「おじょうさま、おじょうさま」
「……うん?」
呼ばれて振り返ると、くまのぬいぐるみを小脇に抱えた咲夜が立っていた。
「……咲夜か。人の部屋に入るときはノックをしろと言っただろう」
「でも、ドア、あいてました」
「……それでも、部屋に入る前には一声掛けなさい」
「はい。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる咲夜。
うむ。素直でよろしい。
「で、どうした?」
「さくやはそろそろねます」
「そーか。おやすみ」
わざわざ寝る前に挨拶に来るとは感心なやつめ、と思っていると。
「…………」
ぎゅっ、と。
空いている方の手で、咲夜が私の袖をつまんだ。
「……なんだ?」
「いっしょにねてください」
「…………」
思わず前言を撤回したくなった。
「……咲夜」
「はい」
「……お前、最近はずっと、一人で寝てたんじゃないのか」
私が問うと、咲夜はこくこくと首を縦に振る。
「じゃあ、なんでまた、今日になって」
「パチュリーさまに、こわいおはなしをされて、こわくなりました」
「怖い話?」
「はい」
「……一体、何の話だ」
「きゅうけつきドラキュラのおはなしです」
「…………」
ここはツッコむところなんだろうか。
「……咲夜」
「はい」
「お前、私もその吸血鬼だってことは、知ってるよね?」
「はい」
「……吸血鬼が怖いのに吸血鬼に一緒に寝てもらうって、おかしいだろ」
咲夜はふるふると首を横に振る。
「おじょうさまは、へいきです」
「……なんで」
「やさしいから」
「…………はあ」
溜め息ひとつ。
私は咲夜の手を取った。
「……しょうがないやつだな。もう」
「えへへ」
私が手を引いて歩き出すと、咲夜はにこにこしながらついてくる。
もう背はほとんど私と変わらないくらいになったくせに、まだまだ子供なんだから。
「そういや、咲夜」
「はい」
「そのぬいぐるみ、どうした?」
「いもうとさまにもらいました」
「フランに?」
「はい」
あいつが他人に自分の物をやるなんて。
一体どういう風の吹き回しだろうか。
「いつ、もらったんだ?」
「めいりんといっしょに、おへやにあそびにいったときに、くれました」
「フランが、自分からくれたのか?」
「えっと、わたしが、かわいいなっておもって、ずっとこのくまちゃんみてたら、『ほしいんならあげる』って」
「へぇ」
あいつもあいつで、妹ができたみたいに思ってるのかしら。
私はお姉さんぶってるフランを想像して、くすりと笑みを零した。
「?」
そんな私を見て、咲夜が小首を傾げる。
私は何も言わず、その小さな頭をよしよしと撫でてやった。
……そうこうしているうちに、咲夜の部屋へと着いた。
中に入るや、大きなベッドにいそいそと登る咲夜。
ぎゅっとつないだ手はそのままに。
振り払うわけにもいかないので、私も同じように登る。
「おじょうさま」
「ん?」
「おうたをうたってください」
「…………」
こいつは私を保母さんかなんかと勘違いしてるんじゃないだろうか。
そりゃあ確かに、少し前までは、私もパチェや美鈴と交代でこうして咲夜を寝かしつけていたし、そのときには子守唄の一つも歌ってやってたけどさ。
「あのねぇ、咲夜」
「はい」
「お前はもう、本当は一人で寝なくちゃ駄目なんだよ。今日は特別なんだから」
「じゃあ、とくべつにうたってください」
「…………」
期待に満ちた眼差しを私に向ける咲夜。
……駄目だ、これには勝てん。
私は盛大に溜め息をついた。
「……わかったよ。でも本当に今日だけだからな。明日からはちゃんと一人で寝ろよ」
「はい」
きらきらと瞳を輝かせる咲夜。
……まったく、もう。
私は咲夜の頭を撫でながら、囁くように歌い始めた。
「……ねーんねんころーりよーおこーろーりーよー……」
―――咲夜が寝入るまで、ほとんど時間はかからなかった。
咲夜が完全に眠ったのを確かめてから、私はつないだ手を解き、そうっとベッドを抜け出す。
そして抜き足差し足で部屋を出て、静かにドアを閉める。
……やれやれ。
まさかこの歳になって、人間の子守をする羽目になるとはね。
暗く長い廊下を歩きながら、我ながら奇妙な運命を辿ったものだと、私は一人くっくっと笑った。
了
まりまりささんは本当に良いレミ咲を書いてくれるのでありがたいですわ
最高でした!
いつもかわいいレミ咲を楽しみにしております
…ふう。やばい、この咲夜さんは可愛すぎる!
このお嬢様は母性というより父性に溢れていてじつにいいね
やはりあなたのレミ咲は素敵過ぎる
アットホームな悪魔の館だなぁ