*当作品は『長雨の降る日に』の続編ですが、読まなくても楽しめます。多分。
長雨は、降り止む気配を見せなかった。
代わりに強くなる気配もない。しとしとと、静かに降り続いている。周りの音を吸い込んで、村の音を吸い込んで、雨は降り続ける。
聞こえる音は、互いの音だけだ。
慧音は妹紅のたてる音を。
妹紅は慧音のたてる音を。
互いの音しか聞こえず、視界にはお互いしかいない。
まるで――雨によって、外の世界と境界を区切られたようだと慧音は思う。
長雨の幻想郷。隔離された二人だけの世界。
それも悪くはない、と思うのだ。
「はい、拭き終わったぞ」
妹紅の髪をつかみ、白い首筋を拭き終えてから、慧音は言った。つかんだ手を放すと、妹紅の綺麗な裸身を隠すように、銀色の髪がばらりと舞った。
今、妹紅は限りなく裸に近かった。身に纏っている布は、下腹部を隠す下着しかない。いつもの服は、慧音によって剥ぎ取られていた。
といっても、別に無理矢理にではない。水を嫌って風呂に入ろうとしない妹紅に業を煮やし、慧音が濡れタオルで身体を拭いてあげたのだ。
まるで猫みたいだ、と慧音は微笑ましく思う。水を嫌ってお風呂に入ろうとしないのも、媚びることをしないくせに人に擦り寄ってくるところもだ。
それを心地良いと、心の底から思う。
「ありがと、慧音」
「こんな事でよかったらいつでもするさ」
使い終わったタオルを、慧音は桶につける。その仕草を見ながら、妹紅は足をぶらぶらと揺らす。いつものもんぺをはいていないので、無駄な肉のない脚線美がよく見えた。
少しだけ羨ましい、と慧音は思う。自分に較べて、妹紅の身体は引き締まっている。妹紅はそれを“慧音の方が女っぽいよ”と言うが、自分からしてみれば、慧音のソレこそが女性のようだと思う。
“女”と“少女”の体つきの差に、慧音は気づかない。自分のことだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
ようするに、胸や尻や腰のふくよかさか、無駄な脂肪肉――胸や尻も含めてだ――が存在しないかの違いだ。どちらが良い、とはひと言に言えない。
慧音は妹紅を羨ましく思うし、妹紅は慧音を羨ましく思う。
とくに――
――妹紅は、それ以上、育つことがないから。
そのことが二人とも分かっているから、深く口に出して言うことはなかった。
素直に綺麗だね、と言うくらいだ。
「これで終わり?」
「ん」
「……服は?」
妹紅の小さな問いに、慧音は無言で指を差す。
湯と差し指が指し示す先。そこに妹紅の服はあった。
ただし、でっかい桶に詰まった水に沈められている。
とてもじゃないが、着れるような状態にはなかった。
「あ――っ!」
目を丸くして声をあげる妹紅。
その妹紅を見て、慧音はやれやれと肩を落とす。
「まさか着ようと思ってたんじゃないだろうな」
慧音の問いに、妹紅は無言で肯定を返す。
「ダメだぞ、ちゃんとあらわないと。服にだって汗や汚れがつくんだから」
新陳代謝があるかないかに関わらず、ずっと着ていれば空気中の埃で服は汚れる。風呂に入っていないということは、服もあまり代えていないということだ。毎日代えろとは言わないが、最低三日に一度は変えてほしいと慧音は思う。
「……ひょっとして、あれが乾くまで裸?」
妹紅の不安をはらんだ声。
その問いに、慧音は満面の笑みと共に答えた。
「――まさか」
◆ ◆ ◆
「どうするかと思ったけど……こういうことね」
「妹紅、着れるか? きつくないか?」
「んー。大丈夫、ちょっと大きいくらいかね」
両手をぱたぱたと動かしながら、妹紅は答えた。
さっきまでとは違い、今は服を着ている。
いつもの服、ではない。
慧音の服だ。
いくつかある予備のうちの一つ。ブラウスとワンピーススカートという、妹紅のもんぺ姿とは対照的な服だ。
少しだけ大きな、袖からかすかにでる手を振る妹紅の姿を見て、慧音は思う。
よく似合っている、と。
元がいいだけに、着飾れば凄いものがあった。蓬莱山 輝夜が着ているような和服もきっと似合うのだろう。今度かりてきてみようか――そんなことすら思う。
「あ――でも、」
「でも?」
妹紅は、その指先で、スカートの裾をつまんで、
「下がすーすーする」
「……。まあ、それは仕方がない。よく似合ってるぞ」
「そう?」
妹紅は摘んでいた指を放し、そのスカートが元の位置に戻るよりも早く、片足だけでくるりと回った。
遠心力にしがたって、スカートの裾が、くるりと回る。
綺麗な真円を描いて、妹紅のスカートが舞った。
畳の上で器用な――と思いながらも、慧音は拍手を送った。
妹紅は照れくさそうな顔をして、頭をぽりぽりと描いた。
二人とも銀の綺麗な長髪なので、もしここに第三者がいたとすれば、二人を仲の良い姉妹か何かだと思うだろう。
どちらが姉でどちらが妹かは、誰にも分からないだろうけれど。
姉妹でも、友人でも、恋人でも、親子でも、家族でもない。
心地の良い距離。
晴れた朝に、猫と一緒に町を散歩するような――そんな、言いようのない関係。
猫はふらっと何処かに行ってしまうかもしれない
けれども、それと同じように、ふらっと返ってくるのだ。
妹紅は猫のようだ、と慧音は思う。
妹紅もいつか、ふらっと、どこか遠くへ行ってしまうのかもしれない。
けれど。
永遠の命がある妹紅が――いつか、ふらっと帰ってくるとき。
ふらっと帰ってこられる場所が、自分のところになればいいと、慧音は思うのだ。
「こういうのもたまにはいいな」
珍しいスカートが気に入ったのか、ぴょんと跳ねたり、回ったりを妹紅は繰り返す。
楽しそうなその仕草を、慧音は微笑みながら見つめている。
「気に入ったのなら、それは妹紅にあげようか」
「いいの?」
「勿論。大切にしてくれるなら、その方が服にとっても嬉しいことだよ」
「……いいや」
「いいのか?」
「うん。着たくなったら、また慧音のところに来るよ」
妹紅は少しだけ顔を赤くして、へへ、と笑う。
つられて、慧音も、小さく笑い返す。
二人で笑いあう。
二人の他には誰もいない。
誰の声も聞こえない。
互いの存在にしか、頭にはない。
雨だけが、優しく彼女たちを見守っている。
外の雨は止む気配を見せない。
長雨は、ほんの少しずつ、その勢いを増していった。
長雨は、降り止む気配を見せなかった。
代わりに強くなる気配もない。しとしとと、静かに降り続いている。周りの音を吸い込んで、村の音を吸い込んで、雨は降り続ける。
聞こえる音は、互いの音だけだ。
慧音は妹紅のたてる音を。
妹紅は慧音のたてる音を。
互いの音しか聞こえず、視界にはお互いしかいない。
まるで――雨によって、外の世界と境界を区切られたようだと慧音は思う。
長雨の幻想郷。隔離された二人だけの世界。
それも悪くはない、と思うのだ。
「はい、拭き終わったぞ」
妹紅の髪をつかみ、白い首筋を拭き終えてから、慧音は言った。つかんだ手を放すと、妹紅の綺麗な裸身を隠すように、銀色の髪がばらりと舞った。
今、妹紅は限りなく裸に近かった。身に纏っている布は、下腹部を隠す下着しかない。いつもの服は、慧音によって剥ぎ取られていた。
といっても、別に無理矢理にではない。水を嫌って風呂に入ろうとしない妹紅に業を煮やし、慧音が濡れタオルで身体を拭いてあげたのだ。
まるで猫みたいだ、と慧音は微笑ましく思う。水を嫌ってお風呂に入ろうとしないのも、媚びることをしないくせに人に擦り寄ってくるところもだ。
それを心地良いと、心の底から思う。
「ありがと、慧音」
「こんな事でよかったらいつでもするさ」
使い終わったタオルを、慧音は桶につける。その仕草を見ながら、妹紅は足をぶらぶらと揺らす。いつものもんぺをはいていないので、無駄な肉のない脚線美がよく見えた。
少しだけ羨ましい、と慧音は思う。自分に較べて、妹紅の身体は引き締まっている。妹紅はそれを“慧音の方が女っぽいよ”と言うが、自分からしてみれば、慧音のソレこそが女性のようだと思う。
“女”と“少女”の体つきの差に、慧音は気づかない。自分のことだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
ようするに、胸や尻や腰のふくよかさか、無駄な脂肪肉――胸や尻も含めてだ――が存在しないかの違いだ。どちらが良い、とはひと言に言えない。
慧音は妹紅を羨ましく思うし、妹紅は慧音を羨ましく思う。
とくに――
――妹紅は、それ以上、育つことがないから。
そのことが二人とも分かっているから、深く口に出して言うことはなかった。
素直に綺麗だね、と言うくらいだ。
「これで終わり?」
「ん」
「……服は?」
妹紅の小さな問いに、慧音は無言で指を差す。
湯と差し指が指し示す先。そこに妹紅の服はあった。
ただし、でっかい桶に詰まった水に沈められている。
とてもじゃないが、着れるような状態にはなかった。
「あ――っ!」
目を丸くして声をあげる妹紅。
その妹紅を見て、慧音はやれやれと肩を落とす。
「まさか着ようと思ってたんじゃないだろうな」
慧音の問いに、妹紅は無言で肯定を返す。
「ダメだぞ、ちゃんとあらわないと。服にだって汗や汚れがつくんだから」
新陳代謝があるかないかに関わらず、ずっと着ていれば空気中の埃で服は汚れる。風呂に入っていないということは、服もあまり代えていないということだ。毎日代えろとは言わないが、最低三日に一度は変えてほしいと慧音は思う。
「……ひょっとして、あれが乾くまで裸?」
妹紅の不安をはらんだ声。
その問いに、慧音は満面の笑みと共に答えた。
「――まさか」
◆ ◆ ◆
「どうするかと思ったけど……こういうことね」
「妹紅、着れるか? きつくないか?」
「んー。大丈夫、ちょっと大きいくらいかね」
両手をぱたぱたと動かしながら、妹紅は答えた。
さっきまでとは違い、今は服を着ている。
いつもの服、ではない。
慧音の服だ。
いくつかある予備のうちの一つ。ブラウスとワンピーススカートという、妹紅のもんぺ姿とは対照的な服だ。
少しだけ大きな、袖からかすかにでる手を振る妹紅の姿を見て、慧音は思う。
よく似合っている、と。
元がいいだけに、着飾れば凄いものがあった。蓬莱山 輝夜が着ているような和服もきっと似合うのだろう。今度かりてきてみようか――そんなことすら思う。
「あ――でも、」
「でも?」
妹紅は、その指先で、スカートの裾をつまんで、
「下がすーすーする」
「……。まあ、それは仕方がない。よく似合ってるぞ」
「そう?」
妹紅は摘んでいた指を放し、そのスカートが元の位置に戻るよりも早く、片足だけでくるりと回った。
遠心力にしがたって、スカートの裾が、くるりと回る。
綺麗な真円を描いて、妹紅のスカートが舞った。
畳の上で器用な――と思いながらも、慧音は拍手を送った。
妹紅は照れくさそうな顔をして、頭をぽりぽりと描いた。
二人とも銀の綺麗な長髪なので、もしここに第三者がいたとすれば、二人を仲の良い姉妹か何かだと思うだろう。
どちらが姉でどちらが妹かは、誰にも分からないだろうけれど。
姉妹でも、友人でも、恋人でも、親子でも、家族でもない。
心地の良い距離。
晴れた朝に、猫と一緒に町を散歩するような――そんな、言いようのない関係。
猫はふらっと何処かに行ってしまうかもしれない
けれども、それと同じように、ふらっと返ってくるのだ。
妹紅は猫のようだ、と慧音は思う。
妹紅もいつか、ふらっと、どこか遠くへ行ってしまうのかもしれない。
けれど。
永遠の命がある妹紅が――いつか、ふらっと帰ってくるとき。
ふらっと帰ってこられる場所が、自分のところになればいいと、慧音は思うのだ。
「こういうのもたまにはいいな」
珍しいスカートが気に入ったのか、ぴょんと跳ねたり、回ったりを妹紅は繰り返す。
楽しそうなその仕草を、慧音は微笑みながら見つめている。
「気に入ったのなら、それは妹紅にあげようか」
「いいの?」
「勿論。大切にしてくれるなら、その方が服にとっても嬉しいことだよ」
「……いいや」
「いいのか?」
「うん。着たくなったら、また慧音のところに来るよ」
妹紅は少しだけ顔を赤くして、へへ、と笑う。
つられて、慧音も、小さく笑い返す。
二人で笑いあう。
二人の他には誰もいない。
誰の声も聞こえない。
互いの存在にしか、頭にはない。
雨だけが、優しく彼女たちを見守っている。
外の雨は止む気配を見せない。
長雨は、ほんの少しずつ、その勢いを増していった。
それはそれとして、「今、慧音は限りなく裸に近かった」の文中の慧音は妹紅では無いでしょうか?
ハイ 誤字でした。申し訳ありません。
すぐに修正させて戴きました……ありがとうございます。