春の足音が近づいてきた、とある朝。
所は、屋根の瓦に少しばかりの雪を残した守矢神社。
朝食の前に日課の掃除を済ませてしまおうと、早苗は境内へと降り立った。
「……あれ?」
何時もの格好に防寒用の半纏を羽織った早苗は、首を傾げ、目を瞬かせる。
瞳に映る境内が、どういう訳だか既に綺麗になっているのだ。
しかも、彼女自身が掃除する何時もより手が行き届いている。
具体的に言うと、落ち葉の一つもない。
数秒訝しんでいた早苗だったが、ふと、辺りに渦巻く‘力‘を感じる。
‘力‘は触れられる形――風となった。
季節を考慮したのだろう、暖かく、柔らかい風。
「……神奈子様?」
或いは自身が仕える神ならば、この程度のこと、容易いのかも知れない。
考え至った早苗はけれど、怪訝な表情を崩さない。
雑事は自分が行うと明言していたからだ。
加えて、その件に関しては当の神奈子も了承していた。
無論、特別な事情でもあれば話は別だが、一向に覚えがない。
覚えがない、はず――と呟き、再度、首を捻った。
結局何も思いつかないまま、早苗は、塵ひとつない境内を後にした。
続く早苗の仕事は朝食作り。
さしたる手間ではないが、ここ幻想郷にガスはない。
来た当初――と言っても半年と経っていないが――は苦労していたと苦笑する。
縁側に上がると、既にいい匂いが漂っていた。
「神奈子様!?」
掃除のみならず、食事まで。
流石に動揺し、早苗は走りだす。
と、眼前に衣服がひらひらと降ってきた。
早苗のパジャマだった。
「洗濯まで!?」
驚きつつも足を止め、どうにか手で掴む。
直後。
「凄い!
やー、よく今のタイミングで取れた!
早苗がいればウチは安泰だね、よーし、今から祝杯だ!」
どうかと思うほどの陽気な声が、早苗の耳に入った。
「かんぱーいっ!! ……って、早苗?」
無為に片腕を伸ばすのは、守矢神社のもう一柱である諏訪子だった。
しかし早苗は呆然とする。
訳がわからない。
神奈子の行動も。
諏訪子の言葉も。
首を傾げる諏訪子に声を返せぬまま、早苗は混乱していた。
だけれど、感覚だけは正確に物事を捉える。
視界に、仕える神が映り込んだ。
「――ほれ見ろ。
昨日言った通りじゃないか。
やっぱり私のやり方でよかったんだよ。なぁ、早苗」
エプロンを着ていたが。
いやほんとわかんないですなんなんですか。
そんな不躾な質問を言える訳がない。
故に、早苗は固まり続けた。
とは言え、解らぬ二柱ではない。
彼女たちは常に早苗の傍にいるのだから。
故に、神奈子は行動し、諏訪子は言葉を発したのだから。
「あぁ、そうだ」
「その前に」
「ええ」
互いに顔を見合わせた二柱が笑み、そのままの表情で、伝える。
「おはよう、早苗。それと、何時もごくろうさま」
「いやほんとわかんないですなんなんですか」
「そんな!?」
でも的確に答えを返せる訳じゃないよね。
「神奈子様、掃除や食事、お洗濯は、私がすると言っていましたよね?」
怪訝な表情を半眼に変え、早苗は詰め寄る。
「諏訪子様、あぁまで言われれば、馬鹿にされたと常識的には思います」
両手を上げながらじりじりと下がる二柱。
「納得のいく説明をお願いします、お二方」
いつしか壁まで追い詰めた。
そして、神奈子と諏訪子は再び顔を見合わせ、おずおずと切り出した――。
「えっとあの、だからね」
「うんと、ほら、つまりは」
「今日って、‘巫女の日‘でしょう?」
巫女の日。
三月五日のごろ合わせ。
言われてみれば――と思った早苗であったが。
「私は風祝です」
どん、と更に一歩詰め寄る。
行き場を失った二柱。
けれど、そのままで終わる訳がない。
簡単に諦めのつく性格であるならば、そも此処に来てすらいなかったのだから。
――刹那の後、早苗は二柱に抱きしめられていた。
「だって! じゃあ何時どうやってこの溢れんばかりの愛情を行動で示せばいいの!?」
「なんでも手際よく済ませちゃうから褒めるタイミングすら見当たらない!」
「ごろ合わせでもなんでもいいわ!」
「早苗にとって今日と言う日を!」
「楽しい一日にして頂戴!!」
それはもう、力いっぱいだ。
示された行動に、かけられた言葉に、重ねられた願いに、早苗は応える。
「ですから、私は、風祝、です」
「細かいことはいいじゃない!」
「設定も巫女って書いてたし!」
細かくないです。
設定って何ですか。
思いつつ――早苗はどうにか微苦笑し、言った。
「楽しい、と言うか、気恥ずかしい一日になりそうです」
「そんな!?」
震えそうだった声が、それでも楽しげだったのは、きっと、二柱がそう願ったからであろう――。
「――そうだ、じゃあ後ほど、霊夢さんの所に行ってきますね」
「なんの関係が!? ……って、まぁ、私たちも行くけど」
「? どうしてです?」
「‘巫女の日‘だから。――皆、行くらしいよ」
ほぼ同時刻、博麗神社。
「だぁもぉ、二十二人目終わり! 次! さっさと来なさいよ!?」
「君の声は眠りを覚ます姫君の口付け。ふふ、今日は素敵な日にしよう」
「えーえーそういたしましょうこんちくしょう! ――霊符‘夢想妙珠‘!!」
なんか弾幕っている。
「リグルの甘い囁きが通じていない……だと!?」
「貴女にも通じないじゃない。全く」
「私はほらどっちかってーと囁きたい方って変なこと言わせるな!」
「勝手に言ったんでしょうに。――そろそろよ」
「うぁ、流石に寝起きじゃきついみたいだね。――よっし、次、ミスティア・ローレライ、行っきまーす!」
駆け出す夜雀に微苦笑し、最凶妖怪――風見幽香が呟いた。
「これって俗に言うお礼参りじゃないのかしら……?」
尤もな意見に、けれど返された言葉は、否。
「いえいえ、正式な弾幕ごっこですわ」
返した者は、もうヒトリの最強――八雲紫だった。
「あら、二十二体目」
「うぎぎ、貴女だって三十人目辺りになるわ!」
「……それはともかく」
「あ、ずるい、ゆうかりん! ゆかりんのふぎぎ!?」
「そ・れ・は・と・も・か・く!」
囃す紫を物理的に黙らせる幽香。
具体的に言うと、頬を抓った。
それはもう力いっぱいだ。
「ちぎれる! 冗談じゃなくちぎれる!?」
それはともかく。
「『巫女の日だから霊夢の所に行こう』って誘われて来たのだけれど……こんなんでいいの?」
紫の頬が再生するのを待って、幽香は問うた。
幽香自身は一応、花やらなんやらの差し入れを持ってきていた。
しかし、どうにも思っていたのと勝手が違うようだ。
彼女の眼を以てしても、獅子奮迅と呼べる動きを続けている巫女。
要は、次から次へと途切れなくやってくる妖怪や妖精を、片っ端から打ち倒していた。
「いいのよ」
「えらくあっさり言うわね」
「ふふ……貴女も、準備を始めた方がよくなくて?」
はぐらかすような答え。
だったが、幽香は肩を竦め、腕を回した。
彼女にして、今日の巫女は厄介だと感じている。
「さぁ~って、霊夢ぅ! できることならリグルと同じ札でやっつけてー!?」
「真面目にやんなさいよ!? ――霊符‘夢想妙珠‘!!」
「ピッチューン!!」
そう。
何時も以上に厄介だ。
何故なら、頗るテンションが高く見えるから。
「ね?」
「……ええ、ほんと」
「あの子ったら、とっても楽しそう」
三月五日。‘巫女の日‘。この日、博麗神社には、絶えず誰かがやってくる――。
<了>
所は、屋根の瓦に少しばかりの雪を残した守矢神社。
朝食の前に日課の掃除を済ませてしまおうと、早苗は境内へと降り立った。
「……あれ?」
何時もの格好に防寒用の半纏を羽織った早苗は、首を傾げ、目を瞬かせる。
瞳に映る境内が、どういう訳だか既に綺麗になっているのだ。
しかも、彼女自身が掃除する何時もより手が行き届いている。
具体的に言うと、落ち葉の一つもない。
数秒訝しんでいた早苗だったが、ふと、辺りに渦巻く‘力‘を感じる。
‘力‘は触れられる形――風となった。
季節を考慮したのだろう、暖かく、柔らかい風。
「……神奈子様?」
或いは自身が仕える神ならば、この程度のこと、容易いのかも知れない。
考え至った早苗はけれど、怪訝な表情を崩さない。
雑事は自分が行うと明言していたからだ。
加えて、その件に関しては当の神奈子も了承していた。
無論、特別な事情でもあれば話は別だが、一向に覚えがない。
覚えがない、はず――と呟き、再度、首を捻った。
結局何も思いつかないまま、早苗は、塵ひとつない境内を後にした。
続く早苗の仕事は朝食作り。
さしたる手間ではないが、ここ幻想郷にガスはない。
来た当初――と言っても半年と経っていないが――は苦労していたと苦笑する。
縁側に上がると、既にいい匂いが漂っていた。
「神奈子様!?」
掃除のみならず、食事まで。
流石に動揺し、早苗は走りだす。
と、眼前に衣服がひらひらと降ってきた。
早苗のパジャマだった。
「洗濯まで!?」
驚きつつも足を止め、どうにか手で掴む。
直後。
「凄い!
やー、よく今のタイミングで取れた!
早苗がいればウチは安泰だね、よーし、今から祝杯だ!」
どうかと思うほどの陽気な声が、早苗の耳に入った。
「かんぱーいっ!! ……って、早苗?」
無為に片腕を伸ばすのは、守矢神社のもう一柱である諏訪子だった。
しかし早苗は呆然とする。
訳がわからない。
神奈子の行動も。
諏訪子の言葉も。
首を傾げる諏訪子に声を返せぬまま、早苗は混乱していた。
だけれど、感覚だけは正確に物事を捉える。
視界に、仕える神が映り込んだ。
「――ほれ見ろ。
昨日言った通りじゃないか。
やっぱり私のやり方でよかったんだよ。なぁ、早苗」
エプロンを着ていたが。
いやほんとわかんないですなんなんですか。
そんな不躾な質問を言える訳がない。
故に、早苗は固まり続けた。
とは言え、解らぬ二柱ではない。
彼女たちは常に早苗の傍にいるのだから。
故に、神奈子は行動し、諏訪子は言葉を発したのだから。
「あぁ、そうだ」
「その前に」
「ええ」
互いに顔を見合わせた二柱が笑み、そのままの表情で、伝える。
「おはよう、早苗。それと、何時もごくろうさま」
「いやほんとわかんないですなんなんですか」
「そんな!?」
でも的確に答えを返せる訳じゃないよね。
「神奈子様、掃除や食事、お洗濯は、私がすると言っていましたよね?」
怪訝な表情を半眼に変え、早苗は詰め寄る。
「諏訪子様、あぁまで言われれば、馬鹿にされたと常識的には思います」
両手を上げながらじりじりと下がる二柱。
「納得のいく説明をお願いします、お二方」
いつしか壁まで追い詰めた。
そして、神奈子と諏訪子は再び顔を見合わせ、おずおずと切り出した――。
「えっとあの、だからね」
「うんと、ほら、つまりは」
「今日って、‘巫女の日‘でしょう?」
巫女の日。
三月五日のごろ合わせ。
言われてみれば――と思った早苗であったが。
「私は風祝です」
どん、と更に一歩詰め寄る。
行き場を失った二柱。
けれど、そのままで終わる訳がない。
簡単に諦めのつく性格であるならば、そも此処に来てすらいなかったのだから。
――刹那の後、早苗は二柱に抱きしめられていた。
「だって! じゃあ何時どうやってこの溢れんばかりの愛情を行動で示せばいいの!?」
「なんでも手際よく済ませちゃうから褒めるタイミングすら見当たらない!」
「ごろ合わせでもなんでもいいわ!」
「早苗にとって今日と言う日を!」
「楽しい一日にして頂戴!!」
それはもう、力いっぱいだ。
示された行動に、かけられた言葉に、重ねられた願いに、早苗は応える。
「ですから、私は、風祝、です」
「細かいことはいいじゃない!」
「設定も巫女って書いてたし!」
細かくないです。
設定って何ですか。
思いつつ――早苗はどうにか微苦笑し、言った。
「楽しい、と言うか、気恥ずかしい一日になりそうです」
「そんな!?」
震えそうだった声が、それでも楽しげだったのは、きっと、二柱がそう願ったからであろう――。
「――そうだ、じゃあ後ほど、霊夢さんの所に行ってきますね」
「なんの関係が!? ……って、まぁ、私たちも行くけど」
「? どうしてです?」
「‘巫女の日‘だから。――皆、行くらしいよ」
ほぼ同時刻、博麗神社。
「だぁもぉ、二十二人目終わり! 次! さっさと来なさいよ!?」
「君の声は眠りを覚ます姫君の口付け。ふふ、今日は素敵な日にしよう」
「えーえーそういたしましょうこんちくしょう! ――霊符‘夢想妙珠‘!!」
なんか弾幕っている。
「リグルの甘い囁きが通じていない……だと!?」
「貴女にも通じないじゃない。全く」
「私はほらどっちかってーと囁きたい方って変なこと言わせるな!」
「勝手に言ったんでしょうに。――そろそろよ」
「うぁ、流石に寝起きじゃきついみたいだね。――よっし、次、ミスティア・ローレライ、行っきまーす!」
駆け出す夜雀に微苦笑し、最凶妖怪――風見幽香が呟いた。
「これって俗に言うお礼参りじゃないのかしら……?」
尤もな意見に、けれど返された言葉は、否。
「いえいえ、正式な弾幕ごっこですわ」
返した者は、もうヒトリの最強――八雲紫だった。
「あら、二十二体目」
「うぎぎ、貴女だって三十人目辺りになるわ!」
「……それはともかく」
「あ、ずるい、ゆうかりん! ゆかりんのふぎぎ!?」
「そ・れ・は・と・も・か・く!」
囃す紫を物理的に黙らせる幽香。
具体的に言うと、頬を抓った。
それはもう力いっぱいだ。
「ちぎれる! 冗談じゃなくちぎれる!?」
それはともかく。
「『巫女の日だから霊夢の所に行こう』って誘われて来たのだけれど……こんなんでいいの?」
紫の頬が再生するのを待って、幽香は問うた。
幽香自身は一応、花やらなんやらの差し入れを持ってきていた。
しかし、どうにも思っていたのと勝手が違うようだ。
彼女の眼を以てしても、獅子奮迅と呼べる動きを続けている巫女。
要は、次から次へと途切れなくやってくる妖怪や妖精を、片っ端から打ち倒していた。
「いいのよ」
「えらくあっさり言うわね」
「ふふ……貴女も、準備を始めた方がよくなくて?」
はぐらかすような答え。
だったが、幽香は肩を竦め、腕を回した。
彼女にして、今日の巫女は厄介だと感じている。
「さぁ~って、霊夢ぅ! できることならリグルと同じ札でやっつけてー!?」
「真面目にやんなさいよ!? ――霊符‘夢想妙珠‘!!」
「ピッチューン!!」
そう。
何時も以上に厄介だ。
何故なら、頗るテンションが高く見えるから。
「ね?」
「……ええ、ほんと」
「あの子ったら、とっても楽しそう」
三月五日。‘巫女の日‘。この日、博麗神社には、絶えず誰かがやってくる――。
<了>
普通に花束用意してるゆうかりん可愛い。ていうかリグルはいつもゆうかりんにあんなこと囁いてるのかww
22連戦22連勝の霊夢さんパネェ…
でも登場キャラ数的にまだ50近く残ってるんだよね…どこまでがんばれるんだろうw
でも神奈子様を割烹着じゃなくエプロンにしたのだけは許しませんよ、えぇ
ミスティアの発言が妙に特徴的で「ん?」と思いましたが、作者名見て納得しました(アッシャッシャ
ちょ、早苗さん空気読もうよ!