この話は『微妙にだけどキャプテンが悪い話』の続編になっています。
今までの話は読んでいると良いと思います。
「さて、酒盛りをしようか」
と、ナズーリンが大量の酒を並べながら涼しげに笑って言った。
唖然とする星と一輪。あらあらな聖。そしてナズーリンを見ただけでびくんっと一歩下がったムラサ。とりあえずは、お酒を飲んで騒ぐという行為に異論がない私。
そんな空気と流れだったから、僅かの反対意見はみるみる内に萎んで、今宵は浴びる様に酒を飲む。
そういう風に、仕組まれた夜だった。
宴もたけなわ? な空気の中。ぐいっと辛い液体を喉に流し込んで、酔いやすいけど冷めやすい私は、最初はけたけた笑ってムラサの帽子を取ったり悪戯したりして楽しんでいたのだけど、今はこうして、身内だけの小さな宴会の様子を眺めるぐらいの余裕を取り戻していた。
「星は可愛いわね~」
「くすぐったいですよぉ」
「さあ、どんどん飲んでくれたまえ。まだまだたくさんあるからね」
「……あ、ありがとう。と、一輪。はい出来たよ」
「ええ、ありがとうムラサ」
現在、聖はほんわかと酔いながら、くすくすと笑い、星の喉元を撫でてごろごろ鳴かせている。ナズーリンは自分もちょびちょびと飲みながら、他の奴にお酌するのに余念がないし、一輪は酒に弱い自分を自覚して、薄めた甘い酒をムラサに作って貰っている。
私は、そんなムラサの少し開いた足の間に座って、その様子を半分酔った振りをして見ていた。
「さあ船長。どんどん飲んでくれ」
「…っ、い、いや、私はもう」
「うん? 私のお酒は飲んで貰えないのかな?」
「……いただきます」
というか、ムラサってば鼠にびびりすぎ。
こぽこぽとコップに注がれる酒に、私は呆れてムラサを見る。
先日の昼過ぎぐらいから、ムラサはナズーリンにびくびくしている。それは皆が感じている事で、急な変化に目を光らせているのだけど、ナズーリンはもとより、ムラサも何があったのか口を割ろうとしない。
とりあえず、ナズと星が変わりばんこにムラサの首に噛み付くぐらいしか、最近のおかしな所はなかった。
……いや、それはそれでむかついてんだけどね。ムラサの首の噛み後見るたびに、私と一輪の目つきが悪くなるので、ムラサは冷や汗を流しながら最近は包帯をぐるぐる巻いている。
なんて、考えている内に、飲み干したムラサのコップにまた酒が注がれる。
「……ぅー、あの、私はも、本当に」
「船長、しょうがないなぁ、私に飲ませてほしいのかい?」
「うわーい! いただきます!」
いや、だからおかしいってば。
ぎゅっと私を抱く片腕の力が強まり、私は「むー」と痛いって抗議するけど、ムラサはコップに並々と注がれたお酒を一気に飲んでいて、顔が真っ赤だった。
「ち、ちょっとムラサ、そんな飲み方をしたら駄目よ」
「ふぁい…」
「船長、はいどうぞ」
「いっ、いただきます!」
ナズーリンの声に、すぐさま背筋を伸ばして酒を飲む。
その様子に、流石に苛立つ私と一輪が眉を寄せてナズーリンを睨むが、ナズーリンはまったく気にした様子もなく、次々とムラサのコップに酒を流し込んでいる。
その様子に流石におかしいと聖は気づいているだろうに、にこりと微笑んで様子見で。星はナズーリンの横顔をじっと見つめて、少し悲しげに瞳を伏せる。
いつの間にか、宴の注目度はムラサとナズーリンに釘付けだった。
「さ、船長。まだ飲めるよね?」
「うぅー……」
「しょうがないなぁ、口移しをお望みかい?」
「ッ?!」
ぶんぶか即座に首を振るムラサに「傷つくなー」なんて新しい酒をついでいくナズーリンの顔は、いい笑顔だった。
しかし、ムラサがあんまり底無しに飲むものだから、一体この小さな身体の何処にこれだけ入るんだ? と、ついつい傍観してしまう。
一輪も、こんなに飲むムラサを見るのは初めてみたいで、オロオロしながらも少し興味を引かれていた。
「ねえ、船長」
「はぁい?」
「せっかくお酒のおいしい夜だ。君に聞いてもいいかな?」
「なんですかー。あはは」
そんなやり取りを二桁も続ければ、もうベロンベロン。
私を抱きしめる力も弱く、一輪もムラサのお酒臭さに「もう…」と呆れている。
って、……ん? でも、ムラサって幽霊なのにお酒に酔えるの? っと今更すぎる疑問が頭を掠めるけど、ムラサが楽しげにへらへらしているので、そういうものなのかなーと納得するしかなかった。
そうしている内に、ナズーリンがにこにこしてムラサに顔を寄せている。
「船長のお名前は?」
「むらさみなみつですよー」
「そうか。それでは君はいくつかな?」
「忘れましたー、あははは」
笑いながらコップをぶんぶん振り回して危ないので、一輪が没収。
ムラサのふらふらした頭を押さえて、濡れタオルで頬を冷やしてあげている。ナズーリンはにこにこしながら、そんなムラサに続ける。
「じゃあ、君の好みのタイプは?」
―――びた。
私と一輪。そして星が一切の動きを止めるのに、それは充分すぎる言葉だった。
つい、私と一輪はまじまじとムラサを見てしまう。星はムラサとナズーリンを交互に見て、そわそわと眉を下げていた。
それは、何と言うか、とても興味をひかれまくる質問内容であった。
「えー? 好みですかー?」
「そうだ。好みだ」
「あははっ、そーですねー」
うんうん?
耳をおもいっきり澄まして、ムラサの返答に息を呑む私たち。
くそっ、鼠めそういう事か! よくやった! なんて心の中で叫びつつも、室内はムラサの「あはは」という笑い声以外は静かに、耳を澄ませば外で鳴く虫の音さえ聞こえそうな静寂に満ちていた。
ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が響く。
「考えた事ないですねー」
「……あ゛?」
ぴきっ、と。
ナズーリンが、笑顔のままどすのきいた声を出した。
うわっ、と思わずついムラサに『過度の期待をしてはいけない!』という学習能力が身についてしまった私と一輪は、ムラサの返答よりもナズーリンに注目してしまう。
星は普通にがっかりしている様な、ほっとしている様な顔で、聖に頭を撫でられていた。
っていうか、聖の拳が一瞬ぐっと強く握られたのを見たけど、気のせいだと無視した。
「船長。なら今考えてくれ、今すぐに、とっとと!」
「おー? ナズはごーいんですねー。あはは」
ふらふらがぐらぐらと、なんか一輪が支えなかったら今にも倒れて寝息を立てそうな勢いだ。ナズーリンがにこにこしつつロッドを振りかぶったので、慌てて私と一輪がムラサを両側から抱きしめる。
幾らなんでも酔っ払いに暴力を働いたら駄目だ。……素だったらきっと私も一輪も殴ってた自信はあるけどね。
ギリギリと怒るナズーリンに、ムラサは悪いと思ったのか、急にへらっと笑う。
「んっ、じゃあ」
「……じゃあ?」
「りそーは聖ですねー」
びききっ。
ナズーリンのロッドが不吉な音をたて、しかし私としても「聖?!」と学習能力はしてるのにショックを受けたりしつつ、胸?! やっぱり胸なの?! とじわりと涙がこみ上げる。
お酒を飲むと涙もろくなるせいで、今は顔を上げられそうになかった。
「聖、なのかい……?」
「そーですよー! 私は聖を目指して偉大で立派なせんちょーですよー」
「っておい」
ロッドじゃなく蹴りがきた。
ガコッ! と鈍い音でナズーリンはムラサの笑顔に一撃をお見舞いし、にっこりとしてムラサの胸元のリボンをぐいっと引っ張った。
「誰が自分の目指すべき理想と言った。好みだ好み! 酔ってるからって怒るよ? うん?」
「お、落ち着いてナズーリン! ムラサに悪気はないのよ!」
「うるさい! 君だって『聖』って聞いた時に泣きそうだったくせに!」
「…そっ、そんな事はないわ……!」
一輪が目を泳がせる。急いで目尻をくいっと拭ったけど、その透明な液体を私は見逃さなかった。
「さあ船長。好みは! せめて身長は大きくて、美人で、真面目だけどうっかり者で、目を離せなくて母性本能をくすぐられ、頼み事をされたり情けなく助けを求めらたりすると欲情するとか、そういうのを言うんだ!」
「まて何の話をしているのよ」
即座に一輪の突っ込み。
うん。私もそういう暴露はどうかと思う。でも星は気づかずにそのナズーリンの例えに首を傾げていた。まるで、どっかで聞いたような、という顔だ。お前だお前。
「……むー」
「よし、少しは考え出したね船長。それでこそ私の船長だ」
「……ナズー? ちょっといいですかー?」
「うむ、何だね」
「私の好みって、なんでしょー?」
「…………」
よいしょーっとロッドを力いっぱい振りかぶるナズーリンを「流石にまずいですよっ!」と星が後ろから押さえつけて止めて、慌てて私と一輪が庇う様にムラサを突き飛ばした。「あいて」っと気の抜けた声が後ろから聞こえる。
「つまりあれかぁぁあぁぁ! 君は自分の好みすら分からないのか?! くそっ! せっかく酒に幽霊限定イチコロ自白剤をいれたというのに! 台無しだ!」
「ってそんなのいれてたの貴方?!」
驚愕する一同。あはははと笑うムラサの声が空しく響く。
こ、この鼠、マジでろくな事しない割に仕事できるなぁ……
……って、待てよ。
「ね、ねえ、ムラサ」
「んー?」
にこおって転がったまま超笑顔のムラサに、くはっ! と胸を直撃されつつ、私はまだ、まだよ! っとぎくしゃくしながら、ムラサに顔を寄せる。
ムラサがごろごろしながら、よいしょと上半身を起こして私をにこーって見つめる。
「わっ、私の事、好き?」
「すきー」
―――――。
かっ、くっ、にゃ、ふぐ。
音にならない空気が、私から多大に漏れた。
背中の羽が持ち主に逆らって勝手にムラサに擦り寄ってしまう。
い、今の歴史的瞬間をハクタクに今すぐ記載させたくて走り出したくなった。
「も、もう一回」
「すきー」
「っ、あぅ、ぐふっ!」
やべぇこれ鼠マジでありがとうッ!!
どうせ友達の好きとかそういうのだと分かっていても、ムラサから好きってそれだけで天に昇れるラストスペル以上の鬼畜弾幕です。
つまり一瞬でぴちゅーんっていける。
「……む、ムラサ」
「うー?」
「ちゅーしていい?」
「うん」
……。
うんって。うんって言ったよね今?!
ぐっと羽がムラサの腕とか首にまとわりつく。
じ、自白剤って事は、嘘とか吐けないで本能のままって事で、していいって事だよね?!
うわっあのっ、や、優しくします!
「ムラ―――」
「ストップぅうううう!!」
ぬをー! っとばかりに、突然現れた雲山がムラサを突き飛ばし空気を読んで消え去った。私の伸ばした手は空振り、ハッとして顔を上げれば、突き飛ばされたムラサは目を回して一輪にお姫様抱っこされていた。あまりに見事な連係プレイ。そして頭巾がずれて、普段は隠れされた髪がふわりと広がる。
お、おのれあの尼! 邪魔しやがって!
「ぬえ! 貴方の好きにはさせないわよ!」
「一輪…ッ!」
「ムラサは今、普通の状態じゃないのよ。それを逆手にとって自分の都合の良い様に操ろうだなんて、恥を知りなさい!」
「ぐっ」
正論だった。
そして、その事について多少は思うところがあり、反論できずに拳を悔しさで震わせる。
それでも、もう少しだったのにという、渦巻く怒りに目がくらみそうだった。
「大体、貴方は―――!」
「ちゅー」
「そう、ちゅー…………」
一輪のほっぺにちゅー。
ムラサが。
「………………」
沈黙がまたまた場に訪れる。ムラサはにこにこして、赤い顔で「?」と可愛く首を傾げてから、もう一回って感じでちゅーってしていた。
な、ずるい! 何ておいしい展開なのよ?! 羨ましすぎた!
っていうか、あの女さぁ、本当に妹ってポジションだけでムラサに甘やかされすぎて何処までもずるいのよっ!
「……あ、あの」
「ちゅー?」
「……く、口でいいのよ?」
「ちゅー♪」
「ってこらまて一輪ー! さっきの台詞の舌の根も乾かぬ内にー!」
おあずけ?! また私はおあずけなの?!
じたばた暴れると、ムラサは「?」と一輪を見て、私を見て、それからナズーリンと星に、一人静かに我関せずにお酒を飲む聖を見る。
「あは♪」
何か、閃いた表情。
とんっと。
ぼうっとしている一輪から降り立ち、去り際にまた一輪のお口にちゅー。
はぅっ?! と見ていて泣きそうになる私を通り越して、今度はナズに近づいて、手を取って、その甲にちゅー。
「……え?」
ぽかんとするナズーリンを通り過ぎて、口をぱくぱくしている星の額にちゅー。
「にゃ?」
びっくりして目を丸くする星ににっこりし、とてとてと聖に駆け寄り、ぎゅっとしてお口にちゅー。
「……ふふ」
少し驚いて、でもすぐによしよしする大人の余裕で溢れる聖。なでなでされたムラサはふにふにと笑い、すぐに離れる。そして、とてとてと私の前に立つ。
私より少しだけ背が高いムラサは、そのまま私の頬に手を当てる。
「……どこ?」
水に光る月みたいな、そんな淡い光を瞳に含めて、細めるみたいにして首を傾げて問う。
なんでって、どうして私にだけ聞くのよっ、とか。そんな優しく笑わないでよって、ぐちゃぐちゃして。
でも、私は、わたし、は。
「……ムラサの、好きなとこで、いいよ」
へにゃりと笑うムラサの顔に、ちょっと切なくなって、えへへって笑って言う。
もしかしたら、凄いチャンスだったんだろうけど、でも。
それは違うと思ったから、私はムラサに向けて、お好きにどうぞと瞳を閉じた。
「ぬえー?」
どこにするのかな?
そう思って、少し覚悟とか期待とかして、ムラサの手に手をあてて、呼吸を止める。
ムラサのお酒の匂いがする、ムラサの冷たい手がちょっと熱い。変な感触。
ふと、
迷っているみたいな気配を感じて、ん、って目を開けると、ムラサが悲しげに目を伏せて「ぅう」って私を見る。
「……わかんない。……どこ?」
したいのに、できないみたいな焦らされてるムラサ。
ドキンッてして、こんなムラサを見るのが始めてで、私を求めているみたいに縋る瞳が、びびびって、背中を駆け抜けて。
じわって、涙がこみ上げる。
泣きたくなんてないのに、泣きそうで、くち、は、違うからって、思いついたまま言葉に出す。
「……じ、じゃあ、舌」
ぺろりと、赤い舌をだす。
最初はきょとんと、でもすぐに、ぱあっとそれは嬉しそうにムラサは顔を輝かすと「うん!」って、私の舌の先端に、ちゅうって。
い。
ぁう。
――――。
ほんとう、に、した。
やだ。
うわ。
もしかしたらこれ、キスよりエッチぃかもとか、今更思いながら、私はムラサの服を掴んでぎゅうぅっと抱きつく。
頭の中がミキサーに掛けられたみたいに酷い事になっている。
なのに、ムラサはご機嫌に「ちゅー」なんて、にこにこしていた。
この酔っぱらいって、こんな風に温度差があるのが酷い奴で、でも、私は、口を押さえたままもう、ムラサの顔なんて見られなかった。
「一輪、ねえ、一輪もちゅーしよう」
「……っ ムラサの…………ばかっ!」
「? あれー、じゃあナズー」
「……止めておくよ。今日の勝者は、不本意だが彼女だ」
「うう? 星はー? ちゅーは?」
「わっ、私は、その、いいです」
「……ひじり?」
「今日は、貴方の正直な心が見られて、良かったわ。私はいいから、貴方は貴方に正直に。……ね?」
「うん……?」
ムラサは、もぞもぞと私を振り解こうとしているのか、力をいれる。私は離れたくなくて、いやだと首を振って、抵抗して、絶対に見られたくない、泣いてて赤くて、でもちょっと嬉しくてほっぺた痛い、本当に酷いだろう、顔を上げる。
と、ムラサは楽しげに「した」って。
「ちゅーしよう」
………っ。
ぷるぷるして、
卑怯者って、小さく罵って、ごくりと唾を飲む。
こいつ本当に、なんて無邪気な悪霊だろうって、思いながら、ぴりぴりする舌を伸ばしたたら、ムラサはすぐに、嬉しそうにキスをする。
舌の先に全神経が集中して、熱くてくらくらする。
く、口にするより、やっぱこれ凄いかも。
私は嬉しそうにするムラサにもぉ、って、気絶しそうなぐらいぐちゃぐちゃになりながらも、ムラサに抱きつく手を、指が白くなるぐらい強く握って絶対に離せなかった。
ムラサは、キスが好きみたいで。そのままずっと、頬や額、首筋にも唇を落とした。
ナズが呆れてる。星が顔を赤くしてる。聖が微笑んでいる。
一輪が、そんな私たちを、髪で目元を覆いながら見つめて。
いつの間にか、
ムラサは満足そうに「ふあ」って、にこりと笑いながら気絶した。
くうって眠るムラサに、私は「……」って言葉が愛しさで死んでいた。
◆ ◆ ◆
あー……。頭痛い。
眩しすぎる日差しに目がチカチカして、ズキズキする頭とムカムカする胃に、これは完全に二日酔いだと、ふらつきながら台所に向かう。
水が一杯欲しかった。
「あ」
重い頭に眉間に皺を寄せながら歩いていると、星とばったり会う。彼女は私の様子に一瞬で状態を把握して、苦笑してくれた。「大変ですね」と一言、瞳を細める。
「ねえ、ムラサ」
「……うー?」
「ムラサは、ぬえだったんですね」
「……はぃ?」
頭が痛い。今はもうそれだけで一杯だ。
ぬえが何? と星を見れば、彼女は、どことなく複雑そうにしながら「それでも、ナズーリンの方が」と、私の耳に唇を寄せる。
「諦めませんからね……!」
ぱたぱた。
と、足音が背中に響いてから、え? と遅れて、私は星の言葉の意味を少し考えて、でもどうにも意味不明であると結論づけて、考えるのをやめてふらふらと歩む。
と、今度はナズに会った。
「………ん」
先日のせいで、本能的にちょっとびくついて逃げようとする前に、ナズはすたすたと私に近づき、腕を取る。
その勢いに身体がびくつくが、でも彼女の顔は、鋭いようないじけている様な、不思議としかいいようのない表情で。
恐怖が薄まる。
「……趣味の悪い奴だ」
……は?
そんな一言を放って、すたすた歩いていく。
後ろの方から「あんな子供よりも、素敵な大人の女性が、君には見えないのだね」とぷりぷりしつつも安堵しているという、やっぱり分からない態度で「諦めないからね」なんて、大きな独り言。
はあ? とズキンと響く痛みと共に、何だろうなーと、頭を抱えてよろりと台所に入る。
あの主従は似たもの同士で考え方も似ているのだけど、その思考は変化球すぎて癖がありすぎる。
深く考えては頭痛に悪いだけだと、さっさと考えを放棄する。
と。すっと目の前にコップが差し出される。
「……はい」
一輪だった。
待っていてくれたのだろう。
私の行動パターンを誰よりも知っていてくれる一輪は、コップに冷たい水を入れて渡してくれた。目で礼を言って受け取ると。
その前にぐいっと肩を引かれる。ズキンッとその動作に頭が一際痛んで。
「ん」
深いキス。
……何で?
とは当然口に出せない。一輪とは、昔からたびたびこういう事をしているので慣れているけど、こういうのは好きな人にしなくちゃ駄目でしょう? と目で言えば、うるさいムラサの馬鹿。と目でぬえみたいに言い返された。難しい子である。
一輪は、眉を寄せながら唇を離すと「いつまでも、妹扱いしていると酷いわよ……!」なんて言って、唇にコップを押し付けられた。
「?」
どうやら一輪は、落ち込んでいるし、拗ねてもいるし、悲しんでもいるらしい。
追いかけようかと思ったが、ちょっと待て。差し出されたコップの中身は酒です。ぐらりと頭の痛みが嚥下したものを理解した途端酷くなり、追いかけられない。
わ、わざとだ絶対。
「ムラサ、あんまりおいたすると、めっです」
ことん、と。
本物の水の入ったコップを置いてくれたマイ女神は、そのままにこりと迫力のある笑顔で、さっと現れて鼻歌交じりに静かな足音を残して消える。
相変わらずすぎる聖の素敵さに、見惚れたいけど無理です。頭痛いです。
「おー、やっぱり二日酔いねムラサ」
「……お?」
「薬あるけど、飲む?」
「…………」
「悪戯じゃないけど、いらないんだ?」
「……ください」
神出鬼没。気づいたらそこにいるぬえに、驚くのも疲れて手を差し出すと、んっと白い錠剤を渡される。
顔を上げると、何だかとてもにこにこしている、上機嫌のぬえがいた。
こんなに嬉しそうで、全身でうきうきしているぬえを見るのは初めてだった。
「……」
目を丸くして、一瞬痛みも忘れたけど。でもすぐに思い出した鋭い痛みに慌てて薬を飲む。
苦味の広がる口内に微妙な気持ちになり、もう一度ぬえを見上げると、ぬえはやはりご機嫌のままで、私が飲んだのを確認して「ねえ」と顔を寄せてくる。
「昨日の事、覚えてる?」
「え? いや、もう全然」
「そっか」
「うん」
何だか、こんな風に普通に会話するのが久しぶりだと、懐かしい気持ちになって、立ち去らずに私を見上げるぬえを、改めて見つめる。
「……あのさー」
二日酔いの為、上手く結べなかったリボンを、ぐいっと引っ張られて、ぬえがふといつもの表情に戻って言う。
上目遣いの紅い瞳が、驚くぐらい近くあった。
「覚悟しろ!」
……だ、そうだった。
今日は朝から皆が皆、とても忙しない日だ。
私はズキズキを絶えず感じながら、頭を振りたくても振れずに、ぬえに「はぁ」と適当に答える。
ぬえは、それは満足そうに、にいっと歯を見せて笑った。
二日酔いという、自業自得の拷問で死んでいく思考の中。私は、何かそんなにも嬉しい事があったのかなーって、考える。
ぬえみたいな難しい子を、こんなにも笑顔にさせる理由に少し興味があって。
それは、私にもできるかなーって、そう思ったのだ。
ぬえがどれだけご機嫌かどうかは、私の腰に絡んで、簡単に離れてくれそうにない甘えん坊な羽の様子をみれば、それは一目瞭然だった。
ちょっと、ちくちくして痛かった。
一輪がんばれ! 超がんばれ!
星蓮組は、ぬえムラもそうだけどナズ星もなんとかすべきだw
一輪さんには頑張って欲しいが村ぬえ前提……うごごごご
前提が村ぬえだけど超頑張って!
あぁ、毘沙門天よ、何故二人を別々に?
なんであれ、頑張れ!
甘すぎてラウンドディバイダー発動しそうになったじゃないか。
一粒でどんだけ…このキャプテンはどうしようもなく悪霊だな
うん、やっぱ船長が悪い、村ぬえだとわかっていても一輪さんにも頑張って欲しい
舌の先端に、ちゅうだなんて。
ぬえ…恐ろしい子!
つらい…つらすぎる
なんだか他の子たちがかわいそうに思えてきたよ
このキャプテンは本当にめっ!だな
どうしてくれる悪霊め!
素直に
口で
船長が正気な時に
伝えてほしい!
じれったい!wだがそれがいい!
悪すぎる!
キャプテンはみんなを幸せにするべき!!
いや、戻ってこないかも