「妖忌、妖忌ぃ」
「御前に」
しゅたっ
この間、半呼吸足らず。
◇
魂魄妖忌は呼べばいつでも現れる。
どこにいようが必ず現れ、しかも一秒以上待たせない。
主君の西行寺幽々子はこれを密かに『妖忌の空間両断跳躍』と名付けているが、これは余談。
まだ幼い孫の妖夢はそんな妖忌の異常迅速ぶりに、「ほわぁ」とあんぐり口を開けてびっくりしていたりする。
というわけで、幽々子はちょっと試してみようと思った。
「妖忌、妖夢ー」
しゅたっ
「御前に」
「早いわねえ」
「恐悦至極」
「……さて、妖夢は」
ととととと
とととととととととと
「お呼びにございますか幽々子さま!」
「遅いわねえ」
「もも、申し訳ございません!」
それでも、ちょっと呟いたくらいの声量を聞き取れるのは、妖忌因子(幽々子命名)によるものか。
妖夢はまだまだ未熟と頭の中で結論付ける。
そんな主の思惑を知ってか知らずか、妖忌は微動だにせず畳に座して次なる言葉を待っている。
その横のちっぽけな妖夢も真似をして正座している。
しばらく待ってみた。
妖夢の顔が歪んだ。足が痺れたと見える。幽々子はニヤニヤしつつ、そんな様子を小半時ほど眺めた。
◇
夜、だだっ広い檜の浴槽に浸かりながら、幽々子はまだ妖忌の空間両断跳躍について考えていた。
もとより暇の極みである冥界生活。ちょっとくらい従者のことに頭を傾けたってバチは当たるまい。
「いいお湯ねえ」
ちゃぷちゃぷと波打つ生ぬるい湯。
そういえば、と思い立った。風呂場で呼び出しをしたことはない。
「妖忌ー」
ざぶぁ
「此処に」
「うひゃあ」
幽々子、眼前のお湯から飛び出したずぶ濡れの妖忌に仰天、盛大にひっくり返る。
「如何なされた。お体の具合でも悪う御座いまするか」
「ななな、何でもないのよー」
寸分たりとも動じていない妖忌のしっとり口ヒゲに乙女心を軽く傷付けられたのは黙っておく。
◇
それから幽々子はあらゆる場所で妖忌の名を呼んでみた。
蔵で、屋根裏で、西行妖の根元付近で、縁の下で、妖夢のスカートの中で。
妖忌はいつでもどこでも半呼吸以内にやってきた。
時には顕界に降りてみて、どことも知れぬ野原の上で。勿論やってきて、叱られた。
◇
さてある夜のこと。
特に何の変哲もない冥界の夜で、何の工夫もなく布団に入ってすぴすぴ寝息を立てている、幽々子。
ちなみに寝相はちょっと悪い。
布団をはだけ、上半身を夜気に晒しつつ、幽々子は夢を見た。
妖忌を呼べば妖忌が現れて、また妖忌を呼べば現れて、呼べば現れ、呼べば現われ。
調子に乗って呼び続けていたら白髪の海に埋もれ呼吸が出来なくなってしまった、そんな夢。
「……んぅぅ、やめて妖忌ー」
しゅたっ
……
……
「ぐうぐう」
……スーッ パタン
すっかり寝入っていた幽々子が最後まで気付く事はなかった。
朝起きればいつも足の方にある掛け布団が、きっちり自分の体を覆っていたことに疑問を感じた。それだけのこと。
◆
時は流れに流れ。
「妖忌、妖忌ぃ」
白玉楼の縁側、声は空しく、二百由旬の彼方に吸い込まれてゆく。
――はてさて、今はどこにいるのやら。
「……妖夢ー」
ざざっ
「御前に!」
ほんの少しの空白を経て、眼前に妖夢が現れた。
幽々子はすうはあと呼吸を繰り返し、その早さを計ってみる。
「三呼吸半。まだまだね」
「う……申し訳ございません!」
かしこまる妖夢を視界の隅っこに入れつつ、幽々子は、あの厳格な白ヒゲ老人の顔を思い出していた。
風呂だのスカートだの、お前どこにいた?
・・・・・・やってることはストーカーの一歩先って気がしないでもないn(両断されました
ライク
ユー
壁|ω・)それなんて「クロスちゃん寝る」?