「おやすみなさい、お姉さま」
「おやすみ、フラン、いい夢を」
優雅に可憐に夜のあいさつ。
私は足取り軽やかに、地下室へとつながる階段を下りていく。
おうちの中を飛ぶのは淑女としては格好が悪い。
だけど、どたばた走るのはもっとだめ。走りたいのも我慢する。
いつでもお行儀よくして、暴れたりなんかしない、それが一人前のレディのたしなみ。
開くとぎぃぎぃ音がする古い鉄製の扉を押しあけて、私は帰ってきた。
できるだけ音をたてないように丁寧に扉を閉める。
そうして私は一人になった。ほうっと、ためいき。
お屋敷の中で自由に遊ばせてもらえるようになってから、毎日この瞬間が一番しあわせ。
お姉さまとのテラスでのお茶会。
美鈴と二人でかくれんぼ。
咲夜のお仕事のお手伝い。
パチュリーと一緒にお勉強。
小悪魔のいたずらに大笑い。
それから、魔理沙やお客さんとの弾幕ごっこ。
みんな、みーんな楽しいけれど、こうしてお部屋に帰ってきた時が一番しあわせ。
なんだか、ほっとして、安心することができるから。
きっと、前みたいにこの部屋に閉じ込められたら。
ずーっとひとりぼっちに戻ったら。
きっと私は寂しくて、悲しくて、あの頃みたいに我慢できない。
もう耐えられない。
だけど、みんなと楽しく過ごしたそのあとは、ひとりぼっちになりたくなる。
なんでかな。
なんでかしら。
みんなのことが大好きで一緒にいるのはしあわせ。
だけど、少しだけ疲れちゃう。ひとりになりたくなる。
ひとりぼっちは嫌い。
ひとりぼっちは怖い。
だけど、ひとりでいるのは好き。
変なの。変なの。
咲夜が用意しておいてくれた寝巻きに着替えていつもの帽子を脱いでテーブルに置く。
脱いだ服はきちんと畳んで、テーブルの上に。思いやり。
靴を脱いでベッドに飛び込む。
ふかふかの毛布は気持ちがよくて大好き。美鈴とおんなじ、おひさまの匂い。
私は吸血鬼だから、おひさまには会ったことがないけど、きっとすてきなんだろうなと思う。
いつか会える日が来るかしら。
毛布や枕の位置を整えて、おやすみなさいの準備は完璧。
一番近くにあるろうそくの火をふーっと、吹き消して。
お部屋の中は真っ暗。
仰向けに大の字になって、私は瞳を閉じる。
これからが楽しい遊びの時間。
ずっとこの部屋から出してもらえなかった頃からいっとうお気に入りだったお遊び。
今もいちばんお気に入り。お姉さまにもだれにも内緒の秘密の遊び。
空想ごっこ。
もしも、私が小鳥だったら、とか、もしも、私がこのシーツだったら、とか。そういうことを取りとめもなく考える遊び。
道具はなにも必要ない。この頭一つあれば事足りる。
これなら、昔の私でもなんにも壊しちゃわないで遊べる。
今では、空想ごっこの登場人物や場所がずっとたくさん増えた。楽しいこともたくさん知った。
そうしたら、もっともっと楽しくなって、今でもこれを止められない。
さてと、今日はどうしようかな。
そうだ、あれにしよう。パチュリーが貸してくれた絵本のものがたり。
男の子がお城に閉じ込められた女の子と手をつないで、助け出すお話。
私があの女の子で、魔理沙が男の子の役ね。実際にもそんな感じだもん。
「行こう、フラン!」
魔理沙がこの地下室から出られない私に手を差し伸べる。咲夜より少しちっちゃくて、美鈴よりは少し柔らかい手。
「でも……」
外には行ってみたいけど、それをしちゃいけないのもよく分かっている私は躊躇う。
お姉さまたちが外に行っちゃいけないという理由はちゃんと分かっている。
「そんなこというなよ、私はお前と行きたいんだ」
「魔理沙……。でもお姉さまが」
「大丈夫、私に任せとけって」
そういって少し切なげに笑う魔理沙の顔は頼もしい。信じてもいいような気がした、私はそれでも少し迷う。
「な?」
「……うん!」
ごめんなさい、お姉さま。
私はそう思いながら、魔理沙の手をとった。吸血鬼のそれとは違って、人間のそれは火傷をしてしまいそうなくらいに暖かかった。
「待ちなさい、妹様、行ってはだめよ……!」
喘息の発作を起こしているのか苦しそうなパチュリーが、魔法で行く手を阻んでくる。
ロイヤルフレアに、プリンセスウンディネ。
吸血鬼の弱点を正確についてくるそれから魔理沙が庇ってくれる。
「フラン様、お願いです!」
いつものにこにこした優しい笑顔とは違う怖い顔をした美鈴が前に立ちはだかる。
そんなに強くなんかないくせに、ぼろぼろになりながらも通してくれようとしない。
ごめんね、と呟いて、突き飛ばした。
「大丈夫か?」
「うん」
自分のしようとしていることの恐ろしさに泣きそうになる私を魔理沙はそっと励ましてくれた。
それでも、その歩みを止めることはない。
「フランドール様、どうか考えなおしてくださいませ」
いつも冷静で瀟洒な咲夜が髪を振り乱して、ナイフを向けてくる。
なぜか、その表情は泣きそうに見える。
時間を止められるより前に、ナイフをきゅっとしてドカーン。
「フラン、あなたがそうするというのなら、私は姉として全力で止めるわよ」
いつも以上相手を畏怖させるようなオーラを放ってお姉さまは言う。
怖い。
震える私を箒に乗せた魔理沙は、やっぱりどこか哀しそうに笑って八卦炉を構えて、叫ぶ。
魔砲・ファイナルマスタースパーク
他のどれよりも極太のレーザーが輝いて、その反動を利用して魔理沙は飛び立つ。
最期に一度だけ、紅魔館を振り返ると、パチュリーが、美鈴が、咲夜が憔悴しきった様子でこちらを見つめている。
お姉さまは悔しそうに顔を歪めて、泣いていた。だけど、精いっぱいに微笑んでいる。
「お姉さま……」
どんどん遠ざかっていく、紅魔館。もう戻れない。
「ここが、私のとっておきの場所なんだ」
「うん」
夜明け前、もう空は白んでいて、太陽が静かに昇り始めている。
私と魔理沙がいるのは幻想郷を一望できる小高い丘の上。
そこから景色を眺める。
その景色は限りなく美しい。空はどこまでも広くて、昇ってくる朝日に照らされる、世界すべてがきらきらと輝いていた。
「魔理沙」
「うん」
「連れてきてくれて、ありがとう」
「う……ん……」
魔理沙は泣きそうな顔で、震える声で。だけどずっとしっかり手は握ったまま、同じ景色を眺めてくれている。
「みんな、大好き」
吸血鬼である以上、おひさまの光に敵うはずもなくて。
おひさまが昇っていくにつれて、私の体はどんどん消えていく。
消滅してしまう。
だけど、それでも私はしあわせだった。
なんてね。
あの絵本の女の子は実は、外に出ると死んじゃう病気にかかっていて、最後は男の子の腕の中で死んじゃった。私の場合はおひさまかな、と思ったけど、実際は日傘があれば大丈夫だし、こんなことにはならないけど。
無理やり状況だけをなぞっても矛盾だらけ。
そんな拙い刹那的な空想。
だけど。
お姉さまたちを悲しませるのはだめだけど、こんなふうにきれいな景色の中で死んでいけるのはしあわせだと思う。
ああ、でもまた死んじゃった。
こんなふうに空想ごっこをしていると、ほとんど毎回最後には私は死んでしまう。
犬になった時も、猫になった時も、ドアになった時も。
なんでかな。
だけど、そういう空想をするのはどこか気持ちがいい。
空想の中のフランは、みんなに愛されていて、惜しまれながら死んでいく。
あたたかい雰囲気のお葬式。
たくさんのひとたちが泣いていて、お姉さまがそっと私の身体を抱きしめてくれる。
幽霊になった私はそんなお姉さまに大丈夫だよ、もう苦しくないよ、なんて声をかける。
その声は決して届かないけど。
うらやましいな。私が消えたら、誰か哀しんでくれるかな。
今まで、私のまわりに現れた生き物やモノはみんな私より先に壊れちゃった。壊しちゃった。
だけど、空想の中のフランはなにも壊さずにみんなより先に消えていくのだ。
これ以上にすばらしいことなどない。
そういうことを考えると、少しだけ安心する。
今すぐではなくても、いつか未来には、私も壊れて消えていくことができるんだから。
その時、みんなが哀しんでくれるなら。
ひとりぼっちじゃないけど、ひとりになれる。
そんな風に安心したくて、私は毎晩空想ごっこをやめられない。
きっとこれをしなかったら、いつものように笑えない。
毎日が楽しくてしかたないはずなのに、こんなことを考えちゃう私はきっと悪い子だ。
だけど、それでもいいかなあ。
だんだん眠くなってきて、そろそろ楽しい空想ごっこもおしまいの時間。
「明日も楽しい日になりますように」
おやすみなさい。
とりあえず、私はこういう話好きですよ。
ひとりぼっちは嫌だけどひとりになりたい、というのは分かる気がします。
完全にお話を理解できたわけではないと思いますが、心に沁み入るものがありました。
私もこういうお話好きです。
この作品は、起伏こそ薄けれど、テーマの提示もはっきりしているし、かっちりまとまっています。作品内容への評価は人それぞれでしょう。好き嫌いは常につきまとう物です。ですが、私はこの作品を面白く読めましたし、先にコメントされた方にも面白いと仰る方がいる。素敵な作品だと思う方はいるのですから、けしてそんなに卑下する物じゃありません。大丈夫ですよ。
綺麗な作品をありがとうございます。では。
それだけで十分です。
センスあるなーと思いました
中二病なんて褒め言葉でしょう
凄い面白かったです!!
素晴らしかった。ありがとう。
全然胸糞悪くなんかないので、もっと自信を持って下さい。
次回作も期待してます。
というか俺も昔っから布団に入ると妄想にふけってしまい、午後十一時に横になったのに寝付けたのは午前四時とかザラなのよね。
以下コピペ
今では中二病という言葉は様々な意味で使用されるようだが、その中に、概念的な話や自己言及的な話をする人を嘲笑する用法がある。私はこれが嫌いだ。様々な事に悩み、思索し、表現するのは青い者に限らず大人だってする事だし、むしろ人間が誇れる重要な特技だ。何が病か。
もちろん、この用法が流行ったのもわかる。何か真理を悟ったかのような思いを抱いた人間が、ネットという半匿名性のある場で大きな態度をとることが多々ある。そういった連中に「ああ、またこの類か。ガキがよくやるやつな」と論を要さずに叩ける中二病という言葉はとても便利だったんだろう。
しかし、これが流行りすぎて叩きが無差別になった。物質的な話を離れて概念的な話、とくに人生や心といった大きなテーマの話になると、条件反射のように中二病といって馬鹿にされる。そしてこういった罵倒のコメントの大半からは「小難しく見える話をしていい気になるな」というようなつまらない反感や、「中二病という言葉で相手をラベリングすることで、メタな立場に立ってやろう」といった、臆病な自尊心から生まれた対抗意識しか感じられない(後者は無意識だろうが)。このような中身の伴わない批判を気にし過ぎては、思索の芽を摘み取る結果となる。
それどころか、このような何でもかんでも中二病と馬鹿にする風潮は、概念的な思索自体を下らないものと誤認させ、新たな可能性を叩き潰すことになるだろう。だから私は中二病という言葉のこの用法が嫌いだ。
以上、俺の脳内からのコピペでした。
作品への感想でなくて申し訳無い。
邪魔なら消します。
今のラノベなんて存在価値すらなくなってしまいます。
真に駄目なのは中二病を要素として取り込めなかった作品。中身の薄い中二的な妄想をただ垂れ流すだけの作品だと思います。
この作品は中二病を要素として取り込めていると思いますよ。