■注意■
ちょっと黒くなってます。
苦手な方はご注意ください。
「魔理沙。私、今、幸せだよ?」
そう言って、彼女は微笑んだ。
首を微かに傾げて、両手を広げて。
私は貴方の全てを受け入れます、と全身で表現していた。
その中へ収まるのに躊躇いは欠片もなく。
「私もだぜ」と答えながら、こちらも笑顔で飛び込んだ。
抱き合った身体は共に熱く。
背に回した手は決して離れそうになかった。
得意のキノコシチューを作ってあげたら、とても美味しそうに食べてくれた。
魔法の森を歩くとき、指を絡めて暖かかった。
眠るとき肩に乗せられた小さな頭は、心地よい重さで気持ちよく眠れた。
愛しさは日に日に増すばかり。
どんなにキスをしても飽きたらず、どんなに抱き合っても疲れない。
身体の隅々まで知り抜いたはずなのに、毎日新しい発見が待っている。
既に心はアリスの虜。
彼女のいない生活なんて考えられない。
この暖かさを守るためなら、自分はきっと何にでもなれる。
私は、アリスのものになる。
そう、誓った。
「魔理沙……置いてかないで……」
縋り付かれた腕を振り払う方法を、知らなかった。
足は鉛のように重く、根が張ったかの如く動かない。
胴に回された腕からは、弱々しいながらも決して離したくないという想いがひしひしと伝わってきていた。
置いてかないで、見捨てないで、と懇願する声の中には、いつしか嗚咽が混じり始め、最後は背中で泣き始めた。
こんな状態の相手を、突き放すことができるだろうか。
――否。たとえそれが裏切りであろうとも、振り返り抱きしめる自分を止められなかった。
「……泣くなよパチュリー。今日は、ずっと一緒にいてやるからさ」
パチュリーの表情に光が戻った。
まるで朝日が昇るが如く、その顔は歓喜に染まっていく。
――この笑顔が見られるのなら、自分のしたことは間違ってなかった。
そう、信じることにした。
「魔理沙、最近帰りが遅いわね」
「ああ、ついつい採集に気合いが入っちゃってな」
「お疲れ様。はい、今日のは自信作よ」
「……あー、すまん。帰り際にキノコ食って来ちゃってな。全部は食べられないかもしれないな」
「もう、拾い食いなんてしないでよっ」
「あはは、すまんすまん」
「……今日は、泊まっていけるの?」
「ああ。大がかりな儀式をするからしばらく一人になるってアリスには言ってある」
「じゃあ、しばらく一緒にいられるわね。
……ふふ……魔理沙、暖かい……」
「……なあ、パチュリー。
ホントに、こんな関係でいいのか?」
「……魔理沙が近くにいてくれるなら、どんなだっていい」
「しかし……私としてはアリスを裏切ってる形になっちまうわけだが――」
「――おねがい。私といるときだけは私だけを見て。
普段は魔理沙の何番目でもいい。でも、二人きりのときは、お願いだから……っ!」
「わ、わかったから、な、泣くなよ」
「魔理沙……んっ……魔理沙……ちゅく、ぷはっ」
「パチュリー……んむっ……」
「魔理沙、どうしたの、それ? 虫刺され?」
「あ、ああ。最近蚊も出てくるようになったのかな」
「薬塗る? それとも――」
「わひゃあっ!? こ、こら、舐めるなよ!」
「…………」
「……? アリス、どうし――」
「――あじが、した」
「は?」
「……ううん、気のせいだよね。ごめん、なんでもないわ」
「魔理沙……帰らないで……!」
「だ、だから、流石に連続はまずいって!」
「お願い……! 私はもう、魔理沙がいないと駄目なんだから……!」
「パチュリー……そんなこと、言わないでくれよ……」
「どんなに誹られたってもいい! 魔理沙以外の全員に嫌われたっていい!
魔理沙さえいてくれれば! それだけで、いいんだから……っ!」
「じゃ、じゃあ、もう一晩だけだからな? 明日には帰るからな?
「魔理沙……大好き!」
「あ、おかえりなさい、魔理沙!」
「ただいま。……あ、ご飯、作ってあったのか」
「今日のも自信作なんだから。
儀式続きで疲れてお腹空いてるでしょ?
すぐに暖めるから座って待っててね」
「アリス、すまんが今晩は疲れてるから――」
「――たべてよ!」
「っ!?」
「一生懸命作ったんだから!
一口でもいいから!
食べてよ! 魔理沙ぁっ!」
重いと感じるようになったのはいつからか。
電気も付けず暗闇の中で、じっと自分の帰りを待つアリス。
その目の光はどこか虚ろで、相対するのが怖くなってきた。
いつしかパチュリーの所に入り浸るようになり、アリスの元へ帰るのは、稀となった。
今日も、アリスは暗闇の中で待っていた。
恐る恐る家に入る。
笑顔で魔理沙に駆け寄るアリス。
そして強引に抱きついてくる。
背中に爪を突き立てるようにしがみつき、拘束した後、唇を合わせようとしてくる。
この束縛が、嫌になってきていた。
だから。
つい、顔を背けてしまった。
「……な、んで?」
「…………」
「どう、して? どうしてなの、魔理沙……?」
「……離してくれないか」
「私……我慢したよ?
魔理沙の帰りがいつも遅いのも、
魔理沙の視線が他に向けられてることも、
魔理沙の体から嫌なニオイがしてるのもっっっ!!!」
どん、と突き飛ばされた。
背中から壁に叩き付けられる。
肺の空気が押し出され、けほこほと咽せてしゃがみ込む。
「ねえ、魔理沙、どうしてなの?」
がつん、と頬を蹴られた。
閃光のような痛みと共に、口の中が鉄錆の味で溢れる。
「あ、アリス、やめ――ギャッ!?」
「どうして!? どうして!? どうして!?」
悲鳴を上げようとしたが、続けて何度も蹴られてしまい、「がはっ」とか「ひぎっ」といった引きつった声しか出てこない。
アリスは何度も何度も蹴ってくる。
容赦のないその痛みに、魔理沙は考える力を奪われる。
ただ、逃げたい、と。
口と鼻から鮮血をどぼどぼと垂らしながら、這いずってアリスから逃れようとする。
「ねえ!? なんで! 逃げるの!? 魔理沙!」
ごきん、と。
蹴られた脇から、一段と鋭い痛みが発生した。
恥も外聞もなく、悲鳴がだだ漏れとなる。
その悲鳴を聞いたアリスは、表情をにたりと歪め、執拗に同じ場所を蹴ってくる。
「ねえ、痛いの!? 痛い!? 痛いでしょ!?
でもね! 私は! もっと痛かったんだから!」
思いっきり、脇腹を蹴られた。
折れた肋骨が奥にずれて、何かを引き裂くような感触があった。
鮮血を吹いた。
でも、アリスは止めてくれない。
「あはは! 魔理沙! 魔理沙! 魔理沙! 魔理沙!
魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙!
魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙!!
マリサマリサマリサマリサマリサマリサマリサマリサマリサマリサマリサ!!!
マリマリマリマリマリマリマリリリリリリリリリリギギギギギギギギギギャギャギャギャギャギャッ!!!」
床に倒れ込む。
もはや蹴りつけるのではなく踏みつけるように、狂ったかの如く足を振るうアリス。
いつしか、何も聞こえなくなり。
最後に、泣き声だけが、弱々しく、響いていた。
こういう殺伐としたの。好きです