私、凄く怒ってます。
それはもう、烈火のごとく。
今の私の頭にヤカンを乗せたら、きっと一瞬でお湯が沸いてしまいます。
ひょっとしたら、お湯どころかヤカン自体溶けてしまうかもしれません。それはもう、ぐにゃぐにゃどろりっと。
あっ。
今、「ちょっと見てみたいかも」って思いましたね?
でもやりませんよ。それをやって、万が一現実になっちゃったら…。
そうしたら髪の毛が大変なことになっちゃいますから。
下手をすると、残る一生を『すきんへっど』で過ごさなきゃいけなくなるかもです。
紅魔館で『ハゲ』という単語は禁句ですよ。いやほんとに。特に咲夜さんの前では絶対に口にしてはいけません。
何かトラウマでもあるみたいです。自殺願望があるのなら、まあ試してみるもいいですけど。
皆さんも、私のこの紅髪が見られなくなるのは嫌ですよね?
紅い髪。
これだけは私の自慢なんです。ご主人様も褒めて下さいました。だから、失うわけにはいかないのです。わかりました?
なーんて、褒められたのは過去一度だけなんですけどね。
はあ……。
「おーい」
なんか呼ばれてます。一体誰なんでしょうか。
「生きてるかー?」
放っといてください。私は壁さんや床さんとお友達なんですから。
どこかの誰かさんみたいに、図書館内で箒を乗り回して、事あるごとに本を持ち出して。
挙句の果てに人を体当たりで轢き潰してくれるような、そんな暴力的な人とは知り合ってませんから。うぅ~。しくしく。
「んー、じゃあこいつはどうだ」
わひゃっ!?
「えいえい」
ちょ、ちょっと!脇腹は、やめ、て………。
「ひゃうぅぅ!」
「お、生きてた」
「何するんですか魔理沙さん!くすぐったいじゃないですか」
私は思わず起き上がって、目の前にいる白と黒の魔法使いに抗議しました。でも当の本人は私の言葉なんか無視して、
「小悪魔の弱点その25、脇腹を突かれるのが駄目、と」
なんて手帳に記入してくれていました。
ゴーイングマイウェイも、ここまで徹底されるとむしろ天晴れです。
これでその矛先が別の人に向いていれば、素直にそう思えるんですけれど。
「25って、私の弱点そんなに多いですかー?」
というか、魔理沙さんにそんなに弱みを握られていたんでしょうか、私?弱点自体はそれくらいありそうですし。
むしろもっとたくさんありそうです。
「ああ、多いな。病弱っ娘な吸血鬼なんかより、よっぽど」
「いや、レミリアお嬢様と比べることが、そもそも間違いですって」
はぁ。なんとなく、ため息です。
「そうか?意外と共通点多いぜ。羽根の形とか」
「そりゃ、大まかな分類では同一種族ということになってますけどね」
なんというか、こう、格が違うんですよ。格が。
「ま、悪魔なんてのはそんなもんだろ」
「知った風な口ぶりですね」
「それが人間の強みだぜ」
同時に弱みでもあるけどな。そう言って、魔理沙さんは笑いました。
「っと、そうそう、小悪魔に訊きたいことがあったんだ」
「あ、はい」
魔理沙さんが私に…。一体何でしょうか?
「パチュリーって、どんなものが好きなんだ?」
「好きなもの、ですか……」
えーっと。
「それってどういう意味での?」
「ああ、今度パチュリーに何か作ってきてやろうと思ってな。いつも世話になりっぱなしだし」
ちょっと待ってください。今何か理解不能なフレーズが聞こえたような気がするんですが。
体調でも悪いんでしょうか。少し心配ですね。
とりあえず額に手を伸ばしてみます。
ぴとっ。
「うわ、何するんだ!」
「熱は無いようですね。魔理沙さん、何か悪いものでも食べました?」
「失礼な!お前は私を何だと思ってるんだ!」
何だとって、それはもちろん……。
「猛々しき盗人?」
私は正直に言いました。やっぱり嘘を吐くのはいけませんよね。
そうしたら、魔理沙さんは引き攣った笑みを浮かべました。
どうしたんでしょうか。最近徹夜続きだったようですし、カルシウム不足?
「まあいい。それよりパチュリーの好物は何だ?」
取り出しかけたミニ八卦炉をしまい込んで、質問を繰り返す魔理沙さん。
どうやら疑問の解決を第一に考えた様子。
「好物………って、食べ物とかでいいですか?」
「そうだな。なるべくなら日持ちするのがいいな」
「注文が多いですね」
私は苦笑しながらご主人様の好みを思い浮かべます。
パチュリー様、気難しいように見えて、あれでなかなか少女らしい面を持ってらっしゃいますから、
甘いものには弱いですね。特にお菓子。
甘いお菓子で、日持ちするとなると………。
「クッキー、なんてどうでしょう?」
「クッキーか」
「ええ。咲夜さんが焼いてきてくれるのを、美味しそうに召し上がっておられますよ」
それはもう、見ているこっちまで幸せになるくらいに。
「咲夜の焼いたクッキーか。美味そうだな」
「凄く美味しいです。私も大好きですよ」
「なるほどな」
そう言って、魔理沙さんは顎に手を当てて思案顔。
「うん、そうだな。そうするか」
少し経って考えがまとまったのか、顔を上げて私に向き直りました。
「助かったぜ、小悪魔。サンキューな」
「いえ、どういたしまして」
「それじゃあ、またな」
「はい」
訊きたいことが訊けてすっきりしたのか、魔理沙さんは箒に乗って颯爽と帰っていきました。
私はしばらく手を振っていましたが、ふとあることに気が付きます。
私、激怒してませんでしたっけ?
「………………」
まあ、いいか。
そんなことがあった数日後。
「小悪魔―」
パチュリー様が呼んでます。どうしたんでしょう?
「はいは~い」
私は返事をして、飛んで行きました。
パチュリー様は普段と変わらず、机で本を読んでいらっしゃいます。
その普段通りの光景に、ちょっとした違和感を感じました。
「これね、魔理沙から貰ったのよ。良かったら、食べる?」
机の上に置かれた小さな箱。中にはクッキーが結構入っています。
「よろしいんですか?私なんかが頂いても」
私の頭に、先日の会話が甦ります。これは魔理沙さんがパチュリー様の為に作ってきた物ですから、
私が頂くのは筋違いというのでは?
「いいのよ。どうせ私一人じゃ食べきれないし。せっかく作ってきてくれたのに、残してしまっては悪いでしょ」
「そういうことなら」
少し残った遠慮と一緒に、クッキーを一つ口に運びます。サクッとした食感と共に、口の中に広がる心地よい甘さ。
「美味しい」
「でしょ?」
思わず洩らした呟きは、しっかりパチュリー様に聞かれていました。
そんなこんなでしばらく二人で紅茶を楽しみながらクッキーをつまんでいると、
「さて、と」
なんておっしゃって、パチュリー様が席を立ちました。
「ちょっと奥まで本を取りに行ってこよう」
「あ、ご一緒します」
「いいわ、来なくても」
私もつられて立ち上がると、何故かパチュリー様に止められてしまいました。
「残りは貴女のもの。ゆっくり食べて頂戴」
更には、そんな驚愕するようなお言葉まで。
「え?あの……?」
唐突な展開に混乱気味の私を無視して、書斎の扉に手をかけるパチュリー様。
「あ、そうそう」
そこでくるりと振り返り、去り際に一言。
『いつもご苦労様。疲れた身体には甘いものがいいんだぜ』
魔理沙からの伝言、確かに伝えたから。そう言い残して、パチュリー様は部屋を出て行かれました。
後に残された私は、クッキーの箱を眺めてみます。
流石にここまでお膳立てされれば、いくら鈍感な私でもわかりますよ、パチュリー様。
「魔理沙さんも、多少は私のこと、気に留めていてくれたんですね」
なんとなく、幸せな気分になりました。
「ありがとうございます、魔理沙さん」
心の中に、感謝の念が浮かんできます。今夜は、魔理沙さんの夢が見られそうですね。
結局、私はパチュリー様が戻ってくるまで呆けてしまいました。
穏やかな日差しと、そよぐ風。
そんな春の日の、これはちょっとした出来事のお話でした。
それはもう、烈火のごとく。
今の私の頭にヤカンを乗せたら、きっと一瞬でお湯が沸いてしまいます。
ひょっとしたら、お湯どころかヤカン自体溶けてしまうかもしれません。それはもう、ぐにゃぐにゃどろりっと。
あっ。
今、「ちょっと見てみたいかも」って思いましたね?
でもやりませんよ。それをやって、万が一現実になっちゃったら…。
そうしたら髪の毛が大変なことになっちゃいますから。
下手をすると、残る一生を『すきんへっど』で過ごさなきゃいけなくなるかもです。
紅魔館で『ハゲ』という単語は禁句ですよ。いやほんとに。特に咲夜さんの前では絶対に口にしてはいけません。
何かトラウマでもあるみたいです。自殺願望があるのなら、まあ試してみるもいいですけど。
皆さんも、私のこの紅髪が見られなくなるのは嫌ですよね?
紅い髪。
これだけは私の自慢なんです。ご主人様も褒めて下さいました。だから、失うわけにはいかないのです。わかりました?
なーんて、褒められたのは過去一度だけなんですけどね。
はあ……。
「おーい」
なんか呼ばれてます。一体誰なんでしょうか。
「生きてるかー?」
放っといてください。私は壁さんや床さんとお友達なんですから。
どこかの誰かさんみたいに、図書館内で箒を乗り回して、事あるごとに本を持ち出して。
挙句の果てに人を体当たりで轢き潰してくれるような、そんな暴力的な人とは知り合ってませんから。うぅ~。しくしく。
「んー、じゃあこいつはどうだ」
わひゃっ!?
「えいえい」
ちょ、ちょっと!脇腹は、やめ、て………。
「ひゃうぅぅ!」
「お、生きてた」
「何するんですか魔理沙さん!くすぐったいじゃないですか」
私は思わず起き上がって、目の前にいる白と黒の魔法使いに抗議しました。でも当の本人は私の言葉なんか無視して、
「小悪魔の弱点その25、脇腹を突かれるのが駄目、と」
なんて手帳に記入してくれていました。
ゴーイングマイウェイも、ここまで徹底されるとむしろ天晴れです。
これでその矛先が別の人に向いていれば、素直にそう思えるんですけれど。
「25って、私の弱点そんなに多いですかー?」
というか、魔理沙さんにそんなに弱みを握られていたんでしょうか、私?弱点自体はそれくらいありそうですし。
むしろもっとたくさんありそうです。
「ああ、多いな。病弱っ娘な吸血鬼なんかより、よっぽど」
「いや、レミリアお嬢様と比べることが、そもそも間違いですって」
はぁ。なんとなく、ため息です。
「そうか?意外と共通点多いぜ。羽根の形とか」
「そりゃ、大まかな分類では同一種族ということになってますけどね」
なんというか、こう、格が違うんですよ。格が。
「ま、悪魔なんてのはそんなもんだろ」
「知った風な口ぶりですね」
「それが人間の強みだぜ」
同時に弱みでもあるけどな。そう言って、魔理沙さんは笑いました。
「っと、そうそう、小悪魔に訊きたいことがあったんだ」
「あ、はい」
魔理沙さんが私に…。一体何でしょうか?
「パチュリーって、どんなものが好きなんだ?」
「好きなもの、ですか……」
えーっと。
「それってどういう意味での?」
「ああ、今度パチュリーに何か作ってきてやろうと思ってな。いつも世話になりっぱなしだし」
ちょっと待ってください。今何か理解不能なフレーズが聞こえたような気がするんですが。
体調でも悪いんでしょうか。少し心配ですね。
とりあえず額に手を伸ばしてみます。
ぴとっ。
「うわ、何するんだ!」
「熱は無いようですね。魔理沙さん、何か悪いものでも食べました?」
「失礼な!お前は私を何だと思ってるんだ!」
何だとって、それはもちろん……。
「猛々しき盗人?」
私は正直に言いました。やっぱり嘘を吐くのはいけませんよね。
そうしたら、魔理沙さんは引き攣った笑みを浮かべました。
どうしたんでしょうか。最近徹夜続きだったようですし、カルシウム不足?
「まあいい。それよりパチュリーの好物は何だ?」
取り出しかけたミニ八卦炉をしまい込んで、質問を繰り返す魔理沙さん。
どうやら疑問の解決を第一に考えた様子。
「好物………って、食べ物とかでいいですか?」
「そうだな。なるべくなら日持ちするのがいいな」
「注文が多いですね」
私は苦笑しながらご主人様の好みを思い浮かべます。
パチュリー様、気難しいように見えて、あれでなかなか少女らしい面を持ってらっしゃいますから、
甘いものには弱いですね。特にお菓子。
甘いお菓子で、日持ちするとなると………。
「クッキー、なんてどうでしょう?」
「クッキーか」
「ええ。咲夜さんが焼いてきてくれるのを、美味しそうに召し上がっておられますよ」
それはもう、見ているこっちまで幸せになるくらいに。
「咲夜の焼いたクッキーか。美味そうだな」
「凄く美味しいです。私も大好きですよ」
「なるほどな」
そう言って、魔理沙さんは顎に手を当てて思案顔。
「うん、そうだな。そうするか」
少し経って考えがまとまったのか、顔を上げて私に向き直りました。
「助かったぜ、小悪魔。サンキューな」
「いえ、どういたしまして」
「それじゃあ、またな」
「はい」
訊きたいことが訊けてすっきりしたのか、魔理沙さんは箒に乗って颯爽と帰っていきました。
私はしばらく手を振っていましたが、ふとあることに気が付きます。
私、激怒してませんでしたっけ?
「………………」
まあ、いいか。
そんなことがあった数日後。
「小悪魔―」
パチュリー様が呼んでます。どうしたんでしょう?
「はいは~い」
私は返事をして、飛んで行きました。
パチュリー様は普段と変わらず、机で本を読んでいらっしゃいます。
その普段通りの光景に、ちょっとした違和感を感じました。
「これね、魔理沙から貰ったのよ。良かったら、食べる?」
机の上に置かれた小さな箱。中にはクッキーが結構入っています。
「よろしいんですか?私なんかが頂いても」
私の頭に、先日の会話が甦ります。これは魔理沙さんがパチュリー様の為に作ってきた物ですから、
私が頂くのは筋違いというのでは?
「いいのよ。どうせ私一人じゃ食べきれないし。せっかく作ってきてくれたのに、残してしまっては悪いでしょ」
「そういうことなら」
少し残った遠慮と一緒に、クッキーを一つ口に運びます。サクッとした食感と共に、口の中に広がる心地よい甘さ。
「美味しい」
「でしょ?」
思わず洩らした呟きは、しっかりパチュリー様に聞かれていました。
そんなこんなでしばらく二人で紅茶を楽しみながらクッキーをつまんでいると、
「さて、と」
なんておっしゃって、パチュリー様が席を立ちました。
「ちょっと奥まで本を取りに行ってこよう」
「あ、ご一緒します」
「いいわ、来なくても」
私もつられて立ち上がると、何故かパチュリー様に止められてしまいました。
「残りは貴女のもの。ゆっくり食べて頂戴」
更には、そんな驚愕するようなお言葉まで。
「え?あの……?」
唐突な展開に混乱気味の私を無視して、書斎の扉に手をかけるパチュリー様。
「あ、そうそう」
そこでくるりと振り返り、去り際に一言。
『いつもご苦労様。疲れた身体には甘いものがいいんだぜ』
魔理沙からの伝言、確かに伝えたから。そう言い残して、パチュリー様は部屋を出て行かれました。
後に残された私は、クッキーの箱を眺めてみます。
流石にここまでお膳立てされれば、いくら鈍感な私でもわかりますよ、パチュリー様。
「魔理沙さんも、多少は私のこと、気に留めていてくれたんですね」
なんとなく、幸せな気分になりました。
「ありがとうございます、魔理沙さん」
心の中に、感謝の念が浮かんできます。今夜は、魔理沙さんの夢が見られそうですね。
結局、私はパチュリー様が戻ってくるまで呆けてしまいました。
穏やかな日差しと、そよぐ風。
そんな春の日の、これはちょっとした出来事のお話でした。
GJです
でも、なんで怒ってたかすぐ忘れてしまう小悪魔は、更に良い♪