前回までのあらすじ
幽々子:「紫、あなた、見てるわね!」
以上。
幻想郷ひっとす~じさんびゃ~くね~ん♪
……なんですって? 藍。
三百年どころじゃないじゃないですか、って? ほっほ~……よく言ってくれるわね。この私が、母となって幻想郷を見守る役目を背負ってから……うっふっふ……。
ね~え、ら~んちゃ~ん。
あのね、私、最近こんな本を手に入れたの。それによるとね、証拠の残らない完全犯罪って、結構、色々あるらしいわよ?
本当に、ねぇ?
あの歌は、とても有名かつ崇高な、伝説の歌なのよ? 噂では、かつて、頭に燦然と輝く『肉』の文字を携えたヒーローが幻想郷を救った際、そのテーマソングとしてかかっていた歌だと聞くわ。彼の名前は……えっと……なんだっけ?
まぁ、忘れたけど、そう言う由緒正しき歌を侮辱するなんて、いくら藍でも許せないわ。そういうわけだから、今のところ、藍はお仕置き中。
え? 何してるのか、って?
あのもさもさのしっぽを使って、マヨヒガ全部のはたきがけ。いや~、静電気でよくほこりが取れます! 一家に一つ、いかがですか、奥さん!
ケース1
というわけで、いつも通りのスキマウォッチングよ。さぁて、今日はどこへ行こうかしら。どこへ行ってもいいのだけど、やっぱり、見物しがいのあるところがいいわよねぇ……。さぁて、どこがいいかなぁ~……と。
……を?
「ねぇ、ミスティア」
「なんじゃい、りぐるんや」
「その呼び方やめて」
「えー?」
時刻も時刻だからか、今日も今日とて、道ばたにぽつりと現れる赤提灯。そこに飛び込んでみたら、店主が「こんな顔でしたか?」ってのっぺらぼうにならない昭和の屋台がここに一つ。
あー……そう言えば、もう外は暗いわねぇ。
らーん、晩ご飯作ってー。
「最近さ、ここ、売り上げ上がってるの?」
「んー? まぁ、収支はとんとんかなぁ」
「値段は良心的だと思うけど……やっぱり、お客さん、来てないんじゃないの?」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。私が鳥目にしてる客が、それはもう山のように」
「最近、その手の客じゃなくて、普通のお客さんが多いって聞いたわよ」
へー、そーなの。
ん~……いい匂いねぇ。串焼きの、この炭火の香りと、その上で焦げるたれの匂いがたまらないわ~……。ああ、お腹が空いてきた。
ちょっと、つまみ食い……あいたっ! 藍、何するのよ!
もう、怒らないでよ。つねったりなんかしたら、ゆかりんの白いお肌に傷が付いちゃうじゃない。
「んー、まぁ、確かにねー」
「そんなんでいいの? それを目的に、店、始めたわけじゃないだろうし」
「なんてーかさー。
ん~……そうだなぁ。まぁ、確かに、最初はぼったくりに近い……というか、半分、詐欺同然で始めた店だけどさ。これがまた、お客さんの反応がよくてねぇ」
う~……お腹が……。
らーん! 何かおつまみでもいいから持ってきてよー!
……やったぁ! おつけものおつけもの♪
「へぇ。どんな感じに?」
「別にー? 普通に、『ごちそうさん』ってさ。
いやぁ、あの言葉を聞くとやる気が湧いてくるよねぇ」
「そういうものかしら」
「そういうものだよ、りぐるんや」
「だから、その呼び方やめてよ。恥ずかしいわね」
「それにさ、ほら。何かよくわからないけど、そのうち、そう言う手合いのが常連客になったりもするのさ。こちとら妖怪だってのに、人間の常連客もついたりなんかしてきて。……何かいいなぁ、ってさ」
ほほう、なるほどなるほど。
それはわかるわねぇ。何気ない一言って言うのは、本当に何気ないが故に、絶対に忘れられない力を持っていたりするのよねぇ。
これもいわゆる言霊? いやん、ゆかりん、物知り♪
「うちらは人間に取っちゃ、天敵みたいなもんでしょ? それなのに、『店主、今日もお酒と串焼き頼むよ』なんて言われたらさ、やる気も出てきちゃうもんなのよ」
「人間と妖怪の比率、どっちが高いの?」
「どっちもどっちって感じ。
まぁ、お互い、顔をつきあわせてみると、これまた意外なものに気づいたりもするもんだ」
酒の席になると、人間に限らず、本音が出るからねぇ。
お酒って言うのはさ、ものの価値観とか、そういうものを全部取り払ってくれる魔性の魅力があるわけよ。わかる? 藍。
あー、いいわねぇ。そう言う、お客同士の心の交流があるお店は。こういう赤提灯の下に、ふらふらと集まってくる酔い客達に振る舞われる、美味しいお酒と美味しいお食事。そして、心温まる一時の語らい……。
はぁ~、いいわぁ……。
……何よ、その目は。何でそんなおばさんくさいんですか、って? うっさいわね。
「そんなもんだからさ、そういう……なんてーの? みんなが楽しくお酒を飲める場所を作ってあげようかな、って思っちゃったわけさ。
それだから、最近は、採算度外視のサービスなんてのも考えたりしちゃってね」
「本当に商売をする気があるのか、いまいちわからないわね」
「あるよー。あるから、りぐるんにお手伝いを頼んでるんじゃない」
「私も、まぁ、暇だから。頼まれたら手伝ってあげようと思っただけ」
「あいよ。感謝してます、リグル大先生」
ふーむ。
……ねぇ、藍。今度、みんなで飲みに行く?
「だから、ちゃんとバイト代くらいちょうだいよ」
「まぁ、考えとくよ。
さーってと。それじゃ、そろそろお客さんが来る頃かなぁ。
リグルー、いつもの奴、お願いね」
「はいはい」
ああ……いい、本当にいいわぁ。
ああやってさ、夜の闇の中にぽつんと浮かぶわけなのよ、赤提灯が。でね、流しのギター弾きか何かが来てさ、「お客さん、一曲どうですか?」なんてやるわけなのよ。それでね、その切ないメロディを聴きながら、店主の軽快なトークを酒の肴に、美味しいお酒をくいっとやるわけ。
あー、たまんない! 最高!
いい話よねー!
「じゅーじゅー音を立てて焼ける串焼きってさ」
「ん?」
「何か、いいよね」
「そうね」
「あーあ、私、屋台の店主に転職しようかなぁ」
「それもいいんじゃない? ミスティアが経営者で、一杯、お客さん作ってさ」
「そうだねー。
ま、それも未来のことと致しまして。今日は今日で現在を精一杯生き抜くために」
「はいはい」
『いらっしゃいませー。今宵のお酒も、いいのをそろえてますよー』
………うぅっ、ええ話や……ええ話やのぅ……。
かぁーっ! たまらん! 藍! ちょっとハンカチ! ハンカチ持ってきて!
ケース2
ああ……いい。本当にいい!
いいもの見させてもらったわよ、ほんと。やっぱり、スキマウォッチングさいこー!
……やってることは覗き見じゃないですか、って? それがいいんじゃない。片隅から、そっと、幻想郷のシーンをカットして保存するのよ。
どこに保存するのか? それはもちろん、私の胸の中。そういう、『いいところ』はさ、なかなか見つけられるものじゃないわよ?
他人の悪いところはよく見えるけど、いいところを探すのは難しい、って言うじゃない。
こういうところにも、それはあるの。わかる? 藍。
「……す~……」
をや?
何か適当にスキマを開いたら、どこにつながったの? ここは。
周りは真っ暗で……何も見えないわね。藍、灯り持ってきて、灯り。
「……ん……んんっ……!」
をや、この声は……。
あ、ありがと。えーっと、どれどれ……。
あら、あの子は……。
「……っ!?」
あら、起きちゃった? 起こしちゃった? やっば……。
……って、何か毛色が違うわね。どうしたのかしら。
「!? ……!」
何か……えらく狼狽してるみたいだけど……。
「……くっ……ぐすっ……ひぐっ……」
え!? 何!? 何か泣き出したわよ!?
わ、私なんかした!? 起こしたのがまずかったんですよ、って!? だ、だけど、この位置は、一応大丈夫……!
「おね……ぇ……さまぁ……」
あ……あぅあぅ……。
や、やばい! これはやばいわ! 藍、逃げるわよ! スキマを閉じるから……!
「お姉さまぁ……暗いの……怖いよ……」
……って……はい?
えーっと……藍、今の、聞こえた?
暗いのが怖い……って……あの子……フランドールちゃんでしょ? 吸血鬼が夜の闇を恐れてどうするのかしら……。
「狭いの……怖いよぉ……。何も見えないの……やだよぉ……。
お姉さまぁ……出して……ここから出してよぉ……」
……あー……なるほど……。
……そうよね。考えてみれば、あの子はまだまだ子供なのよね……。
いくら情緒不安定、いくら外に出したら、あの子にとっても危険とはいえ……ずっと、狭くて暗い地下室の中に閉じこめられていたんですものね……。
……それがあの子のためだったんでしょうか、って? ……そうなのかもしれないわね。ただ、厄介者扱いしていたんじゃないと思うわ。
だって……。
「あ……」
ほら、ね?
「……おね……さま……」
「全く。たまたま、ここの前を通りかかったメイドから聞いたから。慌てて飛んできたのよ」
「ごめん……なさい」
「本当に。どうして、このレミリアの妹なのに、ねぇ?」
またそういうこと言って。
レミリアちゃん、お姉さんにはわかるのよ。あなたの顔。
いくら平静を装っても、内心じゃ、やっぱり嘘はつけないものね。心の乱れがわかるわ。
「……暗いの、怖い」
「そう。でも、わたし達は吸血鬼よ。夜の闇には慣れなさい」
「……でも……怖いんだもん」
「どうして怖いの?」
あら。
今の聞いた? 藍。
レミリアの、あんなに優しい声、聞いたのは初めてだわ。
「……何かね、すごく狭くて……息苦しくて……。そして、すごく冷たいの。誰もいなくて……誰にも、フランの声……届かなくて……。
それで、いやいやしても、絶対に許してくれなくて……。それで……それで……っ……」
「そう」
……うっそ?
「かわいそうなフラン。そんな風に、色んなものが、あなたにとっては怖いのね」
「……うん」
ちょっとちょっと!? 何あれ!? 何よあれ!
レミリアが、あんな風にフランドールを優しく抱きしめて!? あんな風に、あの子のことをかわいそうに思うような瞳をして!?
ちょっとちょっと! どうなってるの!?
「……もう寝なさい、フラン。あなたが寝付くまで、わたしがずっとここにいてあげるわ」
「……ほんと?」
「ええ。ほら、手を握っていてあげる」
「……うん」
ああ……いかん……レミリアのイメージが変わっていくわ……。
魔法少女じゃなかったの!? あなた! わがままなお子様じゃなかったの!?
それなのに、こんなに妹に優しくて……いいお姉ちゃんだったなんて……。
「……お休み、フラン」
「お休みなさい、お姉さま」
フランドールちゃんも、まぁ、幸せそうな笑顔で……。あら、あっという間に眠っちゃった……。
元から、ほとんど頭は寝ていたのね……。それで、優しいお姉さまに愛されて、すぐに……か。
何か、昔の藍を見ているみたい……。
「……お休み、フランドール。いい夢を見てね」
本当に、何か昔のあなたにそっくりよ。藍。
あなたも昔は……って、何よ。そんなに顔を赤くして怒らなくてもいいじゃない。昔は誰でもかわいいものなのよ?
……そう。きっと、あの子達もそうなのね。
ただ……。
「お疲れ様でした。お嬢様」
「別に、この程度のことでは疲れないわ」
「さあ、参りましょうか」
「……今夜はここにいるわ。咲夜、毛布を持ってきてちょうだい」
「ですが……」
「また、あの子はきっと、泣いて起きる……。そのたびに、わたしがいないといけないの」
そうなのよね。
一度、悪い夢を見てしまうと、なかなかそれを払拭することは出来ないもの。藍、あなただって、私の所によく来ていたものよ。怖い夢を見る、って。きっと……それはね……。
「……ごめんなさい、フラン」
「お嬢様が気に病むことではありません。今、毛布を持って参ります」
「ええ、そうしてちょうだい。
今夜は長い夜になりそうだわ。きっと、わたしは眠れない……」
「夜が、吸血鬼の本領発揮ですよ」
「そう。その通り。
だけど……だけどね、咲夜」
「はい」
「わたしは……わたしは、フランのことは憎くない。かわいいから……どうしようもなく、あの子のことがかわいいから、辛い思いをさせてきた。それだけは、あなたにだけはわかってほしい」
「私にわかることでしたら、みんながそれを理解することです。
大丈夫。お嬢様の気に病むようなことは、何一つ、起きません」
「フランは、きっと、大きくなったらわたしを恨むでしょうね……」
「そんなことはありません。もしもそうだとしたら、お嬢様のそばにいる時、フランドール様は、きっと笑えないでしょうから」
「……そう」
……ふぅん。
藍、あなたはどう思うかしら? フランドールは、いつか、レミリアのことを恨むと思う?
……いいえ、か。やっぱり、そう思うわよね。私もそう。
あの子、眠る時、笑っていたもの。大好きなお姉ちゃんの手を握って、微笑んでたわ。あれは作られた笑顔じゃない。あの子の、掛け値なしの、本音の笑顔。
それなのに、レミリアは怖いのね。自分がした仕打ちのせいで、妹は今も苦しんでいるのだから。罪の意識を背負うのもわかるわ……。いい子達ね、あの子達は。
「……咲夜?」
「今宵は冷える夜になりそうです。温かいお茶もご用意致しました」
「それはいいの。どうして毛布が二組あるの?」
「さあ。私の気まぐれです。お気になさらずに」
「……ねぇ」
「はい?」
「……ありがとう」
「いいえ」
あら……。
見た? 藍。今のレミリアの顔。
あの子、泣いてたわ。うれし泣きというやつね。ふぅん……あの子も、嬉しいときには涙を流すことが出来るのね。
それだけ、あの子は周りに支えられているという事かしら。そうでなければ、たとえ他人が何を言おうとも、それに心を動かされることなんてないのだから。
私にとっても、それは同じ事よ。藍。
どういう意味ですか、って? それは自分で考えなさい。
「今日は……あったかい夜になりそうね」
「そうですね」
「フランがまた起きたら、あの子の隣に寝てあげようかしら」
「お起きになられた方が、それならば、きっと、お嬢様達にとってよろしいことになりそうです」
「よしてちょうだい。あの子がかわいそうだわ」
……はいはい、お幸せにね。
紅魔館ってさ、藍。何か、一つの家族そのままって感じがするわね。永遠亭もそうだけど。
どこにも、そこを見守る親がいて、それを頂点に、一つずつ、存在が下っていく。そのどこにいるものでも、誰にでも愛されて、誰をも愛して。そんな風に固い結束があるような感じがするの。
うち? それは当然、言わずもがな、というやつよ。
私はあなた達が大好きだし、あなた達はどうなの? うふふ。
鏡に映した姿はね、藍。決して、真実以外のものは映さない。紅魔館も永遠亭も、きっと、私たちの鏡映し。
……いい話よねぇ。
ケース3
ああ……立て続けにいいもの見せてもらったから、何か涙が止まらないわ。
私の目指した幻想郷がここにある! みたいな感じよねぇ……。
……あら、いつの間にか朝日が。
ねぇ、藍。私、眠いんだけど。でもね、何でか知らないけど、まだあちこちを見て回りたいの。何でかしら。
「おーい」
「あっ、チルノちゃん」
あら、あそこをいくは、ちょっとおバカな氷の精霊じゃないの。こんな朝早くにどうしたのかしら。
「おはよ」
「おはよう、チルノちゃん。どうしたの?」
「う、ううん。別に。
ねぇ、大妖精。また歌を歌ってたの?」
「うん。きれいなお日様を見ていると、何となくね」
妖精は自然界の結晶だとはいうけれど、本当なのかしら。
でも、そうと仮定すると、素晴らしい自然を前にしたら浮かれてしまうのもわかるような気がするわね。
……にしても。
チルノはどうしたのかしら。
「どうしたの? チルノちゃん。何か顔が赤いけど」
「あ、う、ううん……その……」
「何かあったの? 私でよかったら相談に乗るよ?」
「あ……うん……」
そういえばさ、藍。
チルノってさ、結局、何だかんだであっちこっちに友達がいるし、何か周りにかわいがられてるわよね。何でかしら。
あれかしら。手のかかる子供ほどかわいいってやつ?
確かに、あの手のやんちゃ娘は母性本能を刺激するわよねぇ。こう……なんていうのかしら、目を離したくない、っていうか。
あ、わかる?
「その……ね」
「うん」
「……これ」
「あ……」
お?
「これ……私に?」
「……うん」
「どうして、って聞いていいかな?」
「あ、あのね……その……。リグルがさ、『チルノはいつもいつも、大妖精に迷惑かけてるんだから。今日くらいは、思いっきり、孝行してあげなよ』って……。
それで……うん。まぁ……考えてみたら、あたい、確かに……って……」
……へぇ。
「だから……その……まずはプレゼントかなぁ……って」
「……そう」
「あの……嬉し……かった?」
「うん」
あら。
「わぷっ!?」
「ありがとう、チルノちゃん。嬉しいよ」
「うぐぐ……苦しいよぉ……」
「でも、別にいいのに……。私は好きで、チルノちゃんの面倒を見ているのよ? それなのに……感謝なんてされたら、私……」
「……いつもありがと」
「……うん」
……そういえば、藍。知ってる? 外の世界にはね、母の日、っていうのがあるの。
日頃、お世話になっているお母さんに感謝の気持ちを込めて贈り物をする日だと言われているわ。実際の所はどうなのかしら。私はしーらないっと。
けど……そうよね。チルノみたいなお転婆娘にとっては、あの大妖精はお母さんみたいなもの……か。手のかかる娘に、おっとり優しいお母さん。あら、絵になるわ。
「朝日が光ってきれい」
「それ、湖の、あっち側から取ってきたんだ」
凍らせた花のオブジェ……か。
ちょうど今が夜明けだし、あの赤い光が冷たく輝くのって、これまた美しいものなのね……。いいもの見せてもらったわ……。
「あっち側にさ、まだいっぱいあるから……。もっと取りに行く?」
「うん、そうしようか。
今度は、私がチルノちゃんに、お花で冠を作ってあげる」
「い、いいよ! 今日はあたいが、大妖精に、一杯恩返しするって決めてるんだから!」
「その恩返しを増やすためにも、チルノちゃんのお世話をしてあげるの。うふふっ」
「あーっ! ひっどーい! あたいをいぢめて楽しいのー!?」
「うん。楽しいよ」
「ぶぅー」
……ふふっ。かわいいわね。
ああいうのを『微笑ましい』って言うのかしら。
いつの間にやら、チルノの頭からは『大妖精に恩返しをする』ってこと、すっかり抜けてるみたいね。またきーきーとやかましいこと。
それをわかっていて、大妖精も見事にからかうものだわ。でも、あれはからかうのとは違うのかしら……。どっちかっていうと、かわいがってる、になるのかしらね。
私も、あんな風にかわいがれる子が欲しいわね。また。
……あら、また、ってどういうことですか、って? 決まってるじゃない、藍。あなたみたいに、手のかかる子が、また一人増えてくれたらな、ってこと。
そんなにふてくされないで。わかってる、あなたの他に式を使ったりなんてしないわよ。
「ほら、チルノちゃん。行くよ」
「あ、待って! 待ってよー!」
「やーだ。ほらほらー」
「うー! このー! 待てーっ!」
……何か、ハートフルなホームドラマを見ているみたい。
……ああ、頬を熱いものが伝うわ……。心が温かくなって、自然、涙がこぼれてくるぅ……。
なんて……なんていい話なのかしら……。
二人とも、これからもお幸せに……って……。
ケース4
「あなたは何をしてるのかしら」
「あら。あなたは……どちら様だったかしら?」
「また結構な言われよう」
現れてみれば、そこには、もう姿を消してしまった冬の妖怪の姿があった。
何でこんな所にいるのかと問うてみれば。
「ただ……本当に、何となくね」
「何となくの割りには、ずっと、見ているものは一緒なのね」
「ええ」
その視線の先には、大好きな『お母さん』と一緒に花畑で戯れる少女の姿。
「心配だったの?」
「別に。私があの子を心配する理由はないわ」
「でも、心配しない理由もない」
「さすがね」
でも、もういいの、と振り返ってみれば。
「あの子は、みんなと仲良くやっていけているようだから」
「あきれた。あの子のことが心配で見に来てみて、それなのに、声もかけずにいってしまうの?」
「ええ。元々、私とあの子は存在が別なのだから。
それなのに、あの子は、なぜか私の周りに現れる。だから、私も、自然とあの子を構うようになった――それだけのこと」
「本音は?」
「本音? ……そうね。
建前も何もなく話すのなら……」
そこで妖怪の視線は肩越しに後ろを向いて。
「幸せなら、いいのよ」
「……幸せなら?」
「ええ。
私は、私を慕ってくれる子には幸せになってもらいたい。幸せにしてあげたい。それはあなただって一緒でしょ?」
それはまぁ……確かにね。
「だから、あの子が幸せならそれでいいの。また冬に会えるわ。その時まで、楽しみは取っておきたいの」
「楽しみ?」
「またあの子が『お帰り』って言ってくれる、あの楽しみをね」
うっ……。
「本当に、あの子は幸せね。私はとても嬉しいわ……。かなうことなら……」
ううっ……。
「……さて、それじゃ、私は退散しないと。ここにいたら、リリーに怒られそうだから」
うううっ……。
「お休みなさい、スキマの妖怪さん。また冬に……って……」
ダメ、限界。こらえられません。
「ち、ちょっと!?」
「ええ話や……ええ話やぁぁぁぁぁっ!」
「ど、どうしたの!?」
「何で今回、こんないい話にばっかり遭遇するのよぉぉぉぉっ!」
「な、何があったの!?」
「幻想郷にも……たくさんの人や妖怪の心の中にも、こんな、誰かをあったかくするような世界がまだあったのねぇぇぇぇぇぇ!」
涙が、涙が止まりませんっ! 私の幻想郷は、私の心をこんなにも打つ世界だったのです! これに泣かずに何に泣けとっ!
「ほんま、ええ話やぁぁぁぁぁっ!」
「……あー……えっと……。すいません、今から連れて帰りますので」
「あ、は、はい……」
「藍、わかる!? わかるわよね!? ハートよ! 心よ! この、胸の内に広がるあったかい想いは何なの!? これが、これが、幻想郷なのねぇぇぇぇっ!」
今日のこの日は忘れないうちに、心の中の引き出しにそっとしまっておくわ!
こんな幻想郷が未来永劫、続いていくように!
ゆかりん、頑張る!
幽々子:「紫、あなた、見てるわね!」
以上。
幻想郷ひっとす~じさんびゃ~くね~ん♪
……なんですって? 藍。
三百年どころじゃないじゃないですか、って? ほっほ~……よく言ってくれるわね。この私が、母となって幻想郷を見守る役目を背負ってから……うっふっふ……。
ね~え、ら~んちゃ~ん。
あのね、私、最近こんな本を手に入れたの。それによるとね、証拠の残らない完全犯罪って、結構、色々あるらしいわよ?
本当に、ねぇ?
あの歌は、とても有名かつ崇高な、伝説の歌なのよ? 噂では、かつて、頭に燦然と輝く『肉』の文字を携えたヒーローが幻想郷を救った際、そのテーマソングとしてかかっていた歌だと聞くわ。彼の名前は……えっと……なんだっけ?
まぁ、忘れたけど、そう言う由緒正しき歌を侮辱するなんて、いくら藍でも許せないわ。そういうわけだから、今のところ、藍はお仕置き中。
え? 何してるのか、って?
あのもさもさのしっぽを使って、マヨヒガ全部のはたきがけ。いや~、静電気でよくほこりが取れます! 一家に一つ、いかがですか、奥さん!
ケース1
というわけで、いつも通りのスキマウォッチングよ。さぁて、今日はどこへ行こうかしら。どこへ行ってもいいのだけど、やっぱり、見物しがいのあるところがいいわよねぇ……。さぁて、どこがいいかなぁ~……と。
……を?
「ねぇ、ミスティア」
「なんじゃい、りぐるんや」
「その呼び方やめて」
「えー?」
時刻も時刻だからか、今日も今日とて、道ばたにぽつりと現れる赤提灯。そこに飛び込んでみたら、店主が「こんな顔でしたか?」ってのっぺらぼうにならない昭和の屋台がここに一つ。
あー……そう言えば、もう外は暗いわねぇ。
らーん、晩ご飯作ってー。
「最近さ、ここ、売り上げ上がってるの?」
「んー? まぁ、収支はとんとんかなぁ」
「値段は良心的だと思うけど……やっぱり、お客さん、来てないんじゃないの?」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。私が鳥目にしてる客が、それはもう山のように」
「最近、その手の客じゃなくて、普通のお客さんが多いって聞いたわよ」
へー、そーなの。
ん~……いい匂いねぇ。串焼きの、この炭火の香りと、その上で焦げるたれの匂いがたまらないわ~……。ああ、お腹が空いてきた。
ちょっと、つまみ食い……あいたっ! 藍、何するのよ!
もう、怒らないでよ。つねったりなんかしたら、ゆかりんの白いお肌に傷が付いちゃうじゃない。
「んー、まぁ、確かにねー」
「そんなんでいいの? それを目的に、店、始めたわけじゃないだろうし」
「なんてーかさー。
ん~……そうだなぁ。まぁ、確かに、最初はぼったくりに近い……というか、半分、詐欺同然で始めた店だけどさ。これがまた、お客さんの反応がよくてねぇ」
う~……お腹が……。
らーん! 何かおつまみでもいいから持ってきてよー!
……やったぁ! おつけものおつけもの♪
「へぇ。どんな感じに?」
「別にー? 普通に、『ごちそうさん』ってさ。
いやぁ、あの言葉を聞くとやる気が湧いてくるよねぇ」
「そういうものかしら」
「そういうものだよ、りぐるんや」
「だから、その呼び方やめてよ。恥ずかしいわね」
「それにさ、ほら。何かよくわからないけど、そのうち、そう言う手合いのが常連客になったりもするのさ。こちとら妖怪だってのに、人間の常連客もついたりなんかしてきて。……何かいいなぁ、ってさ」
ほほう、なるほどなるほど。
それはわかるわねぇ。何気ない一言って言うのは、本当に何気ないが故に、絶対に忘れられない力を持っていたりするのよねぇ。
これもいわゆる言霊? いやん、ゆかりん、物知り♪
「うちらは人間に取っちゃ、天敵みたいなもんでしょ? それなのに、『店主、今日もお酒と串焼き頼むよ』なんて言われたらさ、やる気も出てきちゃうもんなのよ」
「人間と妖怪の比率、どっちが高いの?」
「どっちもどっちって感じ。
まぁ、お互い、顔をつきあわせてみると、これまた意外なものに気づいたりもするもんだ」
酒の席になると、人間に限らず、本音が出るからねぇ。
お酒って言うのはさ、ものの価値観とか、そういうものを全部取り払ってくれる魔性の魅力があるわけよ。わかる? 藍。
あー、いいわねぇ。そう言う、お客同士の心の交流があるお店は。こういう赤提灯の下に、ふらふらと集まってくる酔い客達に振る舞われる、美味しいお酒と美味しいお食事。そして、心温まる一時の語らい……。
はぁ~、いいわぁ……。
……何よ、その目は。何でそんなおばさんくさいんですか、って? うっさいわね。
「そんなもんだからさ、そういう……なんてーの? みんなが楽しくお酒を飲める場所を作ってあげようかな、って思っちゃったわけさ。
それだから、最近は、採算度外視のサービスなんてのも考えたりしちゃってね」
「本当に商売をする気があるのか、いまいちわからないわね」
「あるよー。あるから、りぐるんにお手伝いを頼んでるんじゃない」
「私も、まぁ、暇だから。頼まれたら手伝ってあげようと思っただけ」
「あいよ。感謝してます、リグル大先生」
ふーむ。
……ねぇ、藍。今度、みんなで飲みに行く?
「だから、ちゃんとバイト代くらいちょうだいよ」
「まぁ、考えとくよ。
さーってと。それじゃ、そろそろお客さんが来る頃かなぁ。
リグルー、いつもの奴、お願いね」
「はいはい」
ああ……いい、本当にいいわぁ。
ああやってさ、夜の闇の中にぽつんと浮かぶわけなのよ、赤提灯が。でね、流しのギター弾きか何かが来てさ、「お客さん、一曲どうですか?」なんてやるわけなのよ。それでね、その切ないメロディを聴きながら、店主の軽快なトークを酒の肴に、美味しいお酒をくいっとやるわけ。
あー、たまんない! 最高!
いい話よねー!
「じゅーじゅー音を立てて焼ける串焼きってさ」
「ん?」
「何か、いいよね」
「そうね」
「あーあ、私、屋台の店主に転職しようかなぁ」
「それもいいんじゃない? ミスティアが経営者で、一杯、お客さん作ってさ」
「そうだねー。
ま、それも未来のことと致しまして。今日は今日で現在を精一杯生き抜くために」
「はいはい」
『いらっしゃいませー。今宵のお酒も、いいのをそろえてますよー』
………うぅっ、ええ話や……ええ話やのぅ……。
かぁーっ! たまらん! 藍! ちょっとハンカチ! ハンカチ持ってきて!
ケース2
ああ……いい。本当にいい!
いいもの見させてもらったわよ、ほんと。やっぱり、スキマウォッチングさいこー!
……やってることは覗き見じゃないですか、って? それがいいんじゃない。片隅から、そっと、幻想郷のシーンをカットして保存するのよ。
どこに保存するのか? それはもちろん、私の胸の中。そういう、『いいところ』はさ、なかなか見つけられるものじゃないわよ?
他人の悪いところはよく見えるけど、いいところを探すのは難しい、って言うじゃない。
こういうところにも、それはあるの。わかる? 藍。
「……す~……」
をや?
何か適当にスキマを開いたら、どこにつながったの? ここは。
周りは真っ暗で……何も見えないわね。藍、灯り持ってきて、灯り。
「……ん……んんっ……!」
をや、この声は……。
あ、ありがと。えーっと、どれどれ……。
あら、あの子は……。
「……っ!?」
あら、起きちゃった? 起こしちゃった? やっば……。
……って、何か毛色が違うわね。どうしたのかしら。
「!? ……!」
何か……えらく狼狽してるみたいだけど……。
「……くっ……ぐすっ……ひぐっ……」
え!? 何!? 何か泣き出したわよ!?
わ、私なんかした!? 起こしたのがまずかったんですよ、って!? だ、だけど、この位置は、一応大丈夫……!
「おね……ぇ……さまぁ……」
あ……あぅあぅ……。
や、やばい! これはやばいわ! 藍、逃げるわよ! スキマを閉じるから……!
「お姉さまぁ……暗いの……怖いよ……」
……って……はい?
えーっと……藍、今の、聞こえた?
暗いのが怖い……って……あの子……フランドールちゃんでしょ? 吸血鬼が夜の闇を恐れてどうするのかしら……。
「狭いの……怖いよぉ……。何も見えないの……やだよぉ……。
お姉さまぁ……出して……ここから出してよぉ……」
……あー……なるほど……。
……そうよね。考えてみれば、あの子はまだまだ子供なのよね……。
いくら情緒不安定、いくら外に出したら、あの子にとっても危険とはいえ……ずっと、狭くて暗い地下室の中に閉じこめられていたんですものね……。
……それがあの子のためだったんでしょうか、って? ……そうなのかもしれないわね。ただ、厄介者扱いしていたんじゃないと思うわ。
だって……。
「あ……」
ほら、ね?
「……おね……さま……」
「全く。たまたま、ここの前を通りかかったメイドから聞いたから。慌てて飛んできたのよ」
「ごめん……なさい」
「本当に。どうして、このレミリアの妹なのに、ねぇ?」
またそういうこと言って。
レミリアちゃん、お姉さんにはわかるのよ。あなたの顔。
いくら平静を装っても、内心じゃ、やっぱり嘘はつけないものね。心の乱れがわかるわ。
「……暗いの、怖い」
「そう。でも、わたし達は吸血鬼よ。夜の闇には慣れなさい」
「……でも……怖いんだもん」
「どうして怖いの?」
あら。
今の聞いた? 藍。
レミリアの、あんなに優しい声、聞いたのは初めてだわ。
「……何かね、すごく狭くて……息苦しくて……。そして、すごく冷たいの。誰もいなくて……誰にも、フランの声……届かなくて……。
それで、いやいやしても、絶対に許してくれなくて……。それで……それで……っ……」
「そう」
……うっそ?
「かわいそうなフラン。そんな風に、色んなものが、あなたにとっては怖いのね」
「……うん」
ちょっとちょっと!? 何あれ!? 何よあれ!
レミリアが、あんな風にフランドールを優しく抱きしめて!? あんな風に、あの子のことをかわいそうに思うような瞳をして!?
ちょっとちょっと! どうなってるの!?
「……もう寝なさい、フラン。あなたが寝付くまで、わたしがずっとここにいてあげるわ」
「……ほんと?」
「ええ。ほら、手を握っていてあげる」
「……うん」
ああ……いかん……レミリアのイメージが変わっていくわ……。
魔法少女じゃなかったの!? あなた! わがままなお子様じゃなかったの!?
それなのに、こんなに妹に優しくて……いいお姉ちゃんだったなんて……。
「……お休み、フラン」
「お休みなさい、お姉さま」
フランドールちゃんも、まぁ、幸せそうな笑顔で……。あら、あっという間に眠っちゃった……。
元から、ほとんど頭は寝ていたのね……。それで、優しいお姉さまに愛されて、すぐに……か。
何か、昔の藍を見ているみたい……。
「……お休み、フランドール。いい夢を見てね」
本当に、何か昔のあなたにそっくりよ。藍。
あなたも昔は……って、何よ。そんなに顔を赤くして怒らなくてもいいじゃない。昔は誰でもかわいいものなのよ?
……そう。きっと、あの子達もそうなのね。
ただ……。
「お疲れ様でした。お嬢様」
「別に、この程度のことでは疲れないわ」
「さあ、参りましょうか」
「……今夜はここにいるわ。咲夜、毛布を持ってきてちょうだい」
「ですが……」
「また、あの子はきっと、泣いて起きる……。そのたびに、わたしがいないといけないの」
そうなのよね。
一度、悪い夢を見てしまうと、なかなかそれを払拭することは出来ないもの。藍、あなただって、私の所によく来ていたものよ。怖い夢を見る、って。きっと……それはね……。
「……ごめんなさい、フラン」
「お嬢様が気に病むことではありません。今、毛布を持って参ります」
「ええ、そうしてちょうだい。
今夜は長い夜になりそうだわ。きっと、わたしは眠れない……」
「夜が、吸血鬼の本領発揮ですよ」
「そう。その通り。
だけど……だけどね、咲夜」
「はい」
「わたしは……わたしは、フランのことは憎くない。かわいいから……どうしようもなく、あの子のことがかわいいから、辛い思いをさせてきた。それだけは、あなたにだけはわかってほしい」
「私にわかることでしたら、みんながそれを理解することです。
大丈夫。お嬢様の気に病むようなことは、何一つ、起きません」
「フランは、きっと、大きくなったらわたしを恨むでしょうね……」
「そんなことはありません。もしもそうだとしたら、お嬢様のそばにいる時、フランドール様は、きっと笑えないでしょうから」
「……そう」
……ふぅん。
藍、あなたはどう思うかしら? フランドールは、いつか、レミリアのことを恨むと思う?
……いいえ、か。やっぱり、そう思うわよね。私もそう。
あの子、眠る時、笑っていたもの。大好きなお姉ちゃんの手を握って、微笑んでたわ。あれは作られた笑顔じゃない。あの子の、掛け値なしの、本音の笑顔。
それなのに、レミリアは怖いのね。自分がした仕打ちのせいで、妹は今も苦しんでいるのだから。罪の意識を背負うのもわかるわ……。いい子達ね、あの子達は。
「……咲夜?」
「今宵は冷える夜になりそうです。温かいお茶もご用意致しました」
「それはいいの。どうして毛布が二組あるの?」
「さあ。私の気まぐれです。お気になさらずに」
「……ねぇ」
「はい?」
「……ありがとう」
「いいえ」
あら……。
見た? 藍。今のレミリアの顔。
あの子、泣いてたわ。うれし泣きというやつね。ふぅん……あの子も、嬉しいときには涙を流すことが出来るのね。
それだけ、あの子は周りに支えられているという事かしら。そうでなければ、たとえ他人が何を言おうとも、それに心を動かされることなんてないのだから。
私にとっても、それは同じ事よ。藍。
どういう意味ですか、って? それは自分で考えなさい。
「今日は……あったかい夜になりそうね」
「そうですね」
「フランがまた起きたら、あの子の隣に寝てあげようかしら」
「お起きになられた方が、それならば、きっと、お嬢様達にとってよろしいことになりそうです」
「よしてちょうだい。あの子がかわいそうだわ」
……はいはい、お幸せにね。
紅魔館ってさ、藍。何か、一つの家族そのままって感じがするわね。永遠亭もそうだけど。
どこにも、そこを見守る親がいて、それを頂点に、一つずつ、存在が下っていく。そのどこにいるものでも、誰にでも愛されて、誰をも愛して。そんな風に固い結束があるような感じがするの。
うち? それは当然、言わずもがな、というやつよ。
私はあなた達が大好きだし、あなた達はどうなの? うふふ。
鏡に映した姿はね、藍。決して、真実以外のものは映さない。紅魔館も永遠亭も、きっと、私たちの鏡映し。
……いい話よねぇ。
ケース3
ああ……立て続けにいいもの見せてもらったから、何か涙が止まらないわ。
私の目指した幻想郷がここにある! みたいな感じよねぇ……。
……あら、いつの間にか朝日が。
ねぇ、藍。私、眠いんだけど。でもね、何でか知らないけど、まだあちこちを見て回りたいの。何でかしら。
「おーい」
「あっ、チルノちゃん」
あら、あそこをいくは、ちょっとおバカな氷の精霊じゃないの。こんな朝早くにどうしたのかしら。
「おはよ」
「おはよう、チルノちゃん。どうしたの?」
「う、ううん。別に。
ねぇ、大妖精。また歌を歌ってたの?」
「うん。きれいなお日様を見ていると、何となくね」
妖精は自然界の結晶だとはいうけれど、本当なのかしら。
でも、そうと仮定すると、素晴らしい自然を前にしたら浮かれてしまうのもわかるような気がするわね。
……にしても。
チルノはどうしたのかしら。
「どうしたの? チルノちゃん。何か顔が赤いけど」
「あ、う、ううん……その……」
「何かあったの? 私でよかったら相談に乗るよ?」
「あ……うん……」
そういえばさ、藍。
チルノってさ、結局、何だかんだであっちこっちに友達がいるし、何か周りにかわいがられてるわよね。何でかしら。
あれかしら。手のかかる子供ほどかわいいってやつ?
確かに、あの手のやんちゃ娘は母性本能を刺激するわよねぇ。こう……なんていうのかしら、目を離したくない、っていうか。
あ、わかる?
「その……ね」
「うん」
「……これ」
「あ……」
お?
「これ……私に?」
「……うん」
「どうして、って聞いていいかな?」
「あ、あのね……その……。リグルがさ、『チルノはいつもいつも、大妖精に迷惑かけてるんだから。今日くらいは、思いっきり、孝行してあげなよ』って……。
それで……うん。まぁ……考えてみたら、あたい、確かに……って……」
……へぇ。
「だから……その……まずはプレゼントかなぁ……って」
「……そう」
「あの……嬉し……かった?」
「うん」
あら。
「わぷっ!?」
「ありがとう、チルノちゃん。嬉しいよ」
「うぐぐ……苦しいよぉ……」
「でも、別にいいのに……。私は好きで、チルノちゃんの面倒を見ているのよ? それなのに……感謝なんてされたら、私……」
「……いつもありがと」
「……うん」
……そういえば、藍。知ってる? 外の世界にはね、母の日、っていうのがあるの。
日頃、お世話になっているお母さんに感謝の気持ちを込めて贈り物をする日だと言われているわ。実際の所はどうなのかしら。私はしーらないっと。
けど……そうよね。チルノみたいなお転婆娘にとっては、あの大妖精はお母さんみたいなもの……か。手のかかる娘に、おっとり優しいお母さん。あら、絵になるわ。
「朝日が光ってきれい」
「それ、湖の、あっち側から取ってきたんだ」
凍らせた花のオブジェ……か。
ちょうど今が夜明けだし、あの赤い光が冷たく輝くのって、これまた美しいものなのね……。いいもの見せてもらったわ……。
「あっち側にさ、まだいっぱいあるから……。もっと取りに行く?」
「うん、そうしようか。
今度は、私がチルノちゃんに、お花で冠を作ってあげる」
「い、いいよ! 今日はあたいが、大妖精に、一杯恩返しするって決めてるんだから!」
「その恩返しを増やすためにも、チルノちゃんのお世話をしてあげるの。うふふっ」
「あーっ! ひっどーい! あたいをいぢめて楽しいのー!?」
「うん。楽しいよ」
「ぶぅー」
……ふふっ。かわいいわね。
ああいうのを『微笑ましい』って言うのかしら。
いつの間にやら、チルノの頭からは『大妖精に恩返しをする』ってこと、すっかり抜けてるみたいね。またきーきーとやかましいこと。
それをわかっていて、大妖精も見事にからかうものだわ。でも、あれはからかうのとは違うのかしら……。どっちかっていうと、かわいがってる、になるのかしらね。
私も、あんな風にかわいがれる子が欲しいわね。また。
……あら、また、ってどういうことですか、って? 決まってるじゃない、藍。あなたみたいに、手のかかる子が、また一人増えてくれたらな、ってこと。
そんなにふてくされないで。わかってる、あなたの他に式を使ったりなんてしないわよ。
「ほら、チルノちゃん。行くよ」
「あ、待って! 待ってよー!」
「やーだ。ほらほらー」
「うー! このー! 待てーっ!」
……何か、ハートフルなホームドラマを見ているみたい。
……ああ、頬を熱いものが伝うわ……。心が温かくなって、自然、涙がこぼれてくるぅ……。
なんて……なんていい話なのかしら……。
二人とも、これからもお幸せに……って……。
ケース4
「あなたは何をしてるのかしら」
「あら。あなたは……どちら様だったかしら?」
「また結構な言われよう」
現れてみれば、そこには、もう姿を消してしまった冬の妖怪の姿があった。
何でこんな所にいるのかと問うてみれば。
「ただ……本当に、何となくね」
「何となくの割りには、ずっと、見ているものは一緒なのね」
「ええ」
その視線の先には、大好きな『お母さん』と一緒に花畑で戯れる少女の姿。
「心配だったの?」
「別に。私があの子を心配する理由はないわ」
「でも、心配しない理由もない」
「さすがね」
でも、もういいの、と振り返ってみれば。
「あの子は、みんなと仲良くやっていけているようだから」
「あきれた。あの子のことが心配で見に来てみて、それなのに、声もかけずにいってしまうの?」
「ええ。元々、私とあの子は存在が別なのだから。
それなのに、あの子は、なぜか私の周りに現れる。だから、私も、自然とあの子を構うようになった――それだけのこと」
「本音は?」
「本音? ……そうね。
建前も何もなく話すのなら……」
そこで妖怪の視線は肩越しに後ろを向いて。
「幸せなら、いいのよ」
「……幸せなら?」
「ええ。
私は、私を慕ってくれる子には幸せになってもらいたい。幸せにしてあげたい。それはあなただって一緒でしょ?」
それはまぁ……確かにね。
「だから、あの子が幸せならそれでいいの。また冬に会えるわ。その時まで、楽しみは取っておきたいの」
「楽しみ?」
「またあの子が『お帰り』って言ってくれる、あの楽しみをね」
うっ……。
「本当に、あの子は幸せね。私はとても嬉しいわ……。かなうことなら……」
ううっ……。
「……さて、それじゃ、私は退散しないと。ここにいたら、リリーに怒られそうだから」
うううっ……。
「お休みなさい、スキマの妖怪さん。また冬に……って……」
ダメ、限界。こらえられません。
「ち、ちょっと!?」
「ええ話や……ええ話やぁぁぁぁぁっ!」
「ど、どうしたの!?」
「何で今回、こんないい話にばっかり遭遇するのよぉぉぉぉっ!」
「な、何があったの!?」
「幻想郷にも……たくさんの人や妖怪の心の中にも、こんな、誰かをあったかくするような世界がまだあったのねぇぇぇぇぇぇ!」
涙が、涙が止まりませんっ! 私の幻想郷は、私の心をこんなにも打つ世界だったのです! これに泣かずに何に泣けとっ!
「ほんま、ええ話やぁぁぁぁぁっ!」
「……あー……えっと……。すいません、今から連れて帰りますので」
「あ、は、はい……」
「藍、わかる!? わかるわよね!? ハートよ! 心よ! この、胸の内に広がるあったかい想いは何なの!? これが、これが、幻想郷なのねぇぇぇぇっ!」
今日のこの日は忘れないうちに、心の中の引き出しにそっとしまっておくわ!
こんな幻想郷が未来永劫、続いていくように!
ゆかりん、頑張る!
父さんのコップ?違うかな?
………ええ話やわぁ………………
優しい幻想郷を知ることができたからね。あはぁは。
こんな汚れた俺には眩しすぎる幻想郷だ…
心が洗われた気分。