Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

視線

2010/03/05 15:58:52
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 鴉が此方を見ている。
 桜の木に止まっている二羽の鴉が此方をじっと凝視めるのだ。
 外では雨が降っていて、蕾しか付いていない、裸の桜の木に止まった処でまるで意味のないことである。
 僕は不気味に思い、しゃっとカーテンを閉めた。


「御機嫌よう」


 八雲紫であった。
 この少女は、ドアを使ってくれない、唯一困った妖怪である。
 少々、苦手なのだが、ストーブの燃料を分けてくれるので邪険にできない。


「やあ、いらっしゃい。偶にはドアを通ってくれないだろうか」
「ドアなんて在りました?ああ、あの薄い板っぺらのこと」


 紫は、ドアを指差し、ころころと笑う。
 云って無駄になることは火を見るより明らかだった。
 だが、別に諭す心算などなかった訳だが。


「処で、どうしてカーテンを閉めたのです?景色が何も見えないわ」
「見てみれば、解るよ」


 ほう、どれ。と紫は面倒そうに漂い、カーテンを少しだけ開いた。


「何も変な処は在りませんわ。御覧なさい」


 僕はカーテンを少しだけ開き、外を見た。
 居るのだ。二羽の鴉が、鳴くのでもなく、視線を泳がすのでもなく。
 唯、此方を見ているのである。
 僕は、カーテンを乱暴に閉めた。


「どうされました?」
「矢張り、外を見る気になれない」
「どうして?」
「鴉がね、居るのさ。君も見ただろう。二羽、桜の木に止まっていてじぃっとこっちを凝視めるからさ」
「可笑しなことを云う人ね。鴉なんて居ませんわ」


 紫は、再びカーテンを少しだけ開き、外を見た。


「ほら、やっぱり鴉なんて居ませんわ」
「嘘だろ。何処を見たんだ?桜の木だぞ」
「勿論、桜の木を見ました。けれど鴉なんて居なかった」


 まるで、鼬ごっこをやらされているかのような気分だった。
 もう一度、カーテンを少しだけ開けて、外の桜の木を見た。
 二羽の鴉は、身動き一つせず、此方を凝視めるだけだった。
 雨宿りするなら、他の場所に行けば良いのに、どうして此処なのだろう。
 せめて、此方をじっと凝視めることを止めてくれれば良いのに。


「どう?居なかったでしょう」
「居たよ。黒くて大きいんだから、視えないなんてことはない筈だろう?」
「気の所為でしょうね。私が身間違うなんて有り得ないもの」


 紫は、寝惚けた人が見間違えたのさ。と唄った。
 僕はお化けか、それに近しいものを見ているのだろうか。
 然し、幽霊は餅を伸ばしたような姿をしていて、鴉の姿になどなる筈はない。

「そうねぇ、鴉天狗を怒らせたとか?謝りに行きますか?」
「恐いことを云うじゃないか。生憎、そんなことをした憶えはないよ」


 紫はあらそう、と素っ気ない返事を返してきただけだった。
 僕はカーテンを見た。向う側にはまだ、鴉が居るのだろうか。
 そう思わなければもう居ないのだろうし、そう思うのならまだ居るのかもしれない。
 兎に角、今はカーテンを開けたくなかった。


「カーテン、開けませんか?薄暗くって善く見えませんわ」


 紫が顔をぬっと近づけて、ほら、貴方の表情も善く見えません。と云った。
 息が掛かる程近かった。瞳が紅く妖しく爛爛と輝いている。
 成程、確かに見えないと思った。
 然し、カーテンを開けることだけは嫌だった。
 この薄暗さが鴉の視線から守ってくれているのだと思えば、これ程安らぐ空間はなかったからである。
 
 紫の顔が遠退いた。


「詰らない人ね」


 その言葉の意味の理解は出来ない。
 この少女の云う事など、理解しようと思う時点で無駄である。
 紫は少し頬を膨らませたが、全く似合っていなかった。


「せめて灯りでも付けませんか?矢張り、嫌なのでしょうね」


 此処から逃げ出そうか、と考えたが生憎傘は置いていなかった。
 否、偶に来るのだが、今日はそんな気分ではないらしい。


「鴉が、恐いのですか?」
「否、そう云う訳じゃないよ。唯、監視されてるみたいで」
「監視…」


 嫌がる気持ちを抑え、ほんの少しだけカーテンを開いた。
 鴉はまだ居た。僕を、その黒い羽毛と区別の付かない瞳に映すのか。
 紫はくすりと、不気味に笑った。


「恐がりね。よっぽど臆病なのかしら?」
「まあ、そうなのかもしれないね」


 紫の笑みは一層不気味さを増した。
 さぁさぁと静かに降っていた雨だったが、急に勢いを増し、喧しくなった。
 一瞬、八雲紫の不気味さ=雨の激しさと云う、意味も訳も解らない式が浮かんだ。
 きっと、意味なんてないし、訳も在る筈がない。偶々なのだろう。
 僕はその有り得ない考えを拭い去った。


「処で、紫。君は、何か用があって此処に来たんじゃないのか?」


 遅かったと思った。
 来店直後に云う筈の言葉を、僕は今頃になって云った。


「ええ、勿論」


 紫は、笑みを崩さずにそう云った。


「でも、もう充分ですわ」
「それは一体どう云う――」
「もう良いわ。ありがと」
「――ことなんだ?」


 紫はもう、そこに居なかった。
 問い掛けに対する返答などなく、薄暗い店内に居るのは僕一人である。
 鳥の羽撃く音が雨の轟音に混じって聞こえた。
 カーテンを開けて見てみると、既に鴉は二羽とも飛び立った後であった。
夜中、窓に張り付いていた虻みたいな虫の視線を背中に感じながら書いたのを覚えています。
カテゴリで解ると思いますが、二羽の鴉は前鬼と後鬼のつもりです。
なんだか紫がストーカー染みていましたね。
式まで使っての変態っぷりだなぁと書いててそう思いました。ごめんなさい…
夢先案内猫
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
なんか、紫が怖かった…
ヤンデレみたい。
2.名前が無い程度の能力削除
なにこれこわい