「ね、お姉様。30分くらい咲夜を貸してくださらない?」
「いいわよ。なにするの」
午後のティータイムも終わろうか、という頃合い。甘いもので小腹を満たし、ご機嫌なお姉様にお願いをする。
「お庭に出たいの。美鈴から梅の花が咲いたって聞いたからさ」
「あ、この匂いは梅だったのか。私も見たいな、一緒に行きましょうか」
「え、ヤダ」
「何故?!」
がたんっと、お姉様が椅子を倒して立ち上がる。
何をそんなに驚いたのか紅茶のカップも大きな音を立てて置くし、お行儀の悪いこと。
「大きな日傘をさせばいいのよ。別々の傘に入るから先っぽで刺しちゃうの。相合傘しましょう?」
「いやよ。咲夜とデートなんだから」
「なんと?!」
「まぁ」
いつの間にか横に立っている咲夜はわたしの分しか傘を持っていない。お誘いを受けてくれたんだ。
「行こっか」
「はい」
「ちょっおま、待ってよ」
「うるさいな、お姉様とは夜遊びしてるでしょ。昼は人間と遊びたいの。行ってきます」
「ぐう」
咲夜を取られてわたしにも邪険に扱われたお姉様は涙目になって、抱きしめてあげたいくらい可愛らしかった。置いてったけど。
中庭へ向かう途中で寒いねと呟くと、コートとマフラーを持った咲夜が目の前に立ちふさがった。
「お召しください」
「ありがとう」
「カシミアのドロワーズもお持ちしましたが」
「それはいい」
だんっと強く地面に踵を落として、二メートル飛び下がる。
危ない危ない。
あと半歩先に踏み込んでいたら咲夜が設置した『毛糸のドロワーズ強制着衣トラップ』に引っ掛かっていた。
廊下のど真ん中でそれは高難易度過ぎるって。
「暖かいのに」
「わたしのことはいいから咲夜も何か着て来て」
「構いません、ご心配なく」
「デートなんだってば。寒い思いして欲しくない」
「照れますわ」
「いいから早く準備しなよ。止めちゃうよ?」
「大変お待たせ致しました」
「……お帰り。行こっか」
ちぇっ、悲しいくらい情緒が無い人だ。ドアの前で待ち合わせしようかなと思ったのに、ノータイムで戻って来ちゃった。
廊下がふかふかの絨毯からぴかぴかの床になり出口を目の前にする。
ドアノブに手をかけようとする咲夜を止め、ドアを自分で開けて先に出た。勢いよく吹き込んできた冷たい風を全身で受けとめる。
「開けていただくなんて。恐縮ですわ」
「気にしないで、開けたかったの。いい天気だね」
「深夜から朝方までずっと雨でしたから」
「ああ、そうだったね」
眼を細めて日傘の外を眺める。
足元の草は濡れきり、水滴が日の光を反射して眩しい。
「そのお顔、お嬢様によく似ています」
「吸血鬼だから」
「姉妹ゆえですよ」
日傘を開く咲夜を見上げれば、春風程度に暖かい微笑がまとっている。
「咲夜くらいだよ? わたしたちが似てるって言うの」
「他の人の眼は節穴なんでございましょう。お二人を一番見ている私が、そう思います」
む、説得力がある返しだ。
しかもこの言葉に反論すると、それはそのまま忠誠心を問うことになる。
「その、翼の下のほうを掴む仕草も。お嬢様方がお悩みになったときになさいます」
「ぐう。分かった、似てる、似てるって」
流石フルタイムに従者しているだけはある。完敗だった。
「綺麗だね」
「はい」
「いい匂いがする」
「冬が終わる香りです」
「咲夜ったらロマンチックー」
「デートなのでしょう?」
「攻めてくるね」
方便というか、冗談だったのだけど。
ノッてくれてるのか本気なのか、どっちの可能性もあるのが咲夜だ。声色で判別出来ないから困る。
梅の前に並んで立って、傘越しに顔が見えない会話。
「花言葉が良くって」
「梅の、ですか?」
「そう。知ってる?」
「存じ上げません」
「忠義とか、高潔、気品だって」
「まぁ」
「うん。咲夜にぴったりだと思って。見せたくて、連れてきたの」
嬉しいですと言う声は明るい。良かった、喜んでるみたい。
咲きかたが桜よりも地味だけど、逆を言えば慎ましくて。目の前にするとより咲夜みたいだと思う。
「でもさ、花びらの数が少なくて寒そう。そういうとこも咲夜そっくり」
「従者ですので。控えめに咲いているのです」
「こいしも咲夜のこと、食べごたえ無さそうだねって言ってた」
「太ってしまったら大変!」
ああ言えばこう言う。
「もうちょっと強そうになってほしいな」
「難しいかも知れません。甘やかされておりますから」
皮肉無しにはっきり言ったって、こうだ。
誰が甘やかしてなんているか。
美鈴はでっかい身体でぼんやりしてるし、パチュリーは無口に多弁で話難い。
そしてお姉様とわたしのわがまま製造量と手のかかりっぷりはいつだって幻想郷のトップに燦然と輝いている。
おやつと夜更かしはともかく、偏食と朝更かしは改善したいのだけどこれがなかなか難しい。
「恵まれていると思っているのですよ、本当に」
「何に」
「環境に、です」
この職場環境で変なことを言う。気がふれてるとしか思えない。それはわたしのキャラなのに。
「健やかな生き方をして欲しいよ」
「そうさせていただいております」
「どこが? どんな風に」
「そこの梅のようにです」
「痩せっぽちじゃん」
今は五分咲きといったところだけど、満開になったってたいして変わりはしないだろう。
「根本をご覧ください。根が這う地面は揺るがないでしょう。門前に立つ打たれ強い誰かのようです」
「まぁ、そうだね」
言われればまあ確かに。毎日毎日門番をしてくれている美鈴はどっしりしてて地面とか、ううん、大地と言ってもいい力強さがある。
「植物達が病気になれば誰が治すかご存知ですか?」
「パチュリーだよね」
「ええ。その時ばかりは珍しくお庭にまで出て診てくださり、お薬を作ってくれます。
そして私もそうです。パチュリー様は私が風邪をひくと、苦ーいお薬と予防の蘊蓄を沢山沢山くださいます」
「もしかして、咲夜が寝つくまでパチュリーが唱えてるあれ?」
「その後一年は風邪予防に必死になります」
まあそうしたくなるだろう。寝ながらうなされてるもん。
「そして梅の木を覆うように立つお屋敷。紅魔館はお嬢様方です」
「紅いから、じゃないよね」
「はい」
梅から視線を外し館を眺める。
なかなか年期が入ったお家だ。生涯ここで暮らしてきたから五百歳くらいにはなるだろう。
「うーむ。何が似てるんだろう?」
「館と梅との関係をお考えくださいな」
「梅と、館? 梅は館より小さくてお庭に生えている。館は梅より大きくて、お庭に梅が生えている、かな」
「そのとおりでございます」
わ、やった。正解した。難しく考えないほうが当たるもんだね。
「って、いやいやいや、それだけじゃわかんないよ」
日傘を咲夜の手から取って自分で持つ。そうして咲夜の顔を見上げると、館を見つめて酷く優しい顔をしていた。
「館より梅は小さい、それで合っています。梅は私で館はお嬢様方。梅と私はお嬢様方に包まれて生きているのですよ」
「室外に生えてるじゃない」
「では守られていると訂正いたしましょう。糧を与えてくれる妖怪がいて、病気にかかれば診てくださる魔女がいて、先ほどのように、湖より吹く冷たい風から守ってくれる吸血鬼のお傍に置いていただけている。咲夜もこの梅も、幸せものでございます」
「ああ……そういうこと」
ミシリと日傘の木製の柄が軋む。
そんなことで幸せだという咲夜を見ていられなくて、そっと日傘で自分を隠した。
梅みたいに長生きしてねって言いたくて連れて来たのに。
何も言えなくなって、でも伝えたくて握った咲夜の手は冷たかった。
おわるよ
「いいわよ。なにするの」
午後のティータイムも終わろうか、という頃合い。甘いもので小腹を満たし、ご機嫌なお姉様にお願いをする。
「お庭に出たいの。美鈴から梅の花が咲いたって聞いたからさ」
「あ、この匂いは梅だったのか。私も見たいな、一緒に行きましょうか」
「え、ヤダ」
「何故?!」
がたんっと、お姉様が椅子を倒して立ち上がる。
何をそんなに驚いたのか紅茶のカップも大きな音を立てて置くし、お行儀の悪いこと。
「大きな日傘をさせばいいのよ。別々の傘に入るから先っぽで刺しちゃうの。相合傘しましょう?」
「いやよ。咲夜とデートなんだから」
「なんと?!」
「まぁ」
いつの間にか横に立っている咲夜はわたしの分しか傘を持っていない。お誘いを受けてくれたんだ。
「行こっか」
「はい」
「ちょっおま、待ってよ」
「うるさいな、お姉様とは夜遊びしてるでしょ。昼は人間と遊びたいの。行ってきます」
「ぐう」
咲夜を取られてわたしにも邪険に扱われたお姉様は涙目になって、抱きしめてあげたいくらい可愛らしかった。置いてったけど。
中庭へ向かう途中で寒いねと呟くと、コートとマフラーを持った咲夜が目の前に立ちふさがった。
「お召しください」
「ありがとう」
「カシミアのドロワーズもお持ちしましたが」
「それはいい」
だんっと強く地面に踵を落として、二メートル飛び下がる。
危ない危ない。
あと半歩先に踏み込んでいたら咲夜が設置した『毛糸のドロワーズ強制着衣トラップ』に引っ掛かっていた。
廊下のど真ん中でそれは高難易度過ぎるって。
「暖かいのに」
「わたしのことはいいから咲夜も何か着て来て」
「構いません、ご心配なく」
「デートなんだってば。寒い思いして欲しくない」
「照れますわ」
「いいから早く準備しなよ。止めちゃうよ?」
「大変お待たせ致しました」
「……お帰り。行こっか」
ちぇっ、悲しいくらい情緒が無い人だ。ドアの前で待ち合わせしようかなと思ったのに、ノータイムで戻って来ちゃった。
廊下がふかふかの絨毯からぴかぴかの床になり出口を目の前にする。
ドアノブに手をかけようとする咲夜を止め、ドアを自分で開けて先に出た。勢いよく吹き込んできた冷たい風を全身で受けとめる。
「開けていただくなんて。恐縮ですわ」
「気にしないで、開けたかったの。いい天気だね」
「深夜から朝方までずっと雨でしたから」
「ああ、そうだったね」
眼を細めて日傘の外を眺める。
足元の草は濡れきり、水滴が日の光を反射して眩しい。
「そのお顔、お嬢様によく似ています」
「吸血鬼だから」
「姉妹ゆえですよ」
日傘を開く咲夜を見上げれば、春風程度に暖かい微笑がまとっている。
「咲夜くらいだよ? わたしたちが似てるって言うの」
「他の人の眼は節穴なんでございましょう。お二人を一番見ている私が、そう思います」
む、説得力がある返しだ。
しかもこの言葉に反論すると、それはそのまま忠誠心を問うことになる。
「その、翼の下のほうを掴む仕草も。お嬢様方がお悩みになったときになさいます」
「ぐう。分かった、似てる、似てるって」
流石フルタイムに従者しているだけはある。完敗だった。
「綺麗だね」
「はい」
「いい匂いがする」
「冬が終わる香りです」
「咲夜ったらロマンチックー」
「デートなのでしょう?」
「攻めてくるね」
方便というか、冗談だったのだけど。
ノッてくれてるのか本気なのか、どっちの可能性もあるのが咲夜だ。声色で判別出来ないから困る。
梅の前に並んで立って、傘越しに顔が見えない会話。
「花言葉が良くって」
「梅の、ですか?」
「そう。知ってる?」
「存じ上げません」
「忠義とか、高潔、気品だって」
「まぁ」
「うん。咲夜にぴったりだと思って。見せたくて、連れてきたの」
嬉しいですと言う声は明るい。良かった、喜んでるみたい。
咲きかたが桜よりも地味だけど、逆を言えば慎ましくて。目の前にするとより咲夜みたいだと思う。
「でもさ、花びらの数が少なくて寒そう。そういうとこも咲夜そっくり」
「従者ですので。控えめに咲いているのです」
「こいしも咲夜のこと、食べごたえ無さそうだねって言ってた」
「太ってしまったら大変!」
ああ言えばこう言う。
「もうちょっと強そうになってほしいな」
「難しいかも知れません。甘やかされておりますから」
皮肉無しにはっきり言ったって、こうだ。
誰が甘やかしてなんているか。
美鈴はでっかい身体でぼんやりしてるし、パチュリーは無口に多弁で話難い。
そしてお姉様とわたしのわがまま製造量と手のかかりっぷりはいつだって幻想郷のトップに燦然と輝いている。
おやつと夜更かしはともかく、偏食と朝更かしは改善したいのだけどこれがなかなか難しい。
「恵まれていると思っているのですよ、本当に」
「何に」
「環境に、です」
この職場環境で変なことを言う。気がふれてるとしか思えない。それはわたしのキャラなのに。
「健やかな生き方をして欲しいよ」
「そうさせていただいております」
「どこが? どんな風に」
「そこの梅のようにです」
「痩せっぽちじゃん」
今は五分咲きといったところだけど、満開になったってたいして変わりはしないだろう。
「根本をご覧ください。根が這う地面は揺るがないでしょう。門前に立つ打たれ強い誰かのようです」
「まぁ、そうだね」
言われればまあ確かに。毎日毎日門番をしてくれている美鈴はどっしりしてて地面とか、ううん、大地と言ってもいい力強さがある。
「植物達が病気になれば誰が治すかご存知ですか?」
「パチュリーだよね」
「ええ。その時ばかりは珍しくお庭にまで出て診てくださり、お薬を作ってくれます。
そして私もそうです。パチュリー様は私が風邪をひくと、苦ーいお薬と予防の蘊蓄を沢山沢山くださいます」
「もしかして、咲夜が寝つくまでパチュリーが唱えてるあれ?」
「その後一年は風邪予防に必死になります」
まあそうしたくなるだろう。寝ながらうなされてるもん。
「そして梅の木を覆うように立つお屋敷。紅魔館はお嬢様方です」
「紅いから、じゃないよね」
「はい」
梅から視線を外し館を眺める。
なかなか年期が入ったお家だ。生涯ここで暮らしてきたから五百歳くらいにはなるだろう。
「うーむ。何が似てるんだろう?」
「館と梅との関係をお考えくださいな」
「梅と、館? 梅は館より小さくてお庭に生えている。館は梅より大きくて、お庭に梅が生えている、かな」
「そのとおりでございます」
わ、やった。正解した。難しく考えないほうが当たるもんだね。
「って、いやいやいや、それだけじゃわかんないよ」
日傘を咲夜の手から取って自分で持つ。そうして咲夜の顔を見上げると、館を見つめて酷く優しい顔をしていた。
「館より梅は小さい、それで合っています。梅は私で館はお嬢様方。梅と私はお嬢様方に包まれて生きているのですよ」
「室外に生えてるじゃない」
「では守られていると訂正いたしましょう。糧を与えてくれる妖怪がいて、病気にかかれば診てくださる魔女がいて、先ほどのように、湖より吹く冷たい風から守ってくれる吸血鬼のお傍に置いていただけている。咲夜もこの梅も、幸せものでございます」
「ああ……そういうこと」
ミシリと日傘の木製の柄が軋む。
そんなことで幸せだという咲夜を見ていられなくて、そっと日傘で自分を隠した。
梅みたいに長生きしてねって言いたくて連れて来たのに。
何も言えなくなって、でも伝えたくて握った咲夜の手は冷たかった。
おわるよ
咲フラも我がジャスティスに加わりました!
興奮してどうにかなっちゃいそうですよ!
咲フラ万歳!!!
咲夜さんのものになってもふらんちゃんが幸せになってくれるのが俺の幸せなんだぁっ!!!
後書きでもうどうにかなっちゃいそうです。
トラップは毛糸のドロワーズを穿かせるだけなのか、それとも穿き替えさせるものなのか。これは非常に大きな問題である。
しかしあなたの咲フラは雰囲気が良いおかげかほとんど忌避感無く読めます。素晴らしい。
情緒の表現がこれほど巧みな作品を見たのは久しぶりな気がします。
梅のように長生きして欲しいと伝えたかったのに、早死しそうな毎日を幸せと言って気づかない咲夜と、そうさせてしまっている館に似た自分を重ねて切ない文章。
文末の「おわるよ」まで含めて泣きそうになりました。
私の解釈なので間違えてるかもしれませんがw
長文失礼しました!