炎よりも熱っぽく。
迷路みたいに複雑で。
ベリーのように甘酸っぱい。
秘めてる訳じゃないけれど。
伝えれるほど利口じゃない。
だから培ってきたのさ、暗くて狭い地下室で。
だから育んできたのさ、飽くほど永い時の中。
暴れられる程度しかない部屋は窮屈なのよ。
たまに訪れてくれる家庭教師は退屈なのよ。
普段から世話してくれるメイドはそれだけの意味しかない。
次々と変わっていく家具とかは壊れるだけの意味しかない。
眠って食べて、気が向けば壊す。
思い出したように読書もするね。
二十四時間、部屋に篭もっているのが日常。
三百六十五日、地下室から出ないのが日常。
暇という事を忘れそうなほどに暇過ぎるから。
昨日と明日を間違えそうなほどに不変だから。
募る想いは募り続けるしかないのさ。
熱す想いは熱し続けるしかないのさ。
カゴメカゴメと囲もうか。
四人の私で責め立てようか。
過去を刻めよ私の想いってね。
積もり過ぎて屈折してるよ、この想い。
心には永過ぎるのさ、四百と九十五年。
大事に抱えるこの想い。
歪んで膨らむこの想い。
ずっとこのままでいいと考えてたわ、本当に。
変わらず想えればいいと決めてたわ、本当に。
だけど外に出たいのよ、今は。
知りたい事があるのよ、今は。
長い螺旋階段を翔け上がって、外へ。
邪魔な障害物群を乗り越えて、外へ。
だって気になるじゃない、外を気にするお姉様が。
だって気になるじゃない、お姉様を変えた人間が。
紅くて綺麗なお姉様。
小さく気高いお姉様。
貴女の下に急ぎたい。
貴女と共に笑いたい。
この想いを新たにしたいの。
新たなお姉様を想いたいの。
だから出ましょう私、この狭い世界を。
だから出ましょう私、変わらぬ日常を。
豪奢な扉に手を掛けて。
暗い廊下に飛び立って。
上の出口を目指そうか。
帰らぬ訳じゃないけれど。
戻されるのは嫌じゃない。
邪魔をするのか、メイド達。
壊れぬように頑張りな。
通路を塞ぐか、図書館の司書。
目障りだから失せなさい。
立ちはだかるのか、家庭教師。
授業の成果を見せようか。
向かって来るのか、門の番。
実力不足は否めないな。
嗅ぎ付け来たのか、メイド長。
日頃の感謝を示してやる。
通せん坊かい、紅白の巫女。
通り抜けるよその結界。
遊んでくれるの、魔法使い。
私の遊戯はちと激しい。
ハードル走を完走し。
長い廊下を翔け巡り。
紅の部屋へ辿り着く。
扉の向こうは貴女の世界。
愛しき貴女は椅子に座す。
微かに笑みを湛えつつ。
優雅に紅茶を口にする。
ああ、ああ、お姉様。
私は貴女を慕います。
初めて目にしたあの時を。
微笑んでくれたあの時を。
ここで再び刻みましょう。
忘れ得ぬと刻みましょう。
言葉なんて必要無いほどに。
確認なんて要らないほどに。
変わらず貴女と共に在ろう。
私だけを見ていて欲しいけど。
そこまで我が侭な訳じゃない。
ホントは無色のお姉様。
誰もそれに気付かない。
理解していないのよ運命を。
移ろう全てに付き纏うのに。
どんなモノにでも染まるのに。
どんなモノとでも在れるのに。
自然過ぎてわからない。
大き過ぎてわからない。
だけど私には欠かせない。
きっと私は忘れられない。
見縊り過ぎなのよ破壊を。
何より優れた概念なのに。
死なんていう粗末なものじゃない。
永遠なんてちゃちなものじゃない。
生を壊しているだけでしょう。
時を壊しているだけでしょう。
形在るものも、形無きものも、壊れてしまう。
そこに在る限り、何時かは壊れてしまうのよ。
破れて、無くなって、つまらない。
壊れて、亡くなって、さようなら。
だけど貴女は違うもの。
貴女の運命は違うもの。
貴女の握る運命の糸を感じてる。
身体に絡みついた糸を信じてる。
運命を壊しても、壊れたという運命が。
糸を千切っても、新しい糸が。
再び私に、絡みつく。
やっぱり変わらないのね、その運命は。
やっぱり変わらないのね、その能力は。
ああ、十分過ぎるほどの成果だよ。
ああ、十分過ぎるほどに幸福だよ。
また四百と九十五年は大丈夫。
変わらず想いを抱いていける。
言葉に出来るほど賢くはないから、私。
精一杯の笑顔で伝えたいの、この想い。
ありがとう、お姉様。
ずっと慕っています。
もっともっと一緒にいたい。
貴女の笑顔を眺めていたい。
でも残念、後ろの扉が責め立てる。
邪魔臭く、急げ急げとがなってる。
去りたい訳ではないけれど。
迎えを抑える元気は無い。
バイバイまた何時か。
新たな貴女の、新たな運命を、身に纏い。
古い住処の、古い寝床に、帰りましょう。
扉を潜れば、壊した廊下が目に入る。
地下へ潜れば、壊した扉が目に入る。
ベッドへ入れば、壊れた記憶が蘇る。
初めて出会った紅い夜、私の心は理解した。
貴女と私の間の絆、離れぬ運命を理解した。
何もかもを壊し尽す私は。
貴女の運命に壊された。
一番初めに壊された。
――――――――愛しています、お姉様。
~おわり~