「それにしても香霖の店は客が来ないな、何とかしようとは思わないのか?」
相変わらず客のいない店の中で、霧雨魔理沙がぽつりと洩らしたことがあった。
「無論、顧客の増加に向けて日々邁進しているよ」
「あ、眼鏡を抑えながら喋ったな。香霖が嘘をつく時のサインだぜ」
「”バカ正直な商売人の店は潰れる”と、君の親父さんに教えられたからね」
「あーあーあー、後半部分は聞こえなかったが、この現状でその台詞は負け惜しみってやつだぜ」
いつもと同じ軽い言葉の応酬のあと、香霖堂の店主である森近霖之助は小さくため息をついた。
無論霖之助とて、伊達や酔狂で──最近酔狂の方は否定できないかもしれなくなってきたが──店を営んでいるわけではない。
しかし。屈託の無い笑み、自然と道具の購入意欲がそそられるような面白おかしいトーク、明るい店内、立地条件・・・・・・
そのどれもが、香霖堂には欠けているのである。どれも独立するに当たって、霧雨の親父さんから叩き込まれたはずだったのだが。
まず、屈託の無い笑顔・・・・・・霖之助いわく、一番の難題である、らしい。彼曰く、そもそも笑顔とは動物の威嚇行動であり(中略)
などと語っているが、要するに照れくさいだけじゃないかと魔理沙は踏んでいる。
次に、面白おかしいトーク。多少言葉を操る事に自信のある店主としては、その斬新かつ万人受けするような薀蓄をもって
「あらあらこれってそんなに縁起が良いの?じゃあ一つ買おうかしら」などと言わせてはみたいのだが、
店に初めて訪れる人間は、雑学好きな店主の長話に辟易し、笑みを引き攣らせて帰ってしまう。
では店の明かりはどうか?一般的に考えれば、まぶしすぎない程度に明るいのが良いといわれているが、
店内はじめじめと薄暗い。胸を張って「ここは古道具屋です!」と言うことができるほどだ。
魔理沙は「人間も妖怪もない、いい雰囲気」と評しているのだが、一般客は「なんだこの不気味な店は」と眉を顰めるのみである。
そして立地条件───魔法の森の、その入り口。店主だけは、良い所に店を建てたものだと自負しているが、
中々微妙な場所であった。おまけに、「妖怪退治」と称して無害な妖怪を襲う巫女が頻繁に訪れるのだから、これで客が寄り付く筈も無い。
どうしたら、お客を呼び込めるのか。
うーむ、と本を閉じ、森近霖之助は考え込んでいた。壺の上に腰掛けていた少女はすでに暇をもてあまし、外へ飛び出していた。十分に集中するために両目を閉じ、椅子の背もたれに体重を預けつつ腕と足を組んでいる。
──そもそも彼は、この能力を生かすため、さらには自分の店を経営するために世話になっていた霧雨魔法店から独立したという経緯がある。
『うちで培った接客術使って、せいぜい頑張りな』とは彼の恩師である霧雨さんの親父さんの言であるが───
「これでは申し訳が立たない・・・・・・」
それにしても以前に書き上げた歴史書はどうなったのだろう。アレを読めば、少しはこの店に興味を持つ人、すなわちお客が増えても
おかしくは無いのだ。なのに、出版を天狗達に頼んでから何の音沙汰も無い。この前問い合わせてみた所「2008年春発売です!」と
のたまっていた。霊夢に高級茶葉でも持って妖怪退治の依頼に伺おうかなと、ぼんやり思った。
「おっと、現実逃避している場合ではないな」
霖之助は静かに首を振り、再び思考の荒波へ飛び込んで行った。
──カランカラン
おや、と霖之助は閉じていた目を開けた。次に慌てて姿勢と椅子の位置を正す。
「いらっしゃい」お客が来ることに驚く店主などあってはならないのだ。
「こっんにっちはー、うすぎたなストアー♪」
来店者は大きな羽を持つ少女だった。心なしか凄く失礼な歌を唄われているような・・・・・・
「ここって、道具屋なんでしょ?徳利を十本ほど所望するわ」
「はい、徳利ですね。少々お待ちください。しかし、何故それほど必要なんですか?」
「わたしお店やってるんだけど、うちのお客さんったら何故かみんな鳥目だから、たまに落として割っちゃうの」
さしもの霖之助も驚いて振り返る。
「お店、ですか」
それに鳥目と来た。以前読んだ新聞に載っていた、夜雀による八目鰻の屋台・・・・・・。
「貴方があのミスティア・ローレライさんですか」
「あら、知ってるの?うちって結構有名なのかしら。まあどうでもいいけどー」
「成る程、成る程。では、御代のついでに、お客を呼び込むコツを教えてもらえないかな」
チャンスだ、と霖之助は思った。店の種類は違えど、同じ店主として、良い商売のコツが聞けるかもしれない。
「ええ?そんなの簡単でしょ。暗い夜、道を歩いている人間が突然鳥目になるの。びっくりするでしょ?
そんな時、突然現れた紅い提灯の屋台に目が釘付けになるわけ。でもってそこで八目鰻を食べて、
鳥目が治って、鰻も美味しくてすごく幸せ」
「ただの自作自演じゃないか・・・・・・」
こんな悪徳商法にさえ負けているのか、香霖堂は。店主は、力なく目線を落とした。
「あら、でもわたしの店ってば、ちゃんと美味しいものは出してるし、常連さんもいるのよ~♪・・・ちょっと箸とかがボロボロって言われたりするけど」
「ふむ、『またここに来たい』と思わせるだけのものがあればいいのか。
居酒屋ならば美味い酒、和菓子屋ならば美味い団子といったように」
「よくわかんないけどそんなとこじゃないかなー?」
なるほどと手を打つ店主に、いいから早く徳利だしてくれないかなと少女が思っていたとき、
突然店内の雰囲気が一変した。
禍々しい何かがこの場に乱入したというわけではない。なんかうだつの上がらなさそうな(あと長話が好きそうな)店主が、
力なく落としていた視線を上げてミスティアをしっかえりと見据えたのである。
「取引をしないか」
「え?どういう?」
「僕は君のお店に、常に高級で清潔な箸や皿、徳利などを提供する。君は、思い出したようにでも『そういえば、森の入り口に面白い古道具屋があった』とでも言ってくれればいい」
「ざ・こんぶっちゃ・まっしゅるーむ・ぴーぽ~♪」
「唄って誤魔化そうとしないで返答を聞かせてくれないか。どうかな」
「急な話をされても困るというか、条件が意味不明というか・・・」
「ああ、確かに君が黙っていれば、ただ僕が小道具を貢ぐだけの結果になってしまうね」
「あ、そういえばそうだね。ただでもらっていいの?」
「ああ、君が紹介したお客さんがここへ来てくれたら、また君が必要な時に品を渡す。来なければ追加はなしだ」
「危険な関係性~♪垣間見えるよ~♪」
「いや、そんなことはない。本当だ。君はただ僕の店を宣伝してくれるだけでいい」
「あいっきゃんとげっとのうず♪さーてぃすふぁーくしょん♪」
「不満なのか」
霖之助は内心焦っていた。押しが足りないのだ。親父さんから養った接客術の一つ、営業スマイルを見せる。
するとミスティアは「うわあいきなりの笑顔!花畑のあいつみたい」怯えた様子だ。
「いや、誤解はしないでください。僕は笑顔の裏でサディスティックなことを考えたりはしませんよ。
そうだ、今ならこの冷酒徳利や赤ひょうたんをおつけしますが」
口調まで敬語になって、怪しさ全開である。突然の変貌を見せる店主を前に、ミスティアはあっさりと答えた。
「普通に無理。胡散臭すぎ」
三日後。
森近霖之助は塞ぎ込んでいた。親父さん・・・・・・僕の接客術は、まだまだ及ばないみたいだ・・・・・・・。
カウンターにつっぷし、頭を抱える。今考えると、どう考えても自分は怪しいヤツだったとしか思えない。
自分を見失うほど必死で喋って、無理な笑顔を見せて・・・・・・・
結果得たのは、あの不吉な少女と同等の評価、「胡散臭い」であった。
やはり自分には商売など向いていないのだろうか。天下をもたらす草薙の剣も、僕の商才にまでは手を貸してくれないようだ。
なるほど、2008年春も来ないわけだ・・・と憂鬱になっていた時。
───カランカラン
「いらっしゃ・・・やあ」
現れたのは紅白と黒白だった。
「こんにちは、霖之助さん。・・・・・・あら?何でそんなへこんでいるのかしら」
「香霖もついにブルーになったか。『青は知性や高貴さを表すんだよ』なんて言ってたくせに」
やっぱり半分は人間だな、と魔理沙は笑った。
折角ツケを返しに来たのにねぇと霊夢は呟いた。
「・・・何だって?」
勝手に最高級の茶葉を漁ったり基調なカメラやら何やらを持ち出していった霊夢達が・・・ツケの返済?
そんな馬鹿な。これは香霖堂を彼女らが訪れるようになって以来の大異変だ。
「何よ、その反応は。こっちは珍しく地道に里の病気治したり、色々やったのに」
「やい香霖。前に黒白は不吉の象徴だなんて言っていたが、その青と黒は陰鬱を表しているのか?」
・・・・・・・ああ、常連でありながら客ではなかった霊夢達が、ツケを払うということは、お客になるということだ。
少しの義理と、酔狂から生じた彼女達との付き合が、ここで実を結ぶとは。
僕の商売は酔狂がなければそもそも始まらなかった。ならば、他の商人が持たない酔狂こそが、僕が他者をこの店にひきつけられる唯一の物なのかもしれない。
「ツケを払うなら、ついでに商品も買っていけ。・・・・・・今なら、冷酒徳利をサービスしてもいいよ」
いつも通りの仏頂面と、愛想の足りない声だったとさ。
「ツケを払うなら、ついでに商品も買っていけ。」
こーりんそれ言っちゃダメーーーーーーー!
「商品は買わないからツケも払わないぜ(わよ)♪」
なのに、延期とは!!ちくしょー!!!!!
>靈夢達が
霊夢達が?
香霖堂待ち組としては早く春がきて欲しいところ。