■注意■
独断と偏見に満ちたアリスがここにいます。
苦手な方はご注意ください。
魔理沙が横に座っている。
私の横に並んで、柔らかい地面に寝転んでいる。
西の空には、もうだいぶ傾いてきた太陽。
私たちは、魔法の森の一角、日当たりのいい場所で二人で横になっていた。
魔理沙の横顔を見て、私はふと思う。
――キス、してもいいかしら。
私はそう言った。何気ない思い付きだった。それでも、したくないとは言えなかった。魔理沙の美しい唇を、綺麗な白い肌を見て、私はふと、そうしたくなった。
魔理沙は、嫌とは言わなかった。
ただ黙って、瞳をつぶったまま、私のキスを待った。
自分からして。そういうことだろう。
恥ずかしかった。私の顔が、赤くなるのが、自分でもわかった。
でも――赤くなるのは、おかしいかもしれない。
私と魔理沙は、ちゃんとした恋人だもの。
キスをするのをためらう恋人なんていないわ。
私は……恐る恐る、魔理沙に近づく。
目を閉じたままの魔理沙の顔が、すぐ目の前にある。
私はゆっくりと――本当にゆっくりと――魔理沙の顔に、自分の顔を近づけて、
――そっと、キスをしたわ。
魔理沙の柔らかい唇と、私の唇が、触れ合う感触がする。
温かかった。
照れくさいとか、そんなことは、もう頭になかった。
魔理沙とキスをしている。それが、今の私の全てだった。
一度唇を離す。
私の唇と、魔理沙の唇の間に、唾液が糸を引いた。
その唾液を回収するように――私はもう一度、キスをする。
今度は、少しだけ強く。
唇を押し付けるようにして。
そのしてそのまま――舌を滑り込ませる。魔理沙の口内へと。
魔理沙の舌を、自分の舌で探り当てる。
温かい舌と、唾液が絡まる感触が、舌から伝わってくる。
温かい。
美味しい。
気持ちいい。
そんな感触が、私の中へと滑り込んでくる。
――もっと味わいたい。もっと魔理沙とキスをしたい。
そんな思いにかられて、私はさらに舌を強く動かす。
魔理沙の舌を、私の口内にひっぱりだし、口中を使って愛情を伝える。
舌を軽く噛んでみる。
柔らかな肉の感触がした。唇の肉、舌の肉。
柔らかな、魔理沙の感触。
――美味しそう。美味しそうな魔理沙。
私はほんの少しだけ歯に力を込める。
とうに止まっている心臓は、血を循環するのをやめていた。傷口から漏れる血液は、重力にしたがって静かに垂れ流れる血だ。もし心臓が動いていたら、傷口からはポンプのように血液が出ていただろう。
けど、魔理沙の心臓は、もう七千秒も前に止まっている。
血の巡らない、白い――青く白い魔理沙の肌。美しいと思った。
なんて美しい、魔理沙。
今はもう、私だけのもの。
私だけの、霧雨 魔理沙。
でもね安心して。魔理沙は私のものだけど、魔理沙は私だけのものだけど、私も魔理沙のものなのよ。私も魔理沙だけのものよ。二人は永遠に一緒よ。別れることも離れることももうないわ。文字通りに――一心同体ね。素敵だと思わない? 私は魔理沙を食べて、魔理沙は私の一部になって、私の全てが魔理沙の一部になるの。永遠。永遠亭も、紅魔館も、白玉楼も。どんな能力も、どんな運命も、どんな永遠も、私たちの仲を遮ることはできないわ。死ですら。永遠ですら。運命ですら。私たちの間を邪魔することなんてできないわ。境界を別つ妖怪にだって無理よ。だって、私たちの間に、境界なんてもうないもの。私たちはもう同じものよ。霧雨 魔理沙はアリス・マーガトロイド。アリス・マーガトロイドは霧雨 魔理沙。それでいいじゃない。それでいいの。それだけで十分だわ。
私は、キスをしたまま――さらに歯に力を込める。
魔理沙の舌に、私の歯が食い込む感触。魔理沙の一部と私の一部が絡み合う感覚。少しずつ一つになってく、素晴らしい感触。
美味しいと思った。魔理沙を。魔理沙は死んでしまったけど――ああでも、殺したのは私。だって、他の人にあげるはずもないもの。殺して、食べる。そうして私と魔理沙は一つになるの。死ぬことは悲しいことじゃないわよ。寂しくなんてないわ。
魔理沙が美味しくないはずないもの。魔理沙は、どんな甘いお菓子よりも、どんな素晴らしい料理よりも美味しいに決まってるわ。だってそうでしょう? 料理で一番大切なのは愛情。愛情なら、他のどんな人にも負けるつもりなんてないもの。淫売な吸血鬼にも、外道な巫女にも、糞みたいなことを言って魔理沙の気を引こうとする害虫みたいなアバズレ司書にも、すました顔して何を考えているか分からないメガネにも、私の愛情が負けることはないわ。いえ、違うの。負ける負けないじゃないわ。較べること自体が違うの。あんなヤツラが魔理沙に愛情を持ってるわけないもの。魔理沙に愛情を持ってるのは私だけだし、魔理沙が愛情を向けているのも私だけだわ。
愛情を持って、私は歯に力を、少しずつ込めていく。
歯から私の愛情が魔理沙に、舌から魔理沙の愛情が私に。お互い流れ込んでいくのを、確かに感じた。この気持ちは間違いなく愛情。誰にも否定はさせないわ、否定なんてできるものですか。
舌と歯に込めた力が、ついに臨界を越えた。私たちの愛情が、卵の殻を突き破って、世界中に広がるように。
がち、という硬い音。
同時に、私の口内に、肉の感触。
――千切れた魔理沙の舌が、私の中に入ってきたの。
小さな小さな肉の欠片。魔理沙の欠片。魔理沙の一部。
もちろん、私はそれを、大切に食べたわ。幾度も幾度も噛んで、魔理沙の甘い味を味わって、全てを胃の中に。
魔理沙の一部が、私の中で一つになるのを、確かに感じた。
そう、一部。
魔理沙の一部を今、私は食べた。
魔理沙の一部が、私のものになった。
私と魔理沙は、一部が同じになった。
けど――足りない。
足りない。全然足りない。一部じゃ、全然足りない。そうよ、一部で足りるものですか。私たちは全てが同一になるの。なるべく決まっているのよ、遠い昔から。ならないとおかしいわ、一緒になれないというのなら、それはきっと世界の方が間違っているのよ。この世界は最初から私とアリスが一緒になるべくできてるの。誰か決めたかって? そんなことは知らないわ。今私が決めたの。私と魔理沙が決めたの。私と魔理沙が二人で、私と魔理沙の二人のために、ずっと二人でいるって今決めたの。いえ、今決めたんじゃないわ。ずっと昔から決まっていたの。幻想郷が出来る前から、世界が出来る前から、私たちはこうなると決まっていたの。私と魔理沙が一緒になる。そうすることで、ようやくこの世界は完璧になるんだわ。
魔理沙。魔理沙。魔理沙。
一緒になりましょう。
一つになりましょう。
もうこれで、離れることはないわ。永遠に一緒よ。
私は魔理沙の血に濡れた唇で、魔理沙の首に噛み付く。吸血鬼のように、じゃないわ。あんな淫売と一緒にしてもらったら困るわ。私のこれは、首すじにキスをしているだけよ。肉を食べ血を呑み神経を千切るキス。こんなに愛情が困ったキスができるのは私だけよね? そうよ私だけよ。魔理沙にキスをできるのも、魔理沙にキスをしていいのも、魔理沙からキスをされるのも、魔理沙とキスをし合えるのも、全て私だけ。私だけのものよ。私だけの権利で、私だけの義務。
首筋へとキスを続ける。歯と舌で、魔理沙の皮と破り、奥にある肉と神経を掻き噛む。糸のように神経がバラけて、私の喉の奥へと流れ込んでくる。魔理沙の味が、電気の味がするわ。魔理沙の肉は柔らかくて、神経と血管が絡み合って、生のステーキを食べているような味。でも、ステーキみたいに下品じゃない。大切なワインと搦めて食べるような、そんな味。魔理沙の血は、ワインなんかよりももっと美味しい。飲んでも呑んでも足りないくらい。私の胃は、魔理沙の血と肉で、どんどん埋まっていく。
もちろん、骨も残さない。固くてもカルシウム満点の骨。残すなんて持ったないないことを、私がするわけないわ。魔法を使う? いいえ。そんなことはしない。魔法がなくても、愛情だけでできるもの。
魔理沙の頭蓋骨を、私は歯で削るようにして、少しずつ時間をかけて食べていく。私の歯も同じように削れていったけど構わない。魔理沙の骨と私の歯を一緒にして食べる。これこそ、本当に一緒になるってことだから。
頭蓋骨に隠された、美味しそうなピンクのモノ。私は顔からそれに突っ込んで、残さず食べた。だって、そこに魔理沙がいるんだもの。魔理沙の脳。魔理沙の思考。大脳と小脳で魔理沙は動いている。魂の宿る身体。人格の宿る脳。その全てを、私は食べる。
心臓、肝臓、小腸。魔理沙の四肢五臓六腑の全てを、私は食べる。
全てを食べ終わるころには――もう、日が完全に暮れていたわ。
空に太陽はなくて、月と星があるばかり。魔理沙の時間。星の魔法使いの魔理沙の時間。
魔理沙がいた場所には、もう何も残っていない。血の一滴まで、私がぜんぶ舐め取ったから。私のあごは壊れて、歯が全部擦り切れ、頬が裂けていたけど、それでも私は満足だった。
だって、ついに、ようやく、私と魔理沙は一緒になったんだもの。
私と魔理沙は、一つになったんだもの。
空を見上げる。綺麗な、まあるい月。満月。美しい、狂気の月がそこにあったわ。でも、私はそれを狂気だとは、狂っているとは思わなかった。あんなに美しいんだもの。魔理沙ほどではないけど、ね。狂った月を狂ってると思うのは狂った人だけよ。本当にまともな人なら、素直に美しいと思えるはずよ。私みたいに。魔理沙みたいに。なんて美しい月と星なのかしら? 一つになれた私と魔理沙を祝福してるみたい。
月を見上げて、私は魔理沙を感じていたわ。
……。
…………。
………………。
……………………あら?
魔理沙がいないわ。
魔理沙がどこにもいないわ。
いえ、魔理沙はいるの。ここにいるの。私の中に魔理沙はいるの。
でも、この世界に、魔理沙はいない。幻想郷のどこにも、永遠亭にも、紅魔館にも、マヨイガにも、白玉楼にも。幻想郷の外にも。宇宙にも。月にも。魔理沙の姿はどこにもないわ。どこを探しても、魔理沙は存在しないわ。私の魔理沙、大切な魔理沙。どこにもいないの。世界のどこにも。どこを見ても、魔理沙が見えないの。
でも、私の中に魔理沙はいる。
――ああ、なんだ。
つまりはそういうことだ。魔理沙は此処にいる。魔理沙は此処にしかいない。魔理沙は私の中にいる。魔理沙は私の中にだけいる。
他には居ない。
他のところにはいない。
世界のどこにも、霧雨 魔理沙は存在しない。
――ああ、なんだ。
そう、そういうことだ。
魔理沙は此処にいる。
魔理沙は世界にいない。
なら、私は、世界にいる必要はない。魔理沙がいない世界は必要ない。魔理沙は私の中に、私の中にだけいる。
魔理沙がいない世界なんて、必要ない。
私には、魔理沙だけがいればいい。
いらない。いらない。いない。ない。
私は――そっと、首を絞めた。
自分の首を。
あるいはひょっとしたら、それは魔理沙の首だったかもしれないわ。だって、今、私と魔理沙は一つになっているんだもの。魔理沙の首を私が絞める。私の首を魔理沙が絞める。私が魔理沙を殺したように、魔理沙も私を殺すの。一緒。一緒になるの。全ては均等。一緒なんだから、当たり前。
きりきりと、首が絞まる。
きりきりと、首を絞める。
血が止まる。意識が止まっていく。
月が見える。
綺麗な月が。
私の意識が、私の心が、私の魂が止まる。
最後に見えたのは、綺麗な、狂った満月。
――あら?
――魔理沙は何処かしら?
――魔理沙が何処にもいないわ。
――魔理沙。魔理沙。魔理沙。
魔理沙、どこにいるの?
私はここにいるわ。
私はここにいるの。
魔理沙。魔理沙。魔理沙――
魔理沙。愛してるの。
だからお願い。
私は魔理沙を愛するから。
だから、お願い。お願いよ魔理沙。
お願いだから――
魔理沙。私を、愛して――
(了)
こういう内容は苦手な人も居ると思うから注意書きを
もうちょっと変えた方が良いと思う
グロ注意とか
おぞましくも、淫靡で凄惨な描写。これもまた幻想の一つの形。
キスから始まる狂気の描写は勉強させられる所、大でした。
こう細かい心理描写されるとクるものがあるねぇ
こう言うと不謹慎だけど、ゴチでしたw