「……はい?」
思わず、私は我が耳を疑っていた。
あの橙が。
私の式であり、目に入れても痛くない程に可愛らしいと思っていた橙が、とんでもない事を聞いてきたからだ。
唐突な質問のせいで、私の頭脳が思わずシャットダウンしそうになり、
「はい、じゃないですよ藍様。私は藍様に教えて欲しくて、質問をしているのです!」
「あ、ああそうだな。すまない、先程は少しばかり考え事をしていたらしくて聞き逃してしまった。
申し訳ないが、もう一度言ってくれるかな? 出来れば、ゆっくりと」
橙の言葉で、どうにか意識を繋ぎとめる事が出来た。
危なかった。あと五秒で私は意識を失っている所だった。ショックの余り脳のヒューズが切れる所だった。
そんな危機的状況の私の意識を繋ぎとめてくれたのは、この可愛い橙の声(こえ と書いて えんじぇるぼいす と読む)だ。
ああ、やっぱり橙の声は可愛いなあ。可愛いなあ……
そんな風に強気な上目遣いでぼーっとしていたダメなご主人様を叱る橙もまたちょっぴり大人びていてステキな感じが――
「オマケってぶっちゃけ何処の毛なんですか? オマの毛なんですか?
オマに生えた毛なんですか? オマって身体の何処にあるんですか?」
「ちぇぇぇぇぇんッ! い、いけない! それ以上言ってはいけません!」
前言撤回だ。
いけない。これ以上はいけないィ!
恐らく、橙は悪いお友達(例:氷精とか)に妙な知識を吹き込まれているのだ。
だからあれ程友達はきちんと選びなさいと言っているのに……しょうがないなあ橙は。誰とでも仲良くなれる子なのは良い事なんだろうけどなぁ……
と、とにかく! ここは一つ、保護者であるこの私が何とかしないと!
「ちぇ、橙っ! とにもかくにも、その質問は止めなさい!」
「むぅー。変な藍様ですね。藍様ってば、とっても頭が良いはずなのに私の質問には答えられないんですから」
「い、いや待ちなさい橙! 私は隙間妖怪の式にして数学者でもある八雲藍だ。
私にかかれば三途の河の川幅だろうが、天人の態度の標高だろうが、蓬莱人の罪の重さだろうがたちどころに計算して見せようとも」
「むぅー? 本当ですかぁー? 目が泳いでいますよー?」
「泳いでいない! 私は嘘なんか吐いていません!」
どうやら、橙は私が質問に答えられない――つまり、答えが分からないと思っているのだろう。
私は今まで、橙に様々な事を教えてきた。
読み書きそろばんに始まり、式の扱い方や格闘術に妖術。
全てにおいて、私は最高品質の授業を行ってきたと自負している。
ならばこそ、今回もまた私は最高品質の授業をしなければならない。そうしなければ、橙の信頼を回復する事は出来ない。
だが……果たして、私にこの授業を完遂する事が、可能なのだろうか?
大体オマの毛って何なんだ。
いや、何となくだけど分かる気はするのだが……だが……果たして、それで良いのだろうか?
「藍様ー?」
私がこうしている間にも、橙はじーっと私の瞳を覗き込んでいる。
その瞳に込められているのは、純粋な知的好奇心。そして、私に対する猜疑心だ。
オマケ――オマの毛の正体を知りたいと言う好奇心は実に素晴しい物。
教育者として、その好奇心を否定する事は出来ない。
全ての学問は「なぜだろう?」の気持ちから始まるのだから、今の橙は実に素晴しい状態だと言えるだろう。
だが――だが、だが! この疑問に対して回答を与えるのは、果たして良い事なのだろうかっ!?
「藍様ー? オマって何なんですかー?
……むぅー。藍様がダメなら、紫様に教えてもらおうかなあ」
「ま、待ちなしゃい! それはもっとダメだ!」
「噛んでますよ、藍様」
「噛んでにゃい!」
噛んでいるけれど、そんな事はどうだって良い!
舌に犬歯が貫通して空いた穴から血がダクダクと流れているけれど、そんな事はどうだって良いさ!
とにもかくにも……紫様にそんな事を聞いてはいけない!
あの悪戯好きでしょーもない事が大好きな紫様の事……
その様な質問をすれば、私が想像している最悪の事態よりもナナメ上にさらに最悪の事態を起こしてくれるに違いない!
ここは何としても。橙の教育の為にも、私がこの状況を解決しなければ!
スゥ、と息を一度吸い、私は心を落ち着ける。
息と一緒に血も飲んでしまったが、喉が潤ったのでまあ良しとしておこう。
――よし、大丈夫だ。
私は意を決すると、橙に優しく囁く。
全ては、橙の知的好奇心の為に。
「……橙。これから私が、オマの毛を見せてあげよう」
「本当ですか? わぁーい!」
「心して、見るのだぞ」
「はい! 藍様のオマの毛、じっくりと見ますね!」
「いや、出来る事ならじっくりとは見て欲しくはないのだが」
橙は、好奇心が満たされる事がよっぽど嬉しいのだろう。
満面の笑顔(えがお と書いて えんじぇるすまいる と読む)を振りまいている。
こうなれば、もうどうにでもなれだ。私は教育者の八雲藍――覚悟を決めるしかない!
「では、心行くまで見なさい。これが、私のオマの毛――」
そして、私はスカートの裾を震える指で摘み、ゆっくりと持ち上げて――……
私は爆発した。
思わず、私は我が耳を疑っていた。
あの橙が。
私の式であり、目に入れても痛くない程に可愛らしいと思っていた橙が、とんでもない事を聞いてきたからだ。
唐突な質問のせいで、私の頭脳が思わずシャットダウンしそうになり、
「はい、じゃないですよ藍様。私は藍様に教えて欲しくて、質問をしているのです!」
「あ、ああそうだな。すまない、先程は少しばかり考え事をしていたらしくて聞き逃してしまった。
申し訳ないが、もう一度言ってくれるかな? 出来れば、ゆっくりと」
橙の言葉で、どうにか意識を繋ぎとめる事が出来た。
危なかった。あと五秒で私は意識を失っている所だった。ショックの余り脳のヒューズが切れる所だった。
そんな危機的状況の私の意識を繋ぎとめてくれたのは、この可愛い橙の声(こえ と書いて えんじぇるぼいす と読む)だ。
ああ、やっぱり橙の声は可愛いなあ。可愛いなあ……
そんな風に強気な上目遣いでぼーっとしていたダメなご主人様を叱る橙もまたちょっぴり大人びていてステキな感じが――
「オマケってぶっちゃけ何処の毛なんですか? オマの毛なんですか?
オマに生えた毛なんですか? オマって身体の何処にあるんですか?」
「ちぇぇぇぇぇんッ! い、いけない! それ以上言ってはいけません!」
前言撤回だ。
いけない。これ以上はいけないィ!
恐らく、橙は悪いお友達(例:氷精とか)に妙な知識を吹き込まれているのだ。
だからあれ程友達はきちんと選びなさいと言っているのに……しょうがないなあ橙は。誰とでも仲良くなれる子なのは良い事なんだろうけどなぁ……
と、とにかく! ここは一つ、保護者であるこの私が何とかしないと!
「ちぇ、橙っ! とにもかくにも、その質問は止めなさい!」
「むぅー。変な藍様ですね。藍様ってば、とっても頭が良いはずなのに私の質問には答えられないんですから」
「い、いや待ちなさい橙! 私は隙間妖怪の式にして数学者でもある八雲藍だ。
私にかかれば三途の河の川幅だろうが、天人の態度の標高だろうが、蓬莱人の罪の重さだろうがたちどころに計算して見せようとも」
「むぅー? 本当ですかぁー? 目が泳いでいますよー?」
「泳いでいない! 私は嘘なんか吐いていません!」
どうやら、橙は私が質問に答えられない――つまり、答えが分からないと思っているのだろう。
私は今まで、橙に様々な事を教えてきた。
読み書きそろばんに始まり、式の扱い方や格闘術に妖術。
全てにおいて、私は最高品質の授業を行ってきたと自負している。
ならばこそ、今回もまた私は最高品質の授業をしなければならない。そうしなければ、橙の信頼を回復する事は出来ない。
だが……果たして、私にこの授業を完遂する事が、可能なのだろうか?
大体オマの毛って何なんだ。
いや、何となくだけど分かる気はするのだが……だが……果たして、それで良いのだろうか?
「藍様ー?」
私がこうしている間にも、橙はじーっと私の瞳を覗き込んでいる。
その瞳に込められているのは、純粋な知的好奇心。そして、私に対する猜疑心だ。
オマケ――オマの毛の正体を知りたいと言う好奇心は実に素晴しい物。
教育者として、その好奇心を否定する事は出来ない。
全ての学問は「なぜだろう?」の気持ちから始まるのだから、今の橙は実に素晴しい状態だと言えるだろう。
だが――だが、だが! この疑問に対して回答を与えるのは、果たして良い事なのだろうかっ!?
「藍様ー? オマって何なんですかー?
……むぅー。藍様がダメなら、紫様に教えてもらおうかなあ」
「ま、待ちなしゃい! それはもっとダメだ!」
「噛んでますよ、藍様」
「噛んでにゃい!」
噛んでいるけれど、そんな事はどうだって良い!
舌に犬歯が貫通して空いた穴から血がダクダクと流れているけれど、そんな事はどうだって良いさ!
とにもかくにも……紫様にそんな事を聞いてはいけない!
あの悪戯好きでしょーもない事が大好きな紫様の事……
その様な質問をすれば、私が想像している最悪の事態よりもナナメ上にさらに最悪の事態を起こしてくれるに違いない!
ここは何としても。橙の教育の為にも、私がこの状況を解決しなければ!
スゥ、と息を一度吸い、私は心を落ち着ける。
息と一緒に血も飲んでしまったが、喉が潤ったのでまあ良しとしておこう。
――よし、大丈夫だ。
私は意を決すると、橙に優しく囁く。
全ては、橙の知的好奇心の為に。
「……橙。これから私が、オマの毛を見せてあげよう」
「本当ですか? わぁーい!」
「心して、見るのだぞ」
「はい! 藍様のオマの毛、じっくりと見ますね!」
「いや、出来る事ならじっくりとは見て欲しくはないのだが」
橙は、好奇心が満たされる事がよっぽど嬉しいのだろう。
満面の笑顔(えがお と書いて えんじぇるすまいる と読む)を振りまいている。
こうなれば、もうどうにでもなれだ。私は教育者の八雲藍――覚悟を決めるしかない!
「では、心行くまで見なさい。これが、私のオマの毛――」
そして、私はスカートの裾を震える指で摘み、ゆっくりと持ち上げて――……
私は爆発した。
面白いことは面白かったですが。
それよりあなたはどんな日常を送っていたらこういうことを思いつくのですか。
さーせん。
前作でも多いに翻弄された身としてはやや物足りない気がします