Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

へ、へ、へ

2010/03/20 00:20:02
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 なんとも暑い夏の日であった。太陽の光はすさまじいほどの熱気をこめて大地に落ちていき、あちこちで陽炎が立ち上り、貴婦人の日傘が燃えはじめるのも時間の問題であろう。 そんな炎天の下、魔法の森と草原の狭間に位置する香霖堂も例にもれず、陽炎の中にあった。

 店内では、店主の森近が暢気にも鼻歌交じりに商品を陳列している。もちろん灼熱のような暑さの店内であるから、額に汗を流しながら森近は働いているのだ。一方、会計所では魔理沙が氷の入ったタライに足を入れて、手にはうちわという風体でだらけていた。 

「なあ、この店には何か冷えるものはないのか」
魔理沙は言う。窓に吊された風鈴が、ちりんと語尾に重なった。
「君は十分涼しそうじゃないか」
森近はちらりと魔理沙を見て、また商品を並べはじめた。
「それにしても今日は暑いなあ」
そう魔理沙は呟いたきり、やけに静かになった。ちりんという風鈴の音、森から聞こえてくる蝉の声、夏の風物詩がしばらく店内に鳴っていた。

 ふと、それが示し合わせたかのように鳴り止むと、本当に静かになった。

 森近は商品を片手に、何となく魔理沙が気になる。いつもはもっと煩くて、何かとちょっかいをかけてくるのだ。鬱陶しいことこの上ないが、いざ黙ってられると気になるものである。どうしたものか。森近は目線だけ流した。

 誰もいない。森近は振り向いた。会計所には氷の溶けきったタライが放置されて、うちわは台の上に無造作にある。
「あれ……?」
間の抜けた声が思わず出た。森近はひとまず仕事を切り上げて、会計所に向かうと、椅子に白いエプロンだけが座っている。さらにその先、森近の住居へと続く廊下の手前には黒い上着が無造作に捨てられていた。

 神隠しにでもあったか。と冗談交じりに思いつつも、森近はそのひとつひとつを拾っていく。
「うん、間違いなく魔理沙のものだ」
 白いエプロンに黒い上着、どちらともサイズが魔理沙のものである。森近にはそれが分かる。もちろんさっきまでそこに魔理沙がいたのだから当たり前ではあるが、それとは別に、森近は見ただけで物品の特性が分かるという能力を持っている。なので、この断定は想像上の成り行きではなく、明確な根拠から導かれた結論であった。

 廊下の先を見ると、次は紫色のリボンが落ちている。それを拾って足を進めていくと、居間に黒いスカートがやはり無造作に放られていた。一瞬ためらったものの、森近はそれも手に取った。
「ウエストサイズ65か…… ふむ、太ったな」
森近は、はっとして辺りを見渡した。聞かれていればただではすまない。
「いや、大きくなったんだろうな。年月が過ぎるのは早い。うん」
すかさず訂正しつつも辺りを見渡して、何事も起こらないことを確認すると、森近は鏡に映る自分を見つけた。
 女の子の衣服を持って冷や汗をかいている、ただの変態が一人。いやしかし、しかしと森近は思うのだ。手に持っているものはエプロンと上着、スカート、リボン、ここから想像できるのは至極簡単である。想像するだけでつい顔がにやける。森近はつい、空咳をして、
「奇妙な悪戯だ。年頃の子は何を考えているのか分からない。分からないな」
と分別のあることを口にした。そしてまだ何か落ちていないのかと居間を出る。すると森近の視界に再び現れた。下着である。次は躊躇する暇もなく手に取っていた。
「キャミソール……」
 ほとんど重さのないキャミソールを森近は顔に近づけた。
「うん、魔理沙の匂いだな。へ、へ、へ」
 
 気がつけば、いつの間にか森近は自分の部屋の前にまできていた。最初は店内の椅子、次に廊下、居間、また廊下、そしてこの部屋に行き着いた。誘導されていることに、森近は少なからず気づいてはいた。しかし、実際の動物というのは餌の匂いにつられているときはなかなか気づかないものである。何せ、当の森近もここまできてやっと目的が分かったような気がするのである。

――誘われているのか。

 森近はそう思った。それはあくまで想像上の成り行きから導き出されたものであるが、物品はそろっているのだ。つまり魔理沙が下着一枚なのは事実である。それは森近の両手に抱えられた衣服の重さが物語っている。
「魔理沙、いるんだろう?」
森近はゴール地点だと言わんばかりの扉の前で言う。
「いるよ」
扉の向こうから魔理沙の返事が聞こえた。まるで小悪魔の囁きのようであった。
「どうしてこんなことをするんだい。服があちこちに落ちていたよ」
「いや、だって暑いからさ。脱いだら涼しいかなあって」
森近はなんとなくほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちがした。その気持ちのまま、
「で、どうだい。涼しいかい?」
感情の起伏を表さずにすかしたことを言った。
「まあまあってところだな」
森近の頭の中に、一層はっきりと、ドロワーズ一枚のあられもない魔理沙が浮かんだ。だが、森近は自制する。
「なら、服をここに置いておくよ。僕は店に戻る」
 まだ子供なのだ。と森近は思っている。まだ、少女なのだと。

 それからはまた店に戻って、客もこないまま夜になった。すっかりぬるま湯になっていたタライの水を店前に打って、森近は住居へと戻った。
 
 驚いたことに、まだ魔理沙はいるようだった。部屋の扉の前には未だ、森近の置いた彼女の服が置かれたままであったのだ。しかも、その上にドロワーズが重ねられているという始末。森近は急に胸がざわめいた。
「ま、まだいるのかい」
「うん……」
しおらしい声である。魔理沙はずっと待っていたのではないか。と森近は疑うほどに気は動転しはじめて、目が泳いだ。向こうには居間の蝋燭が弱々しく光っている。窓の外は月明かりもない暗闇に染まって、廊下は薄暗い。扉の前には冷たくなった衣服が置かれている……。

 森近は次の言葉を思案して、ただ部屋の前でぼうっと突っ立っていた。この部屋で何が起こったのか分からない。魔理沙は少女から大人の女性へと変貌してしまったようだった。 

 扉の先には一人の女性が自分を待っているのではないか。想像か願望か、それが膨らみはじめると、森近も覚悟を決めるしかなかった。
「もう夜だ。その格好じゃ、寒いだろう……」
はっきりとした口調で、森近は言う。衣服を拾うことは考えなかった。
「寒いわ。とても」
森近はその返事を聞くやいなや、扉に手をかけた。

 その時だった。
 大きなクシャミが扉越しに聞こえた。それもやけに大きくて、本当に寒そうであった。途端に森近の頭の中から女性魔理沙像はうっすらと消えて、いつもの陽気な彼女が浮かんできた。くすりと笑って、森近は扉から手を離す。そして床に置かれている衣服を手に取ると、扉を軽くノックしたのだった。
ロシア小説に散見される「へ、へ、へ」という言葉を目指して物語りを書き始めましたが、結局完成したときにはどこにも挿入する場所がありませんでした。
なので、それっぽいところに納めました。

前回、前々回と感想ありがとうございます。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
なんとも不思議な感じのするお話で面白かったです。
話の雰囲気をぶち壊してしまう希望ですが、
魔理沙視点でのこのお話も読んでみたいですねw
2.奇声を発する程度の能力削除
本当にそれっぽい所に納まりましたねw
もしかして魔理沙は狙ってやってるのかな?
凄い良かったです。
3.ぺ・四潤削除
なにか元ネタみたいのがあるのかな?
一行ごとに霖之助の様に引き込まれて行って気が付いたら終わりを迎えてた。
ただ、無粋な意見ですが、あれ?オチは?って思ってしまって魔理沙の真意が気になるところではあります。
4.削除
物語の元ネタは特にないのですが、「へ、へ、へ」という言葉はロシア小説でよく見られるので、それを書いてみたかったんです。あとがきが少し言葉足らずでした。ごめんなさい。
実際はこの文章のように変態ぽくなくて、
登場人物が僻んでたり自嘲するときに使っているものだったと思います。

魔理沙視点も少しだけ入れれば良かったのかもしれません。その方が真意が分かりやすいのかな。僕は魔理沙の心境について、何も考えていませんでした。

コメントありがとうございました!