これはデグチ・ホソナールというらしい。
多分外の世界から流れてきた物品なんだろうと思うが、それにしても奇妙な形をしている。
というのも、外見だけをちょっと見ればどう考えても変な土管なのだ。
内側をじっくり見回してみても変な土管だが。
それはともかく。
差し当たってどこが変なのかというと、二次元的に見て、右左の穴の大きさが明らか過ぎるまでに違うところだ。
片方は大人が入れるくらいの直径なのに、もう片方は赤子か猫しか通れない程度と言えばわかりやすいだろう。
僕の記憶が正しいのなら、本来土管というものは、配水管や煙突に使われるものであり、他の土管との連結を必要と
するものだ。
その上でこれを見ると土管としては問題外も甚だしい出来だろう。
しかし――奇妙な話だが――土管の形をしていて土管としては失格なこの土管のようなものは、そんな土管のような
外見に全力で反し、断じて土管ではない。
僕の能力を信じるのならば、だが。
『設置するタイプの罠』。
それがこの僕の眼の答えだった。
設置型の罠というとつまりトラバサミの類なのだろうが、はて、これをどうやって罠に使うのか?
別に僕自身の能力を疑っているわけじゃないが、疑問だった。
「さて、だから僕はこう考えたのさ」
ぴん、と指を立てる。
ちなみに今の香霖堂には、僕だけでなく、金髪をショートにまとめた小さな女の子がいる。
赤いリボンが目を引く彼女は、うんうん頷きながら僕の話を聞いている。
彼女がこれを持ってきたのだ。
拾ったのだけど、よくわからないから、とりあえず最寄りのこの店に――ということらしい。
困ったときの香霖堂。悪い気分ではない。
それに、ちょっと新鮮な気分だった。
何せ、常連の客とも言えない奴はこうやって真面目に僕の話を聞いたことなどない。
「実際に仕掛けてみれば、何かわかるだろう……とね」
「ふおー」
ぱちぱち。少女が拍手をするのを感じる。
内心、僕は一層得意になった。
「実際にモノがあるのだから何よりまず試してみないとね。外見が外見だ、複雑な操作もあるまい。
思い立ったが吉日……ということだから、すまないが」
「ほ」
「口を離してもらえると嬉しい」
可憐な見掛けによらぬ鋭い歯が、僕の頭に齧りついている。
「がじがじ」
○
「……なんだこれ」
なんだこれ。
なんだこれと口に出してみたけれど、実際これは……なんだこれ?
視界がぐるり90度傾く。そりゃそうだ首を傾げてる。
お気に入りの帽子が落っこちそうになったので、慌てて元の姿勢に戻る。
覗いてみると、向こうの穴がやけにちっちゃく見える。
実はこれ、相当長いものなのかもしれない。
「香霖のやつ。出入り口にこんなもの置いて、どうしようっていうんだ?」
馴染みの、覇気の無い顔を思い出す。入店拒否の意思表示のつもりか?
だとしたらおあいにく、私にとってはこんなもの障害のうちにも入らない。
ちゃっちゃと潜り抜けて、お茶の一杯でも要求してやる。
というか。
入ってみたい。
ふん、ヘンなものを置いて萎えさせる腹積もりなんだろうが、私の心は逆にわくわくしているぜ。
こんな立派な土管に入らないなんてのがどうかしてるんだ。
さあどこに繋がるのかな?
何故だか香霖堂の見慣れた風景なんてものは無い気がしてきた。
土管を潜った先は地下世界か、或いはどこかにワープし、巨人の国とか水の国とか、そんなマップに出るのかも。
行く手を阻むおかしな花が出てくる気もしてきたけれど、この魔理沙さんにかかってみればチョチョイのチョイさ。
待っていてくれ、桃の姫。
待っていろよ、亀の王。
私は必ず姫を救い、亀を倒して、平和を取り戻すんだ。
意気揚々、私は四つんばいになって土管の中を突き進み――
ずぼっ。
○
「つまり、往々にして土管とは潜ってみたくなるものらしい。これはある配管工の男の例からして明らかだ。
好奇心というものを完全に封殺できる者などいやしないさ。
特に人間は命が短いが故、あらゆる知識を得るのに急ぎすぎるきらいがある……と考えると」
なるほど確かに。
デグチ・ホソナールは、単純にして極めて有効な罠だ。
僕はいつも日記を記述するのに使用している小さな手帳にペンを走らせながら、ひとり得心していた。
明らかに違う出口の穴に関しては、遠近法が味方し、これでなかなか気付かないものらしい。
罠である事に気付かず、魅力的な石造りの筒の誘惑に耐え切れず入ってみたら――アウトだ。
「好奇心は猫をも殺す……よく言ったものだよ。いや、この場合は少女かな。猫なら通れるしね」
「こ、香霖! おい出せよ! おいったら!」
デグチ・ホソナールの細い出口からは、魔理沙の黒帽子を被った頭だけがぴょっこり飛び出ている。
まるでてるてる坊主だ。
胴体は当然だが出てこれはしない。狭すぎる。
ということでがっちり挟まってしまった魔理沙は、頑張って身をよじりながらやかましくわめいている。
「キノコの国が大変なんだってば! 私が行かなきゃならないんだよ!」
何を言ってるんだかわからんがキノコの食べすぎか? まあとりあえず効果は抜群らしい。
昼食の後にでも出してやるとする。
ひとまず僕は、未だ僕の頭に文字通り齧り付いている少女を意識した。
彼女もまた己の内の好奇心を剥き出しにし、目をきらりきらり輝かせながら、デグチ・ホソナールを凝視している。
ように思えた。
「どうやらこのようにして使うもののようだよ。わかったかな?」
「ほーはほはー」
『そーなのかー』と言いたいらしい。
彼女のその声には一杯の納得と理解と満足と新たな知識を得た喜びが満ち満ちていた。
養女にすることにした。
お義父さんと呼ばせてもらうぜ。
まぁ、面白いからどうでもいいか
思わず和みました。