「まてこらーーッ」
湖のほとりにある大きな館、紅魔館から大きな声が聞こえてきました。太陽が空の真上を過ぎた午後のことです。
広い屋敷の中ではどたばたと、広い廊下を元気よくフランドール・スカーレットが走っているのが見えます。
フランの両手にはクレヨンが握られていて、きゃっきゃと笑っています。
「待てといわれて止まるバカはいないわよ~お姉さま~」
後ろを向きながら小ばかにするように、フランは自分を追いかけてくる二人に言ってやりました。
その二人とは、この紅魔館の小さな主であるレミリア・スカーレットと、メイドの十六夜咲夜の事です。
追いかけるレミリアの顔には、びっしりとさまざまな色のクレヨンで落書きがされていて、まるでフェイスペイントをしているみたいです。
「うるさいバカ! 待てったら待ちなさい!」
イタズラが大好きなフランはたびたびみんなをこまらせています。
今日は、見ても分かるように姉のレミリアが食後のお昼寝をしている隙にクレヨンでびっしり落書きをしてあげました。我ながらよく描けたと思っています。
「フランドール様! もう許しませんよ」
それから、咲夜には仕事をしている最中にスカートをめくって遊びました。
この館に住むメイドはみんな足が見えないロングスカートのメイド服をきているのですが、咲夜だけはミニのスカートをはいています。
それは、フランにとってはめくってくれと言わんばかり。今週に入ってもう五回はめくりました。その度に、咲夜は違うパンツをはいているのでフランはそれを見るのも楽しみです。
「あ、咲夜。今日のはすごいねー。いつもクマさんとかウサギさんなのに、黒でレースってのは初よ」
走りながらフランは咲夜に向かって大声で言いました。どうやらなかなかの収穫だったようです。
「え?」
突然フランに言われた咲夜はビックリ。一瞬でほほと耳がまっかになって、走りながらスカートのお尻の部分を手で隠しました。
ビックリしたのは咲夜だけではありません。隣で一緒に走っていたレミリアもビックリした顔で咲夜を見ます。
「何? 咲夜そんなモノはいているの? やめなさいよ、フランの教育によくないじゃない!」
ちょっぴり顔を赤くしながらレミリアが咲夜に注意します。見た目が小学生ほどのレミリアでもさすがにこの館の主なので、これはいただけません。
「あ、あの……その…………申し訳、ありません……」
すっかり小さくなってしまい、咲夜はうつむいたまま走っています。
「あははははは~~~」
レミリアと咲夜のやりとりに、前を走るフランは大爆笑です。
走る廊下の先を見ると、少し先で大きく直角に折れているのが見えました。
フランは速度を落とさないように大きく曲がって駆け抜けようとします。
「あ! その先は!」
「フラン! 危ないわよ!」
後ろを走るレミリアと咲夜は大慌てでフランに大きな声で注意しますが……。
「平気だもんね~」
と、二人に向かってベロを出し、そのまま曲がり始めました。
ですがそのとたんに、フランは自分の体に違和感を感じました。
「?」
体が妙に軽くなったような気がしました。床を踏みしめる重さがまるで感じません。まるで空を飛んでいる時みたいです。
それもそのはずでした。
「あ……れ?」
廊下の角を曲がったその先には、廊下が続いているのではなく、階段があったからです。
踏み出したフランの足は地面につかず、ゆっくりと階段の上、空中をとんでいます。
「危ないッ!!」
咲夜が叫んでいるのが聞こえました。だけど、フランにはもうどうすることもできません。びっくりした表情のまま、視界はすごい速さで地面に向かっていきました。
そして、一瞬にしてフランの目の前が夜になりました。
体中がいたい……。
こんなに痛いのは少し前に館にやって来た人間と遊んだ時以来だ。
目をつぶっているか? 目の前は真っ暗で、体中がいたいことだけが分かります。
どこかけがしているのかもしれない。
ちょっと怖いけれど、フランはゆっくりと目を開きました。
「???」
すると、そこは見たこともない場所だということが分かりました。
さっきまでいたのは紅魔館。見なれた場所です。ですが今は……。
「ここは……どこだろう?」
フランは、外にいました。
外にいるということにフランは一瞬びくりとしましたが、幸いにも天気はくもりで、フランはほっとしました。
なぜなら、吸血鬼であるフランは、太陽の光をあびると気化してしまうからです。外の世界は吸血鬼には天敵なのです。
とにかく、どうして自分がこんな場所にいるのか? フランは考えることにしました。
「えと、どうしてここにいるんだっけ?」
思い出そうとしても、頭の中がもやもやとして思い出せません。仕方がないから考えるのをあきらめました。そして、ふたたび辺りを見回します。
そこは、どこかの川岸のようで、波が静かにゆらいでいました。
自分が寝ていた川縁には、白いもやみたいな玉がいくつも浮かんでいて、見たこともない真っ赤な花達が咲き乱れています。キレイなのですがどこか不気味に感じる場所です。
フランは自分の周りに生えてる花を一つ摘んでみました。
「なんて花かな……?」
自分の知っている花とは形が全然違います。花びらは、ハートの形みたいにひらべったくはなくて、糸みたいに細くて上を向いています。
「それは彼岸花。別名、曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも言うね」
突然、知らない声が聞こえてきて、フランはビックリしました。
声は後ろから聞こえました。怖いですがフランはゆっくりと振り向きます。
そこには和服を着た背の高い女の人が立っていました。
ちょっとけだるい感じの表情をしたその女の人は、自分の身長よりも大きな鎌を持っていてフランを見ていました。
そして、両サイドに縛った髪の毛は、周りに生えている花と同じくらいに濃い赤色をしています。
「……だれ?」
少し緊張した様子で、フランはその人に聞きました。
「おや? お前さんは生きているんだね? それでここに来るとは珍しい」
女の人はフランの質問には答えず、ずいずいと近づいてきました。
近づいてきた女の人は、フランが思っていたよりも背が高くて、ちょっと怖くなってきました。館の中では一番背の高い咲夜よりずっと長身です。
それに、胸もとても大きいです。近づくたびにゆれています。コレも、咲夜より大きいです。
「突発的な事故で来たんだね、きっと。ここは三途の川、彼岸(ひがん)と此岸(しがん)の境目だよ」
女の人の声は少し低いけれどキレイな音をしていて、すーっと流れる春の風みたいに言葉が続いていきます。
ですが、フランはその言葉があまり耳に入っていないみたいで、ぼうっと、ただ女の人のとある一点だけを見ていました。
「ん……? どうしたんだい?」
そこはフランの目線の先。女の人の上半身の部分、大きく揺れる二つの水風船。まぁつまりは、胸のことです。
「……えい」
フランは自分がずっと見つめている場所を、突然両手を使ってつかむと強くにぎりはじめました。
「きゃん!」
女の人は、フランの突然の行動にびっくりして声をあげました。低い声の割にはなかなかに可愛らしい声がもれます。
「ぅわ、すごい……やわらかい……手がしずむ……」
フランはおどろきながらも、手を止めることはせずに、一心不乱に手の動きを強く大きくしていきます。
なすすべもなくやられている女の人は苦しいのか? 目を強くつぶりながら赤くなった顔をそむけています。呼吸もなんだか少しずつ短く速くなっていきました。
「ちょ、おねが……やめ……っ」
女の人はフランから逃げるように体を横にねじって胸を手で隠しました。それでやっと、フランは自分の行動が嫌がられていたことに気付いたのです。
「あ、ごめん……いたかった?」
フランは手を止めて女の人に聞きます。
「痛くはないけど……なんて破廉恥な娘だ……」
ちょっぴりなみだ目になった女の人が、じ~っとフランを見つめていました。
一人で知らない場所に突然来てしまったフランでしたが、とりあえずここで会った女の人といろいろ話を聞いてちょっとだけ納得しました。
まず、自分のいる場所が『三途の川』という死んだ人が来る場所だってこと。
次に、ここにいたおっぱいの大きな人は『死神の小野塚小町』だと言う事です。
死神というのは、ここに来た死んだ人の魂を彼岸へ運ぶ仕事をしている。という事も聞きました。
そして、一番びっくりしたのは……。
「じゃあ、私は死んじゃったって事?」
「死に掛けている。と言った方が正しいかねぇ。お前さんは今魂だけの状態なんだ。体は別の場所にあってね。まぁ、ここに長居すれば本当に死んじゃうけどね」
小町はその辺に浮かんでいる白いもやを一つつかむと空いたほうの手でそれを指差しました。
「これが完全に死んだ人間の魂。どれも見た目は同じ」
小町につかまれた魂は、嫌そうにじたばたと暴れています。
「すごいすごい。私今まで死んだことってなかったの。へぇ、死ぬとここにくるのね」
「……普通、こんな所へ来ちゃったら泣いたり自暴自棄になったりすんだがねぇ……」
ぽりぽりと、頭をかいて小町がつぶやきますが、目を輝かせて辺りを見回しているフランは聞いていません。さっきまで気味悪がっていたのに。
つかんでいた魂を離して小町は辺りを見回します。同じような白いもやの魂は何十と浮かんでいます。
「とにかく、フランって言ったっけか?お前はまだ死ぬ順番じゃない。突発的に来たんだ」
「帰れっていうの?」
不満げにほほを膨らませてフランが聞いてきます。死ぬのがそんなにいいのだろうか?小町はフランの考えがよく分かりません。
「そうだ。それに、死ぬにはこの川を船で渉らにゃいかん。船に乗るには運賃が必要だ。もってるか? お金だ」
小町は左手の人差し指と親指で輪っかを作ってフランに見せます。
「お金? ん~~……」
フランはスカートや上着のポケットの中を探りはじめました。
すると、フランは何やら手ごたえがあったらしく、ポケットから出した握りこぶしを小町に向けて、ゆっくり開きました。
「なんだこりゃ?」
金色で、平べったいまん丸のモノがフランの手のひらに一枚あります。が、お金とはちょっと雰囲気が違います。
「あれ? これコインチョコだ」
フランが、手に持つソレをいじると、金色の部分がはがれて、中から茶色いチョコレートが出てきました。
そして、フランは出てきたチョコをそのまま口の中に放り込んで食べてしまいました。
「ごめん、お金なかった。タダで乗せて」
小町は、大きな口で笑うと、駄目だとつき返しました。
「ん~じゃあ帰ろうかな?」
一時間ほどして、一通りこの彼岸を見て回って遊びつくしたフランがつぶやきました。
「そうしなさい。あたいはこれから仕事なんだ」
「でもどうやって帰ればいいの?」
小町は少し首をかたむけて考えてから、返しました。
「何かやり残した事。覚えてるか?」
「やり残した事?」
「いわゆる未練の事だな。それが強ければ帰れるんじゃないか? 未練が強すぎて成仏できない幽霊がいるくらいだ。多分できるだろう」
「なんだかテキトーね」
しょうがないので、フランは何か生きていた時にやり残したことがないか必死になって考えてみました。
「う~ん、う~ん……あ!」
と、フランは突然声を張り上げました。何か思い出したようです。
「何かあったかい?」
「おやつ」
「……はい?」
「今日、まだおやつ食べてない」
ここに来る前のことはほとんど思い出せないフランでしたが、その事だけは思い出せたようです。
「えと……、んじゃあ、それを強く願ってみ。多分帰れる、と思う……」
「うん……おやつ、おやつ……おやつ…ドーナッツ……」
すると、突然フランの体がゆっくりと薄く透け始めてきました。
「わ、わ、なにコレ!」
フランはビックリして薄くなり始めた指先や上半身の辺りを見回します。
「現世にある体に魂が帰り始めてるんだな。まさかそれだけで本当に戻るとは……」
小町も思いのほか驚いたようで、まじまじと薄くなり始めるフランを見ています。
「この後、ど、どうなるの?」
「そのまま無事に生き返るさ、心配するな」
優しい声で、小町はフランに言い聞かせます。すると、フランも少し安心したのかゆっくりと薄くなる自分を黙って見ています。
「目が覚めたら、ここに来たことは忘れちゃってるだろうけどね」
「そっか……また、ここに来れるかな?」
「さぁ、どうだろう? 長く生きていればまた来るとおもうけれど」
「他にもいろいろと見てみたかったから。今度はお姉様や咲夜、館のみんなも一緒に連れてきたい」
「あはは、そんなに来られたらかなわないなぁ。一人ずつにしてくれよ」
フランは、もう腰から下が完全に消えてしまっていて、幽霊みたいに上半身だけがうっすらと見えています。
「じゃあ私一人でまた来る。その時はお金持って来るよ、船に乗りたいし」
首と右腕だけがやっと見える状態のフランが、小町に笑いかけました。
「ん? ……ああ、そうだな」
小町も、少し照れたようにそっぽを向いて答えます。
「またね、小町」
手を振って、小さな八重歯をのぞかせて笑うと、フランは完全に消えていなくなってしまいました。
「……」
小町は、フランがいなくなっても少しの間その場所をずっと見つめています。
そして、ふふっと小さく笑いました。
「一体全体、なんだったんだろうね……あの子は……」
周りを見渡すと、白い魂がいくつも浮かび、一面に咲き乱れる彼岸花。そして三途の川。
「フランって言ったっけか? 本当はこんな場所へ来てほしくはないんだが……」
「縁があったら、また会ってみたい……かねぇ」
「……ン、……フラ……」
体が揺れているのと、自分の名前が呼ばれている声が聞こえました。
どこかで聞いた事のある声です。
「フ……ドー、ランドー……様」
この声も聞いた事があります。
「……ぅん……」
目をあけると、見慣れた天井が見えました。
「……?」
そこが、自分の部屋だと気がつくのは自分を呼んでいた二人の存在がしっかりと確認できてからです。
「フラン、よかったぁ気がついたのね」
「フランドール様……」
ベッドに寝かされていたフランをはさむ様に、両隣にはのぞきこんでいるレミリアと咲夜の姿がありました。
「お姉さま、咲夜?」
フランは、意識がはっきりとしてきたので眠っていた体を起こします。
「いたッ」
そのとき、体全体が強く痛みました。
せっかく体を起こしかけたフランでしたが、咲夜に止められてまた寝かされます。
「無理しないで、あなた階段から転げ落ちて怪我したのよ」
レミリアの言葉を、フランはすぐには理解する事ができませんでした。
「階段?」
よく見ると、フランの体のいたるところには包帯や絆創膏がついていて、なんだか大変になっているのが分かりました。
「幸い、大きな怪我ではありませんでしたが、意識が戻らなくて……心配しましたよ」
「三日も眠ったままだったんだもの、さすがに私も焦ったわ」
フランは少し混乱してしまいました。
三日、怪我、お姉さまと咲夜……。
なんだかよく分かりません。
「フラン、もしかしてなにがあったか覚えてないの?」
心配そうに見ているレミリアを見て、なんだかフラン自身も心配になって来ました。
そこで、フランは二回ほど深呼吸をして落ち着いて考えてみる事にしました。
「ああ、と……」
すると、うっすらですが頭の奥に何か浮かんだような気がしました。
自分がお姉さまと咲夜にイタズラをしたこと。
館の中で追いかけっこをしたこと。
そして、廊下の曲がり角で……。
「ああ、そうだったっけ……私、階段から落ちたのか」
そのフランの発言に、見ていたレミリアと咲夜はホッとしたのか大きく息を吐きました。
「よかった、思い出したのですね」
ですが、フランはなんだかしっくりしません。なにか大事なことが思い出せないような気がするからです。
「どうしました? フランドール様?」
「ん? いや、なにも……?」
その時、フランは自分のお尻の辺りに何か違和感を感じました。
気になってシーツに手を入れてみると、出てきたのは一輪の花でした。
その花は、よくあるひらべったい花びらではなくて、濃い赤色をした糸のように細い花びらの花です。
「あら? 彼岸花ですか?」
咲夜が花を見て名前を教えてくれました。
「ひがんばな?」
「珍しいわね、でも、この近くに彼岸花の咲いている場所なんてあったかしら?」
レミリアも寄って見ますが、不思議そうにその花を見つめています。
「彼岸花……ひがん……さんず……?」
フランの頭に、ぼんやりとですが何かが浮かんできたような気がしました。
そこは、いつも自分がいる場所とはちがい薄暗くて不気味な場所ですが、自分が知っている一人の女の人がいました。
濃い赤色の髪をした背の高い女の人で……その人の名前は……。
「名前は……」
わたしはどこかであったことのあるその女の人の名前を、こころのなかで小さくつぶやきました。
湖のほとりにある大きな館、紅魔館から大きな声が聞こえてきました。太陽が空の真上を過ぎた午後のことです。
広い屋敷の中ではどたばたと、広い廊下を元気よくフランドール・スカーレットが走っているのが見えます。
フランの両手にはクレヨンが握られていて、きゃっきゃと笑っています。
「待てといわれて止まるバカはいないわよ~お姉さま~」
後ろを向きながら小ばかにするように、フランは自分を追いかけてくる二人に言ってやりました。
その二人とは、この紅魔館の小さな主であるレミリア・スカーレットと、メイドの十六夜咲夜の事です。
追いかけるレミリアの顔には、びっしりとさまざまな色のクレヨンで落書きがされていて、まるでフェイスペイントをしているみたいです。
「うるさいバカ! 待てったら待ちなさい!」
イタズラが大好きなフランはたびたびみんなをこまらせています。
今日は、見ても分かるように姉のレミリアが食後のお昼寝をしている隙にクレヨンでびっしり落書きをしてあげました。我ながらよく描けたと思っています。
「フランドール様! もう許しませんよ」
それから、咲夜には仕事をしている最中にスカートをめくって遊びました。
この館に住むメイドはみんな足が見えないロングスカートのメイド服をきているのですが、咲夜だけはミニのスカートをはいています。
それは、フランにとってはめくってくれと言わんばかり。今週に入ってもう五回はめくりました。その度に、咲夜は違うパンツをはいているのでフランはそれを見るのも楽しみです。
「あ、咲夜。今日のはすごいねー。いつもクマさんとかウサギさんなのに、黒でレースってのは初よ」
走りながらフランは咲夜に向かって大声で言いました。どうやらなかなかの収穫だったようです。
「え?」
突然フランに言われた咲夜はビックリ。一瞬でほほと耳がまっかになって、走りながらスカートのお尻の部分を手で隠しました。
ビックリしたのは咲夜だけではありません。隣で一緒に走っていたレミリアもビックリした顔で咲夜を見ます。
「何? 咲夜そんなモノはいているの? やめなさいよ、フランの教育によくないじゃない!」
ちょっぴり顔を赤くしながらレミリアが咲夜に注意します。見た目が小学生ほどのレミリアでもさすがにこの館の主なので、これはいただけません。
「あ、あの……その…………申し訳、ありません……」
すっかり小さくなってしまい、咲夜はうつむいたまま走っています。
「あははははは~~~」
レミリアと咲夜のやりとりに、前を走るフランは大爆笑です。
走る廊下の先を見ると、少し先で大きく直角に折れているのが見えました。
フランは速度を落とさないように大きく曲がって駆け抜けようとします。
「あ! その先は!」
「フラン! 危ないわよ!」
後ろを走るレミリアと咲夜は大慌てでフランに大きな声で注意しますが……。
「平気だもんね~」
と、二人に向かってベロを出し、そのまま曲がり始めました。
ですがそのとたんに、フランは自分の体に違和感を感じました。
「?」
体が妙に軽くなったような気がしました。床を踏みしめる重さがまるで感じません。まるで空を飛んでいる時みたいです。
それもそのはずでした。
「あ……れ?」
廊下の角を曲がったその先には、廊下が続いているのではなく、階段があったからです。
踏み出したフランの足は地面につかず、ゆっくりと階段の上、空中をとんでいます。
「危ないッ!!」
咲夜が叫んでいるのが聞こえました。だけど、フランにはもうどうすることもできません。びっくりした表情のまま、視界はすごい速さで地面に向かっていきました。
そして、一瞬にしてフランの目の前が夜になりました。
体中がいたい……。
こんなに痛いのは少し前に館にやって来た人間と遊んだ時以来だ。
目をつぶっているか? 目の前は真っ暗で、体中がいたいことだけが分かります。
どこかけがしているのかもしれない。
ちょっと怖いけれど、フランはゆっくりと目を開きました。
「???」
すると、そこは見たこともない場所だということが分かりました。
さっきまでいたのは紅魔館。見なれた場所です。ですが今は……。
「ここは……どこだろう?」
フランは、外にいました。
外にいるということにフランは一瞬びくりとしましたが、幸いにも天気はくもりで、フランはほっとしました。
なぜなら、吸血鬼であるフランは、太陽の光をあびると気化してしまうからです。外の世界は吸血鬼には天敵なのです。
とにかく、どうして自分がこんな場所にいるのか? フランは考えることにしました。
「えと、どうしてここにいるんだっけ?」
思い出そうとしても、頭の中がもやもやとして思い出せません。仕方がないから考えるのをあきらめました。そして、ふたたび辺りを見回します。
そこは、どこかの川岸のようで、波が静かにゆらいでいました。
自分が寝ていた川縁には、白いもやみたいな玉がいくつも浮かんでいて、見たこともない真っ赤な花達が咲き乱れています。キレイなのですがどこか不気味に感じる場所です。
フランは自分の周りに生えてる花を一つ摘んでみました。
「なんて花かな……?」
自分の知っている花とは形が全然違います。花びらは、ハートの形みたいにひらべったくはなくて、糸みたいに細くて上を向いています。
「それは彼岸花。別名、曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも言うね」
突然、知らない声が聞こえてきて、フランはビックリしました。
声は後ろから聞こえました。怖いですがフランはゆっくりと振り向きます。
そこには和服を着た背の高い女の人が立っていました。
ちょっとけだるい感じの表情をしたその女の人は、自分の身長よりも大きな鎌を持っていてフランを見ていました。
そして、両サイドに縛った髪の毛は、周りに生えている花と同じくらいに濃い赤色をしています。
「……だれ?」
少し緊張した様子で、フランはその人に聞きました。
「おや? お前さんは生きているんだね? それでここに来るとは珍しい」
女の人はフランの質問には答えず、ずいずいと近づいてきました。
近づいてきた女の人は、フランが思っていたよりも背が高くて、ちょっと怖くなってきました。館の中では一番背の高い咲夜よりずっと長身です。
それに、胸もとても大きいです。近づくたびにゆれています。コレも、咲夜より大きいです。
「突発的な事故で来たんだね、きっと。ここは三途の川、彼岸(ひがん)と此岸(しがん)の境目だよ」
女の人の声は少し低いけれどキレイな音をしていて、すーっと流れる春の風みたいに言葉が続いていきます。
ですが、フランはその言葉があまり耳に入っていないみたいで、ぼうっと、ただ女の人のとある一点だけを見ていました。
「ん……? どうしたんだい?」
そこはフランの目線の先。女の人の上半身の部分、大きく揺れる二つの水風船。まぁつまりは、胸のことです。
「……えい」
フランは自分がずっと見つめている場所を、突然両手を使ってつかむと強くにぎりはじめました。
「きゃん!」
女の人は、フランの突然の行動にびっくりして声をあげました。低い声の割にはなかなかに可愛らしい声がもれます。
「ぅわ、すごい……やわらかい……手がしずむ……」
フランはおどろきながらも、手を止めることはせずに、一心不乱に手の動きを強く大きくしていきます。
なすすべもなくやられている女の人は苦しいのか? 目を強くつぶりながら赤くなった顔をそむけています。呼吸もなんだか少しずつ短く速くなっていきました。
「ちょ、おねが……やめ……っ」
女の人はフランから逃げるように体を横にねじって胸を手で隠しました。それでやっと、フランは自分の行動が嫌がられていたことに気付いたのです。
「あ、ごめん……いたかった?」
フランは手を止めて女の人に聞きます。
「痛くはないけど……なんて破廉恥な娘だ……」
ちょっぴりなみだ目になった女の人が、じ~っとフランを見つめていました。
一人で知らない場所に突然来てしまったフランでしたが、とりあえずここで会った女の人といろいろ話を聞いてちょっとだけ納得しました。
まず、自分のいる場所が『三途の川』という死んだ人が来る場所だってこと。
次に、ここにいたおっぱいの大きな人は『死神の小野塚小町』だと言う事です。
死神というのは、ここに来た死んだ人の魂を彼岸へ運ぶ仕事をしている。という事も聞きました。
そして、一番びっくりしたのは……。
「じゃあ、私は死んじゃったって事?」
「死に掛けている。と言った方が正しいかねぇ。お前さんは今魂だけの状態なんだ。体は別の場所にあってね。まぁ、ここに長居すれば本当に死んじゃうけどね」
小町はその辺に浮かんでいる白いもやを一つつかむと空いたほうの手でそれを指差しました。
「これが完全に死んだ人間の魂。どれも見た目は同じ」
小町につかまれた魂は、嫌そうにじたばたと暴れています。
「すごいすごい。私今まで死んだことってなかったの。へぇ、死ぬとここにくるのね」
「……普通、こんな所へ来ちゃったら泣いたり自暴自棄になったりすんだがねぇ……」
ぽりぽりと、頭をかいて小町がつぶやきますが、目を輝かせて辺りを見回しているフランは聞いていません。さっきまで気味悪がっていたのに。
つかんでいた魂を離して小町は辺りを見回します。同じような白いもやの魂は何十と浮かんでいます。
「とにかく、フランって言ったっけか?お前はまだ死ぬ順番じゃない。突発的に来たんだ」
「帰れっていうの?」
不満げにほほを膨らませてフランが聞いてきます。死ぬのがそんなにいいのだろうか?小町はフランの考えがよく分かりません。
「そうだ。それに、死ぬにはこの川を船で渉らにゃいかん。船に乗るには運賃が必要だ。もってるか? お金だ」
小町は左手の人差し指と親指で輪っかを作ってフランに見せます。
「お金? ん~~……」
フランはスカートや上着のポケットの中を探りはじめました。
すると、フランは何やら手ごたえがあったらしく、ポケットから出した握りこぶしを小町に向けて、ゆっくり開きました。
「なんだこりゃ?」
金色で、平べったいまん丸のモノがフランの手のひらに一枚あります。が、お金とはちょっと雰囲気が違います。
「あれ? これコインチョコだ」
フランが、手に持つソレをいじると、金色の部分がはがれて、中から茶色いチョコレートが出てきました。
そして、フランは出てきたチョコをそのまま口の中に放り込んで食べてしまいました。
「ごめん、お金なかった。タダで乗せて」
小町は、大きな口で笑うと、駄目だとつき返しました。
「ん~じゃあ帰ろうかな?」
一時間ほどして、一通りこの彼岸を見て回って遊びつくしたフランがつぶやきました。
「そうしなさい。あたいはこれから仕事なんだ」
「でもどうやって帰ればいいの?」
小町は少し首をかたむけて考えてから、返しました。
「何かやり残した事。覚えてるか?」
「やり残した事?」
「いわゆる未練の事だな。それが強ければ帰れるんじゃないか? 未練が強すぎて成仏できない幽霊がいるくらいだ。多分できるだろう」
「なんだかテキトーね」
しょうがないので、フランは何か生きていた時にやり残したことがないか必死になって考えてみました。
「う~ん、う~ん……あ!」
と、フランは突然声を張り上げました。何か思い出したようです。
「何かあったかい?」
「おやつ」
「……はい?」
「今日、まだおやつ食べてない」
ここに来る前のことはほとんど思い出せないフランでしたが、その事だけは思い出せたようです。
「えと……、んじゃあ、それを強く願ってみ。多分帰れる、と思う……」
「うん……おやつ、おやつ……おやつ…ドーナッツ……」
すると、突然フランの体がゆっくりと薄く透け始めてきました。
「わ、わ、なにコレ!」
フランはビックリして薄くなり始めた指先や上半身の辺りを見回します。
「現世にある体に魂が帰り始めてるんだな。まさかそれだけで本当に戻るとは……」
小町も思いのほか驚いたようで、まじまじと薄くなり始めるフランを見ています。
「この後、ど、どうなるの?」
「そのまま無事に生き返るさ、心配するな」
優しい声で、小町はフランに言い聞かせます。すると、フランも少し安心したのかゆっくりと薄くなる自分を黙って見ています。
「目が覚めたら、ここに来たことは忘れちゃってるだろうけどね」
「そっか……また、ここに来れるかな?」
「さぁ、どうだろう? 長く生きていればまた来るとおもうけれど」
「他にもいろいろと見てみたかったから。今度はお姉様や咲夜、館のみんなも一緒に連れてきたい」
「あはは、そんなに来られたらかなわないなぁ。一人ずつにしてくれよ」
フランは、もう腰から下が完全に消えてしまっていて、幽霊みたいに上半身だけがうっすらと見えています。
「じゃあ私一人でまた来る。その時はお金持って来るよ、船に乗りたいし」
首と右腕だけがやっと見える状態のフランが、小町に笑いかけました。
「ん? ……ああ、そうだな」
小町も、少し照れたようにそっぽを向いて答えます。
「またね、小町」
手を振って、小さな八重歯をのぞかせて笑うと、フランは完全に消えていなくなってしまいました。
「……」
小町は、フランがいなくなっても少しの間その場所をずっと見つめています。
そして、ふふっと小さく笑いました。
「一体全体、なんだったんだろうね……あの子は……」
周りを見渡すと、白い魂がいくつも浮かび、一面に咲き乱れる彼岸花。そして三途の川。
「フランって言ったっけか? 本当はこんな場所へ来てほしくはないんだが……」
「縁があったら、また会ってみたい……かねぇ」
「……ン、……フラ……」
体が揺れているのと、自分の名前が呼ばれている声が聞こえました。
どこかで聞いた事のある声です。
「フ……ドー、ランドー……様」
この声も聞いた事があります。
「……ぅん……」
目をあけると、見慣れた天井が見えました。
「……?」
そこが、自分の部屋だと気がつくのは自分を呼んでいた二人の存在がしっかりと確認できてからです。
「フラン、よかったぁ気がついたのね」
「フランドール様……」
ベッドに寝かされていたフランをはさむ様に、両隣にはのぞきこんでいるレミリアと咲夜の姿がありました。
「お姉さま、咲夜?」
フランは、意識がはっきりとしてきたので眠っていた体を起こします。
「いたッ」
そのとき、体全体が強く痛みました。
せっかく体を起こしかけたフランでしたが、咲夜に止められてまた寝かされます。
「無理しないで、あなた階段から転げ落ちて怪我したのよ」
レミリアの言葉を、フランはすぐには理解する事ができませんでした。
「階段?」
よく見ると、フランの体のいたるところには包帯や絆創膏がついていて、なんだか大変になっているのが分かりました。
「幸い、大きな怪我ではありませんでしたが、意識が戻らなくて……心配しましたよ」
「三日も眠ったままだったんだもの、さすがに私も焦ったわ」
フランは少し混乱してしまいました。
三日、怪我、お姉さまと咲夜……。
なんだかよく分かりません。
「フラン、もしかしてなにがあったか覚えてないの?」
心配そうに見ているレミリアを見て、なんだかフラン自身も心配になって来ました。
そこで、フランは二回ほど深呼吸をして落ち着いて考えてみる事にしました。
「ああ、と……」
すると、うっすらですが頭の奥に何か浮かんだような気がしました。
自分がお姉さまと咲夜にイタズラをしたこと。
館の中で追いかけっこをしたこと。
そして、廊下の曲がり角で……。
「ああ、そうだったっけ……私、階段から落ちたのか」
そのフランの発言に、見ていたレミリアと咲夜はホッとしたのか大きく息を吐きました。
「よかった、思い出したのですね」
ですが、フランはなんだかしっくりしません。なにか大事なことが思い出せないような気がするからです。
「どうしました? フランドール様?」
「ん? いや、なにも……?」
その時、フランは自分のお尻の辺りに何か違和感を感じました。
気になってシーツに手を入れてみると、出てきたのは一輪の花でした。
その花は、よくあるひらべったい花びらではなくて、濃い赤色をした糸のように細い花びらの花です。
「あら? 彼岸花ですか?」
咲夜が花を見て名前を教えてくれました。
「ひがんばな?」
「珍しいわね、でも、この近くに彼岸花の咲いている場所なんてあったかしら?」
レミリアも寄って見ますが、不思議そうにその花を見つめています。
「彼岸花……ひがん……さんず……?」
フランの頭に、ぼんやりとですが何かが浮かんできたような気がしました。
そこは、いつも自分がいる場所とはちがい薄暗くて不気味な場所ですが、自分が知っている一人の女の人がいました。
濃い赤色の髪をした背の高い女の人で……その人の名前は……。
「名前は……」
わたしはどこかであったことのあるその女の人の名前を、こころのなかで小さくつぶやきました。
でも、小町との会話はいい感じでした。
フランが小町と会っていた時間はほんの僅かなものでしたが、フランの日常に何か変化を及ぼしたことは間違いないでしょうね
よかったです
目が覚めたときのその皆の姿を見て何かが変わってくれるといいな。
しかし黒レースはともかく、「いつもクマさんとかウサギさん」
なん……だと……?