カサカサと、薄緑の袋が揺れる。
鼻歌を歌いながら、暢気な舟幽霊は口の開いた袋の中身を摘んだ。
白……と言い切れない、濁った色の飴。
楕円形の釦のようなそれを、村紗水蜜は嬉しそうに口に運ぶ。
そうして、聖輦船の船長は満足そうに口の端を上げて、舵を取った。
「また、薄荷の飴?」
操舵室を訪れた雲居一輪の、呆れたような声。
ムラサの周囲に漂う独特の匂いに気付いたのだろう、一輪は僅かに眉を顰めて、それでも笑っていた。
「薄荷ではありません。ペパーミントです」
変な所で西洋かぶれしている船長は、どうでも良い事を訂正した。
大体、ミントの和名が薄荷なのだから、その訂正に意味はない。強いて言うならば、響きの問題だろうか。
ともかく、言ってしまえば本当にどうでも良い事だった。
それよりも問題なのは味であって、それが美味しくない事は皆が皆知っている。
周知の事実と言えるだろう。ただし、聖を除いては。
そう、あんな辛くて不味いモノを笑いながら食べられるのは、ムラサと聖だけだ。
「失礼、ミントね。でも、それって船酔いに効くとか何とか言ってなかった?」
壁に寄り掛かるようにして、一輪が訊ねた。視線の先には薄緑の袋。
地底に居た時は入手困難だったその飴も、地上では比較的簡単に手に入るようだった。
だからって、あんな不味いモノを10袋も20袋も買い込むムラサの気が知れない。
「確かに船酔いにも効くけど、気分転換にも良いんですよ」
船酔いとは無縁だろう筈のムラサは、得意気に笑ってみせた。
元々は、その飴は随分と昔に異国の水兵に貰って知ったのだと言っていた。
それを楽しそうに、嬉しそうに語るムラサは幸せそうな顔をしていて、それが気に食わなかったのも覚えている。
「転換するのは結構だけど、進路は変えないでちょうだいね」
「航路に異常はありませんよ。今日は穏やかなものです」
「それは何より。じゃあ、お昼になったら呼びに来るわ」
船の進路を確認しに来たのだろうか、一輪はそれだけ言って操舵室を後にした。
その口許が僅かに緩んでいたから、ここに来たのはきっとそれだけが理由な訳じゃないんだろうけど。
「それで? ぬえはいつまでここに居るの?」
木箱の隣に座り込んでいた私に投げられた言葉。
振り返りもせずに、ムラサはそう訊ねた。
「いつから気付いてたの?」
「いつから……? 一輪が来る前から居たわよね?」
相変わらず、ムラサから香る薄荷の匂い。
それは鼻を抜けて、肺の奥の奥にまで忍び込むかのよう。
確かに聖はムラサを呪われた海から解放したのかもしれない。
けれど、未だにムラサは縛られ続けているじゃない。
雲の海を抜けて青い空を走る船は、きっとムラサと同じく自由なのだろう。
望む所へどこへだって行ける。
けれど、ムラサの心はこんなにも縛られている。
それは聖にもどうにも出来ない程に。私にもどうにも出来ない程に。
苛立ちを乗せてクソ不味い飴を睨むと、ムラサが小さく笑った。
「ぬえも食べる?」なんて、見当違いな言葉を吐いて。
「要らない」と答えかけて、口を閉じた。
無言の私を不審に思ったのか、ムラサが振り返った。
黒髪がふわりと揺れて、胸許の赤いタイもふわりと踊る。
舵から離れ、ムラサはしゃがみ込んだままの私の許へと近付いた。
「ぬえ?」
上から覗き込むムラサの、緑がかった黒の瞳が私を映す。
眉間にしわを寄せて下唇を噛んだ私を、ムラサの目が心配そうに見詰めていた。
「ぬーえー?」
「聴こえてるって。その薄荷の飴さ」
「だから薄荷ではなくてミントだって言っ……」
ムラサの赤いタイを引っ張って、やや乱暴に引き寄せる。唇が触れる。
前のめりに転びそうになったムラサは慌てて壁に手をついた。
「この飴、やっぱ美味しくないよね」
「な、ぬ、ぬえーっ!」
顔を真っ赤にして怒り出したムラサの足元を潜り抜け、私は操舵室から駆け出した。
咥内に広がる味は、あまりにも冷たくて。
それは深い深い海のよう。
ほら、ムラサは未だこんなにも、どうしようもなく冷たい海に縛られたまま。
ペパーミントだと買う気になるけど薄荷味と言われると買う気にならない不思議
ぬえムラごちそうさまでした
さりげにいちムラでもありそうだ
MINTはツーンとして好かんがこのSSの甘さで中和された
MINTの飴は美味しいですよね!
いいもの見させていただきました
せんちょとキスするときいつも息が爽やかだと思ってたんだけど、そんなに飴食ってたのか。
読んでてむずむずします