「あーあ、つまんない」
今日も今日とて私は無意識。
あっちへふらふら、こっちへふらふら。風の向くまま、ふらんふらん。
出発したのは、幾多の星が輝く夜。ぽかりと咲いた十六夜月。
だけど、今は夕焼けこやけ。
頭の中は空っぽで、一体どうしてこうしているのか。
いったいいつまでこうしているのか。
考えてはみるけれど、その答えは意識の中には見つからない。
頭の中は蜘蛛の巣がかかったみたいにぼんやりしていて。無理やり考えていると黒い谷底に落ちてしまいそう。
だから私は今日もふらふら。
何も考えない方がましだものね?
小さな心にかかった鍵は山のよう。小さな洞窟に私はたてこもったまま。
ただただ私はさまよい歩く。
私の中の無意識は、どこかに行きたいと願っている。だけど、行く先なんて分からない。
きっとそのどこかに辿りついた時に、私の旅は終わるはず。
小さな頃に読んでもらった不思議の国のアリスみたいに私は幻想郷を歩きまわる。
大きくなったり小さくなったり、世界はぐるぐる姿を変えた。
幻想郷はワンダーランド。忘れられたすべてが集う場所。きっと私が忘れてしまった行き先もそこにはあるに違いない。
ああ、愛しい私の無意識さん、早く連れて行ってくれないかしら。
少しばかり疲れたよ?
年がら年中、年中無休。ふらふら歩きまわる。
日月火水木金土、そんなの私には関係ない。時間の流れなんか、無意識の世界ではただただ無意味。
だけど、移り変わる四季折々が映し出す景色はどれもすてき。
たましいを揺さぶるほどきれいな桜の花が咲く春。桜の下には死体が埋まっているなんて、誰が言ったか分からないけど。
丘一面に咲いた真っ白な鈴蘭の花は、天使の羽が降り積もったみたいでとってもきれい。
だけど、鈴蘭の根っこには毒があると、人間は言う。
どこかに闇をはらんだものは、それだけで美しく感じるのかしら?人間の考えることはよく分からない。
きれいなものはきれいでそれでいいじゃない。
ぶんぶんぶん蜂が飛ぶ。そ、ふぁ、みぃ、れみぃふぁれどー。
蜂のダンスに合わせて私はハミング。
たくさん咲いたつつじの花を一輪ずつ摘んで、そっと吸う。とたんに口中に広がる水あめみたいに甘い蜜になんだか全部どうでもよくなってしまった。
夏には大きな入道雲の山、ぴかぴかどーんと雷が鳴って、ざぁざぁざぁざぁ雨が降る。風は全然吹かなくて、風見鶏は止まったまんま。
風任せに進む私も足を止めざるを得ない。
そんなときには、おひさまを見失って途方に暮れる向日葵の下で雨宿り。
大きな葉っぱが私を雨から守ってくれる小さな傘。とっても背が高いから、立っていても座っていても大丈夫。
迷子同士、仲良くしましょ?向日葵さん。
夕立ちなんて、所詮は一過性のもの。やがて晴れた空には川みたいに立派な三本の虹。
八つの坂を越えたなら、かなかなかなとひぐらしが鳴く。
ゆっくり暗くなっていく月のない真っ暗闇の夜。夏には、ほんわり灯るたくさんの蛍がたくさん飛んでいるのがよく分かるから、都合がいい。
ひいい、ひょおおとどこからともなく聞こえてくるトラツグミの声と、チンチンとなくすずめの声が重なりあって、不思議な曲を奏でだす。不協和音もちょっと楽しい子守唄。
眩しい日差しに目が覚めたら、ミルクみたいに真っ白な蓮の花の浮かぶ沼で、ナマズさんにごあいさつ。地震は起しちゃだめだよ、なんて。
静かな秋にはお芋やレンコンをつまみ食い。無意識の私は誰にも見つからないから大丈夫。
お百姓さんがお米や稗を収穫してるうちにこっそりね。今年も豊作すばらしい。
くるくる回って舞い降りてくる血のような緋色の紅葉は河に落ちて、下流へと流れていく。
その姿はとっても気持ちよさそうで私も流されてしまいたい。
だけど、それは叶わない。川縁にとり残された私はそれを見送るだけ。
秋の日は釣瓶落とし。あっという間に夜が降りてくる。
すすきがさらさら揺れる十五夜には、二匹の兎が月の中で餅つきしてる。きっと抱きしめたらもこもこしていて気持ちいいに違いない。
どんなに手を伸ばしても、月には手が届かないから、抱きしめることはできないけど。
時に人を狂気に誘う月も今日ばっかりはおとなしい。
だんだん寒さが厳しくなってきて、葉っぱが全部散るのを見たら、冬がやってくる。
森の近くに住んでいるネズミもカエルもみんなみんなおうちにこもって、冬眠する季節。
ちょっぴりつまんない。
天岩戸のお話みたいに、にぎやかにしていたら出てきてくれないかな。
川や池の表面は凍っちゃって、気温の変化で御神渡り。ぴりぴりと氷が割れる音は美しい鈴の音みたい。
人里に積もった雪は、雪かきされてはじっこにいっぱい寄せられてる。ぎゅうぎゅうと強く固められてるから、まるで真っ白な岩みたいにすべすべしている。
そうして、やがて東から強い風が吹きつけてくる。あったかい風は春の訪れを教えてくれる。名前も知らない赤や、朱鷺色の花や緑色の草が芽を出していくそれは春の息吹。
季節はひとめぐりして、私は新しい春に出会う。
ゆらゆらとお舟に乗っているみたいに揺られながら、私は四季の中を歩いていく。
こういう積み重ねに依存して歴史を作っていくなんて、誰かが言っていた。
そうやって、機織りをするみたいに、きれいな一枚の布になるのかな?
無意識のまま、誰にも知られずさまよう私は蓄積されないけど。
私の無意識はたくさんのすてきな景色に連れて行ってくれたけど、未だにどこにも辿りつけない。無意識に行きたい場所があるからこそ、こんな風にさまよっている筈なのに。
きれいなのに、何かが足りない。欠落、欠陥。
より道ばかりの無意識は、本当に行きたいはずの場所には連れて行ってくれない。
どこに行きたいのかなんて、分んない。だけど、そこに辿りつけたとき、私は足を止めることができるに違いない。
そんなことを考えながら、橙色に染まる空を見上げる。夕焼けの時間はもうすぐおしまいで、上の方はもう藍色になってる。紫色を挟んだグラデーションという昼と夜との境界線を見つけた。飛んでいるのは蝙蝠かしら。
「あら、来てたの?」
「お前、さとりの妹だっけ?」
不意にかけられた声に顔をあげればそこにいるのは、紅白巫女と黒白魔法使い。
名前はちょっと忘れちゃったけど、私はすごくびっくりする。
なんで、彼らは無意識の私を見つけることが出来たのかしら?
「勝手に賽銭箱の上に座らないでよ。参拝客が来た時困るでしょ?」
「どっちにしても来ないだろ?」
「うるさい」
「だって事実だし」
けらけらと笑う魔法使いに巫女が憤慨する。
うーうー唸りながら、手を伸ばして魔法使いのほっぺたをぐいぐい引っ張った。
その顔があんまりおかしくて私は笑ってしまう。
「笑うな!っていうか、お前こんなとこで何してんだ?」
「わかんない」
巫女の手から逃れた黒白が私に尋ねる。だけど、無意識に放浪する私は何をしているということもない。神社にいることだって、今言われて気がついたくらいなのにね。
腕を組んだ巫女が私の答えを聞いて、はあ、と呆れたみたいに大きなため息をつく。
そうして、私の目を見つめて、言う。
「あんたが何してても別にいいけど。もう遅いんだから家に帰んなさい」
「そうだな、子供はおうちに帰る時間だぜ」
人間が小さな子どもに対してするみたいに、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる黒白に、とん、と背中を押してくる巫女。
その勢いに押されて思わず立ちあがって、抗議しようと振り向くと二人はそろってにやにや笑っている。
不敵な感じのその笑顔は初めて会った時の、あの弾幕ごっこをした時のそれと同じで。
無意識のはずの私の心はざわついた。
「じゃあ気をつけて帰れよ、こいし」
「次は土産のひとつやふたつ持ってきなさいよね」
どうしていいのか分からなくなって、そんな声を背中に受けながら私は逃げるように神社を後にした。
帰る?
気がつけば、私は地底へと向かう道をとぼとぼと歩いていた。
巫女や魔法使いの言葉に導かれるように私の足は地霊殿へ向かっている。
いつものふらふら歩きとは違って、もつれそうなぐらいに足早に歩いて行く自分が不思議でしょうがない。
退屈そうな橋姫の横をすり抜けて、相変わらず飲んだくれている鬼にぶつかりそうになりながら、私は歩く。
はやく、行かなくちゃ。私の中の何かが告げる。
にぎやかに盛り上がる通りを駆け抜けて、美味しそうな食べ物の匂いもそっちのけで。
「あ、こいし様!」
「うにゅ?」
地霊殿の前、夕飯を食べに帰ってきたのか、寄りそうように立っていたお燐とおくうが私を見て驚いた顔をする。はぁはぁ、と息を切らした私は、今は無意識とは程遠い状態で、二人でさえ気づかれてしまう。
一度だけ深呼吸をして、大きな地霊殿の扉をゆっくりと開く。
「おかえりなさい」
中にいたのはお姉ちゃん。お燐の声が聞こえていたのか、驚いた様子もなく、いつも通りのじと目で、ちょっとだけ微笑んで私を見つめている。
それを見ているとなんだかほっとして。
とてもとても安心して。
「ただいま、お姉ちゃん」
ようやく、辿りつけたよ。
私の無意識がそっと笑ったような気がした。
お話の中に所々キャラを連想させる言葉が!
そしてテンポ良く読めました。良かったです。
朱鷺子までいて嬉しい限りだ
果たしてどれだけ仕込んであって、自分はどれだけ気づけたのかw
こういうのも面白いなぁ
にとりで?となって、八雲一家で気づいた。
神奈子様がどれかわかんない;
しかし、まだ全員見つけられないという。
登場人物含めて43人まで確認
レミリアお嬢様と神奈子様は見つからない
>「八」つの「坂」を越えたなら、「かな」かなかなとひぐらしが鳴く。