夜──
あたいは今、上司の部屋の前にいる。
部屋、と言っても執務室ではなく、完全なる私室──何を隠そう、ここは死神や閻魔などが住まう寮の一角、死神女子寮だ。
そして死神であるあたいの上司と言えば当然閻魔様に他ならない訳で。
そう、このドアの先で待っているのは四季映姫・ヤマザナドゥ様、その人だ。
コンコン
「失礼します。」
ノックをテキトーな回数叩いて、木製のドアを開ける。
玄関から先は、直ぐに居間へと繋がっており、その中央にまるでお人形か何かのように座る四季様の姿が。
……て言うかそれぐらいしか見当たる物が無い。後は質素な家具ぐらいのもんだ。
あたいの部屋も基本同じ間取りだけど、四季様の部屋の方がよっぽど広く感じる。
だけどそれはあくまであたいの部屋と比べたらと言うだけ。
玄関に立つだけで部屋の全貌が見渡せる程の狭さ……正直、閻魔である四季様には不釣り合いだと思う。
本人に、そこのところどう思っているのか聞いてみると、曰く『私にはこれくらいで丁度良いんですよ。それに、その……こまちといっ……な、なんでもないです///』だそうだ。
最後の方は口ごもっていて良く聞き取れなかったが、本当に謙虚な方だと思う。
そんな上司の鏡たる四季様は普段と違って、今は格好がパジャマだ。
普段の厳格な雰囲気を醸し出すあの制服も凛々しくて素敵だが、こういう見た目通りの服装もやっぱり可愛いくて良い。
それと、これは多分あたいにしか気付けないだろうが、四季様は今、非常にそわそわしていられる。
「良く来てくれました、小町。」
凛とした澄んだ声を発せられるが、やはり平素より幾分硬い。
そんな四季様の隣りには何の変哲もない座布団が敷かれている。
「どうぞ。」
四季様は、そこに座れとあたいに指示された。
何時もの事ながら、この瞬間ほど緊張する時も無いだろう。
ちなみにあたいがこうして四季様の私室に招かれるのは、今日が初めてという訳ではないのだ。
「それでは……お邪魔しま~す。」
何時までも玄関先で突っ立ってても仕方ないので、一応断りつつ部屋の中へ。
そうして指示された座布団にあたいが座ると、隣にいる四季様の様子が目に見えてそわそわし始める。
折角向かい合って座っているのに、四季様は不自然に目を泳がせるばかりで、ちっともあたいを見てくれない。
こほん。
四季様はそんな自分を落ち着かせようと、わざとらしく咳をすると漸くあたいに向き直った。
「まずは……急に呼び出した事をお詫びします。用件は、その……呼び出した時点でお気付きだと思いますが──。」
「四季様。」
四季様のおっしゃる通り、呼ばれた理由など十二分に理解している。無用な説明を省くため、あたいは敢えて口を挟んだ。
しかし肝心の四季様の心の準備がまだだったようで、まだ何か言いたそうにしている。
「その、決して言い訳をするつもりは無いんですが……何と言いますか、誤解をして貰いたくないので言わせて頂くとですね──。」
「四季様!」
「きゃん!」
尚も食い下がる四季様に今度はちょっと大きめに声を出した。
すると小さく肩を震わせながら、悲鳴を上げる四季様。
というか、四季様? それはあたいの最高にかわいいやつです。勝手に取らないで下さいよ。
「で、でも……。」
「……我慢、出来ないんですよね?」
「……………………(コク)///」
普段の威厳はどこへやら……。
私がそう指摘してやると、四季様は両手の人差し指をツンツンしながら恥ずかしそうに頷いた。
「余計な前置きも下手な言い訳も必要ないですよ。」
ほら。と先を促してあげると、もじもじとしながらも漸く四季様は動き始める。
座っていた座布団から私に向かって、膝小僧を立てながら、トテトテと。
ポス。
そして、そんな擬音とともに四季様は私の胸元に寄り掛かってきた。
「こまちこまちこまちこまちこまちぃ~。」
そう言ってすり寄ってくる四季様の頭を優しく撫でてやる。
すると四季様はあたいの胸から顔を離すと、うっとりした顔で満足気に溜め息をついた。
「ふぅ……こまち……いつもすみません。」
緩みきった顔に呂律の回っていない舌でそれだけ言うと、四季様は再びあたいの胸元へ。
更には両手でしっかりと背中にしがみ付いてくる四季様。
まるで『逃がしません』とでも言っているようだったから、何となく、それに応えて上げたくて……背中を数回そっと叩いてやる。
「…………ん♪」
四季様から返ってきた本当に僅かな反応に、あたいは手応えを感じ、そっと安堵。
この、誰が見たって子供が大人に甘えてるようにしか見えない光景にも、もちろん訳はある。
──あったのだが……四季様の言葉を最初から復唱していては長くなるので割愛すると、『どうしようもなく甘えたい時が閻魔にだってあるんです!』だそうだ。
四季様も疲れているのだろう……決して口にはしないが、そうに決まっている。
閻魔とは人の魂を裁くとても重大な立場……数ある裁判の中には私のような一死神風情では想像も付かない辛い場面もきっとあるのだろう。
如何に四季様といえど、癒しが必要なのだ──私はそう理解することにしている。
そう、あくまで一時凌ぎ。仮初の癒しでしかない。
それでも、あたいなんかで四季様の役に立てるのであれば──
「こまち……こまちっ!」
「えっ? あっとすいません四季様。ぼーとしちゃって……なんでした?」
気付けば四季様は、器用にもあたいの胸元から膝まで滑り降りていて、そこから見上げるようにして、あたいの事を恨めしそうに睨んでいた。
そんな顔したって、可愛いだけなんですがね。
「なんでした? じゃありません! ひとがはなしてるのにうわのそらなんてしつれいです!」
ぷー、と顔を膨らませる四季様が異様に可愛らしくて、ついついあたいは笑ってしまった。
「なっなんで笑うんですか~!?」
「だからすいませんって……ハハハッ」
──ダメだ、本格的にツボに入ってしまった。
そんな笑いすぎて涙目になっているあたいに向かって四季様はピシッと指を指した。
「それに! プライベートでは“映姫”とよぶようにいったはずですよ!」
何時になったら直すんですか!? と、凄んでくる四季様。しかし──
「普段の半分も出てませんよ、迫力。」
威厳やら貫禄やらが抜け落ちてる今の四季様ではそれも仕方のないことだろう。
でもだからと言って、こんな事で四季様が納得するはずも無く。
「で、ではどうしたら名前でよんでくれるんですか?」
あたいがはぐらかそうとしたのに、強引にも食い下がろうとする四季様。
潤んだ瞳からは強い期待の色がはっきりと窺える。
気を抜くと、吸い込まれてしまいそうな……そう思わせるほど綺麗な瞳……。
正直、本気になってしまいそうになる。
でも、四季様はあたいの上司で、あたいは四季様の部下……それが現実。
──仕方ない、ちょっとからかってやりますか。
そういう時、決まってあたいは四季様をからかって自分の心を紛らわす事にしている。
そんなに可愛い四季様がいけないんですよ……なんて免罪符にもならない言い訳を心の中で呟きながら、あたいはにやける顔を隠そうともしなかった。
「そうですね~。あたいのこと、好きだって言ってくれたら良いですよ。」
冗談めかして、ちょっと難易度の高い悪戯を。
顔を真っ赤にして恥ずかしがるのか、それともあたふたと慌てふためくのか。
さてさて四季様はどんなリアクションをとってくれるのか?
そんなあたいの期待を余所に、膝枕の上でキョトンとしていた四季様は突然何を思ったか、正座しているあたいの太ももに両手をついて、四つん這いの状態で真正面からあたいを見上げてきた。
(えっ……?)
それも、ものすっごく近い距離。
ちょっと顔を動かせば、キスしてしまうくらいに四季様の顔が目前に迫っていた。
それも見惚れるほどの笑みを浮かべて──
「だいすきです、こまち。」
──っ!?
その挙動に気を取られていたせいで、あたいは不意を打たれる形でそんな事を言われた。
たった一言……それだけで、あたいの頭は悔悟の棒で叩かれた時以上の衝撃を受けた。
四季様は冗談とか言わないお方で、それはつまりその──
あたいの反応を今か今かと待ちわびる、そんな愛らしい四季様の顔を直視する事が出来ず、あたいは恥ずかしさから思わず目を逸らしてしまった。
「わ、分かった。降参だ……あたいの負けだよ…………映姫。」
観念して名前で呼ぶと途端に顔を綻ばせて喜ぶ映姫……様。
そんな映姫様に、あたいはまたドキドキしてしまうのだった。
「ふふふ……はじめて名前でよんでくれましたね……きょうはお祝いです♪」
そう言って上機嫌に微笑む映姫様……。
そんな彼女の様子から、どうやら甘い甘い二人だけの夜は、当分終わりそうもないと思った。
いや──終わらせない。
あたいはもう、本気になってしまったのだから。
まぁ、なんていうか――本気にさせたな
まさか金曜日に新作が来るとは思いませんでした。これで明日の楽しみが無くなってしまったではないですか! どうしてくれるんですか! 明日も投稿してくれれば許してあげます。嘘ですごめんなさい。
ああ、前回の話の前ですね。つまり次回は裸エプロンプレイということで確定ということですね!!
よし。明日から一週間仕事頑張れる! だんだんひらがなしゃべりになるえーき様可愛いです。