喩えるなら――
中学生が学校を終えて帰ってみると、隠していたえっちな本を机の上に整然と並べられていたような、そんな気持ち。
アリスもたまには魔理沙の家に足を運ぶことがある。
本当は自分のテリトリーである家が一番落ち着くし、魔理沙のほうが行動力があるから、彼女に来てもらうほうがいいに決まっている。
けれど、ほんの気まぐれで時々は魔理沙の家にお邪魔しようという気持ちになるときもあるのだ。
なぜだろう。
おそらくは素粒子が半減するようなそんな曖昧な確率論的な話なのだろう。
自分の気持ちに優先順位というほどの順番があるわけでもない。
つまり――本当に気まぐれという話で。
魔理沙がアリスの家に来たときには、豪勢ではないにしろ普通レベルのご飯を振舞うことがある。きのこばっかりの料理よりよっぽどおいしくて栄養の偏りのない料理。ひそかに食生活を是正しようという努力に裏打ちされたそんな愛情料理である。
その逆にアリスが魔理沙の家に来た時は、ほとんどの場合は何もしてくれない。ただ談話するだけの場合が圧倒的に多い。しかも、パチュリーとの会話のように専門的なことを言うでもなし、本当にただの少女っぽい会話である。どこそこのあんみつがおいしかっただの。こーりんがどうだの。霊夢が最近ちょっと太っただの。そんな他愛のない話をする。不思議とアリスもそういう話が嫌いではない。ときどきは無駄なことをしたくなるのが、人間に限らず知性を有する者の不思議さということなのだろうか。
ともあれ今日の魔理沙は一味違った。たまにはご飯を振舞おうとしてくれるらしい。
稀有なことであるが、それもまた気まぐれというやつなのかもしれない。
いま、魔理沙は台所で八卦路を使ってきのこ料理を作っている。ふふんふふんと機嫌よく鍋をこねくりまわしている。
四苦八苦というわけではなく手馴れた手つきではあるものの、材料が材料だけにアリスは少しだけそわそわしてしまう。
ちらちらと魔理沙の方を見て、問題がないか確認する。
まあ――、さほど問題はないようだ。きのこの知識では人後に落ちないという噂の魔理沙である。毒きのこを混ぜるような愚は犯すまい。
「それにしても雑然としてるわね」
アリスは床の汚れに、呆れ顔を作った。
「キタナーイ」
アリスのお供、上海人形もにっこり笑顔のまま毒づく。
魔理沙の家は物がちらかり放題。さすがにアリスが来るということでちょっとは片付けたようだが、まだまだ足の踏み場がないほどだ。床には妖しいアイテムの類がたくさん落ちており、マジックアイテムも含まれるだろうから、ヘタに踏むと何が起こるかわからない怖さがある。ちょっとした地雷地帯といったところか。
もちろん魔理沙もアリスもそして上海人形も、空を飛べるからさほど問題はない。
「悪かったな」
「べつに気にしてないわよ。片づけ手伝ってあげましょうか」
「人に物を触られるのは勘弁だぜ」
「あら人の物を勝手に取っていくわりには神経質」
「そうじゃなくてだな……別に物を勝手にとっていってもかまわんが、自分が使っている配置があるだろう。一見すると雑然としているように見えて、実は計算された配置なんだ」
「なによそのニートの言い訳みたいなの」
「魔理沙さまはいちおう仕事しているぜ」
「異変解決?」
「違う。なんでも屋だ」
「ふうん。確かになんでもありそうではあるけれど」
アリスは床のものに視線を這わせていく。じと目だった。魔理沙はニヤっと笑う。
「おうなんでもあるからな。ないものは他人から調達だ」
「いつか手痛いしっぺ返しがくるわよ」
「今までそんなこと無かったからなー」
「運がいいのね」
まあ、要するに――
若気のいたりという言葉があるように、魔理沙は大人になりきれていない少女であるから許されているのだろう。
アリスは、ふっと笑った。
「シャンハーイ?」
「いいのよ。気にしなくても」
上海人形はほっぺたに手をあてて疑問の表情。
おそらくは掃除好きなアリスが、汚れた部屋にそのまま腰を落ち着かせるのが奇妙に思えたのかもしれない。
もちろん魔理沙とは気安い仲ではあるものの勝手に人のものを漁るような趣味の悪さは持ち合わせていない。
都会の魔法使いを自認しているアリスにとっては、淑女たる振る舞いを常日頃から心がけているのである。上海はそこまで心が複雑にできていない。綺麗好きなところはアリスそっくりで、なにやら使命を抱いた勇者のような表情になる。少しだけりりしい。もちろんかわいらしい少女の微笑なのであるが。
「どうしたの?」
「シャンハイ。ソウジスル」
「いいのよ。上海。魔理沙が自分のことは自分でやるって言ってるし――。埃が立つじゃない」
上海はふるふると頭を振って、猛然と拒否。
アリスの言うことは存外聞く上海も時折頑固なところがある。まあ、アリスに似たのだろう。
「おいおい。勝手に物触るなよう」
魔理沙は鍋をかきまわす手を止めて、こちらに顔を向けた。
上海はスイっと魔理沙のところまで飛んでいって、腰に手をあてて、お怒りの表情。
「人形風情が私に説教しようっていうのか」
「上海のほうが魔理沙より綺麗好き」
「アリス。おまえもか」
「私はべつにどうでもいいのよ。自分のことは自分でするのが人間のプライドってやつでしょ」
「ふん。利用するものは利用するってのも人間の知恵だぜ。じゃあ上海、適当に片しておいてくれ」
「カタスー」
上海はスイスイっと飛んでいって、隣の部屋に移ってしまった。どうやら家中の掃除を始めるつもりらしい。魔理沙がちょっとだけ鍋をかきまわす速度をあげたような気がした。
アリスは、はて? と思ったものの、気のせいだろうと思うことにした。
もちろん気のせいなんかではないのだが――。
上海人形は掃除のプロ。
――というわけでは、もちろん無い。
ただの人形に過ぎない上海はせいぜいが窓を拭いたり、床に落ちてるゴミを拾うぐらいの動作しかできない。モップがけも無理。モップがもてないわけではない。上海は小さくても体重の二十倍程度のものは持ち上げることができるように設計されている。ただ精密な動作をするにはあまりにも心が幼い。
もしも埃だらけの床にモップがけをすれば、縞模様の床ができあがってしまうという具合に、完璧な仕事をこなすことができないのである。
アリスもその点は心得ていて、上海には子どもの手伝いのようなことをさせている。
上海も自分ができることを心得ているのか、ふわりとその場に浮いたまましばし考えているようだった。
アリスも一応ついていってみるが、どうせ失敗したところで魔理沙の家の無秩序さはこれ以上広がりようがないところなので、上海の自律的な意思にまかせてみることにしたのである。
ちなみに魔理沙は隣の部屋にいる。
なんだかやけに大きな声で、「お料理お料理楽しいぜー」と言っているが、よくわからないテンションだ。
「さて、お手並み拝見といこうかしらね」
「マカセテー」
部屋のなかは薄暗い。
窓を閉め切っていて、床には山積みにされた本が散らかっている。調度品の類も置かれていて、どこから持ってきたのかパチュリーの図書館に置いてあるような豪奢なデスク。その上には花をあしらったランプがあって、ここで本でも読んでいるのかしらとアリスは思う。
そのほかにも身長の二倍はありそうな巨大なタンスなどがある。あまり使われていないのか、タンスは瑕ひとつなく綺麗なままだ。
上海がまずしたことはタンスを開け放つ行為だった。
「クウキイレカエー」
「確かにそんなこともやっているけれど、あまり勝手に触っちゃダメよ」
上海はアリスの言葉に頷くものの、すぐにタンスの暗がりのなかに突入する。
もふんもふん。
暗いからよくわからなかったが、そこにはスペアの魔女服がずらりとかけられていた。
「わりとお洒落なのよね――」
着替えてないように見えて、実は微妙に違う服を着ているところが、なんとも少女らしい魔理沙である。
それにしてもなぜタンスのなかにつっこんだのだろう。
ああ、あれか――魚が自分の大事な卵に新鮮な空気を送ったりするが、あれのつもりなのだろうか。
上海は魔理沙の服に何度も特攻を試みて、繊維のなかに新鮮な空気を送っているつもりなのかもしれない。
見ようによってはアスレチックか何かで遊んでいる子どものようにも見えるが、たぶん上海は真剣なのだ。微笑ましい。
「上海は真面目なのに私が笑っちゃだめよね」
「もうすぐ料理できるからなー。適当なところでやめてもいいんだぜー!」
魔理沙は再び声をあげる。
なぜか焦ってる気がするが、どうしてだろう?
アリスもさすがに気づいたが、何か見られたくないものでもあるのかと思ったぐらいだ。そうだとしてもあえて秘密を暴こうとは思わない。無関係こそが最も美しく最も静謐な空間なのだ。それをあえて壊すような愚かなまねはしたくない。
「上海。そろそろお掃除はおしまいにしましょう」
上海はムスっとした表情。
床に落ちているアイテムをとりあえず一箇所に集めていたのを止められて、少しばかりご立腹の様子。
まったくどんだけ完璧主義者なんだろう。
アリスは上海の身体をもちあげる。人形の本能で人の手のなかに収まることに安心を覚えるはずだ。いつもならいつまでもアリスの腕のなかにいたがる上海である。しかしこのときの上海はもがいてみせた。あまり強く力をいれてなかったこともあるが、うにゅうにゅと動いて上海はアリスの腕から飛び立った。
なんとなく寂しい気がするアリス。
けれど上海が自分の意志を見せつけることが誇らしくもあり、複雑な心境だ。
「まったく……、なにがしたいのかしら」
上海はそのままうろうろと空を飛びまわり、ようやく机のうえに不時着。
やたら存在感のある、大きな机。
上海はそのままとことこと机のうえを歩く。机のうえは綺麗に片付いている。さすがに魔理沙も本を読むときぐらいは、綺麗な場所で落ち着いて読みたいのだろう。なんとなく椅子に座ってみると、座り心地もなかなかのもの。
上海はきょろきょろとあたりをみまわしている。まるで敵機を索敵しているかのような表情だ。
「ンー」
「ほら、そろそろ行きましょう」
「シャンハイ!」
何か思いついたのか再び飛翔する上海。机のサイドにまわった。そこには机に収まるサイズの小さな収納棚があった。一段目と二段目は高さ10センチ程度で。三段目が少し深くなっていて、約40センチ程度。魔理沙の身長を考えると、取り出しやすい位置に来るよう設定されているらしい。
「シャン、ハイ!」
上海は豪快に一段ずつ開けていく。ここも空気の入れ替えでもしているつもりなのだろうか。
一段目には魔理沙の書いたグリモワールがあった。加筆修正中なのだろうか。半ぴらの紙がところどころ挟まれてあって、魔理沙の研究熱心さがうかがわれる。
あまり努力するところを見せない魔理沙であるが、やはり人間の身で妖怪と対等にわたりあえるにはそれなりの準備と予習が必要らしい。まあ、あまり見られたくないものだろう。
二段目には深い赤色で装飾された本があった。たぶん日記かなにかだろう。さすがに日記の中身を勝手に見ようとは思わない。
三段目には、ちょっと厚めの魔術書が十冊以上入っていた。おそらくはグリモワールオブ魔理沙を執筆するときの参考にしたのだろう。基礎の基礎から、応用編まで幅広く揃っている。もしかするとパチュリーから借りパクしてきたものもあるのだろうか。
そんなことを思いつつ――、アリスはちょっとした違和感を覚えた。
はて――?
どうして一段目と二段目は一冊ずつなのか。
まあわからなくもない。一段目のグリモワールオブ魔理沙は魔理沙にとってはごく最近の作品であって、彼女はそれに集中したかったから、一冊だけを一段目に放りこんでいた。
では二段目は?
そこまで考えたところで、アリスは思考を中断させた。なぜかいつのまにか詮索していることに軽い抑制が働いたからである。
だが――
上海はそんな抑制とは無縁である。明らかに不自然な二段目をもう一回あけて、なにやら疑問の表情を浮かべている。なにかあるということに気づいているのは賞賛すべきであるが、人の秘密に近づこうとするのはちょっと危険だ。
「こら。魔理沙にだって知られたくないことはあるでしょ?」
ぺち。
人差し指で軽くおでこを叩く。
上海はめげない。一体なにが上海を突き動かすのだろう。好奇心があるのは生命体としては望ましいことではあるが、好奇心も過ぎれば毒である。上海は二段目の底を確認する。なにやら見つけたようだ。そこで今度はペン立てのほうに飛んでいって、なんとはなしに置かれてあったボールペンの芯をもってきた。
プス。
っと二段目の底にあいてある小さな穴に突き刺して、なんと二重底になっているのを発見してしまった。
椅子に座っていたアリスにとっては、特に意図することもなく、視界に入ってしまう。
「ボールペンの芯を絶縁体にしないと、電気が流れて薄いパックに包まれたガソリンに引火してしまう仕掛けになっているわけね」
どこかで見たような仕掛けだが気にしてはいけない。秘密を隠すのは魔女の本分である。
そしてアリスは発見してしまった。
ヰタ・セクスアリス。森鴎外。はて? 文学作品。
とりあえずアリスは手にとってみる。他にもあるようだ。
不思議の国のアリス。ただの小説のようだが?
鏡の国のアリス。同じく。
学園アリス。漫画?
アリス探偵局。アニメ?
アリスソフト。えっちなイラストだった。
さすがに気づいた。
気づいてしまった。
「アトハイワナクテモワカルナ?」
上海がなぜかアリスの肩をポンと叩いた。なにそのやり遂げたような表情。
「あぁぁぁ。あぁぁぁぁぁ!」
脳のどこかが猛然と認識するのを拒否している。顔が紅を通り越して赤外線の領域に達しそう。まだ春画本を見つけたほうが恥ずかしくなかっただろう。自分自身にもダメージがあるなんて、誰が想像できるだろうか。
「うわあぁぁぁ。なにしてんだー!」
部屋の前にはお玉を持ったまま固まっている魔理沙がいた。
額からは猛烈に汗が吹き出ており、息は荒く、元から大きな瞳はめいっぱいまで見開かれている。
全身がわなわなと震えていた。
いや、それはアリスも同じだった。
恥ずかしさがマッハ。
それからあとのお料理は二人とも顔を真っ赤にしたまま無言の食事となってしまったのである。もじもじしたまま顔をまともに見ることもできず、ただひたすらに気まずい時間が流れたのだった。スプーンできのこスープを掬うのがこんなにももどかしいとは。
長い長い食事だった。
ようやくアリスと魔理沙が食べ終わると、上海は自分が物を食べるわけでもないのに、満面の笑みをたたえた。
「ゴチソウサマー」
それと後書きでワロタwww
この上海高性能過ぎんだろwwwマジで一家に三体ぐらい欲しいわ!
……いや、やっぱ止めておこう(カタストロフィ的な意味で
待て、魔理沙にはまだ早過ぎる。
帰宅したらなにやらやり遂げた顔をした上海と
玄関前にきちんと整理されたアレやらコレやらが置かれていて多分俺は首を吊る。
めっちゃ吹いたwwwwww
余り物の上海は私が頂いていきますね
ま、まさか……
俺が初めてやったゲームだな。
や、どうやって手に入れたんだかはさておいて。
この上海、まさに外道。だがもっとやれwwwww