそれが証拠だ……!」
どこぞの探偵のように、ビシッと私の日記帳を指すナズーリン。
なんだか『見た目は子供、頭脳は大人』とかいうフレーズが似合いそうです。
「あらあら。無断進入だけに飽き足らず、日記まで勝手に盗み見るなんて……今日の貴女は一体どうしてしまったのですか?」
「どうかしてしまったのは君の方だよ、聖殿……さあ、大人しく訳を聞かせて貰おうか……?」
立っているのにも関わらず、正座している私と目線が同じぐらいのナズーリン。
これでは凄んだところで、迫力なんてありません。
「君がまさか、私を亡き者にしようと思っていたとは露程にも思わなかったよ、聖殿。
あと一歩で、私はご主人に食べられてしまうところだった……。」
「いえ……それは貴女の勘違いですが。」
「…………? 兎も角だ、即刻ご主人を止めて貰おうか?」
さっきから要望の多い鼠です。
しかし私は余裕の表情を崩しません。
何故なら──
バンッ!
「聖! ナズーリンを見かけませんで……ここに居ましたか! ナズーリン!!」
「ご、ご主人!?」
どうやら私の切り札がやってきたようです。
襖を勢い良く開け放って現れた星が、ナズーリンを見つけるや否や早速彼女ににじり寄ります。
しかしナズーリンも大人しく捕まる気は無いらしく、さっと部屋の隅っこまで後ずさりました。
「どうして逃げるんですか、ナズーリン!?」
「ど、どうしてって……まずは落ち着こう、ご主人。君はそう、ここにいる聖殿に誑かされているんだ……!」
誑かすなんて失礼な……本当なら私自身でいい子いい子してあげたい程可愛い星を、二人の幸せの為にと思いこうして手を尽くしているというのに……。
私はナズーリンの心無い一言に、甚く傷つきました。
でもいつかはナズーリンも理解してくれることでしょう。
そう、二人が目出度く結ばれたその暁には……。
「違います! 聖はただ無知な私に、色々教えてくれているだけなんです!」
「それが間違いだと言っているんだ──待て、ご主人……? その取り出したチーズをどうするつもりだ?」
チーズに毒でも盛られていると思っているのか、随分と怯えた様子でチーズを遠巻きに避けようとするナズーリン。
しかし、そんなナズーリンの問い掛けに言葉ではなく、星は行動で答えます。
用意していたチーズを小さく開いた口で先っぽから食べていく星。
それはあたかも、鼠が食べる姿を再現しているよう……。
星の大きな身体と口には不釣り合いと思いきや、そのギャップが可愛さを引き立てています。
必死になり過ぎて、両目を瞑り、夢中になってチーズをしゃぶる姿が堪りません。
「ぐはぁ……!!!」
これには唐変木のナズーリンにも相当堪えたようです。
うわ言のように何かを呟きながら、必死に成って自分を保とうとしています。
ちょっと耳を傾けてみましょう。
「ちがう……ちがう! 私がご主人を慕っているのは……決してこんな邪な想いからなんかじゃ……!
ああ、でも可愛い…………はっ!? 断じて違うぞ! ……そうだ、あの日の事を思い出すんだ……!
聖殿を失い、それでも互いを支え合って暮らしてきた、あの日々の事を……!」
私が封印されていた時の事ですね。
聞くところによると、ずっと二人だけで生活していたんだとか……。
それにしても、こんなに想い合ってて二人っきりの時に何も無かったとは……ナズーリンは当時から甲斐性無しだったことの良い裏付けですね。
「ど、どうですか……ナズーリン……? 私の『食べ方』は合っていますか?」
星は漸くチーズの半分を食べ終わると、不安げな表情でナズーリンに問い掛けました。
もう、合ってると違うとかの問題では有りません。
さっさとナズーリンが覚悟を決めてしまえば済む話なんです。
「ち、違うぞご主人!? 私は決して──」
どうした事か、勝手に混乱に陥っていたナズーリンは、要らぬ言い訳を口にしてしまいました。
「違い……ますか? それではその……実演して頂けますか?」
それを誤解して受け取った星はそう言ってチーズをナズーリンに差し出します。
無論──食べ掛けのを、です。
「そ、そそそそ、それは……!」
「す、すいません……チーズはこれ一つしか持ち合わせが無くて……///」
ナズーリンは本能のままそれを受け取ると、ゴクリと喉を鳴らしました。
間違っても、お腹が空いていたとかそんな理由じゃない事は、その真っ赤に染まった顔を見れば誰の目からも明白です。
「ご主人と……ご主人と……かかかかか間接『チュー』!!!?」
「え? 鼠の鳴き声はもうマスターして──な、ナズーリン!?」
鳴き声と言うよりは、ただの奇声を上げて卒倒するナズーリンを、慌てて星は抱き留めます。
……全く、甲斐性無しも此処まで来ると、呆れて何も言えません。
「ナズーリン! しっかりして下さい、ナズーリン!?」
「きゅー……」
こうして、気絶したナズーリンに必死になって呼びかける星の可愛らしい悲鳴をBGMに、私は今起きたばかりの事を日記に書き連ねるのでした。
星が……ネズミの……食べ方……だと……?
……ぐふっ
正確に綴れる聖がすごいと思うのだよ
前回は私の不用意なコメントでご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。だからアレは私のせいですので。
ナズーリン、チーズをしゃぶるとか言うなwww
ほら、このスティックチーズで端から同時に向かい合って齧ればよく見えるだろwwさあ!!
そんなに急ぐと弾けてしまうよ
ナズの甲斐性無しのイメージがすごいことに!
やほう!
こんなの甘すぎて飲めやしないじゃないか……ゴフッ(バタッ