鈴仙・優曇華院・イナバは、陽光と雀の鳴き声で目が覚めた。
そして。
目が覚めたら尻があった。
あれ?
頭の奥でガンガンと銅鑼が鳴らされている。
頭痛が痛い、と素で考えてしまうほど、まともに頭脳が働いていない。
体が重い。まともに動かせない。
掌や足指は動かせるが、体はまるで重しが乗せられたかのように固定されている。
そして目の前には尻。
尻。
尻である。
きちんと毛の手入れもされ、つるつるのぷりぷりが、こう、目の前に。
時折ふりふりと微かに揺れたり、菊の花が呼吸するかのようにぱくぱくしていたり。
エロいなあ、とか、どんなニオイがするんだろうか、とか、益体もない考えが浮かんでは消えて只今絶賛混乱中。
んで。
コレは一体誰の尻だろうか。
そして。
一体何が起こったのだろうか。
なんというか、美味しそうなお尻をなんとか意識の端に追いやって。
昨晩何があったのか必死に思い出す。
ちなみに。
下半身が妙にスースーしている気がするが。
確認できないので今は考えないようにした。
……何があったんだろう? マジで。
「……そういえば、昨晩は師匠がいなかったんだっけ」
離れた村に薬師として赴いて、そのまま歓待を受けるため一泊するとのことだった。
永琳は基本的に家事には関わっていないため、特に永遠亭の運営に支障が来されるわけでもなく、永遠亭はただ永琳がいないだけで、それ以外は特に変わりようのない夜を迎えるはずだった。
はずだった。
自分も師匠から与えられた課題にひたすら取り組んで、あとは夜食でも摘んで寝るかなあ、というところまではいつも通りだった。
「……夜食?」
そうだ。
厨房に夜食を取りに行ったんだ。
そしたら、いつもなら既に灯りが消えてるはずの厨房が明るくて……。
「……それで……確か……てゐが……てゐがいたんだ!」
思い出してきた。
厨房ではてゐが何やらごそごそやっていて、師匠のいない隙に悪さをするつもりなのではないかと疑って――
「――こら! てゐ、何やってるの!?」
「うわひゃあっ!? ……って、鈴仙か。驚かさないで」
「何か悪戯しようとしてたんじゃないの?」
「へ? やだなー。私がそんなことするわけないじゃん」
「嘘つき」
「兎ですからー」
「じゃなくて、明日の材料に何か仕込んだりしてないよね?」
「ひどいなあ。私がそんなことするように見える?」
「昨日もやったじゃない」
「まあそれはそれとして」
「こら」
「いやさ、せっかく永琳がいないんだから、なんというか、鬼の居ぬ間に心の洗濯を、と」
そう言って、てゐがごそごそと取り出したのは。
大吟醸の一升瓶。
「……飲(や)る気なの?」
「兎ですからー。んで、鈴仙もどう?」
「む」
「お酒、嫌いじゃないんでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
「大丈夫だって! 二日酔いでぐでんぐでんになっても、永琳が帰ってくるのは明日の晩だから怒られないって!」
「……かなり飲る気なのね」
「で、どう? 二日酔い付き飲み会。飲らないか?」
「…………」
「それで……てゐと一緒に部屋で飲むことになったんだっけ」
ということは。
この尻はてゐの尻だろうか。
この頭痛は間違いなく二日酔いによるものだろう。
こんなになるまで飲んだということは、それはもう、ぐでんぐでんになったに違いない。
酔った勢いでてゐと巫山戯たことをして、その結果が今のこの状態なのだろうか。
てゐの尻……。
……いや、てゐの尻にしては綺麗すぎる気がする。
てゐはかなりずぼらな方だから、陰毛の手入れもおざなり程度のはずだ。
少なくとも、こんな、卵形でうっすらと、なんてめちゃくちゃ丁寧な手入れをしているとは思えない。
「ってことは……第三者の乱入があった!?」
まだまだ思い出さなければならないことはある模様。
痛む頭を必死に回し、とにかく昨晩の記憶をほじくり返す……!
宴もたけなわとなり、てゐも自分も気分のいいほろ酔い加減。
さーてそれじゃあ一気に潜るかー、と互いのコップを満杯にしたところで、
こう、すぱん、と。
障子が開け放たれた。
「あー! 二人とも何面白そうなことしてるのよ!?
主人を差し置いて飲み会だなんて悪い兎ね」
「ひ、姫!?」
「違うんです! これは鈴仙が無理矢理!」
「てい!」
「――ふぎゃ!? ……今の、名前呼んだんじゃなくて、絶対に掛け声だったよね!?」
「人を最初の発言で売ろうとするのが悪い!」
「飲るかこの!」
「飲らいでか!」
「って、何事もなかったかのように飲むのを再開するな!
私も混ぜなさいーっ! せっかくえーりんがいないんだから、痛飲とかしてみたいのよ!」
あー。確かに師匠はそういうの怒るしなあ。
じゃなくて。
「ひ、姫と私たちが一緒に飲むんですか!?」
「あら。お酒の強さだったら負けないわよ」
「そうじゃなくて、その、畏れ多いというか……」
「……独りのお酒は、美味しくないんだけどなあ……」
「…………う」
「いいじゃん鈴仙。姫が一緒でもいいじゃない!
お酒の席の上ってことで、悪戯しても怒られないしね!」
「そしてアンタは自分の欲求に素直過ぎね」
「……そうだ。姫と一緒に飲むことになったん、だっけ……」
呟きながら、さーっと顔から血の気が引いていく。
えーと。
つまるところ。
この尻って。
要するに。
とあるお方の可能性がめちゃくちゃ高い……!?
「な、な、な、何があったんだっけ!? いやマジでっ!!!」
ガンガンガンと後頭部を畳に叩き付けてみる。
目の奥でチカチカと火花が散る。
これでもかこれでもか、とひたすら後頭部を虐め続けて、ふと、脳裏に浮かんだワンシーン。
目を回したてゐが部屋の片隅で一升瓶を抱えて寝転がっていて。
こう、ハイテンションになって体温も上がり、着ている服を無造作にはだけさせた自分と輝夜。
視界は既にぼんやりしていて、輝夜の瞳もとろんとしている。
「ねー、イナバー。何か面白いことしましょー!」
「あはははははそうですねー姫ー座薬の差しっこなんてどうでしょうかー?」
「いいわねそれー! よっしゃー!」
「はい、これが姫の分ですよー! 負けませんからねー!」
「……逃げよう」
思い出した。
おそらく今の状況は、尻丸出しの輝夜に乗られた、尻丸出しの自分、といった感じだろう。
絶望した。
もう着の身着のまま逃げるしかない。
でも、体は輝夜が上に乗ってるせいで動かせない。
やることもないしこれからの生活に絶望したところで。
とりあえず耳元に転がっていた座薬をなんとかくわえ、目の前の尻に突っ込んでみた。
【完】
(*´Д`)b