ある夜の事である。彼女はふらりと散歩に出てみる事にした。其処に他意は有らず、ただ単に、ほんの気紛れであった。一時間後でも良かったかも知れないし、明日でもよかったかも知れない。しかし彼女は今、散歩に出てみる事にした。其処に他意があるとすれば、こんな時分まで起きる理由を作った友人に有ると言える。民族伝承、民謡、民謡について纏めてくれと友人に頼まれたので、彼女は深夜まで作業に追われていた。しかし散歩に出ようと思い立ったのはやはり彼女で、そう考えるなら何処にも他意は無いと言えよう。
彼女は散歩に出てみる事にした
さてはて。散歩と言ってふらりと出てきた物の、何もする事が無いのである。目的地が在る訳でもない、するべき事がある訳でもない。散歩に目的は有らず。目的がないのが散歩である。と言われればそれまでだが、何か目的が有れば散歩も楽しくなろう。取り敢えず、当面の目的として彼女は近辺を散策してみることにした。
近辺の散策。と言っても、ただふらふらと道を歩くだけである。何か面白い物。それこそ寂れたラーメン屋だとか駄菓子屋でも見つける事が出来れば良いと思っていたが、何分深夜である。街並みは閑散としていた。周りを見渡してみても、電灯が立っているだけで何もない。それでも彼女は歩き続けた。何が彼女をそうさせるのか、彼女自身も判らないが兎に角彼女は歩き続けた。
三十分程歩き続けただろうか?彼女は隣町まで来てしまった事に気付いた。これは大変、と踵を返そうとした時、彼女の眼にある物が飛び込んできた。それはたいそうな物ではなく。むしろ、物と呼ぶのかどうかも疑わしいが、彼女は名詞なのだから物だろうと思った。
彼女の目に入ったのは裏路地である。
散歩の目的は散策である。こういう裏路地には何かある。それこそラーメン屋だとか、駄菓子屋等はこういう場所に在ったりする物なのだ。彼女は裏路地に入ってみる事にした。やはり其処に他意は無く。まったくの好奇心で彼女は裏路地に入ることに決めた。
裏路地の中を一人歩く。
不思議な場所だ。と、彼女は思った。不思議と言っても、おかしな建築物がある訳でもなく、おかしな道という訳でもない。ただ単に雰囲気が不思議だった。先程まで歩いていた通りとは明らかに空気が違っていた。
裏路地に入ってから何分がたっただろうか。十分?一分?もしかしたら長い時間歩いていたかも知れないし、三十秒程度しか歩いていないかも知れない。時間の感覚も曖昧になる程、この裏路地は不思議な所だった。兎に角、裏路地に入って幾分か経った後、彼女は足を止めた。ラーメン屋が見つかった訳でもなく、駄菓子屋が在った訳でもない。裏路地は行き止まりだった。しかしだ、裏路地の行き止まりには自販機が置いてあった。何故こんな所に自販機が?と彼女は思ったが、まぁ、自販機なんて何処に在ってもおかしくないと考えた。
丁度、夜風に吹かれて体が冷えてきた頃である。彼女は自販機でコーヒーを買うことにした。ごそごそとスカートのポケットを探る。ポケットから五百円玉を取り出すと、自販機に投入し、コーヒーのボタンを押した。間もなくガコンと音がして、缶が落ちてくる。そして間を置かずにじゃらじゃらとお釣りが出て来る。コーヒーを取り出そうと屈んだ時に、何か背後に気配を感じた。振り返ってみると、犬の様な物が家と家の隙間に消えていく所だった。その姿は昔見た事のある、狐の様だった。しかし、こんな場所に狐が居る訳がない。野良犬か何かだろうと思い、気にしない事にした。
缶のプルタブを開け、一口飲む。間違ってブラックコーヒーを買ってしまった様で、口の中に何とも言えない苦みが広がった。
コーヒーを飲み終え、家に帰ろうかとしたその時である。にゃあ、と声が聞こえた。声の方を見ると、黒猫が塀の上に座っていた。夜闇の中、黄金色の眼だけが異常に輝いて見えた。黒猫はもう一度、にゃあ、と啼くと何処かへ消えた。気味の悪い猫だ。と彼女は思った。そして猫が去るのと同時に、風が吹いた。撫で付けるような気味の悪い風である。コーヒーを持っていた両手は暖かいものの、その気味悪い冷たい風は彼女の背中をシンと冷やした。
彼女は怖くなった。よくよく考えるとこの裏路地、幽霊や妖怪、物の怪の類が出てきても不思議では無い様に感じられた。彼女は理不尽な事には多少は慣れている。しかし、物の怪の類には出会った覚えがない。物の怪と言ってもピンからキリまで有るが、物の怪は物の怪である。怖い物は怖い。彼女は自分自身を奮い立たせるため。いや、恐怖を紛らわせるために歌を唄うことにした。それはつい先程まで彼女が纏めていた民謡である。
籠女籠女
籠の中の鳥は何時何時出やる
夜明けの晩に鶴と亀が滑った
後ろの正面だぁれ?
何て事は無いいただの民謡である。それはただの童歌でしか無いのだが、それが不味かった。彼女は思いだしてしまった。
かごめかごめの解釈には何通り物解釈がある。今の歌詞は明治以降に定着した物であると言われているが、しかしそんな物は彼女にとってははどうでも良かった。
籠女籠女
籠の中の鳥は何時何時出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面だぁれ?
彼女は散歩に出てみる事にした
さてはて。散歩と言ってふらりと出てきた物の、何もする事が無いのである。目的地が在る訳でもない、するべき事がある訳でもない。散歩に目的は有らず。目的がないのが散歩である。と言われればそれまでだが、何か目的が有れば散歩も楽しくなろう。取り敢えず、当面の目的として彼女は近辺を散策してみることにした。
近辺の散策。と言っても、ただふらふらと道を歩くだけである。何か面白い物。それこそ寂れたラーメン屋だとか駄菓子屋でも見つける事が出来れば良いと思っていたが、何分深夜である。街並みは閑散としていた。周りを見渡してみても、電灯が立っているだけで何もない。それでも彼女は歩き続けた。何が彼女をそうさせるのか、彼女自身も判らないが兎に角彼女は歩き続けた。
三十分程歩き続けただろうか?彼女は隣町まで来てしまった事に気付いた。これは大変、と踵を返そうとした時、彼女の眼にある物が飛び込んできた。それはたいそうな物ではなく。むしろ、物と呼ぶのかどうかも疑わしいが、彼女は名詞なのだから物だろうと思った。
彼女の目に入ったのは裏路地である。
散歩の目的は散策である。こういう裏路地には何かある。それこそラーメン屋だとか、駄菓子屋等はこういう場所に在ったりする物なのだ。彼女は裏路地に入ってみる事にした。やはり其処に他意は無く。まったくの好奇心で彼女は裏路地に入ることに決めた。
裏路地の中を一人歩く。
不思議な場所だ。と、彼女は思った。不思議と言っても、おかしな建築物がある訳でもなく、おかしな道という訳でもない。ただ単に雰囲気が不思議だった。先程まで歩いていた通りとは明らかに空気が違っていた。
裏路地に入ってから何分がたっただろうか。十分?一分?もしかしたら長い時間歩いていたかも知れないし、三十秒程度しか歩いていないかも知れない。時間の感覚も曖昧になる程、この裏路地は不思議な所だった。兎に角、裏路地に入って幾分か経った後、彼女は足を止めた。ラーメン屋が見つかった訳でもなく、駄菓子屋が在った訳でもない。裏路地は行き止まりだった。しかしだ、裏路地の行き止まりには自販機が置いてあった。何故こんな所に自販機が?と彼女は思ったが、まぁ、自販機なんて何処に在ってもおかしくないと考えた。
丁度、夜風に吹かれて体が冷えてきた頃である。彼女は自販機でコーヒーを買うことにした。ごそごそとスカートのポケットを探る。ポケットから五百円玉を取り出すと、自販機に投入し、コーヒーのボタンを押した。間もなくガコンと音がして、缶が落ちてくる。そして間を置かずにじゃらじゃらとお釣りが出て来る。コーヒーを取り出そうと屈んだ時に、何か背後に気配を感じた。振り返ってみると、犬の様な物が家と家の隙間に消えていく所だった。その姿は昔見た事のある、狐の様だった。しかし、こんな場所に狐が居る訳がない。野良犬か何かだろうと思い、気にしない事にした。
缶のプルタブを開け、一口飲む。間違ってブラックコーヒーを買ってしまった様で、口の中に何とも言えない苦みが広がった。
コーヒーを飲み終え、家に帰ろうかとしたその時である。にゃあ、と声が聞こえた。声の方を見ると、黒猫が塀の上に座っていた。夜闇の中、黄金色の眼だけが異常に輝いて見えた。黒猫はもう一度、にゃあ、と啼くと何処かへ消えた。気味の悪い猫だ。と彼女は思った。そして猫が去るのと同時に、風が吹いた。撫で付けるような気味の悪い風である。コーヒーを持っていた両手は暖かいものの、その気味悪い冷たい風は彼女の背中をシンと冷やした。
彼女は怖くなった。よくよく考えるとこの裏路地、幽霊や妖怪、物の怪の類が出てきても不思議では無い様に感じられた。彼女は理不尽な事には多少は慣れている。しかし、物の怪の類には出会った覚えがない。物の怪と言ってもピンからキリまで有るが、物の怪は物の怪である。怖い物は怖い。彼女は自分自身を奮い立たせるため。いや、恐怖を紛らわせるために歌を唄うことにした。それはつい先程まで彼女が纏めていた民謡である。
籠女籠女
籠の中の鳥は何時何時出やる
夜明けの晩に鶴と亀が滑った
後ろの正面だぁれ?
何て事は無いいただの民謡である。それはただの童歌でしか無いのだが、それが不味かった。彼女は思いだしてしまった。
かごめかごめの解釈には何通り物解釈がある。今の歌詞は明治以降に定着した物であると言われているが、しかしそんな物は彼女にとってははどうでも良かった。
籠女籠女
籠の中の鳥は何時何時出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面だぁれ?