※前作「月の民と地上の翁」の続きの話です。
そして前作同様オリジナル要素・設定が多分に含まれています。
そういったものを好まれない方は読まれない事をお勧めします。
ここは一体どちらですか?
…ああそうですか、そうすると私はあなたに助けていただいたと言う事でしょうか?
そうですか、ありがとうございます。
しかしあの時の傷は殆ど助かるはずの無い程の物だった筈。
一体どうやってお救い下さったのでしょう。
それにしても月が随分と欠けていますね。そんなに私は眠っていたのでしょうか?
なんですって?それだけしか経っていないのですか?
そうすると私は数日ほど放っておかれたことになりますよ!
そうですか、でもあなたが見たときには瀕死の状態であった、と。
…ああようやく合点がいきました。恐らく私が飲んだ薬の所為ですね。
しかしそれでも私はもう死んだも同然の状態だったはずです。
それも地上には居ない玉兎を蘇生することが出来るとは、本当に地上の方なのですか?
ああ、申し訳ありません。決して詮索するつもりではなかったのです。
以後このような事は申し上げませんから、ご容赦の程を。
私はご覧の通り玉兎でして、今回も任務でこの地上に降りたのです。
それが主人に見捨てられ、こんな様になってしまいました。
私の御主人様は八意様と言う月でも一番の賢者と言われたお方。
月の王も御主人様に一番の信頼を置き、何かにつけて意見やお力添えを求められる程でした。
私があの御方に始めてお会いしたのは月の都の建設が一区切りついたころ。
雑事に手を煩わせぬようにとの月夜見様からの御命で、お仕えする事になりました。
尤も、一度は自分でやったほうが早いと言って断られたようですけれども。
八意様は人にものを頼まないお方でしたから、初めの内は大層居心地が悪い事も多かったのです。
湯飲みを片付けるのも自分でやると言うくらいでしたからね。
そしてまた無駄口を利かない方で、今日に至るまで八意様は多くを語らないままでした。
それでも私は何とかお役に立ちたかったですから、
邪魔ではないかと思われる位にお側に控え続け、何か仕事はないかと探していました。
ある時こう言われた事があります。
「あなたは私が命じなくても進んで用事を片付けてくれるわね。もっと休んでいても構わないのよ?」
「ご迷惑でしたでしょうか?」
「いえ、とんでもない。助かってるわ。」
確かに迷惑がっている様子はありませんでした。
「…あなたは自分自身の拠り所を求めている。」
「私は、ただこの身を役立てて頂きたいだけです。」
「いえ、人に付き従おうとする者は凡そそういった傾向があります。
あなたはとても優秀だから、その内私が尊敬に値しない人間だと言う事に気付くでしょう。
そうなっても、あなたはそのまま私に仕え続ける。その事が私には恐ろしい。」
八意様は、本当は人を愛し、人の喜びを自分のものと出来る方。
しかし、自分を必要としている人を進んで受けとめる事が出来ない方でした。
八意様には始終近づき難い雰囲気がありましたけれども、だからこそ近づかないでは居られなかったのです。
ところで、八意様は三人の月の姫様達に教育を施していらっしゃいました。
その内二人は御姉妹でいらっしゃいまして、お二人とも真面目で才のある方々でした。
このお二人については、八意様も悪く言ったことは一度もありません。
今一人はとても高貴な姫君でしたが、こちらは逆に参上して文句を付けない日はございませんでした。
でもですね、八意様はそれをとても楽しそうにお話しになるのです。
姫君が関係ないことばかりお尋ねになるので講義にならなかったとか、
悪戯をして資料が使い物にならなくなってしまったとか。そんな事を生き生きとお話しになるのです。
実際は月の民の中でも余人の及ばないような能力をお修めになったのですから、
類い稀な才能を持っておられたことは間違いなかったのですがね。
直にお話しする機会もありましたが、とても利発なお方でしたよ。
「ねえ、『世界は可能性で出来ている』と言う事を知っている?」
「はい、存じ上げていますよ。
『量子的に物事を見た場合、起こりえる事象は必ず起こります。
何故なら量子の世界では確率的に事象が決まるのに、その情報を完全に捉える事が出来ないからです。
結果を求められない確率で起こる事象とは、いかなる低い確率であろうと0ではない限り必ず存在する事象なのです。』
…と何度も言われるので覚えてしまいましたね。」
「凄い!さすがは永琳の兎ね。やはり主人に似るものなのかしら。
でも良くない所まで似るのは考え物よ。
例えばあなたはもっと自分を出した方が良い。我侭の一つも言う位にね。」
「それは、中々難しい事を仰いますね。」
「あら、これでも真面目に言っているのよ。
それでもし叱られるようならば、私の指示だと言いなさい。」
姫様は、私以上に八意様の事をよくお解りだったのかも知れません。
さてこの姫様なのですが、ある時月の都では禁薬とされている蓬莱の薬を飲んで、地上に落とされてしまいました。
八意様はひどく落胆なされたようですが、外にはそれをお出しになりませんでした。
しかし、お一人のときは物思いに耽ったり、お酒を飲んで深酔いする事も多くなりました。
そういえば少し前にこんな事もありましたね。
いつもの様に晩酌のお相手を務めていたのですが、その夜はいつもにも増して酒量が多うございました。
座っているのもおぼつかなくなったと見えましたので、私は八意様を抱きとめました。
八意様のお体は見た目よりもずっとか弱くて頼りの無いものに感じられ、力を込めれば折れてしまうのではないかと思う程でした。
そして、私の胸の中でこう呟くのです。
同心の友はみな別れて去った、
死の枕べにつぎつぎ倒れていった。
命の宴(うたげ)に酒盛りをしていたが、
ひと足さきに酔魔のとりことなった。
「何を仰いますか、あなた様は水のごとくも来たり、風のごとくも去る身ではありません。
そしてこの月の都も、風の中に消え去る天輪の運命には絡め取られぬ永遠の都。」
「そう…やはりあなたは優秀ね。
でもこの永遠の旅路は歩み去る人ばかり。帰ってきて謎を明かしてくれる人は居ないのよ。」
私は有と無の現象を知った。
また限りない変転の本質を知った。
しかしその賢しさの全てを蔑む。
「酔いの彼方には…」
そこまで言うと言葉は途切れ、肩を震わせ始めました。
そして八意様は出し抜けにこうお尋ねになりました。
「あなたは月の賢者の僕?それとも八意永琳の僕?」
私は答えました。
「私は常にあなた様の御心の儘に。」
そう言うか言わないかという時に、私の腿のあたりに雫が一つ落ちるのを感じました。
ええ、先日の役目と言うのは先に申し上げた姫様の事でございまして、
姫の罪の償いが終りました為にこれを月までお連れすると言うものだったのです。
実際は私達玉兎の仕事ぶりと言うものはあまり期待されておりませんで、
殆どの事は八意様が手ずからお済ませになりました。
ところで、月の使者は地上に降りる役目があると、月に帰る前にある霊水を飲む事になっております。
これは変若水と言いまして、穢れを幾分でも落とすためのものです。
まあ幾分と言いましても完全に穢れを消し去る物は月の都にもありませんので、霊験あらたかな事には変わりないのですが。
当然今回もそれを服する訳ですが、私には姫様が自らお渡し下さいました。
自分の居ない間の月の事、八意様の事などを尋ねられましたが、
自分から聞かれていながらどこか上の空と言った様子でして…
霊水を飲んで一息つきつつも、これからの姫様の処遇を考えて暗澹とした心持になっていたところ、
周りの俄かに兎達が苦しみ始め地に倒れてもがき出しました。
私はどうして良いか分からず、ただ立ち尽くすばかり。
恐ろしく強力な毒もあったものです。
ものの一分もしない内に兎達は動かなくなってしまいました。
蒼玉の様に冷たく透き通った目でこの様を見ておられた八意様はここで初めて言葉を発しました。
「私はこれよりこの地上で姫様をお守りします。月にはもう帰らないわ。」
「行くわよ。あなたもついて来なさい。」
この突然の惨状、御命には慄然となりまして、私は跪いて叫びました。
「八意様!それはなりません!穢れ多き地上に身を落とされるなど、その様な事を見過ごすわけには!」
「先にあなたは言った、私の心の儘にと。私の立場と私の心、どちらに従うと言うの?」
「あなたにはあなたの人生、為すべき事がある筈です!」
「私は既に私の行く道を決めた。あなたに出来る事はそれに従うか、そうでないか。それだけなの。」
「八意様…私は…私は…」
そこまで言うと八意様は私の前に立ってこう仰いました。
「あなたは誰でどういう者?」
私は八意様に取りすがって振り絞るように言葉を
「私は…私は貴方様の…貴方様の僕でございます。」
とだけ。
「そう、分かったわ。それがあなたの答えなのね。」
「ならば、これが私のあなたへの答えよ。」
そう言うと八意様は、私の心臓に匕首を突き立てました。寸分違わず、正確にね。
「さようなら」
今思えば、あの時の薬には姫様の永遠の力が掛けられていたのだと思います。
あの薬は消化器で反応して毒が生成される物で、永遠の力が掛かっていたからそうならなかったのでしょう。
そして私の体が死なず、朽ちなかったのもその薬に永遠の力が掛かっていたままだったからでしょうね。
そしてあの夜に八意様が仰った言葉の意味も、あなたを見ていると何だか分かるような気がして参りました。
八意様は元々地上にいらっしゃったのですからね。
しかし、助けて頂いてこんな事を申し上げるのもなんですが、
近いうちに身を隠された方がよろしいかと存じます。
私はこの度の事、月の都に戻りましたら新たに決まっているであろう月の使者に申し上げない訳には参りません。
月の民は昔の無秩序な時代の痕跡を消し去りたいと考えていますから。
…地上に降りる前に八意様に何か変わった様子はなかったか?
妙な事をお尋ねになりますね。
さあ…特に無かったと思いますが。
…どうなさったのですか?そんな顔をされて。
「永琳!何て事を!」
「姫様、これが私のこの子に対する答えなのです。
姫を取るか自分と月の都を取るか、と言う問いに対しての。」
「あなたは思い違いをしてる。
この子はあなたに、自分と同じように全てを捨ててついて来てくれるか?
自分の全てをあなたに捧げてくれるか?そう問われる事を望んでいた筈。
あなたは忠実な僕に最後の最後で拒絶される事を恐れてそれを聞くことができなかったのではなくて?」
「……」
「…僅かでも疑心のある者は連れて行くことができません。」
「永琳!あなたと言う人は!
何も言わずに切り捨ててしまうなんて臆病者のすることよ。今からでも間に合うかもしれない。蘇生の施術を!」
「無理、いや無駄なのです。体の傷は癒せても私の言葉は取り消す事が出来ない。」
ああ、この人はいつもこうなのだ。
そうしてなまじ神の如き頭脳を持っているから誰もそれを正す事が出来ない。
こんな事を言うのも私ぐらいのものだ。それがこの人の不幸なのだ。
>巨乳で高身長
凄く良いと思いますよ!ドストライクだ…
いやぁ、それにしてもマイナーな視点からの話を書かれますね。好きですよこういうの。