博麗の巫女ととある人形遣いが好き合っているのではないかという、根も葉もないであろう噂が広まったのは、そう昔のことではない。
というか、かなり最近のことであった。
事の発端はやはりというべきか、鴉天狗の仕業である。ばら撒かれた新聞の一面記事にデカデカ『熱愛報道!』となんの捻りもそこから続く文字も無く書き表されたのだから、記事の裏を取っていないひとたちにとって、それは鵜呑みにするしかない情報であり、鵜呑みにしてしまったとして後は勝手に騒ぐだけである。
暇つぶしにはもってこいの記事だったことは確かだ。
勿論首を捻った妖怪もいたが、「ま、この新聞はそういうもんだろ」なんて捨ててしまいあとは傍観を決め付けるだけなので、誰もそれを間違いじゃないのかと訊くこともなかったのがまたこの騒動を大きくさせた原因でもあった。
そんななかで、そのとある人形遣いと同じ魔法の森に住む霧雨魔理沙は腑に落ちない表情で新聞を見つめていた。
彼女には珍しく、事を荒立てようという気はなく、むしろ記事に対して憤慨しているようであった。
「なんだこりゃあ」
眉間に皺をこれでもかというほど寄せると、ギュッという効果音もついてきそうだ。
新聞を無造作にソファの上に投げて、椅子にもたれかかる。
でっぷりとした雲が森全体を覆い、そこから小さくもれる日差しだけが森を照らしていた。きっとこの明度ならば外は晴れているだろう。大きな雲は風が吹くたびゆらゆらと流れる。あともうしばらく我慢すればてらてらと日差しが部屋を暖めてくれる。はず。
「なんだあの……随分曖昧な記事は」
「困ったものよ」
はい、と渡された紅茶を啜る。ここ最近博麗神社にお世話になっていたものだから、緑茶の味に慣れてしまっていたがやはり紅茶もいいものだ。
ただ少し心寂しくなるのは、緑茶と違って紅茶は気品に溢れすぎてほっこりできないというところだろうか。
苦味と甘味が、飲んだ瞬間すぅっと鼻から抜けていく。気高い婦人になった気分だが、どうにもこうにも、場所が場所であるため爽やかさは微塵もない。
ゆっくりと啜ってから、ふぅと息をつき、魔理沙はカップをソーサーに置きつつ言った。
「で、なんでお前はここにいる」
「……今更突っ込んでくれてありがとうございます」
「そういうのはいいから」魔理沙はだるそうに手を振って、「なんでいるのか訊いているんだ」
「ここなら面倒くさいことにはならないと思って」
「はぁ?」
「読んだでしょ、その記事」
魔理沙は驚くというよりは呆れた。
なんとまあ、記事に書かれていた本人達の片割れがいつの間にか家にいるのだ。
確かに、同じ森に住んでいて交流は少なくとも両手で足りるほどだがあるわけだし、ここなら殆ど住み着いている妖怪やら妖精以外は表れることがないので隠れるにはうってつけといえばうってつけだが、ここはもう開き直って霊夢の神社にでもお世話になればいいのではないか。これがただの『噂』ならば時が解決してくれる。何も言わずとも、いつか話しは流れていく。そういうものだ。
だがその片割れ――アリスは、そうはいかないと首を振った。
「だって私霊夢と喧嘩してきたのよ」
「熱愛報道はやっぱ嘘か」
「いや、それは本当」
「!? がは……っ! げっほ、が、あ……な、なんだっ、がはっごほっ!」
鼻がツンとする。と思えば鼻水が出てきた。
大人しくアリスからハンカチをもらって鼻を押さえていると、アリスは呆れ混じりにため息をついて、
「いい反応ね」
「うるせいやい」
ここが魔理沙の家だと知りながら、我が物顔で紅茶を淹れて美味しい美味しいと啜っているところを見ると、詳しいこととかどうでもよくなってくる。
アリスは霊夢と喧嘩した。それでいいのだ。それで終わっていい。そこから、どうして喧嘩したのかとか、いつから付き合っているのかとかそんなことを聞く気にもなれなかった。なりたくもなかった。訊いてしまえば最後、多分アリスは延々と愚痴をこぼすだろう。
いつだったか――そのときも霊夢と喧嘩したという、そんな感じのことを少し、ほんの少し掘り下げるのを手伝っただけで半日イスとお友達にならなければいけなくなったという前科がある。
よく喧嘩する奴らだと傍観していたが、そんな裏があったとは。
「というわけで、ちょっと話聞きなさいよ」
「お前、段々と霊夢に似てきたな」
「え、まあ。うん。……何言ってんの」
「何で最初肯定した」
「うるさいわね」
そこまでの仲にいつの間にかなっていたのか。――魔理沙は温い紅茶を啜る。味が薄い。
「そうカリカリすんなよ、ハムスターじゃあるまいし。乳酸菌は必要だぜ?」
「うるさいってば」
魔理沙が適当に茶化すと、アリスはまたため息をついてソファの上に投げ出された(正確に言えば投げた)新聞を広げて、テーブルの上に置いた。
そこには相変わらず、でかくて太い文字で『熱愛報道!』と書かれ、その下には今ここで般若のような形相をしているアリスと、極めて冷めた顔の霊夢が縁側で肩を並べている。ただそれだけの記事であった。実際にキスしたところでも、手を繋いで仲良く散歩をしているところでもない。ごく普通のありふれた日常をフレームに納めただけである。ただそれだけなのに、どうもこの天狗は記事を書くのが上手くてあたかもこの写真の中でもこっそり手を繋いでいるのではないかとか、そんなことが書いてあった。
「見て、これ」
「さっき見てたじゃないか」
「写真、もう一回見直して」
「……いや、これを見ても変わらないと思うが。というか、この写真で熱愛だとか言われても信じられないぜ」
「そこよ。問題は」
えっ。
「はい?」
「だから、問題はその写真じゃ私たちがどんな関係かってわからないってことよ」
「……ええまあ。そうですね」
「そう、だから、霊夢にちゃんとした写真とって貰いましょうって言ったのに、嫌だの一点張りで。もうどうしたらいいか……」
「どうもしなくていいんじゃ」
「何?」
「何でもありません」
これは、要点をまとめるとこうだ。
霊夢とアリスは付き合っていることを公表したい(主にアリスが)。
アリスはそれならラブラブな二人を撮ってもらいまた新しい記事を書いてもらえばいいのではないかと提案した。
だが霊夢は事を大きくするのが嫌いなのでそれを拒否した。
そしてそれを巡って喧嘩し、アリスが魔理沙宅まで愚痴を言いにきた。
「私はただの被害者じゃないか」
「そうかもしれないわね」
紅茶を啜って優雅にしている場合じゃないと思われるが、ここで魔理沙がそう口を出せば、多分アリスは怒るだろう。
そういえば、いつから彼女はこんな風に感情豊かになったのだろうか。
初めて会ったアリスは無口で、静かで、人形以外には興味ないような顔をして。彼女自身が人形なのではないかというほど、その整った顔立ちからは表情というものが汲み取れなかった。
それが今となればこれだ。普通の人間のように怒る、照れる、笑う、泣く。愚痴だってこぼす。
冷たくなった紅茶を、お茶請けのクッキーと共に流し込んで、魔理沙は腕組みをして考えた。
どうやら、アリスは霊夢と出会って変わっていったようだ。良くも悪くも、こうして変わっていったのも、霊夢が少なからず影響している。そこまで仲が良くなっていたということに、魔理沙はまた驚いたが、それに気づけなかった自分が悲しくもある。
「お互いまた話し合ってみたらどうだ。霊夢にだって我儘言いたいときもあるだろ」
「まぁ、そうだけど」
「というか、お前ら付き合ってたのなら言えよな」
「気づいてるかと思って」
「んなことあるか」
魔理沙はぐちゃぐちゃで薄暗い部屋に一筋の光が射し込んできたことに気づく。この分なら雨の心配もないだろう。日が落ちるのが遅くなってきたからといっても、まだ月は太陽を急かしているようで、空は赤く染まりつつある。
「不安なことも、言いたいことも、全部言ってくればいいじゃないか。すまんがもうお前の愚痴を聞くのはいい加減飽きた。今度は霊夢に嫌というほど聞かせてやれ」
「でも、今は喧嘩して」
「知らん」
「……いいわよ、もう」
ガチャン、と盛大に音を立てて、アリスはカップをソーサーに置くとドスドス足音を立てて玄関へ向かっていった。
「嫌な奴だったけど、ここまでとはね」
「お前がちゃんと見てないのが悪い。もっと気づいてやれよ」
魔理沙は引き止める気などさらさらなかった。できればそのまま、さっさと博麗神社へ行って仲直りしてもらいたい。
そうじゃないとピリピリした霊夢に会うと少なからず災害が降ってくるのは魔理沙にだからだ。災害を起こすことは本人にとってスッキリすることかもしれないが、後始末を任される魔理沙にとっては迷惑なことこの上ない。しかも一気にドカンと爆発してくれればいいのだが、じわりじわり小さく爆発するものだから何度も後始末をつけなければいけない。それはとっても、とっても迷惑である。
「なによ、それ」
「まぁ会いに行けばわかるさ」
「……?」
「いってらー」
ひらひらと手を振って追い出す作戦。先程の会話から終始頭上に疑問符を浮かべていたアリスだったが、どうにか神社へ行くことにしたらしい。
やれやれ。魔理沙はテーブルの上に広げられた写真をもう一度見た。もどかしそうなアリスと、冷めた表情の霊夢。
「そりゃ、これだけ見ればわからんだろう」
天狗もタイミングが悪い。あと数秒先の霊夢を撮っていればこんなことにはならなかっただろう。
冷めた霊夢の空いた右手は、考え込むように口を隠していた。
○
空が茜色に染まる。
早く早くと月が待ちきれないようで、ひょっこりと顔を出していた。
先程まで森にあったでっぷりとした雲は、どこかへ旅立ってしまったようだ。空には、薄い雲がさぁっと覆っている。
博麗神社の上は赤く赤く染まっていた。
「おかえり」
「た……ただいま」
境内にアリスが降り立つと、待ちくたびれたように欠伸をして、霊夢が言った。
開口一番憎まれ口を叩かれるのではないかとビクビクしていたアリスだが、拍子抜けする。一気に力が抜けてしまったものだから、へなへなとそこに座り込んでしまった。
なんだかんだ言って一番仲が悪くなってしまうことを恐れていたのは、アリスだったのかもしれない。
置かれたお茶から、ほかほかと湯気が上がっている。
お茶請けに置かれた煎餅の皿には、霊夢の好きな辛ぁい煎餅と、アリスがよく好んで食べる甘ぁい煎餅が仲良く並んでいた。
「……」
「ありがとう」
「どういたしまして」
寒がりな霊夢の所為で、和室にはまだこたつが鎮座していた。入ると、まだ少し冷たい風にさらされていた足がじんわりと暖められていく。
お茶を一口啜れば、ほう、とため息が出る。
こうしたただなんともない動作なのに、体の内から温められていく感覚が、アリスにはやみつきになっていた。
これでもっと明るい話があればよかったのだけれど。
「……」
「……、……」
重苦しい沈黙が降りる。二人とも何も言わず、どちらも声を出し辛い雰囲気。
何かを言おうとして口を開くけれど、結局声に出せない状況が続く。
それをなんとか打破できないかと考えながらアリスがお茶に手を伸ばすと、きゅっと小指が冷たい何かに締め付けられた。
「!……霊夢」
小指に絡みついたものは、霊夢の冷たい手だった。そういえば、こうして手を握ることはこれが初めてなのかもしれない。
そこまで自分たちは進んでいなかったのだ。キスはおろか、手を繋ぐことさえも。
「今回は悪かったわよ」
「そんなこと……」
「そう、多分、私も言いたいことがあったのに、言えなかったからもどかしかったの」
「……」
「私は、その。……魔理沙みたいに、多くを口に出すことはしないし、できない。でも好きなのよ。触れたいけど、恥ずかしいから」
ぎゅ、と小指が暖められていく。
きっと、あのとき。喧嘩してしまったあのとき、霊夢はアリスに何を言おうとしていたのかが、やっとわかった気がした。
多分、霊夢もアリスと同じ事を思っていたのだ。触れたくて、確かめ合いたかった。手を繋いで、笑いながら話しをして、ときには見詰め合ってキスをする。そんな生活を夢見て、でも実行できない自分にもどかしさを感じていたのだ。
それを、二人とも気づけなかっただけ。
ただそれだけのことだった。
「恥ずかしいから、今日はここまでで勘弁してください……」
握った小指をもう一度強く握って、空いた片手で口を覆った。
「あ……」
それはあの写真に写っていた霊夢だった。
冷めた表情で口を覆って、眉間に皺を寄せた顔。
「……なに」
つっけんどんな態度で机に突っ伏す霊夢だが、アリスには見えた。
それからみるみる霊夢の顔が赤くなっていくのを。
口を覆うのは、照れ隠しの癖だったのだ。
(――「お前がちゃんと見てないのが悪い。もっと気づいてやれよ」――)
魔理沙が言っていた言葉を思い出す。
彼女が言いたかったことは多分これで、気づかなかったのはアリスだ。
(……仕方ないじゃない、あの後、すぐ飛び立ってしまったのだもの)
あややややなんて言葉を残して飛び去った天狗を追いかけるために、霊夢はアリスになにも言わず飛び立ってしまった。今思えば、それは逃げているようにも考えられる。
そうか。そうだったのか。
「霊夢」
「なに」
「好きよ」
「うん」
「霊夢は?」
「愛してる」
ふへっ、とかっこ悪く笑って。
霊夢は握り締めていた小指を離して、手を重ねた。
○
それから数ヶ月後のことである。
その日幻想郷の妖怪たちは、ざわざわとせわしなかった。様々な噂が飛び交う。笑い声も、茶化す声も聞こえる。
そんな喧騒から離れた魔法の森にひっそりと佇む家の中には、ぐちゃぐちゃに置かれた本と置かれたままの中身の無いカップ。
薄暗い部屋の中を、ギラギラと輝く太陽が照らしていた。
その部屋の中で、とある人間は一枚の新聞を見つめている。その眉間には、皺を寄せた跡がくっきりと浮かんでいた。
「なんだ、こりゃ」
呆れた、と独り言を呟いて、新聞を机の上に投げ出すと、本の山から一部の新聞を取り出した。
数ヶ月前大きく報道された、あの二人の記事である。
魔理沙はそれを広げて、もう一度今日ばら撒かれた新聞に目を通した。
「……ふん」
面白くなさそうに鼻を鳴らすと、どちらも綺麗に折りたたんで、また本の山へと投げ捨てた。
カップを洗って出かけようと思ったが、そうする気にもなれない。
幸せそうな顔を見るために行くわけでもない。
めでたいめでたいと言われ照れる二人を茶化して、ついでにお茶菓子もいただこうという魂胆だ。おめでとうを言う気なんてさらさらない。
魔理沙は箒を手に取って、ドアを開けた。
キラキラと輝く日差しを、右手で遮りながら空を仰ぐ。
むかつくほどいい天気だ。
「くそっ、どいつもこいつも祝福しやがって」
彼女の言葉とは裏腹に、表情は嬉々としているのを、誰も見ることはない。
本の山に無造作に置かれた新聞には、手を繋いで幸せそうに笑うアリスと、前と同じく口元を手で覆って照れ隠しをする写真と共に、こんなことが書かれてあった。
『私たち、結婚することになりました』
最高過ぎる!!!
もっと広がれ霊アリの輪!!!!!
レイアリうめえ!!
やはり霊夢のクセを知ってるあたり、魔理沙の付き合いの長さは伊達じゃなかった。
そしてもっと広がれレイアリの輪!!
レイアリ大好きです!!!!
とてもにやにやしてしまうものですなぁ。
「博麗アリス」になられるのでしょうか、それとも「霊夢・マーガトロイド」になられるのでしょうか。
>口元を手で覆って照れ隠し
妄想で萌え死に余裕でした
素晴らしいレイアリをありがとうございます
( ゚∀゚)彡 レイアリ!レイアリ
⊂彡
へたれいむが可愛い!似てきたと言われ肯定しちゃうアリスも可愛い!
もっと広がれレイアリの輪!
( ゚∀゚)彡 レイアリ!レイアリ
⊂彡
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⊂彡
でも好き
ごちそうさまです
結婚おめでとー!!!!!!
もっと広がれレイアリの輪!
しかし供給は大いに越したことは無いのよね。
とりあえず、被害者の魔理沙さんは俺の胸で愚痴を吐くが良い。
( ゚∀゚)彡 レイアリ!レイアリ
⊂彡
でも意外といいもんだった。
∩
( ゚∀゚)彡 レイアリ!レイアリ
⊂彡