レミリアお嬢様は、見た目お子様、頭の中身も結構お子様です。
そんな子だから、たとえわがままたっぷりでも許されます。誰だって、『むきーっ』やってる子供を見たら微笑ましくなりますよね?
さて。
お子様故に、似合うこともあると思うのです。
「あら、レミリアお嬢様。珍しいですね」
今日も一日、図書館の図書整理に奔走する小悪魔の視線が向いた先には、この館――紅魔館の主人、レミリア・スカーレットの姿。彼女は、何やら、じっと本棚を眺めていた。
「あら」
「何か本をお探しですか?」
「そういうわけでもないのだけど。退屈だから、たまたま、足を運んでみただけよ」
「左様ですか。
それでは、こちらの本などはいかがでしょう。先日、手に入れたばかりのものですが」
「ありがとう。でも、それはまた次の機会にね」
渡された、小さな文庫本サイズのそれを手に取り、小脇に抱えながら、レミリア。
「パチェはいるかしら」
「パチュリー様は、半分以上、この中にこもって生活しているようなものですから」
「今流行の、引きこもり、というやつね」
「まぁ、そうですね」
その言葉に対するイメージをどのように持っているのか。全く、何の臆面もなく口にするお嬢様とそれをストレートに肯定する小悪魔。天然さんを相手にすると、下手な言葉を口にすることが出来ないから怖いという典型のような光景である。
「こちらです」
「案内してくれるの。ありがとう」
「いえいえ。
ああ、足下、気をつけてくださいね。先日、パチュリー様が召喚した、何かよくわからない生物が逃げ出したままになってますので」
「……何かよくわからない生物……って?」
「あまり聞かない方がいいですよ」
「いや、あの……」
紅魔館を化け物屋敷にして欲しくないなぁ、などと思いながら足を伸ばして――ぐにょり、という感触。
「ひっ!?」
「あ、いましたね。ようやく見つけましたよー」
そこにいたのは、何だかよくわからないボール型の物体。その表面上に、びっしりとついている濁った緑色の瞳がレミリアを見つめ、次の瞬間、それががぱっと開いてげらげらと笑い出す。
「何でこう、奇妙なものを……」
「とりゃーっ! 逃がしませんよー!」
思いっきりホラーチックな光景なのに、全く緊張感のないのが、実にこの二人らしかった。
「パチュリー様ー。レミリアお嬢様をお連れしましたー」
「あら、レミィ。
……どうしたのかしら、その格好」
「それはまず、こっちの質問に答えてもらってからね」
こめかみ引きつらせ、レミリア。
ふぅ、とため息を一つついてから、
「……アレは何」
「アレ?」
「先日、パチュリー様が召喚した、よくわからない生物のことです」
「ああ。見つけたの?」
「はい。つい先ほど。捕まえて、魔法結界の中に放り込んでおきました」
「捕まえた瞬間、変な粘液かけられたんだけど……」
「ああ。だから、そんなに全身べたべたなのね、レミィ」
その通り。
顔から髪からお洋服から。
とにかく、何かよくわからない謎の粘液でべったりと汚れているのである。そんなレミリアを見て、大きな机に椅子を引き出してきてついていたパチュリーは、目元のメガネをくっと上げて、
「なかなか似合うわね」
「似合ってたまるものですか! このお洋服、気に入っているのよ!」
「同じもの、何着も持っているじゃない」
「そう言う問題ではなくて! 奇妙なもので紅魔館を飾らないでちょうだい!」
「次からは気をつけておくわ。
あと、レミィ。その格好で人前には出ない方がいいわよ。鼻血出すか、逆に飛びかかってくるか、そのどっちかだろうから」
「……何で?」
「かけられた後は燃えるわ」
意味がわからなかった。
首をかしげるレミリアに、横から小悪魔が『どうぞ』と、どこに持っていたのだか、タオルを差し出してくる。しかし、粘液べたべたがそれで取れるはずもなく、結局、不夜城レッドを発動させて強制的に消滅させてから、改めて。
「全く。
たまに足を運ぶといいことがないわ。毎回のように」
「そう」
「魔境にしないでちょうだい。この館はわたしのものよ」
「考えておくわ。魔理沙撃退用のグッズを集めるのも、なかなか忙しいから」
「いい加減、あいつも、真正面から頭を下げると言うことを覚えて欲しいものだけど」
「バカの一つ覚え、というのも悪くはないわ。彼女の場合は特にね」
「やれやれ」
ひょいと肩をすくめ、レミリアが机の上に腰を下ろした。
「レミィ、お行儀が悪いわよ」
「客人が来たのに、椅子の一つも出さない自分の態度を改めなさいな」
「全く。傍若無人ね」
「ふふっ。それはわたしにとってのほめ言葉よ」
反省しない子ね、とパチュリー。
それはそうと。
そう言わんばかりに、レミリアがパチュリーに視線をやる。
「何を見ているの?」
「とある魔法の本よ」
「面白いかしら」
「面白いと言うよりは興味深いわね。特に、私のように、日がな知識と技術を集積させることに人生を費やす探求者にとっては」
「どんな本なの?」
「伝説の戦士を復活させるための本」
……はい? と。
その単語の意味がわからず、レミリアが首をかしげた。
無言で、パチュリーはぱちんと右手の指を鳴らす。すると、これまたどこに控えてあったのか、小悪魔が、巨大なドレッサーをごろがらごろがらと転がしながらやってくる。
「……それ……何?」
「かつて、この幻想郷には伝説があったわ」
「いや、そりゃ、あるだろうけど……」
「数多の戦場を越えて不敗。ただの一度も膝をつくことなく、全ての敵を殲滅してきたその戦士は、まさに絶対の象徴として伝説の中に語られていたの。
彼女が通った後に残ったのは、彼女に敵対したものの屍と、彼女を讃えるもの達の瞳だったと言われているわ」
ああ、女性なのね。
そんなどうでもいいことを考えながら、立ち上がったパチュリーに視線を注ぐ。その、細いが、内に秘めたパワー(色んな意味で)はものすごい彼女は、両手をドレッサーにかける。
「私は研究した。その伝説を復活させる手段を。
そして、ようやく、それは一冊の本を手に入れたことで解決されたわ。答えが、これよ!」
ばぁんっ、と開けられたそれの向こうには。
――まぁ、一言で言おう。
どこからどう見ても、可愛らしいだけのお洋服がたくさん並んでいた。
「……えーっと……パチュリーさん……それは何でしょう……」
思わず、セリフも敬語になる。
「見ての通り、伝説の戦士の身を包んでいたと言われる衣装よ」
「いや……あの……その……きらびやかだったりふりふりだったりするのが……?」
「そうよ」
「……どんな戦士なのよ」
「魔法少女」
「……」
「魔女っ娘ともいうわね」
「わたし用事を思い出したわそれじゃねパチェ晩ご飯は咲夜が腕によりをかけるらしいからきっと美味しいわよああフランは何してるかしら遊んであげないとそれじゃわたしはこれで」
声と顔を引きつらせ、棒読みで適当な理由をでっち上げると、レミリアは速攻で踵を返して逃げ出そうとする。だが、そうは問屋が卸さない。神速すら超えた小悪魔が、がしぃっ、と後ろからレミリアを羽交い締めにした。
「逃がしませんよー、レミリアお嬢様ー」
「ち、ちょっと離しなさいよ! わたしは紅魔館の館主よ! レミリア・スカーレットよ! 偉いのよ! こんなことして、ただですむと思ってるの!?」
じたばた暴れるレミリアを抱えて、小悪魔がてくてくとパチュリーの元に歩いていく。
「大丈夫よ、レミィ。この実験に付き合ってくれるだけでいいの」
「いやだから! それに付き合いたくないから逃げようとしたんでしょ!?」
「あなたのサイズに合わせて、全部、寸法を測ったの。小悪魔の裁縫の腕は素晴らしいわ」
「お褒めにあずかり恐縮です」
「それから、きちんと小道具も用意したわ。さあ、レミィ。伝説の戦士になりましょう」
「いやぁぁぁぁぁっ! そんなのになりたくないぃぃぃぃぃぃっ!」
「……結局、逃げられないのね」
「ふむ。なかなか似合うわね」
「パチェ……後で覚えてなさいよ……」
研究家肌の奴はこれだから、とため息一つ。
得てして、こういうタイプの連中は、一つの物事に目がいくとそれ以外を一切顧みないというタチの悪い性格をしている。もちろん、それを自覚しているはずもないのだ。彼女らは。だから、何度でも同じ事をしでかしてくれる。
「はい、どうぞ、レミリアお嬢様。小道具です」
「何このステッキ……」
「かわいいステッキは必須アイテムよ」
「さいですか……」
もはやコメントする気も起きなかった。
さて、そのレミリアの格好であるが。
妙に丈の短い上着。袖の長さは手元まで。そして下は、やたらと短いフリルたっぷりのスカート。靴下ではなくストッキングを装備し、靴は、何だかうさぎのような形をした愛らしい代物だった。化粧を施し、イヤリングやネックレスなどの小物を装着。さらに手元にはくるくる回る星のオブジェのついたステッキという、実に『魔法少女』な格好に化けていたりする。
「魔法少女吸血鬼、ヴァンパイアレミリアちゃん、というのはどうかしら」
「それだとよくわからないので、魔法の吸血鬼、ヴァンパイアレミちゃん、のがいいと思います」
「なるほど。さすが小悪魔ね」
「ほめてもらえると嬉しいですー」
「……をーい」
「さて、それじゃ。ヴァンパイアレミちゃん」
「ちょっと待て!」
「まずは決めポーズからお願いするわ。
こう、左足をその角度に……。で、体の向きはこう……、手はこの位置で……」
演技指導なども入りながら、『魔法の吸血鬼』が、いよいよ現実味を帯びた姿へと変化してくる。これぞ、伝説の復活ね、などとパチュリーは思っていた。そんでもってレミリアは泣いていた。
「こんな感じかしら。
じゃ、決めゼリフ」
「……うぐ……」
「レミィ」
「わ、わかったわよ!
こ、この幻想郷を乱す悪い人たちには、このわたし、魔法の吸血鬼、ヴァンパイアレミちゃんがお仕置きしちゃうぞー!」
「……」
「な、何よ、言ったわよ!?」
「……ダメね」
はぁ、とため息尽きつつ、パチュリー。
ぴきっ、とレミリアのこめかみに青筋一つ。
まぁ、そりゃそうだろう。恥ずかしさをこらえて、必死でセリフを口に出してみればこの反応だ。むかついて当然である。
「何がダメだっていうの!」
「丸さとかわいさが足りないわ」
「……ま、丸さ?」
「そうよ。つんつんしたとげのあるセリフじゃダメなのよ。聞いている相手が甘ったるい気持ちになるくらい、底抜けにかわいく、丸みを帯びた……って、何? 小悪魔」
「ツンデレ魔法少女というのも萌えると思います」
「なっ……!?」
かっ、とパチュリーが目を見開き、ばさっ、と手にした本を取り落とした。そのまま、ふらふらと後ろに後ずさり、本棚にどすんとぶつかる。
「そ……そんな……! そんな……!
私が……この私が、こんな……そんな最高の可能性を見落としていたなんて!?」
「……をーい……」
「そ、そうね! その通りね、小悪魔! レミィのキャラを考えたら、『かわいい系』よりはむしろツンデレよね!?」
「はい。その通りです、パチュリー様」
「よし! 衣装の変更よ! 服装をゴスロリ系に替えるわ!」
「ははっ!」
「さあ、レミィ! いらっしゃい!」
「ちょっと、目の色が違ってる上に当初の目的がずれまくっているっていうか助けて咲夜ぁぁぁぁぁっ!」
「ああ、へそ出しとぱんちらは必須装備だから。小悪魔、そのスカートだと裾が長すぎるわ」
「何でぱんちらなのよぉっ!」
「何言ってるの。ぱんつ見せないで何を見せるというの。魔法少女が」
「何その『へっ』って笑い方っ!?」
「咲夜さん、私、新しい必殺技を考えてみたんですけど」
「ふぅん。どんなの?」
「まずですね、こう……」
「ふぐっ!?」
いきなり、美鈴が咲夜に抱きついて、その険しい峡谷で彼女の顔をホールドする。
「必殺、双丘拳、ってどうでしょうか?」
「むぐっ! ふぐっ! ふぐぐーっ!」
マジで息が出来ないらしく、じたばた暴れる咲夜。色々ぎりぎりなところで美鈴の魅惑のホールドを逃れて、ぜーはーと息をつく。
「し、死ぬかと思った……」
「どうでしょう?」
「そんな技、誰に使うって言うの!」
「もちろん、咲夜さんだけにですよ」
「……そ……そう……」
笑顔の一言に顔を赤くして、咲夜は、『そ、それじゃ、私、ちょっと用事があるから』とその場を逃げ出した。
別段、特に用事もなかったのだが、さすがにあの場に居続けることは出来なかったのだ。ちなみに、顔を赤くして歩いていくメイド長を見て、回りのメイド達が「メイド長、今日もお熱いですねー」などと茶化している。
さて、そうしてやってきたのは、ヴワル図書館。なぜここかというと、『お嬢様、見なかった?』という問いに返ってきた答えがここだったからである。
「お嬢様ー。どこですかー?」
レミリアに用事もないのだが、とりあえず、彼女に会っておきたかった。理由は……まぁ、言うまでもないだろう。
「お嬢様……」
広い広い図書館の中。
彼女の足が止まる。
「あっちね」
遠くから響いてくる声に歩みを進める。本棚をいくつも越え、何度目かの通路を曲がり――そして、彼女は見た。
「ふ、ふんっ! 別に、あなた達を助けたかったわけじゃなくてよ! 勘違いしないでちょうだい!」
「違う! もっとつんけんとした……だけど、相手への情を隠しきれないような感じで!」
「あら、咲夜さま」
「……小悪魔、これは何?」
「えーっとですねー」
目の前の光景に沈黙する咲夜。
そこでは、何やら黒と白を基調としたフリルたっぷりの可愛らしい衣装に身を包んだレミリアが、ステージの上で跳んだり跳ねたりをしていた。そのたびに、ちらちらと白い布だったりかわいいおへそだったりが見えたりして、色んな意味で愛らしい。そして、ステージの下でびしばしと演技指導をするのはパチュリーだ。手にしているのは台本だろうか。
「伝説の戦士、魔法の吸血鬼ヴァンパイアレミちゃんの復活です」
「……魔法……の?」
「はい。幻想郷最強と言われる、魔法少女の再臨です」
「……」
沈黙する咲夜。
その時、おもむろに、レミリアが咲夜に気づいた。彼女の顔がまず硬直し、徐々にそれが赤く染まり、変な汗も噴き出してきて――、
「ちっ、違うの! 違うのよ、咲夜! こ、これは……!」
「あら、咲夜じゃない」
「違うの! 断じて違うの! わたしにこんな趣味はないのよ、お願い信じて咲夜ぁぁぁぁっ!」
後半からちょっぴり楽しくなってきていたレミリアは、必死に弁解をする。
しかし、返ってきた答えは、彼女の予想を大きく裏切っていた。
「……左様ですか、お嬢様」
「……へっ?」
「それはつまり、私への挑戦なのですね」
「……ち……挑戦?」
「この、幻想郷で唯一と言われた魔法のメイド『まじかる☆咲夜ちゃん』に対する挑戦状、確かに受け取りました!」
「ち、ちょっと待って! 何その魔法のメイドって! まじかる何たらって、そもそも一体……!」
「お嬢様、問答無用! 魔法少女の世界において、一つの挑戦はすなわち絶対! 故に、私も今だけはあなた様を全身全霊をもって叩きのめさせて頂きます!」
「いやだからちょっとぉぉぉぉぉっ!?」
よくわからない話の展開の元、メイド長が懐から何かを取り出した。普段なら、その手の先にはナイフが握られているのだが、今回、そこにあるのはレミリアのものとよく似た、俗に言う魔女っ娘ステッキ。
「なっ……!? 何だってぇぇぇぇぇぇっ!?
ま、まさか、咲夜……! あなたなの……!? あなたが、まさか、幻想郷の生きる伝説だったというのっ!?」
「いやだから! わたしにわからないところで当然のように驚かないでよパチェっ!」
「へーんしーん!」
何やら場が混沌としてきた。それを当然のように眺める小悪魔と、なぜか戦慄するパチュリー。そして、光に包まれ、やたら少女趣味な衣装になって再臨する咲夜。
「魔法のメイド、まじかる☆咲夜ちゃん♪ 幻想郷の平和は私が護っちゃうぞっ☆」
「さ、咲夜……あなた……そういうのが趣味だったの……?」
「趣味? ふふっ……お嬢様、それは違います。これは、私の命です!
さあ、勝負です、お嬢様! 真の魔法少女はどちらか、その座をかけてっ!」
「……ふっ、どうやら、雌雄を決する時が来てしまったようね。
さあ、レミィ! ヴァンパイアレミちゃんに変身してっ!」
「出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「――という騒動が紅魔館で起きたらしいぜ、霊夢」
「また壮絶ねぇ。っていうか、何であんたはそれを知ってるの?」
「フランに教えてもらった。
しかし……」
「ん?」
「……どうやら、またあの戦いの日々が来るようだな……」
「戦い……って?」
「魔法少女オブ魔法少女を決定する、魔法少女による伝説の戦いさ……。……霊夢、私は、お前にもう二度と会えなくなるかもしれない。私のこと……忘れないでくれよな」
「……へっ?」
「私も魔法少女の一人として、この戦い、必ず勝つっ!」
「……えーっと……」
何やら熱い誓いをして、飛び立っていく友人の背中を見送り。
巫女はぽつりとつぶやいた。
「幻想郷……広いなぁ……」
「まじかる☆咲夜ちゃんあたーっく!」
「レミィ、ヴァンパイアレミちゃんスマッシュよ!」
「そんな奥義があるわけないでしょがぁぁぁぁぁっ! って、咲夜、ちょっとあなたマジでしょ!? 今頬をかすめたわよ何かナイフがってナイフ投げる魔法少女ってありなのぉぉぉぉぉっ!?」
ありです。だって金棒持った天使がいるじゃないですか、お嬢様。
そんな子だから、たとえわがままたっぷりでも許されます。誰だって、『むきーっ』やってる子供を見たら微笑ましくなりますよね?
さて。
お子様故に、似合うこともあると思うのです。
「あら、レミリアお嬢様。珍しいですね」
今日も一日、図書館の図書整理に奔走する小悪魔の視線が向いた先には、この館――紅魔館の主人、レミリア・スカーレットの姿。彼女は、何やら、じっと本棚を眺めていた。
「あら」
「何か本をお探しですか?」
「そういうわけでもないのだけど。退屈だから、たまたま、足を運んでみただけよ」
「左様ですか。
それでは、こちらの本などはいかがでしょう。先日、手に入れたばかりのものですが」
「ありがとう。でも、それはまた次の機会にね」
渡された、小さな文庫本サイズのそれを手に取り、小脇に抱えながら、レミリア。
「パチェはいるかしら」
「パチュリー様は、半分以上、この中にこもって生活しているようなものですから」
「今流行の、引きこもり、というやつね」
「まぁ、そうですね」
その言葉に対するイメージをどのように持っているのか。全く、何の臆面もなく口にするお嬢様とそれをストレートに肯定する小悪魔。天然さんを相手にすると、下手な言葉を口にすることが出来ないから怖いという典型のような光景である。
「こちらです」
「案内してくれるの。ありがとう」
「いえいえ。
ああ、足下、気をつけてくださいね。先日、パチュリー様が召喚した、何かよくわからない生物が逃げ出したままになってますので」
「……何かよくわからない生物……って?」
「あまり聞かない方がいいですよ」
「いや、あの……」
紅魔館を化け物屋敷にして欲しくないなぁ、などと思いながら足を伸ばして――ぐにょり、という感触。
「ひっ!?」
「あ、いましたね。ようやく見つけましたよー」
そこにいたのは、何だかよくわからないボール型の物体。その表面上に、びっしりとついている濁った緑色の瞳がレミリアを見つめ、次の瞬間、それががぱっと開いてげらげらと笑い出す。
「何でこう、奇妙なものを……」
「とりゃーっ! 逃がしませんよー!」
思いっきりホラーチックな光景なのに、全く緊張感のないのが、実にこの二人らしかった。
「パチュリー様ー。レミリアお嬢様をお連れしましたー」
「あら、レミィ。
……どうしたのかしら、その格好」
「それはまず、こっちの質問に答えてもらってからね」
こめかみ引きつらせ、レミリア。
ふぅ、とため息を一つついてから、
「……アレは何」
「アレ?」
「先日、パチュリー様が召喚した、よくわからない生物のことです」
「ああ。見つけたの?」
「はい。つい先ほど。捕まえて、魔法結界の中に放り込んでおきました」
「捕まえた瞬間、変な粘液かけられたんだけど……」
「ああ。だから、そんなに全身べたべたなのね、レミィ」
その通り。
顔から髪からお洋服から。
とにかく、何かよくわからない謎の粘液でべったりと汚れているのである。そんなレミリアを見て、大きな机に椅子を引き出してきてついていたパチュリーは、目元のメガネをくっと上げて、
「なかなか似合うわね」
「似合ってたまるものですか! このお洋服、気に入っているのよ!」
「同じもの、何着も持っているじゃない」
「そう言う問題ではなくて! 奇妙なもので紅魔館を飾らないでちょうだい!」
「次からは気をつけておくわ。
あと、レミィ。その格好で人前には出ない方がいいわよ。鼻血出すか、逆に飛びかかってくるか、そのどっちかだろうから」
「……何で?」
「かけられた後は燃えるわ」
意味がわからなかった。
首をかしげるレミリアに、横から小悪魔が『どうぞ』と、どこに持っていたのだか、タオルを差し出してくる。しかし、粘液べたべたがそれで取れるはずもなく、結局、不夜城レッドを発動させて強制的に消滅させてから、改めて。
「全く。
たまに足を運ぶといいことがないわ。毎回のように」
「そう」
「魔境にしないでちょうだい。この館はわたしのものよ」
「考えておくわ。魔理沙撃退用のグッズを集めるのも、なかなか忙しいから」
「いい加減、あいつも、真正面から頭を下げると言うことを覚えて欲しいものだけど」
「バカの一つ覚え、というのも悪くはないわ。彼女の場合は特にね」
「やれやれ」
ひょいと肩をすくめ、レミリアが机の上に腰を下ろした。
「レミィ、お行儀が悪いわよ」
「客人が来たのに、椅子の一つも出さない自分の態度を改めなさいな」
「全く。傍若無人ね」
「ふふっ。それはわたしにとってのほめ言葉よ」
反省しない子ね、とパチュリー。
それはそうと。
そう言わんばかりに、レミリアがパチュリーに視線をやる。
「何を見ているの?」
「とある魔法の本よ」
「面白いかしら」
「面白いと言うよりは興味深いわね。特に、私のように、日がな知識と技術を集積させることに人生を費やす探求者にとっては」
「どんな本なの?」
「伝説の戦士を復活させるための本」
……はい? と。
その単語の意味がわからず、レミリアが首をかしげた。
無言で、パチュリーはぱちんと右手の指を鳴らす。すると、これまたどこに控えてあったのか、小悪魔が、巨大なドレッサーをごろがらごろがらと転がしながらやってくる。
「……それ……何?」
「かつて、この幻想郷には伝説があったわ」
「いや、そりゃ、あるだろうけど……」
「数多の戦場を越えて不敗。ただの一度も膝をつくことなく、全ての敵を殲滅してきたその戦士は、まさに絶対の象徴として伝説の中に語られていたの。
彼女が通った後に残ったのは、彼女に敵対したものの屍と、彼女を讃えるもの達の瞳だったと言われているわ」
ああ、女性なのね。
そんなどうでもいいことを考えながら、立ち上がったパチュリーに視線を注ぐ。その、細いが、内に秘めたパワー(色んな意味で)はものすごい彼女は、両手をドレッサーにかける。
「私は研究した。その伝説を復活させる手段を。
そして、ようやく、それは一冊の本を手に入れたことで解決されたわ。答えが、これよ!」
ばぁんっ、と開けられたそれの向こうには。
――まぁ、一言で言おう。
どこからどう見ても、可愛らしいだけのお洋服がたくさん並んでいた。
「……えーっと……パチュリーさん……それは何でしょう……」
思わず、セリフも敬語になる。
「見ての通り、伝説の戦士の身を包んでいたと言われる衣装よ」
「いや……あの……その……きらびやかだったりふりふりだったりするのが……?」
「そうよ」
「……どんな戦士なのよ」
「魔法少女」
「……」
「魔女っ娘ともいうわね」
「わたし用事を思い出したわそれじゃねパチェ晩ご飯は咲夜が腕によりをかけるらしいからきっと美味しいわよああフランは何してるかしら遊んであげないとそれじゃわたしはこれで」
声と顔を引きつらせ、棒読みで適当な理由をでっち上げると、レミリアは速攻で踵を返して逃げ出そうとする。だが、そうは問屋が卸さない。神速すら超えた小悪魔が、がしぃっ、と後ろからレミリアを羽交い締めにした。
「逃がしませんよー、レミリアお嬢様ー」
「ち、ちょっと離しなさいよ! わたしは紅魔館の館主よ! レミリア・スカーレットよ! 偉いのよ! こんなことして、ただですむと思ってるの!?」
じたばた暴れるレミリアを抱えて、小悪魔がてくてくとパチュリーの元に歩いていく。
「大丈夫よ、レミィ。この実験に付き合ってくれるだけでいいの」
「いやだから! それに付き合いたくないから逃げようとしたんでしょ!?」
「あなたのサイズに合わせて、全部、寸法を測ったの。小悪魔の裁縫の腕は素晴らしいわ」
「お褒めにあずかり恐縮です」
「それから、きちんと小道具も用意したわ。さあ、レミィ。伝説の戦士になりましょう」
「いやぁぁぁぁぁっ! そんなのになりたくないぃぃぃぃぃぃっ!」
「……結局、逃げられないのね」
「ふむ。なかなか似合うわね」
「パチェ……後で覚えてなさいよ……」
研究家肌の奴はこれだから、とため息一つ。
得てして、こういうタイプの連中は、一つの物事に目がいくとそれ以外を一切顧みないというタチの悪い性格をしている。もちろん、それを自覚しているはずもないのだ。彼女らは。だから、何度でも同じ事をしでかしてくれる。
「はい、どうぞ、レミリアお嬢様。小道具です」
「何このステッキ……」
「かわいいステッキは必須アイテムよ」
「さいですか……」
もはやコメントする気も起きなかった。
さて、そのレミリアの格好であるが。
妙に丈の短い上着。袖の長さは手元まで。そして下は、やたらと短いフリルたっぷりのスカート。靴下ではなくストッキングを装備し、靴は、何だかうさぎのような形をした愛らしい代物だった。化粧を施し、イヤリングやネックレスなどの小物を装着。さらに手元にはくるくる回る星のオブジェのついたステッキという、実に『魔法少女』な格好に化けていたりする。
「魔法少女吸血鬼、ヴァンパイアレミリアちゃん、というのはどうかしら」
「それだとよくわからないので、魔法の吸血鬼、ヴァンパイアレミちゃん、のがいいと思います」
「なるほど。さすが小悪魔ね」
「ほめてもらえると嬉しいですー」
「……をーい」
「さて、それじゃ。ヴァンパイアレミちゃん」
「ちょっと待て!」
「まずは決めポーズからお願いするわ。
こう、左足をその角度に……。で、体の向きはこう……、手はこの位置で……」
演技指導なども入りながら、『魔法の吸血鬼』が、いよいよ現実味を帯びた姿へと変化してくる。これぞ、伝説の復活ね、などとパチュリーは思っていた。そんでもってレミリアは泣いていた。
「こんな感じかしら。
じゃ、決めゼリフ」
「……うぐ……」
「レミィ」
「わ、わかったわよ!
こ、この幻想郷を乱す悪い人たちには、このわたし、魔法の吸血鬼、ヴァンパイアレミちゃんがお仕置きしちゃうぞー!」
「……」
「な、何よ、言ったわよ!?」
「……ダメね」
はぁ、とため息尽きつつ、パチュリー。
ぴきっ、とレミリアのこめかみに青筋一つ。
まぁ、そりゃそうだろう。恥ずかしさをこらえて、必死でセリフを口に出してみればこの反応だ。むかついて当然である。
「何がダメだっていうの!」
「丸さとかわいさが足りないわ」
「……ま、丸さ?」
「そうよ。つんつんしたとげのあるセリフじゃダメなのよ。聞いている相手が甘ったるい気持ちになるくらい、底抜けにかわいく、丸みを帯びた……って、何? 小悪魔」
「ツンデレ魔法少女というのも萌えると思います」
「なっ……!?」
かっ、とパチュリーが目を見開き、ばさっ、と手にした本を取り落とした。そのまま、ふらふらと後ろに後ずさり、本棚にどすんとぶつかる。
「そ……そんな……! そんな……!
私が……この私が、こんな……そんな最高の可能性を見落としていたなんて!?」
「……をーい……」
「そ、そうね! その通りね、小悪魔! レミィのキャラを考えたら、『かわいい系』よりはむしろツンデレよね!?」
「はい。その通りです、パチュリー様」
「よし! 衣装の変更よ! 服装をゴスロリ系に替えるわ!」
「ははっ!」
「さあ、レミィ! いらっしゃい!」
「ちょっと、目の色が違ってる上に当初の目的がずれまくっているっていうか助けて咲夜ぁぁぁぁぁっ!」
「ああ、へそ出しとぱんちらは必須装備だから。小悪魔、そのスカートだと裾が長すぎるわ」
「何でぱんちらなのよぉっ!」
「何言ってるの。ぱんつ見せないで何を見せるというの。魔法少女が」
「何その『へっ』って笑い方っ!?」
「咲夜さん、私、新しい必殺技を考えてみたんですけど」
「ふぅん。どんなの?」
「まずですね、こう……」
「ふぐっ!?」
いきなり、美鈴が咲夜に抱きついて、その険しい峡谷で彼女の顔をホールドする。
「必殺、双丘拳、ってどうでしょうか?」
「むぐっ! ふぐっ! ふぐぐーっ!」
マジで息が出来ないらしく、じたばた暴れる咲夜。色々ぎりぎりなところで美鈴の魅惑のホールドを逃れて、ぜーはーと息をつく。
「し、死ぬかと思った……」
「どうでしょう?」
「そんな技、誰に使うって言うの!」
「もちろん、咲夜さんだけにですよ」
「……そ……そう……」
笑顔の一言に顔を赤くして、咲夜は、『そ、それじゃ、私、ちょっと用事があるから』とその場を逃げ出した。
別段、特に用事もなかったのだが、さすがにあの場に居続けることは出来なかったのだ。ちなみに、顔を赤くして歩いていくメイド長を見て、回りのメイド達が「メイド長、今日もお熱いですねー」などと茶化している。
さて、そうしてやってきたのは、ヴワル図書館。なぜここかというと、『お嬢様、見なかった?』という問いに返ってきた答えがここだったからである。
「お嬢様ー。どこですかー?」
レミリアに用事もないのだが、とりあえず、彼女に会っておきたかった。理由は……まぁ、言うまでもないだろう。
「お嬢様……」
広い広い図書館の中。
彼女の足が止まる。
「あっちね」
遠くから響いてくる声に歩みを進める。本棚をいくつも越え、何度目かの通路を曲がり――そして、彼女は見た。
「ふ、ふんっ! 別に、あなた達を助けたかったわけじゃなくてよ! 勘違いしないでちょうだい!」
「違う! もっとつんけんとした……だけど、相手への情を隠しきれないような感じで!」
「あら、咲夜さま」
「……小悪魔、これは何?」
「えーっとですねー」
目の前の光景に沈黙する咲夜。
そこでは、何やら黒と白を基調としたフリルたっぷりの可愛らしい衣装に身を包んだレミリアが、ステージの上で跳んだり跳ねたりをしていた。そのたびに、ちらちらと白い布だったりかわいいおへそだったりが見えたりして、色んな意味で愛らしい。そして、ステージの下でびしばしと演技指導をするのはパチュリーだ。手にしているのは台本だろうか。
「伝説の戦士、魔法の吸血鬼ヴァンパイアレミちゃんの復活です」
「……魔法……の?」
「はい。幻想郷最強と言われる、魔法少女の再臨です」
「……」
沈黙する咲夜。
その時、おもむろに、レミリアが咲夜に気づいた。彼女の顔がまず硬直し、徐々にそれが赤く染まり、変な汗も噴き出してきて――、
「ちっ、違うの! 違うのよ、咲夜! こ、これは……!」
「あら、咲夜じゃない」
「違うの! 断じて違うの! わたしにこんな趣味はないのよ、お願い信じて咲夜ぁぁぁぁっ!」
後半からちょっぴり楽しくなってきていたレミリアは、必死に弁解をする。
しかし、返ってきた答えは、彼女の予想を大きく裏切っていた。
「……左様ですか、お嬢様」
「……へっ?」
「それはつまり、私への挑戦なのですね」
「……ち……挑戦?」
「この、幻想郷で唯一と言われた魔法のメイド『まじかる☆咲夜ちゃん』に対する挑戦状、確かに受け取りました!」
「ち、ちょっと待って! 何その魔法のメイドって! まじかる何たらって、そもそも一体……!」
「お嬢様、問答無用! 魔法少女の世界において、一つの挑戦はすなわち絶対! 故に、私も今だけはあなた様を全身全霊をもって叩きのめさせて頂きます!」
「いやだからちょっとぉぉぉぉぉっ!?」
よくわからない話の展開の元、メイド長が懐から何かを取り出した。普段なら、その手の先にはナイフが握られているのだが、今回、そこにあるのはレミリアのものとよく似た、俗に言う魔女っ娘ステッキ。
「なっ……!? 何だってぇぇぇぇぇぇっ!?
ま、まさか、咲夜……! あなたなの……!? あなたが、まさか、幻想郷の生きる伝説だったというのっ!?」
「いやだから! わたしにわからないところで当然のように驚かないでよパチェっ!」
「へーんしーん!」
何やら場が混沌としてきた。それを当然のように眺める小悪魔と、なぜか戦慄するパチュリー。そして、光に包まれ、やたら少女趣味な衣装になって再臨する咲夜。
「魔法のメイド、まじかる☆咲夜ちゃん♪ 幻想郷の平和は私が護っちゃうぞっ☆」
「さ、咲夜……あなた……そういうのが趣味だったの……?」
「趣味? ふふっ……お嬢様、それは違います。これは、私の命です!
さあ、勝負です、お嬢様! 真の魔法少女はどちらか、その座をかけてっ!」
「……ふっ、どうやら、雌雄を決する時が来てしまったようね。
さあ、レミィ! ヴァンパイアレミちゃんに変身してっ!」
「出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「――という騒動が紅魔館で起きたらしいぜ、霊夢」
「また壮絶ねぇ。っていうか、何であんたはそれを知ってるの?」
「フランに教えてもらった。
しかし……」
「ん?」
「……どうやら、またあの戦いの日々が来るようだな……」
「戦い……って?」
「魔法少女オブ魔法少女を決定する、魔法少女による伝説の戦いさ……。……霊夢、私は、お前にもう二度と会えなくなるかもしれない。私のこと……忘れないでくれよな」
「……へっ?」
「私も魔法少女の一人として、この戦い、必ず勝つっ!」
「……えーっと……」
何やら熱い誓いをして、飛び立っていく友人の背中を見送り。
巫女はぽつりとつぶやいた。
「幻想郷……広いなぁ……」
「まじかる☆咲夜ちゃんあたーっく!」
「レミィ、ヴァンパイアレミちゃんスマッシュよ!」
「そんな奥義があるわけないでしょがぁぁぁぁぁっ! って、咲夜、ちょっとあなたマジでしょ!? 今頬をかすめたわよ何かナイフがってナイフ投げる魔法少女ってありなのぉぉぉぉぉっ!?」
ありです。だって金棒持った天使がいるじゃないですか、お嬢様。
多分
以前に違う作品で誰かが「魔法少女って響きが……えっちですよね」と言ったことを思い出した。
あぁ、納得
によによ変な笑みを浮かべながらやってきて最後で盛大に吹いた。
キタキタキタキタヨおおおおおおお!
魔女っ娘対決とはとはとはあああ! 氏さすがですよ!
しかもついに主従魔女っ娘対決ですか!
でも個人的にはレミリアとフランの姉妹魔女っ娘ものとか次を期待してたんですが!
姉妹そろってポーズ決めるところをおおおお!
あと、さりげなくダメダメっぷりを全開にしてる小悪魔さんも良いですね。
これはいい魔法少女大決戦ですね!1(何
harukaさんは判っておられる……(感涙
魔法の吸血鬼 ヴァンパイア☆レミちゃんがうpされました
みんな、仕事早ぇーーwwwwwwwwwwwwwwwww
私を萌え殺すつもりかw
魔法だと、魔法だと思いますスパチュリー様……!