「幽々子様 幽々子様 夕日がとても綺麗です」
大河に架かる橋の上
其処から世界を見やるから 視界の限りに開けた空間 風が通る道となる
とうとうと 流る大い水に誘われ 夕の光が薄橙に動いている
幽々子と妖夢は橋の手すりに背中を預け ともに並んで両手を広げ
夕日の零したため息を 正面からめいっぱいに受け止めていた 心地よい
「心地よいです幽々子様 今日と言う日の終りの瞬き 美しすぎて意外です
終りがこんなにも温かい色で綺麗だと 涙が出るほど切なくなる
眦に溜まる雫まで 照らされて綺羅璃と眩しくて 夜はこれから 明日もこれから
なのに なのにどうして 今が終りのときと 私が心が沁みるのでしょう
叫びたくなる切なさに 受け入れがたい冷たい暖色 オレンジの世界 風通る河
きっと私はこう思います 幽々子様 世界のこの瞬間が一番優しいのです
陽も陰も活動の虚ろうこの時間
急ぐ必要も 休む必要も 恐れる理由も 期待に満ちる理由も無くて
世界は今私達に何の関心も持っていない 暖かくも無く 凍えも無く
何の利害も無く世界が私達を包む そしてそれは
大きな大きなソラの因果の流れから 私達個々の意思が切り離されて
世界からの独りを感じる瞬間だから
唯一 あらゆる柵から開放されて 澄んだ事実を見ることのできる瞬間だから
夕日の美しさに感じる切なさは 孤独な存在の美しさと解きました」
「でも 妖夢 隣には私がいるでしょう?」
「はい 幽々子様 貴女の独りも感じます
私が言いたいのは 私が 貴女が 一人ぼっちということではなくて
こんなにも夕日が綺麗だから 世界によって関連付けられ汚された あらゆる束縛から独立して
ただただ 幽々子様という一人の存在が キラキラと キラキラと美しく見えるということです
それは 夕日が綺麗な理由 貴女が綺麗な理由 びっくりですね幽々子様 とりとめも無く考えてみましたら
幽々子様は ソラで一番綺麗な夕日のようだと そんな結論になりました」
妖夢は夕日から視線を外し 顔を横に向けて幽々子を見た
幽々子もまた 顔を妖夢に向けて 夕影のさす頬を己が感情で朱に染めて
妖夢がそんな幽々子の表情に気が付いたものだから 幽々子はがらでもなく照れてしまった
扇を広げ 口元を隠し ひとみを細めて 長い睫をオレンジに揺らした
面積の減った瞳は潤いを留めきれずに 妖精が零れた
それは幽々子の陰になって 夕日を浴びていない橋の手すりに落ちて 沁みて そして薄らいでいった
妖夢は そんな幽々子と 零れ落ちた絶後を見届けてから 言った
「橋が憎いと思いました」
「こんなにも美しい時を 私達に用意してくれる橋なのに?」
「幽々子様の流した涙 飲み干してなお キラキラと この橋が手すりが羨ましい」
橋に嫉妬 する妖夢 橋の端々バシバシ叩き 親の敵とは死にゾッと
幽々子は妖夢の変わりように落胆した
今しがた 理想の世界と幽々子を涙ながらに語った妖夢の 堪えきれなかった想いに同情し
己が気持ちと理由を偽りきれなかった妖夢の 従者としての未熟さに憤った
「そんなに橋が嫌いなら! わざわざわざわざ私を此処に 連れてきたのは何故かしら!」
「箸を食べたいと おっしゃったのは幽々子様なのでした!」
「言ったけど!」
「言ったでしょう!」
「それはそもそも妖夢が妖夢が いちいち私に文句を言うから 思わず箸を頼ったのよ!」
「端からバシバシ 夕餉を平らげ 私の箸まで噛み締めながら 貴女は言ったのです!」
「妖夢 今日は夕焼け胸焼け小焼け もう箸も喉を通らない」
「いっそ丸のみできないならば 半分に折れば通るでしょう」
「やってみたけど無理だったのよ! 結局バリバリ食べたじゃないのよ! きちんと残さず食べたわよ?」
「あれは私のお気に入り」
「その事を怒っていたの?」
「いいえ 食べられた箸に嫉妬した 貴女の幽雅な気質に打ちのめされた
貴女への想い溢れる従者 ならば貴女の愛に応える為に 食べられることが幸せですと
そのくらいまで想える事が 貴女に足る心意気だと 無理やりにでも信じた私
だから 私の夕餉すら意に介さない貴女の興味 一身に受けて 食まれて噛まれた
喉もとすぎて 結局通った 砕けた箸に嫉妬しました」
「でも妖夢 あなたは箸ではないのよ?」
「ええ」
妖夢は一度大きく深呼吸をして 声音を落として語りだした
「ですから 箸の代わりに大きな橋を とっておきの橋を献上したいと思った
この長い橋を夕日ごと あなたの喉に通してみようと 思って此処まで案内しました
箸に成れない半端な私の 精一杯の忠義の心
でも、ここまで来てみて橋から見える 夕日の美しさに私は独りを感じて 夕日の美しさに貴女の面影を見て
程よく冷まされた心は 冷静に己の浅はかさを理解したのです
橋も喉を通るなら 通らぬ道理などこの世に在りませぬ 起き得ぬ通りも無いのです
まして 貴女の行いを理解できない私の未熟な文句の言葉を 喉を通らせ私の内に 返せない道理は無いのです
そして今 もう一つ気が付いてしまいました
私はまたしても 箸のみならず橋にまで 従者として劣ってしまったのです
ですから 幽々子様の美しい涙を褒美にいただけた橋に嫉妬した 私ダメな従者です
八つ当たりして 橋切り刻んでも 余計に食べやすくなるだけじゃない!!!
幽々子様 幽々子様 私どうしたらいいですか!?
かくなるうえは 二本の刀 箸にして飲んでは死にますか!?」
「妖夢 貴女はまじめすぎるわね」
幽々子は 二本の刀を己の喉元に突き立てる 妖無をぎゅうっと抱きしめた
「もう少し 思ったことを自由に言っていいのよ? 私のようにとは行かなくても あなたらしく感情を出しなさい
出した上で操り制御し使えることと 押さえつけ内に秘めるだけで無益に爆発させるのは
真の剣士としてどちらが未熟か心得なさい あなたはもう少し 私に甘えていいのよ妖夢 素直になりなさい
さあ 今あなたの気持ちを支配する この橋の話にお終いを あなたの気持ちを喉から私に伝えてみなさい」
妖夢はめいっぱい躊躇って 躊躇って 躊躇って
そして ポツリと呟いた
「やっぱり橋が羨ましい 幽々子様の美しい涙だけでなくて
こんなにも美しい幽々たる夕日を毎日めいっぱいに浴びて輝いている 羨ましくてちょっと意地悪したくなりました」
「ふふ かわいいわね妖夢 それじゃどうすれば橋に意地悪できるかしら?」
「今だけは せめて今だけは 幽々子様のお光を少しだって橋にくれてあげたくありません」
妖夢はそう言って両手を広げて 影で橋の手すりを覆い隠した
そして 夕日を背にして幽々子を見て 恥ずかしそうに自嘲気味に笑ったのだった
「はは やっぱり私は小物です こんなに手を広げても 橋ひとつ覆い隠すことができない……」
幽々子ほど妖精めいてはいない そんな実なる涙がひとつ 橋の中央に落ちた
「妖夢!!」 幽々子が大きな声で語りかける
「諦めてはいけないわ! あなたが私を本当に思うのならば!
あの夕日にどこまでも近づこうと努力を休まないヒトならば! 近づいてもっと夕日に向いて
あなたがめいっぱい飛び出せば それだけその背中は大きなものとなる
あなたの後ろに続くあなたの影は 大きく大きく映し出され こんな橋なんて覆い隠すことができるでしょう!
橋の端から走って飛ぶの! 夕日に向けて 光を独り占めするの!
できるわ!!!」
「幽々子様……はい!!」
妖夢のその笑顔は 眩しいくらいに輝いていて 幽々子は 妖夢こそ日の光なのではないかと
そう思ったのだった
「今 幽々子様を あの夕日を求めて 私 駆けます 飛んで 翔けます!!」
妖夢は めいっぱい助走をつけて 駆けた 両手を広げ スカートを風に揺らし
おでこの髪で どこまでもめげない自分の魂をうれしく感じて
そして今 跳んだ その影は 跳躍とともに大きく膨れ上がり
ほんの一時ではあるが 妖夢を嫉妬させた橋へのお茶目な意地悪となって 夕日を隠したのだった
いやいや、それは文章の魔性にあてられたからでしょう。
素敵な世界でした
つーか、いろいろ丸め込まされて騙されてる気がするぞ、妖夢w
青と紫とオレンジの混じった夕焼け時の空気を幻視しました。
だが、それが良いw
箸が転んでも笑ってしまうお年頃。ではちょいと箸でも転がそうかと端から端まで眺めてみれば、橋から転げる従者の姿にはしたなくも大笑い。笑い過ぎてはーしんど。お後が宜しいようで。
これを励みと教訓にし次も悪あがきしてみたいと思います。