<- はるですよー ->
冬という名の季節が、終わりの合図を鳴らし始めると、
雪解け水が川を流れ、蕗の薹が顔を出し始める。
冬眠していた寝ぼけ顔の動物たちに、木々はおはようと声をかけ、
二度寝を決め込む者に、穏やかな風が頬を撫でる。
鳥たちは謡い、花は太陽というスポットライトの下で踊り、妖精が空高く跳び舞う。
そんな春の兆しが、幻想郷に訪れていた。
「はるですかー?」
「はるなのかー」
「はるだとおもいますよー」
此処は「全ての起点である終点」と呼ばれる博麗神社。
ここには楽園の巫女が住んでおり、彼女に惹かれる人や妖怪達の集まり場にもなっている。
周りを見渡すと、仄かに色づいた木々が神社を取り囲んでいる。
毎年綺麗に咲く桜の蕾も、先が割れ始めていた。
あと数日もしたら花見と称して、満開の桜の下で三日三晩も続く宴会が開かれるだろう。
そんなまだ芽吹き始めた桜の木の下に、一人の妖精が立っていた。
春を告げる妖精、リリーホワイトである。
リリーは数ある木の一本に手を当て、声を掛ける。
しかしその様子は何処かおかしかった。
「は・る!」
「はるるー?」
「はる~……」
むぅ、と難しい顔をしてなんとか声を出そうとしているようだった。
声は震え、恐々と肩を張り、結果それは声というよりも囁きのようになってしまっている。
目の前の大きな桜の木。その木は周り木のどれよりも大きく、幹には何枚も御札が貼られている。
しかしそれは、芽をつけず一人冬に取り残されていた。
「んー……はるでしたー?」
「勝手に春を終わらせないでほしいわね」
「ほえ?」
突然、リリーは後ろから声を掛けられた。
振り返ると、頭に大きな紅いリボン、服も紅と白を基調とした巫女服を着た少女が立っている。
この神社に住む巫女、博麗 霊夢だ。
箒を持っているところを見ると、境内の掃除の為に出てきたのだろうか。
「あんたたしか……リリーだっけ?」
「はい~春を告げる妖精、リリーホワイト、ですっ!」
リリーは、めいいっぱいの笑顔で自分の名前を言い放った。
抱きしめたくなるような、そんなぽわわんとした雰囲気に、
霊夢はついつい箒の先端で、リリーのおでこを突いてしまった。
「い、痛いです! 何するですかー!」
「ごめん、余りにも可愛くてつい、ね?」
突かれたおでこを小さな両手で押さえるリリーの頭を、霊夢は撫でた。
リリーは涙目な上目遣いで霊夢睨もうとするが、優しい手つきについ頬が緩んでしまっている。
どうやら頭を撫でられるのは、大好きなようだ。
「ところで、こんな所で何してるの?」
「春を告げに来たのですよ~?」
「そういえばあんた、毎年"はるですよー"って言いながら、この辺飛び回っていたわね」
「はい~。此処はいつも春が満ち溢れてます~」
そういうとリリーは大きな桜の木の方へ向き直した。
そして両手を広げ、木へ呼びかける。
「はるーはーるー出でよはる~」
「何してるのよ」
「この子の春を起こしているんですよ~?」
「春を起こす? あぁそういう事ね」
「今年はお寝坊さんです。毎年一番早くて、一番大きくて、一番綺麗に咲いているのに~」
リリーはまだ木に向かって、はるーはるーと言っている。
幹を掴んだり叩いたり、キスをしたりするが、桜は一向に咲く気配がなかった。
「リリー。その木はね、もう咲くことは無いわ」
「はるー?」
「枯れたのよ。冬のうちにね」
霊夢も桜の木に手を当てる。
霊夢が生まれるずっとずっと前から、此処にある桜の木。
彼女にとっても、この木は思い出深かったのだろう。
リリーにも聞こえないような小さな声で何かを呟いていた。
「お寝坊さんじゃないです?」
「えぇ」
「でも、春なんですよ?」
「悲しいけれど、いくら呼びかけても……起きる事は無いのよ」
「そんなこと無いです! 去年もこの子は満開だったです! 寝るときだって私を優しく包んでくれていたです!」
「あんた春の間、此処で寝ていたのね。通りでよく見かけたわけだわ……」
木を見上げると、妖精の胴ほどもある太い枝がある。
おそらくそこで寝ていたのだろう。
「桜さんに元気が出るように沢山歌います!」
「だからね……」
「私がんばります! 起きてくれないのは、きっと春をちゃんと告げられていないからです。がんばって練習します!」
「はぁ……勝手にしなさい」
霊夢はその場に背を向けて離れた。
おそらく境内の掃除に戻ったのだろう。
残されたリリーの目には、決意の光と……少しの涙が溜まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あんた、まだ居たの」
「霊夢……さん?」
太陽が西へと沈みかけている時間、大きな影がリリーを隠す。
影の主である霊夢の手には、箒はすでに無かった。
「春とは言ってもこの時間になるとまだ寒いわ。こんな所にいたら風邪引くわよ?」
「おかしいんです……背中がとても、冷たいのですよ。どんどん冷たくなっていくです……」
リリーはまるで壊れた人形のように、木の幹に背を預け座り込んでいる。
声も、ずっと春を告げていたせいか、枯れてしまっている。
これでは風邪を引かなくても、一週間は春を告げる事はできないだろう。
「はる……ですよー。はるなんですよ? 起きないと、めってされちゃうんですよ?」
霊夢は俯くリリーから視線を外した。
必死になって起こそうとした桜の木を見上げ、
そして霊夢は気が付いた。
「リリー……よくがんばったわね」
「がんばっても、でも、この桜さんは起きてはくれなかった……です」
「何言ってるのよ。あれを見てみなさい」
「あれって……あっ」
一番太い枝の先。
奇跡か、リリーの想いがそうさせた必然なのか。
そこには一つだけ、桜の花が咲いていた。
最後の想いの欠片。5枚の薄い花びらが、夕日を反射している。
でもそれは弱弱しく、だけど最後の力で精一杯咲いていた。
霊夢は、リリーを抱きしめた。
涙で崩れた顔を、胸に隠すように。
リリーの悲しみを、半分でも自分の中へと移せるように。
震える体を、ぎゅっと強く抱きしめて。
「リリー。まだ寒い?」
霊夢の胸の中で、小さく頭が横に振られるのが分かる。
「暖かい……です」
「これからは、私が枝になってあげる。私が生きている間、あんたの布団になってあげる」
「霊夢さん……」
「だから今日はもうおやすみなさい。そしたら明日また、笑顔をみせてくれるわよね?」
「……はぃ」
胸に預けられているリリーが急に重くなる。
安心したのか、霊夢の言葉通り寝てしまったようだ。
霊夢はリリーを抱っこしようと顔をあげた。
そして、ふと目を木へと移すと、そこには一本の線があった。
「これは……懐かしいわね」
それは霊夢が6歳の頃に付けられた傷。
さらにその下には5歳の頃に付けられた傷もあった。
そしてその隣に、先代の博麗の巫女の名前が彫られた線もあった。
かなり薄くなっていたり消えていたりするが、その隣にも線はあるはずだ。
「長い間お疲れ様。そして……ありがとう。ずっとこの子を守ってくれて。私達を見守ってくれて」
風が流れた。
霊夢の髪の毛が横なぎにはためく。
霊夢にはまるで桜の木が、風邪を引くからさっさと家へ帰れと言っている様に思えた。
事実そうなのかも知れないし、違うかもしれない。
だから彼女は、後は何も言わず立ち上がった。一枚の御札を取り出し、裏に一言添えると、
すでに何枚も桜の木の幹に張られている御札達の横に貼り付けた。
そして、桜の木に背を向ける。
振り返らずに、
ただまっすぐに、その場を後にした。
過去の楽園の巫女を最後まで見送った桜の木。
まだ幼い、現在の博麗の巫女の背中を見送った桜の木。
その最後の、たった一輪の桜の花が、
春の風に吹かれ、古い御札と新しい御札と共に、茜色の空へと舞い飛んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その年の春。
少しだけ例年よりも暖かかった春は、無事に過ぎ去った。
夏が来て、秋が来て、冬が来て……
また彼女はやって来るだろう。
そしていつものように元気な声で歌うのだろう。
力強く、優しく、桜のような綺麗な声で。
「はるですよー♪」
はるですよー♪……私にも春が来てほしいorz
私にも……春が……はる……来るといいな……orz
構わん、抱き締めろ、強くだ!
おいぃ、これマジで胸があったかくなる話じゃないですか…おぃぃ
我には嫁(二次元)が居るからすでに春は来ている!
か、悲しくなんかないもんね!
>イイハナシダナー けど後書きがwww
リリーも妖精だから悪戯が好きなはず。しかもかわいい。
>私にも……春が……はる……来るといいな……orz
我には嫁(妖夢の半霊)がいるヵらスデにハルはキていル!
>春ですな。まごうことなく、春ですな。
現実世界にもはやくリリー来てほしいな~
夜が寒いから主に布団の中に来てほしい
>ぽっかぽかだよ
心まで温まっていただけたなら幸いです♪
>構わん、抱き締めろ、強くだ!
GATOCHU ZERO STYLE!!
>おいぃ、これマジで胸があったかくなる話じゃないですか…おぃぃ
さて、桜が咲いたぞー。続きを書いてみようかな