ありとあらゆるものは私と共にあるのだと思われる。大体は推測なので断定は出来ないものの、少なくとも私にとってはそうだ。私には全てがあって思えばそこには何もない。決して虚無的ではないし、色即是空を曲解している訳でもない。私とはそういうものだと思う。
得るものなんてなくて失うものもない。死ぬ事もなく生きる事もなく果てる事もなく心から笑う事もないだろうし、今こうして私が考えている事自体がそもそも在って無いようなものだ。無意味無意味。存在はいつも誰かの心の中にある。だから、その人が意識しない限り私はないし、意識する限りはきっとあるのだろう。いや実際どうかは知らないけれど。
姉は私をいつも悲しそうな目で見る。まるで精神異常者を憐れむような目線だ。まあ、キチガイ扱いしてくれて構わないといえばそうだけれど、なんだかなあ、とは何時も思う。今更なのに。私の心はどこにも帰属しない。私自身にしていないのだから、他人である姉にするはずもなし。所謂人間的な倫理に照らし合わせたり、社会常識と見比べてみたり、精神鑑定してみたり、そういったある種の『規範』は何の意味もない。妖怪的価値観からすら逸脱しているのだから当たり前だ。
何故皆は何かを物差しにして考えるのだろう。私という奴を理解しろとは決して口にしないけれど、既成の概念なんてものは過去あった事例から導きされたもので、新しい存在には適応外だ。いや、私が新しいなんて言わない。ただ比べるだけの数が過去に存在していなかっただけの話。
こうしている間にも私はまたどこかに出かけてしまうのだろう。最近は何かと流動の激しい地下だから、私の無意識は無意識なりの秩序を持ってあちらこちらと飛び回る。
私という人はそれそのものが生命体に対する挑戦であり挑発なんだと思う。だから、私に気がついた他人は何かと嫌がるし、疎ましそうな目で見つめて来る。そもそもあんまり気がつかれないのだけど。
「こいし。また、どこへ行っていたの。探したわ」
無我の境地はどこにあるのだろうか。私は私がないに等しいというのに、何かしら天啓を授かった覚えはなく、悟りを開いた覚えもない。もしこの程度で偉大ならば、私は神や仏すらも屈服させられる程の強靭な論理性を保持する動く倫理観念物体のはずだけれど、まあ所詮は人間の開いたものだろうから、そんな事を思っても仕方がない。
「お空が、神様からお菓子をもらってきたのよ。悪くなる前に食べようと思ったのだけれど」
いつからだったか、とか。どうしてだったか、とか。なぜ、とか。どうして、とか。そんなものは過去の経験や学び培った知識と今の気持ちをくっつけて遊んでいるだけに過ぎない。そう、遊び遊び。問題となるのは常に今どうなっているかであって、今までの経験なんてあまり意味がない。別に死なないのだから。人間ならば違うかもしれない。彼らは死ぬ瞬間に強烈なフラッシュバックを見るという。生きる為に生きる術を脳内からほじくり返している。いやあ良くできていると思う。そういう機能は私などには備わっているのだろうか。良くできていると思う。意味はないけれど。
「こいし、せめて、返事ぐらいくれるかしら」
「あ、うん。食べるわ」
「そう。良かった。お茶を淹れるわね。ふらふらせず、そこにいて」
笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだり憐れんだり苦しかったり気持ち良かったり苦しくしたり気持ちよくしてあげたり笑ってあげたり笑わせてあげたり蹴ったり蹴られたり殴ったり殴られたり刺したり刺されたり殺したり殺されたりまた一回りして笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだり憐れんだり苦しかったり気持ち良かったり苦しくしたり気持ちよくしてあげたり笑ってあげたり笑わせてあげたり蹴ったり蹴られたり殴ったり殴られたり刺したり刺されたり刺されるのが気持ちよくなったり刺すのが気持ちよくなったり殺したり殺されかけたりそんなのが延々と延々と延々と延々と延々と延々と延々と延々と続くので、たまには飽きたりする。
なので私はまた無意識に新しい事を探して勝手に歩き回って気持ち良かったり気持ちよくしてあげたり痛かったり痛くしてあげたりするわけだけれど。自己満足がもし他人の心を満たすというのならば、きっとそれに越した事はないんだろうなあと考えたりも一応する。私という全部は、常に全部だ。ただ、当然知りえる全部でしかない。ただ、知りえる事なら全部出来る。
お前はこの模様が何に見えると問われて、どういう打算で答えを出す? 精神病を疑われないように答えるか、いつかみたロールシャッハテストの本を頭の中でめくって最良の選択肢を選ぶか、わざと精神病の疑いを掛けられるような答えをするか、その出題者の顔をみて笑うか、興奮するか。
違う違う。そこにあるものを受け取るだけ。受け取ってとりこんでそれを自分の全ての一部にするだけ。選択股は心の中にいくらでも存在しえる。だから、突き付けられた現実を熟考する必要性なんてどこにもない。規範にとらわれるとは怖い事だなあと思う。
新しい事を得るという事は、新しい事に対しての心の選択肢を増やす事に他ならない。
「ハートのクッキーですって。可愛いわね。あなた、ハート好きよね?」
「そうねえ。ハートはいいわ。そこに全部があるもの。ありとあらゆるものがそこに詰まってる。私は気分でそれを選ぶだけ。選ぶといっても、いつもランダム選択になってしまうから、たまに二回三回同じものを繰り返したりするのだけれど。そう、この前なんて貴女を殺したのよ。そのあと私は殺されて、それでまたそれを何回も。貴女は良く笑うのよ。殺される時は笑顔で、殺す時は悲しい顔」
「そう。楽しそうね。はい、アーンして」
「あーん」
「クスクス……」
ああたしか、何かどこかでそう、ああ、これも一応は過去を回想する事になるのかな。そうそう、似たような子がいた。彼女の場合はわざとらしい。自分で自分を狂人という奴は、大体正常で思慮も深い。あんな妹がいる姉はさぞかし幸せだろう。きっと。ただそれが私に何か関係するかといえば当然無い。
「そうだ。新しい服を繕ったのよ。何せ暇だから、裁縫もだいぶ上達したわ。こいしもやれば良いのに」
創造。想像。私からするとほぼ一緒だ。私は私に全部あるので、万能だし、全部だ。生み出し壊し繕い壊し、大切にしまったり、眺めてみたり、胸に抱いてみたり、その想像物から思い出を引き出して感傷に浸ってみたり。猟奇チックに破いて見たり、焼死体が着ていた衣類のようにしてみたり、性交渉で乱れたようにしてみたり、ああ、暗い暗い。この場合はそうだ、お姉ちゃんの服だろうか。お姉ちゃんの服を如何にしてみてば、私の心は震えるだろうか。
「はい。ちょっと着てみてちょうだい。うん。そう。あら」
「なるほどなるほど。心震える」
「それは良かった。色も合うしサイズもぴったり。作って良かったわ」
こうしてまた糧を得た私には新しい選択肢が加わって、想像の余地を生む。今着ている服を眼の前で破り捨ててみたり、燃やしてみたり、つばを吐きかけてみたり。ああ、これはすごい。お姉ちゃんが今まで見た事もないような顔になる。やはり過去を積み重ねた努力を一撃で葬ると、人間も妖怪も絶望ぐらいあるんだろう。ではきっと、私も死に際には走馬灯ぐらい見そうだ。
「似合う。可愛いわよ、こいし」
「会話を成り立たせるのに必要な言葉は?」
「ありがとうだと思うわ」
「自ら感謝をねだるなんて卑しい姉ね。とっても気に入ったわ、これ。毎日着て良い?」
「服ぐらい変えなさい。クローゼットにあるでしょ、着てないの」
「うん。ありがとう」
「タイミングは違うけれど、まあいいわ」
お茶があまい、クッキーもあまい。あまいのはなぜか。たぶん生物らしい味覚が備わっているからこそだろう。私はそれなりに生命体なのだと実感する。外部からの刺激は、時折私を私にする。つまり生命としての存在感を得る事に繋がる。そういう時は大概、無意識とはかけ離れた、所謂意識体らしいソレになる。痛みはもう色々と通り越しすぎて、今更だからあまり実感へと結実しない。それを考えると、私はまだ得ていない感覚などを持っているのかもしれない。それを得る事によってまた私が全部になる。姉なら知っているだろうか。少し私より長生きなのだから、年の功というものをたまには見せつけてくれても良いと思う。それにしても、今日の姉は私の意識を引きずりだすぐらいに機嫌が良い。良い事があったのだろうか。あいや、違う。私の意識が引っ張り出される事例が少ない。だからこれもまた新しい選択。
「こいしは最近、笑顔が多いわね」
「え?」
「地上の奴らが来てからよね。貴女があいつ等を御茶会に引っ張ってきた時は、流石の私も腰を抜かしそうになったわ」
「……」
「こいし?」
「え、あ、うん」
「何か、得るものがあったのよね。不出来な姉では起こす事の出来なかった変化。でも、今なら、ほら、この通り、ね。ちゃんと返事をしてくれるし、勝手に何処かに行ったりしないし、笑ってくれるわ。今なら、これを足掛かりに、私は貴女に何かしてあげられるんじゃないかって思うの。こいし、内に求める事が全てではないって、解っているのでしょう?」
「……」
私はその問いに答えるだけの答えを持っていない。そも、今、まさしく、姉の言葉に対して熟考している私がいる。ならば答えは一つしかない。でも、それをいざ口にすれば、内にしか求めてこなかった私が崩壊してしまいかねない。いや、それこそ私の全てがまず選択肢を提示して実感すべき出来事なのだろう。
心のように、服のように、姉のように、まずその、私が言葉を発した場合の現実とやらを、私の心で再現すべきだ。
「こいし」
お姉ちゃんが私の腰に手を廻し、頬を背中に押し当てる。なんだか温かくて、くすぐったい。
「無意識が『存在』しているという事は、つまり意識不明重体者が夢を見ているのと同じだわ。貴女は夢に生きている。内に全てを求めようとしている。けれど、それはあり得ないのよ。彼女たちを見なさい。貴女の知らないものを沢山持っているわ。そして貴女はそれを受けて、その内に、今まで無いものを思い描いた。こいし。現実は辛いわ。そして、その眼を開けばまた嫌われる。でも、それが何だっていうの? 嫌われるなら嫌われていれば良いじゃない」
私が言葉を発した場合に得られるもの。何度探しても、何度考えても、何度想像しても、何度思い描いても、それは答えが一つしか存在し得なかった。きっと誘導されているに違いない。私の内の全てが崩壊した結果に待つものは、笑顔のお姉ちゃんだ。
「やっと通じる。あいつ等には、一応お礼をしないと。ねえ、こいし。あいつらだって嫌な顔をするだろうけれど、けど、私は常にその時折々の顔をするわ。気持ちを共有しろとか、私の気持ちを受け止めろとか、そんな選択は迫らない。ただ、私は私であり、そして私は貴女を貴女と認識するだけ」
「……。お姉ちゃんとの過去は、常に何処かで回っている。ぐるぐる回って、突如そこに現れて、またその回転の中に戻って行く。私は気が付いたらお姉ちゃんの前にいる。気がつかなくても、いつの間にかお姉ちゃんの前にいる。ここに導き出される答えは?」
「姉が好きって事じゃないかしら」
「自分から姉が好きかだなんて言うなんて変な姉ね」
私は全部を捨てる事によって、たった一つしか得る事が出来ない。私はその時から誰かの規範に当てはめられて価値を算出されてしまう。妖怪でも更におかしな妖怪というレッテルを貼られる事になる。皆に気がつかれ、皆が視線を向け、皆が笑ったり、怖がったり、嫌ったりするだろう。その損失は計り知れず、躊躇いがある。
けれど、私が無意識を突き崩して得るものは、無限ともいえる可能性の選択肢だ。私も無意識は意識となり、虚無的な価値観は手に取れるものとなる。
「お姉ちゃんは私に何を見る?」
「姉妹としての意識かしら」
「では、きっと私は今後それが規範になるのだと思うわ」
だいぶ久しぶりだ。
お姉ちゃんの心にあるものは、不安と後悔と、そして期待。
「……ッ……」
お姉ちゃんは、私の心を読んだのだろう。
「今日は、沢山御話しましょう。そうだ、お空が隠しているお菓子も持って来ましょう。食べるでしょう?」
「え、核融合炉に隠してるの? それ食べられるのかしら……」
「でも食べたいって思ってるじゃない」
「気になるじゃない」
「ポテトチップスニュークリア味」
「臨界点の旨さ」
まあ、なんだろうか。
お姉ちゃんはやっぱり、お姉ちゃんなんだと思う。
一緒に手を繋いで空を飛ぶ。閉ざしたものは全て。
今日はたぶん寝れないと思う。これから苦労もすると思う。苦しいだろうし、笑えない事だってあるだろうと思う。
「無理して笑顔である必要なんて何処にもないわ。好きな顔をしなさい、こいし。そこに全てはないかもしれないけれど、私ぐらいならいるわ」
今日はたぶん寝れないと思う。きっと、嬉しくて。苦しくて。
得るものなんてなくて失うものもない。死ぬ事もなく生きる事もなく果てる事もなく心から笑う事もないだろうし、今こうして私が考えている事自体がそもそも在って無いようなものだ。無意味無意味。存在はいつも誰かの心の中にある。だから、その人が意識しない限り私はないし、意識する限りはきっとあるのだろう。いや実際どうかは知らないけれど。
姉は私をいつも悲しそうな目で見る。まるで精神異常者を憐れむような目線だ。まあ、キチガイ扱いしてくれて構わないといえばそうだけれど、なんだかなあ、とは何時も思う。今更なのに。私の心はどこにも帰属しない。私自身にしていないのだから、他人である姉にするはずもなし。所謂人間的な倫理に照らし合わせたり、社会常識と見比べてみたり、精神鑑定してみたり、そういったある種の『規範』は何の意味もない。妖怪的価値観からすら逸脱しているのだから当たり前だ。
何故皆は何かを物差しにして考えるのだろう。私という奴を理解しろとは決して口にしないけれど、既成の概念なんてものは過去あった事例から導きされたもので、新しい存在には適応外だ。いや、私が新しいなんて言わない。ただ比べるだけの数が過去に存在していなかっただけの話。
こうしている間にも私はまたどこかに出かけてしまうのだろう。最近は何かと流動の激しい地下だから、私の無意識は無意識なりの秩序を持ってあちらこちらと飛び回る。
私という人はそれそのものが生命体に対する挑戦であり挑発なんだと思う。だから、私に気がついた他人は何かと嫌がるし、疎ましそうな目で見つめて来る。そもそもあんまり気がつかれないのだけど。
「こいし。また、どこへ行っていたの。探したわ」
無我の境地はどこにあるのだろうか。私は私がないに等しいというのに、何かしら天啓を授かった覚えはなく、悟りを開いた覚えもない。もしこの程度で偉大ならば、私は神や仏すらも屈服させられる程の強靭な論理性を保持する動く倫理観念物体のはずだけれど、まあ所詮は人間の開いたものだろうから、そんな事を思っても仕方がない。
「お空が、神様からお菓子をもらってきたのよ。悪くなる前に食べようと思ったのだけれど」
いつからだったか、とか。どうしてだったか、とか。なぜ、とか。どうして、とか。そんなものは過去の経験や学び培った知識と今の気持ちをくっつけて遊んでいるだけに過ぎない。そう、遊び遊び。問題となるのは常に今どうなっているかであって、今までの経験なんてあまり意味がない。別に死なないのだから。人間ならば違うかもしれない。彼らは死ぬ瞬間に強烈なフラッシュバックを見るという。生きる為に生きる術を脳内からほじくり返している。いやあ良くできていると思う。そういう機能は私などには備わっているのだろうか。良くできていると思う。意味はないけれど。
「こいし、せめて、返事ぐらいくれるかしら」
「あ、うん。食べるわ」
「そう。良かった。お茶を淹れるわね。ふらふらせず、そこにいて」
笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだり憐れんだり苦しかったり気持ち良かったり苦しくしたり気持ちよくしてあげたり笑ってあげたり笑わせてあげたり蹴ったり蹴られたり殴ったり殴られたり刺したり刺されたり殺したり殺されたりまた一回りして笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだり憐れんだり苦しかったり気持ち良かったり苦しくしたり気持ちよくしてあげたり笑ってあげたり笑わせてあげたり蹴ったり蹴られたり殴ったり殴られたり刺したり刺されたり刺されるのが気持ちよくなったり刺すのが気持ちよくなったり殺したり殺されかけたりそんなのが延々と延々と延々と延々と延々と延々と延々と延々と続くので、たまには飽きたりする。
なので私はまた無意識に新しい事を探して勝手に歩き回って気持ち良かったり気持ちよくしてあげたり痛かったり痛くしてあげたりするわけだけれど。自己満足がもし他人の心を満たすというのならば、きっとそれに越した事はないんだろうなあと考えたりも一応する。私という全部は、常に全部だ。ただ、当然知りえる全部でしかない。ただ、知りえる事なら全部出来る。
お前はこの模様が何に見えると問われて、どういう打算で答えを出す? 精神病を疑われないように答えるか、いつかみたロールシャッハテストの本を頭の中でめくって最良の選択肢を選ぶか、わざと精神病の疑いを掛けられるような答えをするか、その出題者の顔をみて笑うか、興奮するか。
違う違う。そこにあるものを受け取るだけ。受け取ってとりこんでそれを自分の全ての一部にするだけ。選択股は心の中にいくらでも存在しえる。だから、突き付けられた現実を熟考する必要性なんてどこにもない。規範にとらわれるとは怖い事だなあと思う。
新しい事を得るという事は、新しい事に対しての心の選択肢を増やす事に他ならない。
「ハートのクッキーですって。可愛いわね。あなた、ハート好きよね?」
「そうねえ。ハートはいいわ。そこに全部があるもの。ありとあらゆるものがそこに詰まってる。私は気分でそれを選ぶだけ。選ぶといっても、いつもランダム選択になってしまうから、たまに二回三回同じものを繰り返したりするのだけれど。そう、この前なんて貴女を殺したのよ。そのあと私は殺されて、それでまたそれを何回も。貴女は良く笑うのよ。殺される時は笑顔で、殺す時は悲しい顔」
「そう。楽しそうね。はい、アーンして」
「あーん」
「クスクス……」
ああたしか、何かどこかでそう、ああ、これも一応は過去を回想する事になるのかな。そうそう、似たような子がいた。彼女の場合はわざとらしい。自分で自分を狂人という奴は、大体正常で思慮も深い。あんな妹がいる姉はさぞかし幸せだろう。きっと。ただそれが私に何か関係するかといえば当然無い。
「そうだ。新しい服を繕ったのよ。何せ暇だから、裁縫もだいぶ上達したわ。こいしもやれば良いのに」
創造。想像。私からするとほぼ一緒だ。私は私に全部あるので、万能だし、全部だ。生み出し壊し繕い壊し、大切にしまったり、眺めてみたり、胸に抱いてみたり、その想像物から思い出を引き出して感傷に浸ってみたり。猟奇チックに破いて見たり、焼死体が着ていた衣類のようにしてみたり、性交渉で乱れたようにしてみたり、ああ、暗い暗い。この場合はそうだ、お姉ちゃんの服だろうか。お姉ちゃんの服を如何にしてみてば、私の心は震えるだろうか。
「はい。ちょっと着てみてちょうだい。うん。そう。あら」
「なるほどなるほど。心震える」
「それは良かった。色も合うしサイズもぴったり。作って良かったわ」
こうしてまた糧を得た私には新しい選択肢が加わって、想像の余地を生む。今着ている服を眼の前で破り捨ててみたり、燃やしてみたり、つばを吐きかけてみたり。ああ、これはすごい。お姉ちゃんが今まで見た事もないような顔になる。やはり過去を積み重ねた努力を一撃で葬ると、人間も妖怪も絶望ぐらいあるんだろう。ではきっと、私も死に際には走馬灯ぐらい見そうだ。
「似合う。可愛いわよ、こいし」
「会話を成り立たせるのに必要な言葉は?」
「ありがとうだと思うわ」
「自ら感謝をねだるなんて卑しい姉ね。とっても気に入ったわ、これ。毎日着て良い?」
「服ぐらい変えなさい。クローゼットにあるでしょ、着てないの」
「うん。ありがとう」
「タイミングは違うけれど、まあいいわ」
お茶があまい、クッキーもあまい。あまいのはなぜか。たぶん生物らしい味覚が備わっているからこそだろう。私はそれなりに生命体なのだと実感する。外部からの刺激は、時折私を私にする。つまり生命としての存在感を得る事に繋がる。そういう時は大概、無意識とはかけ離れた、所謂意識体らしいソレになる。痛みはもう色々と通り越しすぎて、今更だからあまり実感へと結実しない。それを考えると、私はまだ得ていない感覚などを持っているのかもしれない。それを得る事によってまた私が全部になる。姉なら知っているだろうか。少し私より長生きなのだから、年の功というものをたまには見せつけてくれても良いと思う。それにしても、今日の姉は私の意識を引きずりだすぐらいに機嫌が良い。良い事があったのだろうか。あいや、違う。私の意識が引っ張り出される事例が少ない。だからこれもまた新しい選択。
「こいしは最近、笑顔が多いわね」
「え?」
「地上の奴らが来てからよね。貴女があいつ等を御茶会に引っ張ってきた時は、流石の私も腰を抜かしそうになったわ」
「……」
「こいし?」
「え、あ、うん」
「何か、得るものがあったのよね。不出来な姉では起こす事の出来なかった変化。でも、今なら、ほら、この通り、ね。ちゃんと返事をしてくれるし、勝手に何処かに行ったりしないし、笑ってくれるわ。今なら、これを足掛かりに、私は貴女に何かしてあげられるんじゃないかって思うの。こいし、内に求める事が全てではないって、解っているのでしょう?」
「……」
私はその問いに答えるだけの答えを持っていない。そも、今、まさしく、姉の言葉に対して熟考している私がいる。ならば答えは一つしかない。でも、それをいざ口にすれば、内にしか求めてこなかった私が崩壊してしまいかねない。いや、それこそ私の全てがまず選択肢を提示して実感すべき出来事なのだろう。
心のように、服のように、姉のように、まずその、私が言葉を発した場合の現実とやらを、私の心で再現すべきだ。
「こいし」
お姉ちゃんが私の腰に手を廻し、頬を背中に押し当てる。なんだか温かくて、くすぐったい。
「無意識が『存在』しているという事は、つまり意識不明重体者が夢を見ているのと同じだわ。貴女は夢に生きている。内に全てを求めようとしている。けれど、それはあり得ないのよ。彼女たちを見なさい。貴女の知らないものを沢山持っているわ。そして貴女はそれを受けて、その内に、今まで無いものを思い描いた。こいし。現実は辛いわ。そして、その眼を開けばまた嫌われる。でも、それが何だっていうの? 嫌われるなら嫌われていれば良いじゃない」
私が言葉を発した場合に得られるもの。何度探しても、何度考えても、何度想像しても、何度思い描いても、それは答えが一つしか存在し得なかった。きっと誘導されているに違いない。私の内の全てが崩壊した結果に待つものは、笑顔のお姉ちゃんだ。
「やっと通じる。あいつ等には、一応お礼をしないと。ねえ、こいし。あいつらだって嫌な顔をするだろうけれど、けど、私は常にその時折々の顔をするわ。気持ちを共有しろとか、私の気持ちを受け止めろとか、そんな選択は迫らない。ただ、私は私であり、そして私は貴女を貴女と認識するだけ」
「……。お姉ちゃんとの過去は、常に何処かで回っている。ぐるぐる回って、突如そこに現れて、またその回転の中に戻って行く。私は気が付いたらお姉ちゃんの前にいる。気がつかなくても、いつの間にかお姉ちゃんの前にいる。ここに導き出される答えは?」
「姉が好きって事じゃないかしら」
「自分から姉が好きかだなんて言うなんて変な姉ね」
私は全部を捨てる事によって、たった一つしか得る事が出来ない。私はその時から誰かの規範に当てはめられて価値を算出されてしまう。妖怪でも更におかしな妖怪というレッテルを貼られる事になる。皆に気がつかれ、皆が視線を向け、皆が笑ったり、怖がったり、嫌ったりするだろう。その損失は計り知れず、躊躇いがある。
けれど、私が無意識を突き崩して得るものは、無限ともいえる可能性の選択肢だ。私も無意識は意識となり、虚無的な価値観は手に取れるものとなる。
「お姉ちゃんは私に何を見る?」
「姉妹としての意識かしら」
「では、きっと私は今後それが規範になるのだと思うわ」
だいぶ久しぶりだ。
お姉ちゃんの心にあるものは、不安と後悔と、そして期待。
「……ッ……」
お姉ちゃんは、私の心を読んだのだろう。
「今日は、沢山御話しましょう。そうだ、お空が隠しているお菓子も持って来ましょう。食べるでしょう?」
「え、核融合炉に隠してるの? それ食べられるのかしら……」
「でも食べたいって思ってるじゃない」
「気になるじゃない」
「ポテトチップスニュークリア味」
「臨界点の旨さ」
まあ、なんだろうか。
お姉ちゃんはやっぱり、お姉ちゃんなんだと思う。
一緒に手を繋いで空を飛ぶ。閉ざしたものは全て。
今日はたぶん寝れないと思う。これから苦労もすると思う。苦しいだろうし、笑えない事だってあるだろうと思う。
「無理して笑顔である必要なんて何処にもないわ。好きな顔をしなさい、こいし。そこに全てはないかもしれないけれど、私ぐらいならいるわ」
今日はたぶん寝れないと思う。きっと、嬉しくて。苦しくて。
臨界点の旨さ…凄く気になるw
この姉妹には幸せになって貰いたいです。
こいしちゃんは心を開いたのかな?
論理的な思考だけれども、理解しやすい。
あとふと思ったのが
哲学者と中二病は紙一重なんではないかとw
「みんなが好き」「特に姉が大好き」
そしてそれを見抜いているさとりはマジただもんじゃないッ
結局のところはおねーちゃん大好きなんだね。
でもやはり俄雨さんの作品はいろいろ深いゼ…!
面白かったです。
極端に自己能動性に傷があったりすると、自己が外に向けて結実するのに困難を要し、表面上は無感動としか振舞えなかったり。
そういうひとから見ると、規範をあたり前の物として無自覚的に懐ける他者は恐ろしくもあり、羨ましくもあり。
何にしても久々(?)に俄雨さんの名前が見れて嬉しかったです。
こいしちゃんが性交渉とか言うとドキドキしますね。