満月。
アリスが月を見ていた。
少し酔った赤い瞳に、煌煌とした空の満月が映っている。
くい、とコップの酒をあおった。
白い喉が動く。
やがて、はなした唇が、陰気な息を吐く。
宴会の席である。
アリスは一人でいた。
「よう、人形遣い。今日の月はきれいかね?」
と、そこへ、鬼の萃香が近寄ってきた。
アリスはなげやりに応対した。
「ああ……そうね。綺麗ね。まるでこんがり焼けたオムレツみたい」
「風情がないなあ。せめて花みたいと言ってよ」
萃香はケチをつける。
アリスは言った。
「花みたいってね。月と花とは、全然別物でしょ? どうやって結びつくのよ?」
「風情だよ風情。風情の心」
「風情ィ?」
と、アリスは露骨に眉をひそめた。
赤い顔で、不満げに言う。
「ふん。ずいぶん便利な言葉ね。あーそう。そうですかなんでもかんでも風情、風情って言ってれば、あんたはそうやってなあなあで誤魔化されるわけね。ふぜいふぜいふぜい。なに、あんたの価値観からすると、花や月にはその風情ってのがあって、オムレツにはそういうのがないっていうわけ? それって偏見じゃないの?」
「おー? どうしたのよ。荒れてるね、珍しい」
「べっつに」
アリスは言った。
が、鬼はにまにまとして勘ぐってくる。
「ほほう。なぁーんかいやあなコトでもあったのかな? んん?」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「財布でも落としたか?」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「お気に入りの服が破けた」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「あんただと人形かな? お気に入りの人形が壊れた」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「うーん、思いつかん。霊夢か魔法使いと喧嘩でもしたか? そうそう、あんたは魔女と仲が良かったな。あいつとか? 今日は来ていないね」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
鬼が言った。かぶせるように。
アリスは黙りこんだ。
「……」
「……」
鬼は、にやにやとしたり顔でいる。
アリスは、眉間にしわを寄せ、そろそろ無視を決めこむことにしたようだ。
気分悪げにコップをあおる。
鬼が横から言った。
「いや、悪い悪い。あんたからかうと面白くてな、つい」
「別に良いからとりあえず向こう行け」
アリスは言った。
が、鬼はけらけらと笑って言う。
「あんたは本当に馬鹿だな。宴の席に来てまで一人でぶちぶち腐っているんじゃないよ、まったく。空気が悪くなるだろ」
「うるさい。いいからほっとけ」
「べつに笑えとは言わんが、あんたはもっと、人様にカラんだほうが良いな。なんだい、なんでもあんたら魔法使いってのも、妖怪なんだって? じゃあそうやって腐るのは、ほんとに身体の毒だろう。え。どうだい」
鬼が言う。
アリスは答えず、コップに口をつけた。
やがて、むすっとして聞きかえす。
「カラむってなに。あんたみたいにか?」
鬼は言った。
「まあそうなるかなー。でも、あんたは私みたいにはやれないだろうね。なんていうかさ、あんたは、そう、湿り気ってものが足りないからね。けっして余計な嘘をつかず、常に自分に正直に生きているから」
「そうね」
アリスはうんざりと言った。
鬼はさらに言ってくる。説教顔で。
「それは、けっして悪いコトじゃあないが、自分にも他人にも、薬にならない。毒にもならんけどね。ただ、毒ってやつは、ただ生きているだけでも、少しづつすこしづつ、身ににじみでちまうものさ。無駄に長く生きているやつってのは、よくどこかしらがおかしくなったり、狂ったりするようなんだが、それはきっとそのせいだろう。あんたの毒ってものは、そういう風に溜まり続け、けっして自分一人では癒されることはない。哀しいことだけどね」
「つまり?」
「つまりもなにも、最初に言っただろ。だから、他人にぬるぬるカラんでいけってさ」
鬼は言う。
どことなく誠意に欠けた、軽い口調で。
「他人にカランでいくのはね、そういう毒に対して、薬になる。少しでも、あんたがおかしくなるのを防いでくれることだろうよ。おかしくなったやつってのはね、絶対に自分ではわからないもんだからね」
「ふーん」
アリスは興味なさげに唸った。
「それで」
「まあ終わり」
「ああそう」
「そう。まあ、それじゃあな」
鬼は笑って、アリスから離れていった。
アリスはくいと酒をあおった。
唇を通る感触が軽い。
もう中身がないようだ。
脇の酒瓶を見る。
こちらも空いていた。
アリスはしばし、空のコップを見つめた。
「……ふん」
言って、立ち上がる。
ちょっと足どりがよろけるのに気づく。
少々、飲みすぎたようだ。
途中、霊夢となにやら楽しげに話している魔理沙の姿が視界に入る。
アリスはそちらを見た。
ちょっと考えた。
「……」
やがて、きびすを向けると、すたすたと、何気ない足どりで近寄っていく。
「お? なんだ。アリスか」
と、魔理沙が気づいて言ってくる。
いつものからかい調子で。
「どうしたよ、顔が赤いぞ? 飲み過ぎか? 人形みたいに真っ白い顔が台無しだな?」
魔理沙は笑う。
アリスは魔理沙を見下ろした。
じっと黙ってまじまじと見る。
やがて、黙って、魔理沙の肩に腕を回す。
がしっ。
「おう?」
魔理沙が言う。
アリスは、魔理沙を小脇に抱えて、わしゃわしゃっと、突如その金髪を撫でた。
「お? なんだおい」
「魔理沙~。あんたって、よく見ると、くぁーあわいいわね~とーっても」
アリスはいきなり言い出した。魔理沙に頬ずりしてやる。柔らかい金髪が肌に当たって、気持ちが良かった。
「んーいいにおいー」
「おい? アリス……ちょ。おい。なんだよ」
魔理沙は言ったが、アリスはしばらく、それをやめなかった。
隣で霊夢がちょっと目を丸くしていたが、知らない。
アリスが月を見ていた。
少し酔った赤い瞳に、煌煌とした空の満月が映っている。
くい、とコップの酒をあおった。
白い喉が動く。
やがて、はなした唇が、陰気な息を吐く。
宴会の席である。
アリスは一人でいた。
「よう、人形遣い。今日の月はきれいかね?」
と、そこへ、鬼の萃香が近寄ってきた。
アリスはなげやりに応対した。
「ああ……そうね。綺麗ね。まるでこんがり焼けたオムレツみたい」
「風情がないなあ。せめて花みたいと言ってよ」
萃香はケチをつける。
アリスは言った。
「花みたいってね。月と花とは、全然別物でしょ? どうやって結びつくのよ?」
「風情だよ風情。風情の心」
「風情ィ?」
と、アリスは露骨に眉をひそめた。
赤い顔で、不満げに言う。
「ふん。ずいぶん便利な言葉ね。あーそう。そうですかなんでもかんでも風情、風情って言ってれば、あんたはそうやってなあなあで誤魔化されるわけね。ふぜいふぜいふぜい。なに、あんたの価値観からすると、花や月にはその風情ってのがあって、オムレツにはそういうのがないっていうわけ? それって偏見じゃないの?」
「おー? どうしたのよ。荒れてるね、珍しい」
「べっつに」
アリスは言った。
が、鬼はにまにまとして勘ぐってくる。
「ほほう。なぁーんかいやあなコトでもあったのかな? んん?」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「財布でも落としたか?」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「お気に入りの服が破けた」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「あんただと人形かな? お気に入りの人形が壊れた」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「うーん、思いつかん。霊夢か魔法使いと喧嘩でもしたか? そうそう、あんたは魔女と仲が良かったな。あいつとか? 今日は来ていないね」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
「あんたには関係ないし、話したくもないな」
鬼が言った。かぶせるように。
アリスは黙りこんだ。
「……」
「……」
鬼は、にやにやとしたり顔でいる。
アリスは、眉間にしわを寄せ、そろそろ無視を決めこむことにしたようだ。
気分悪げにコップをあおる。
鬼が横から言った。
「いや、悪い悪い。あんたからかうと面白くてな、つい」
「別に良いからとりあえず向こう行け」
アリスは言った。
が、鬼はけらけらと笑って言う。
「あんたは本当に馬鹿だな。宴の席に来てまで一人でぶちぶち腐っているんじゃないよ、まったく。空気が悪くなるだろ」
「うるさい。いいからほっとけ」
「べつに笑えとは言わんが、あんたはもっと、人様にカラんだほうが良いな。なんだい、なんでもあんたら魔法使いってのも、妖怪なんだって? じゃあそうやって腐るのは、ほんとに身体の毒だろう。え。どうだい」
鬼が言う。
アリスは答えず、コップに口をつけた。
やがて、むすっとして聞きかえす。
「カラむってなに。あんたみたいにか?」
鬼は言った。
「まあそうなるかなー。でも、あんたは私みたいにはやれないだろうね。なんていうかさ、あんたは、そう、湿り気ってものが足りないからね。けっして余計な嘘をつかず、常に自分に正直に生きているから」
「そうね」
アリスはうんざりと言った。
鬼はさらに言ってくる。説教顔で。
「それは、けっして悪いコトじゃあないが、自分にも他人にも、薬にならない。毒にもならんけどね。ただ、毒ってやつは、ただ生きているだけでも、少しづつすこしづつ、身ににじみでちまうものさ。無駄に長く生きているやつってのは、よくどこかしらがおかしくなったり、狂ったりするようなんだが、それはきっとそのせいだろう。あんたの毒ってものは、そういう風に溜まり続け、けっして自分一人では癒されることはない。哀しいことだけどね」
「つまり?」
「つまりもなにも、最初に言っただろ。だから、他人にぬるぬるカラんでいけってさ」
鬼は言う。
どことなく誠意に欠けた、軽い口調で。
「他人にカランでいくのはね、そういう毒に対して、薬になる。少しでも、あんたがおかしくなるのを防いでくれることだろうよ。おかしくなったやつってのはね、絶対に自分ではわからないもんだからね」
「ふーん」
アリスは興味なさげに唸った。
「それで」
「まあ終わり」
「ああそう」
「そう。まあ、それじゃあな」
鬼は笑って、アリスから離れていった。
アリスはくいと酒をあおった。
唇を通る感触が軽い。
もう中身がないようだ。
脇の酒瓶を見る。
こちらも空いていた。
アリスはしばし、空のコップを見つめた。
「……ふん」
言って、立ち上がる。
ちょっと足どりがよろけるのに気づく。
少々、飲みすぎたようだ。
途中、霊夢となにやら楽しげに話している魔理沙の姿が視界に入る。
アリスはそちらを見た。
ちょっと考えた。
「……」
やがて、きびすを向けると、すたすたと、何気ない足どりで近寄っていく。
「お? なんだ。アリスか」
と、魔理沙が気づいて言ってくる。
いつものからかい調子で。
「どうしたよ、顔が赤いぞ? 飲み過ぎか? 人形みたいに真っ白い顔が台無しだな?」
魔理沙は笑う。
アリスは魔理沙を見下ろした。
じっと黙ってまじまじと見る。
やがて、黙って、魔理沙の肩に腕を回す。
がしっ。
「おう?」
魔理沙が言う。
アリスは、魔理沙を小脇に抱えて、わしゃわしゃっと、突如その金髪を撫でた。
「お? なんだおい」
「魔理沙~。あんたって、よく見ると、くぁーあわいいわね~とーっても」
アリスはいきなり言い出した。魔理沙に頬ずりしてやる。柔らかい金髪が肌に当たって、気持ちが良かった。
「んーいいにおいー」
「おい? アリス……ちょ。おい。なんだよ」
魔理沙は言ったが、アリスはしばらく、それをやめなかった。
隣で霊夢がちょっと目を丸くしていたが、知らない。