「ねぇ……さとりぃ……お酒ぇ……。」
折角、中庭まで開放して、午後のティータイムに誘ったというのに……。
萃香さんはテーブルに突っ伏して譫言のように呟きながらお酒を要求してきました。
私はというと、同じテーブルに着いて自分で淹れた紅茶を飲んでます。
萃香さんが此処、地霊殿に住むようになったあの日。私との間で交わされた約束(と言う名の一方通告)を律儀に守って、萃香さんはあれ以来自分からお酒を飲んでいません。
でも、流石に私もあれはやりすぎだったと反省し、一日一杯という制限付きでお酒を許してあげました。
「今日の分はもう飲んだでしょう?」
「そうだけどさぁ……。」
まるで覇気の無い萃香さんに、そっと溜息。
何だか絵に描いたような駄目亭主を相手にしているみたいです。
……べ、別にそういった関係では有りませんが。
「……? さとり?」
「あ、いえ……こほん。兎に角。駄目なものは駄目です。萃香さんがそんなんじゃあペット達に示しがつかないじゃないですか。ここでは食事の時間は決められてるんです。それはもうお話したでしょう?」
「それは分かるんだけど……何だかさとりってお母さんみたいだね。」
「なっ!? 誰がお母さんですか!? 私は貴女の妻になった覚えはありません!」
「いや……そこまでは言ってないけど……」
し、失敗しました……駄目亭主なんて考えてたから、つい話が違う方向に曲がってしまいました。
その上、逆に萃香さんに引かれる羽目に……こ、こんな筈では……。
「せ、せっかくですから! 紅茶はどうです?」
誤魔化すために話題を変えようとする私。そもそも萃香さんのためにティーカップだって用意したんです。これで飲んで貰えなければ、ただの装飾品になってしまいます。
「……うん、たまにはいいかな。」
──やった!
渋々ながら了承してくれた萃香さんに、心の中でそっとガッツポーズ。
今日のは取り立て美味く淹れられた自信があります。これならお酒ジャンキーの萃香さんにも、紅茶の美味しさを分って貰える筈……。
私が見守る中、紅茶を注がれたティーカップをまるでお酒でも飲むかのように、くっと一気飲みする萃香さん──これについては最早注意する気にもなれません。
「うん! うまい!」
「そうですか……それは良かったです……。」
そう言って顔を綻ばせる萃香さんに、ほっと安堵……あれ? 私ったらいつの間に立ち上がって……?
気付いたら急に恥ずかしくなって慌てて席に座り直します。
──紅茶の感想を聞くだけに、私は何をそんなに必死になっているのでしょう?
でも……悪い気分じゃないです。
どうやらそれが顔に出ていたみたいで、萃香さんの『おっ? さとりの機嫌が直った?』という心の声が聞こえてきました。
別に私は最初から怒ってなどいないんですが……。
「あのさ! 前に紫に聞いたんだけど、外の世界じゃお酒を紅茶で割って──」
「す・い・かさん!」
「ご、ごめんなさい……」
一気にシュンとなる萃香さん。今のは確かに、ちょっとばかり怒ってしまいました。
でもお酒の事しか頭に無い萃香さんが悪いんです……!
「……私、そろそろ火焔地獄跡に戻るよ。」
「え……もう、ですか?」
「もうって、結構経つよ? お燐とお空にも悪いし、さとりも仕事片付かないだろ?」
「それは、まぁ……。」
中庭からでは時間を確認する術は有りません。
感覚的にはさほど経っていないように思えたものですから、どうしても返事が曖昧なものに。
「それじゃあね。紅茶、ご馳走様。」
椅子から滑り降りて、手を振りながら中庭を走り抜けて行く萃香さん。その背中がちょっぴり切なそうに見えたのは気のせいでしょうか?
……晩御飯の時は紅茶で割って出してあげようかしら?
きっと喜んでくれるでしょう。そう思うと、私も自然と嬉しくなりました。
「こいし、また立ち聞きかい? 趣味悪いよ?」
さとりと別れ、仕事へ向かう道すがら、こいしの気配を感じたので、虚空に向かって声を掛けてみた。
「あっ、やっぱりばれてたんだ。」
すると、物陰からひょっこりと姿を見せるこいし。
何をしらばっくれてるのか……声を掛けろとばかりに気配を漂わせてた癖に。
「ごめんなさい、萃香さん。二人を見てるとつい面白くって。」
あどけなく笑って見せるこいし。だけど私はそこに潜む影を見逃したりはしなかった。これはそう、作り笑いだ。
「……こいし。私は嘘は嫌いだよ。“面白くない”の間違いだろ?」
気付かない筈がない。あれほど強い殺気を向けられたのは久方ぶりだ。……さとりに覚られずに済んだのは幸いだった。
「…………」
黙り込んでしまったところを見ると、やはり図星だったのだろう。
やれやれ、まさかこんな所にもライバルがいたとはね。
でも……今回ばかりは張り合うつもりなんてない。
そりゃあさとりは魅力的だけど、此処ではただの居候の身。荒事は避けなければならない。
「安心しなよ。誰もあんたの大切なお姉ちゃんを取ったりしないから。」
そう言って、安心させてやろうと、こいしの頭をポンポンと叩いてやり、用は済んだとばかりに私は通り過ぎようとした。でも──
「……それじゃあ駄目なんだ。」
「え?」
振り返ると睨むような視線をこちらにぶつけるこいしがいた。
その緑色の瞳からは、はっきりとした感情は読み取れず、確かに睨まれているものの、それは憎しみと言うよりは悲しみに近い気がした。
「お姉ちゃんは萃香さんが好きなんだ。」
「さとりが? まさか……私はっきりと振られたよ? 嫁には成らないって。」
「今はまだ自分の気持ちに気付いて無いだけ……直ぐに気付くよ。」
淡々とした口調で予言めいた事を告げるこいし。どうやら彼女にとっては、それは明確な事実らしい。
しかし私にとっては衝撃の事実だ。いや、正直信じきれていない。こればっかりは本人から聞かないと。
「…………そういう事だから。お姉ちゃんの事、よろしくね。」
言いたい事を言い終えたのか、私が止める間もなく、こいしは姿を消してしまった。
しかし、まだ感情が不安定なのか、こいしは無意識に身を委ねきれていないようで、未だ気配は感知できる。
とはいえ、特に追う理由も無い。お燐とお空を待たせてる事もあって、私はそれ以上の詮索を止めた。
後に気付く事になるのだが、この時こいしは、無意識になれなかったのではなく、明確な意志があったのだと言うことに……。
「おーい!」
忙しなく動き回るお燐とお空の注目を集めようと、私は手を振って呼び掛けた。
すると二人は手足を止めてこっちに振り返ってくれた。
「あれ? 萃香の姐さん、もう戻って来たんですか?」
そう言ったのはお燐。猫車を押しながらわざわざこっちまで来てくれた。
「もうって……私が抜けてから大分経ったろう?」
因みに“姐さん”という呼び名は、此処に移ってからすぐにお燐が付けてくれた。
曰わくそれっぽいかららしいが……私なんかより、勇儀の方がよっぽど似合ってると思うけど。
それはさて置き、私たちの元へ遅れて飛んで来たお空も加わると、二人は口々に捲くし立てた。
「萃香、今日はもう戻らないんじゃ無かったの?」
「違うよ、お空。それは私がそうなるかもって話しただけでしょう?」
「あーそうだった!……そうだった?」
「そうだよ。きっと今頃さとり様とよろしくやってるだろうからって──」
「よろしくって……交尾?」
「……どうしてそういう事だけは覚えてるかなぁ。あっ……こほんっ。それにそれはその……一つの極論であって、私が言いたかったのは──」
「ねぇ萃香。さとり様と交尾したの?」
「って、こらぁー!?」
漫才かと思うくらいテンポのよい掛け合いに、私は思わず笑ってしまった。
「あ、姐さん……?」
急に笑い出した私に驚いたのか、二人とも目を丸くしている。
「ごめんごめん。お空? 私はさとりと交尾なんてしてないよ。ただお茶してただけさ。それよりどうしてそんな話に?」
お燐はほっと胸を撫で下ろすと──多分怒られるとでも思ったのだろう──私の質問に何故か声を潜めて答えてくれた。
「実は姐さんとさとり様に纏わる噂が流れてまして……」
「噂……?」
「そうですそうです。」
秘密を共有するというのが嬉しいのだろう。お燐のひそひそ声にはどこか弾んだものが混じっていた。って、その秘密は当事者に話して良いのかな? 聞いておいてなんだけど。
「萃香の姐さんが、さとり様を口説こうとしてるって噂です……!」
「なんだい、それは?」
噂なんて根も葉もないものだとは思っていたけど……最早此処までとは。
確かに入ってきた当初は、私もさとりならって思ってたけど……今は約束もある。
さとりを口説いたりはしてないんだけどなぁ……一体どこからそんな噂が?
「一体誰がそんな噂を?」
「そ、それは……」
「こいし様だよー。」
「お、お空!?」
お燐は言い淀んだが、代わりに裏表のない……というか特に考えてないだけかもしれないけど、お空が正直に答えてくれたので、ご褒美に頭を撫でてやる。
すると、「へへへぇ~」と頬を緩ませるお空とは対象に、お燐は「あちゃー……」と顔をしかめた。
口止めされてたんだろうか?
まぁお燐が言い淀んだ時点でそうじゃないかとは思ったけど。それにしてもさっきの事といい、あの子は一体何を考えているのやら……。
「お燐……?」
「はいっ!」
私の呼び掛けにびしっと背筋を伸ばすお燐。流石さとりの躾が行き届いていると言ったところかな。
「話は分かった。この件についてはもういいよ。だから早いところ仕事を終わらせよ?」
グダグタ話してても仕方ない。
今は優先させる事が他にあるのだから。
「はいっ……!」
お燐の元気のいい返事に満足して、私は噂の事を忘れる事にした。
(萃香さん……そろそろ仕事、終わる頃かしら……?)
執務室でペンを握りながらも、ふとそんな事が頭を過ぎりました。
(いけない、いけない。仕事に集中しなくては……)
萃香さんに指摘された通り、時間は想像以上に経過していました。ですから気を引き締めて仕事に向かわなければいけません……いけないのですが……。
(お酒で割るって、やっぱり焼酎かしら?)
頭に浮かんでは消える雑念のせいで集中できません。
全く……ここの所、仕事が捗らないのは何故でしょうか?
「お姉ちゃん。」
「ひゃあ……!」
突然後ろから声を掛けられた私は驚きの余り悲鳴を上げてしまいました……。
意外に思われるかも知れませんが、普通ならばこういう悪戯には無縁な為、免疫が少ないんです。
「驚き過ぎだよお姉ちゃん……。」
「か、考え事をしていたんです。」
にしたって今のは無いと自分でも思います……本当に恥ずかしいです。穴があったら入りたいくらいです。
「ふ~ん……考え事って、萃香さんの事?」
「そうで……違いますよ! 仕事の事です!」
慌てて言い直しましたが、手遅れだったようです。
「そっか……やっぱりお姉ちゃんは萃香さんの事が好きなんだね。」
人のデスクに勝手に座ったかと思うと、どこか大人びた表情で遠い目をするこいし。
机に座るのは行儀が悪いとあれ程──って何ですか、それは?
「“好き”ってこいし……それは──」
「もちろん。恋してるって意味のだよ。」
……何を言い出すかと思えば。全く。何を勘違いしたらそんな答えに辿り着くのでしょうか?
「私が萃香さんに?……有り得ません。」
「どうして? 萃香さんのこと、嫌いなの?」
「好きか嫌いかと聞かれればもちろん“好き”に分類されるでしょう……しかし恋のそれとはまた別です。」
幼い時から第三の目を閉ざしてしまったこいし……他人と関わる事を避けて来た彼女は、きっと恋愛のいろはなど知らない筈……。
ならば姉が教えてやらねば。と、小さく決心。
私とて人付き合いが得意な方ではありませんし、まして恋など未経験ですが、これも年長者としての務めです。
「ペット達と一緒ですよ。第一貴女、恋なんて未経験でしょう?」
自分の事を棚に上げるのは、正直気分のいい話では有りませんが……言いくるめるには有効でしょう。
しかし妹の答えは私の想像をはるかに超えていました。
「してるよ、恋。」
「……え?」
「だから私には分かるの! 大体そう言うお姉ちゃんはどうなの?」
「そ、それは……」
まさかそんな返しが待っていようとは思いもしなかったので、逆に窮地に立たされる私。
しかしこいしの恋の相手とは一体誰なんでしょう? 聞いたって教えてはくれないでしょうが。
「ほらね。だから私の方が正しいの!」
「し、しかしですね──」
「良いから聞いて!」
尚も食い下がろうとした私でしたが、妹の剣幕に押されて言葉を続けられませんでした。
妹は……こいしは、いつになく真剣なようです。
こいしはデスクから飛び降りると、戸惑う私を正面から見据えてきました。
「お姉ちゃん……自分では気付いてないみたいだけど、萃香さんと話す時、すっごく楽しそうだよ?」
ならば私だって真剣に答えなくてはいけないでしょう。どちらが正しいかではありません。ただ妹の気持ちを無碍にしたくなかった……それだけです。
「楽しそう……ですか? そう、ですね……言われて見れば存外楽しんでいるのでしょう。萃香さんは心のままを話してくれますから、ペット達同様、話してて気持ちが良いのではないでしょうか?」
「じゃあそれが理由だね。」
「理由……? 一体なんの?」
「もちろん。恋のだよ。お姉ちゃんが萃香さんに恋した理由。」
「そういうの、こじつけって言いません?」
妙な結論に至った妹に、待ったを掛ける私。
しかし妹は自信満々の様子です。
「こじつけでも何でも良いよ。好きになるのには十分だよ。」
「……そうでしょうか?」
私には今一つピンと来ませんでした……他人を好きになるというのはそんな単純な事なんでしょうか?
「たったそれだけで他人を好きになれるものでしょうか? それが事実なら、ペット達に地底に住まう鬼達……今頃私の周りは恋人だらけですよ。」
「じゃあさ、お姉ちゃん。萃香さん以外の人と付き合ってる自分の姿、想像できる?」
「だれかと付き合っている自分、ですか? それは──」
全くといって良いほど、想像ができませんでした。
こんな鉄面皮で無愛想な女の相手をしてくれる奇特な人など、そうはいないでしょう。
ましてやお付き合いなんて……。
ですが──
「なら……萃香さんなら、どう?」
──言われるまでもありませんでした。
これまでに私は、自分が萃香さんのお嫁さんになってる姿を何度となく想像してきました……。
その度に、何て恥ずかしいことを──なんて自分を諌めて来ましたが、思えば近頃ずっと萃香さんの事ばかり考えている自分が居たのも、また事実。
不思議です……どうして萃香さんだけ?
「……ほらね。萃香さんは特別なんだよ。お姉ちゃんにとってはね。」
「特別……。」
いよいよ……認めるしかないようですね。
どうやら間違っていたのは私の方だったようです……。まさか妹に教えられる日が来るとは思いもしませんでした。
「恋、ですか……これは困りました……。」
認めてしまうと、後から色々な感情が込み上げてきました……。
それは恥ずかしさだったり、喜びだったり……愛しさだったり。
かと思えば、不安、怯え、戸惑いといった負の感情も一緒になって顔を出します。
そう、私の恋は今始まったばかりなのです。そんな初めての恋に、私はどうして良いやら分らなくなってしまいました。
……今にも心が押し潰されそうです。
「はぁ……そうなると思ったよ。」
私は何とかして心を落ち着かせようと試みて、自席に顔を埋めてみたりしました。
こいしに今の私の顔を見られたくなかった……というのもありますが。
そんな情けない姉を目の当たりにしたこいしは心底呆れたのか、それはそれは大きな溜め息でした。
それにしてもこいしは、ずっとこんな想いをしていたのでしょうか? 折角なので恋愛の先輩に教えを請うことにしましょう。
「こいし……私は一体どうすればいいんでしょう……?」
「悪いけど、そんな悠長な話をしてる余裕なんてないよ。」
「……それはどういう意味ですか?」
「萃香さん。今日ここを出ていっちゃうんだって。」
「そ、そんな……!」
恋を自覚したばかりだと言うのに、もう別れだなんて……。
余りの衝撃に私は言葉を失いました。
「それで、お姉ちゃん。こんな所に居て良いの?」
……良いわけないです。でも……私は一体どうすれば良いんですか?
何て言って引き止めればいい?
分りません……分らないし、何よりも怖い……。
私はきっと拒絶される事を恐れている……だから私は足が竦んでこの場を動く事が出来ません……。
「それじゃあ最後の確認。」
頼みの綱である妹から、そんな言葉が飛び出してきました。
「最後の?」
「そう。お姉ちゃんが、本当に萃香さんの事を愛してるって言うなら、今すぐ行って引き止めて来ると良いよ。もしそれが出来ないなら──」
こいしは一拍置いて、真っ直ぐ私を見据えてきました。
この子は今、どんな気持ちで話をしてくれてるのでしょうか……やはり心が読めないのは不便です。だって私には妹の言葉を待つしか無いのだから。
「──お姉ちゃんの初恋はその程度の想いだったって事だね。」
どうしてでしょう……焚きつけてくれているのは分っているのに、その言葉よりも、こいしの悲しそうな瞳に引き込まれてしまいそうな自分がいます。
ひょっとしたらこいしは、私なんかよりも辛い恋を経験しているのかも知れません。
だからこそ、こうやって私の背中を押してくれている……そんな気がします。
「……ありがとう。こいし。」
妹にここまでして貰っておいて動けないようじゃ、姉として失格でしょう……。
私は……心を決めました……!
仕事を放り出すのはこれが初めてですね。
それもすべてあの人の元へ向かうため……。
私はやりかけの書類をそのままに、執務室を飛び出しました。
バタン。
よほど急いでいるのかな?
お姉ちゃんがドアを開け放って出ていったから、閉じる時に大きな音がした。
それをぼんやりと見送って、私は一人、溜息を付いた。
(やっぱり……こうなったかぁ。)
お姉ちゃんの気持ちをはっきりと聞きたかったから、そして、私のお姉ちゃんへの想いに踏ん切りを付けたかったから……。
だから私はお姉ちゃんに嘘の報告をした……それだけじゃなくて、ひょっとしたらまだ自分が割り込める余地があるんじゃないかと、思っていたのも事実。
だけどお姉ちゃんは、萃香さんを選んだ。ううん。最初から選択肢はそれしかなかったんだ。
(おかしいなぁ……本当は泣きたいくらいに悲しい筈なのに……)
失恋したんだもの……悲しくない筈ないんだけど。私は不思議に思いながら、何となく、さっきまでお姉ちゃんが仕事していた机に近寄ってみた。
そこには皺だらけになってしまった書類が乱雑にばら撒かれていて、その一枚をこれまた何気無しに触れてみる。
すると書類に小さな染みが一つ、広がった。
(なんだ…………私、泣いてるじゃん。)
気が付いたら、もう自分じゃどうしようも無いくらい、涙が溢れてきちゃった……。
見っとも無いけど、今だけは仕方ないよね?
誰に言い訳するのでも無いのに、私は心の中でそう呟いた。
同時に嗚咽を零しながらその場にうずくまる。
お姉ちゃんの影に縋るように、書類を抱きしめながら、ただ一人……。
泣いて、すっきりしたらどこか遠くへ行こう。無意識に身を委ねて何処へでも……。
当分は此処へは帰って来たくないから……。
「……萃香さんっ!」
割と広い地霊殿を走り続けて、火焔地獄跡へと辿り着いた私。
そうして彼女を見つけた時、私は考えるより先に声を上げていました。
そんな私の大声に驚いたのか、その場にいたお燐とお空も目を丸くしています。もちろん、萃香さんも──。
「どうしたんだい、さとり? そんなに息を切らして……?」
心に響くように聞こえてくる、私を本当に心配してくれている萃香さんの声。
……そうだ。私はずっと、この声に心を震わせてきたんです。
今だからこそ分かります。
多分彼女が此処で暮らし始めたよりずっと前から……私は、貴女の事を──
そんな私の心中など知る筈も無い萃香さんは、不思議そうに首を傾げています。
──それなのに……どうして、どうして貴女は此処から去ると言うのですか? 私の前から消えると言うのですか?……そんなのって無いっ!
だって私はこんなにも貴女の事を想っているのだから……!
「萃香さん……! 私を……! 私を貴女のお嫁さんにして下さい!」
──言えた。
あんなに躊躇ってたのに、あんなに恐れていたのに……私の想いは、思うより簡単に口から飛び出しました。
それはきっと、萃香さんが私の前から居なくなるのが何よりも怖かったから。
ここで萃香さんに想いを告げられない事の方がよっぽど怖いと本能が覚ったから。
「う、嘘じゃないよね?」
突然の事に、萃香さんは戸惑っているようです。──押すなら、今しかありません。
「もちろん、本当です!……ですから、此処を出て行く何て言わないでください……!」
「あはははは……あれ、すごく嬉しいや……ああ、ああ。出て行くもんかい……! 誰もあんたを置いて出て行ったりなんか…………何だって?」
戸惑いの余り言葉を失う萃香さん……仕方ありませんね、余りにも唐突過ぎました。
『私が出て行く? 何で? どう言うこと?』
なるほど、萃香さんも知らなかったんですね。それは戸惑ってしまっても仕方ないです…………あれ?
「す、萃香、さん……? 今日中に此処を出て行かれるんじゃあ……?」
「いや……そんなつもりは無いけど?」
な? ななななんですってぇ~!?
──まんまと一杯食わされました。
「さとり? 狐に化かされたような顔してるけど、どうしたの?」
「……狐では無く妹にです。」
「こいしに?……おっと、大丈夫かいさとり?」
緊張から開放されて急に力が抜けてしまい、その場にへたれ込んでしまう所だった私を、萃香さんがさっと抱き止めてくれました。
「……まさか嘘だったなんて……焦って損しました。」
あれが演技だったなんて……あの時のこいしはとても嘘を付いている様には見えませんでした。
……一体どこからが嘘だったんでしょう?
「おいおい、さっきの言葉まで嘘だなんて言わないよね?」
「さとり様! おめでとうございます!」
「おめでとうございま~す。」
気が付けば私と萃香さんを取り囲むようにして、祝辞を言ってるお燐とお空。
……そうでした。私、今告白したところでした。
「何呆けた顔してるんだい? 覚悟は……出来てるよね?」
覚悟? 一体何を言って……
「だ、駄目です! 萃香さん! 私まだ心の準備が──」
「問答無用♪」
「ダメ! ダメダメダメ! 人前で“それ”は恥ずかし──うんんっ!?」
抵抗する暇も与えて貰えず、気付いたら萃香さんの顔が目前まで迫って来てました。
ちゅっ。
「──ぷはっ!」
触れ合っていた時間はほんの一瞬……だけどそれだけで、私の頭は沸騰してしまいました。
『キスの味は紅茶の味か……これは紅茶が好きになれそうだ♪』
……///
すぐに流れ込んできた萃香さんの心の声で、私は現実に引き戻されました……が、頬が異常なまでに熱いです……!
「え~と……大丈夫?」
……だ、大丈夫なわけありません。あんな強引に唇を奪いに来るなんて……信じられませんっ!
ギュッ。
言葉で返事する代わりに、萃香さんの服のちょうど胸の辺りを掴む事にした私。
「よしよし。」
『ちょいと強引だったかな?』
ちょっとどころでは有りません……でも、好きな人に奪われるならそれも悪くないと思ってしまいました。
嬉しくて、愛しくて……でもやっぱり恥ずかしくって……。
それでも今はこの日溜まりのような温もりを手放したくなくて。
萃香さんの服をギュッと掴んで、その胸に顔をそっと埋めてみたり……私の嬉しい気持ちが伝わればいいな、と。
「それじゃあ改めて。」
暫くの間、黙って私の頭を撫でてくれていた萃香さんは、そう言って切り出しました。それに私は顔を上げて応えます。
「ありがとう……さとり。愛してるよ。」
「…………はい///」
「でも一つだけ、けじめを付けとかないとね。」
「……?」
けじめ?
何の事だろう?
私が不思議に思っていると、萃香さんは真っ直ぐな瞳で見つめてくれました。
『私を信じて……。』
同時に萃香さんの心の声が、優しく語り掛けてくれます。
「……萃え!」
萃香さんは私を体からそっと引き剥がすと、自身の能力を使って何かを引き寄せようとしました。
もちろん、さとり妖怪である私には萃香さんの心を通して、それが何か──いえ、それが誰か分かっています。
しかし、だからこそ戸惑ってしまいました。その人物とは──
「あれ? 此処は……萃香さんっ……!」
──妹のこいしでした。
「私だけじゃないよ。」
「……お姉ちゃんも一緒、か……上手く、いったようだね。」
「こいしのお陰でね。あんたの言う通りだったよ。いや……思惑通りと言った方が良いかな?」
全く事態が飲み込めていない私は、更に萃香さんの心を読むことに。
『こいしの心を晴らしてやんなきゃね……。』
しかし今の萃香さんから聞こえてくるのはこれだけ。
……一体どういう意味でしょうか?
「それで私を呼んだ訳は? ていうかどうやって私を此処へ?」
「私の能力さ。色んな物を萃める事が出来てね。自然と人を引き寄せる事も出来るのさ。と言っても心を操れる訳じゃない。
ただ気を向けさせる程度だから特定の人物を呼べた試しはなかったけど……無意識に身を委ねてるあんたなら或いはと思ってね。
それと、呼んだ理由は他でも無いさ。さとりの事、あんたから奪ってやろうと思ってね。」
妙に挑発的な萃香さんの言葉に、此処に現れた時から不機嫌そうだったこいしは更に顔を強ばらせました。
「……それならもう奪ってるじゃない。」
「でもあんたは納得していない……そうだろ?」
「……それが分かってて、どうして呼んだの? 何のためにお姉ちゃんを嗾けたと思ってるの? ……いい加減にしてくれないと、私怒るよ?」
唇を強く噛み締めて、手までも強く握り締めて……憎しみの篭った目で萃香さんを睨むこいし。萃香さんはそれでも悠然と笑っています。
こいしは一体、何をそんなに怒っているのでしょうか……? それにあんなに怒っているこいしを見るのは初めてです……。
「うにゅ……止めなくて良いのかな、お燐?」
「止めるったって……理由も分んないし……。」
「でも……でも、喧嘩ってすごく痛いよ……?」
「そう……だね。でも……それが必要な時だって……。」
喧嘩……確かにこいしは、今にも萃香さんに掴み掛からんとする雰囲気を漂わせています。
一触即発のその空気に、私も、ペット達もどうしていいか分らず、固唾を飲んでただ成り行きを見守るばかり……。
余りにもそれは唐突で、私たちには情報が圧倒的に足りませんでした。
分っている事と言えば、二人の会話から察するに、どうやら原因は私にあると言う事……。
どうして……どうしてこんな事に……?
さっきまでの幸せな気分が、まるで嘘のように消えていく様でした……。
「その怒りのやり場を与えてやるって言ってるんだ。つべこべ言わず掛かってきな!」
「……っ!? 萃香さん! 待って下さい!」
「お燐! さとりを抑えて!」
「え? あっ、はいです!」
だけど今の言葉を聞いて、私は考えてる余裕は無いと判断しました。
流石に見過ごす訳にはいかない……私の大切な人達が傷付け合うなんてこと、有って良い筈が無い……!
しかしそれも、萃香さんの指示を受けたお燐に止められてしまいます。
「放して下さい! お燐! じゃないとこいしが──」
「落ち着いてください、さとり様ぁ!?」
分りませんでした……心が読める筈なのに、萃香さんのやろうとしている事が、全くと言って良いほど。
お燐は理解していると言うのでしょうか? だから萃香さんの言葉に従った……?
「どうして……? どうしてそこまでして?」
「このままじゃあお前さん、すっきりしないだろう? それに、大切な者は攫うのが鬼ってもんさ。約束するよ。あんたが勝ったらさとりは返す。」
「……馬鹿にしてっ!」
ガッ!
遂に我慢の限界を超えたこいしが、萃香さんの顔面に拳を突き刺しました。
そんな、見ているこっちが悲鳴を上げてしまいそうな光景に、私はつい目を逸らしたくなりました。
「……なかなかいい拳持ってんじゃん。でも──」
こいしの拳を真っ正面から受けながらも不敵に笑う萃香さんは、二撃目に入ろうとしたこいしの拳を片手で容易く止めると、空いているもう片方の手で思いっきりボディーブローを放ちました。
「──この程度では私には勝てないよ!」
「がはっ……!」
萃香さんからキツイ一発を喰らってしまい、口から血を吐きながら、苦しげにお腹を抱えてその場に崩れ落ちるこいし……。
それでもまだ憎しみの炎は消えていないらしく、こいしは憎悪を込めた瞳で萃香さんを睨むように見上げています。
「私は紳士的だからね。痣の目立たない所を狙ってあげる。」
余裕の現れか、そんな事を言う萃香さん。
決してこいしが弱い訳では有りません……少なくとも、私より強いのは間違い有りません。しかしそれも弾幕ごっこでの話。
殴り合いの喧嘩で、こいしが鬼である萃香さんに勝てる確率なんて万に一つも無いでしょう……。
「放しなさい燐!」
「駄目です、さとり様! 姐さんを……萃香さんを信じましょう!」
萃香さんが此処に来てすぐ、お燐は彼女の事を『姐さん』と言って慕うようになったのは知っていました。
信頼してるのでしょう。それは私だって同じです。
萃香さんの心の声は、あれからずっと変わらず、ただこいしの為を思っています。
でも……! でもこのままではこいしが……!
「空! 燐を私から放して!」
「……は、はい!」
兎に角一刻でも早く、喧嘩を止めさせなければならない……そう考えた私が取った行動は、お空を使うことでした。
そんな私の悲痛な声に、今までどうしていいのか分からず黙っていたお空が反射的に動いてくれました。
「待った、お空!」
ピタ。
しかし従順なのが仇となったか、お燐の指示にも咄嗟に反応してしまうお空。
「何をやってるんですか! 空! 主人の言うことが聞けないのですか!?」
……本当なら、こんな事は言いたくは有りませんでした。だけど今はなりふり構っていられません……!
「は、はい! さとり様!」
「聞いてお空! ……私前に言ったよね!? 友達って、喧嘩して仲良くなっていくもんだって! 私とお空、そうやって友達になったんでしょ!?」
「う、うにゅ……。」
再び動きを止めるお空。まさかあのお空が、私の指示に抗うなんて……。
悩んでいるのが傍目から見てもはっきりと分るくらい、お空は苦悶の表情を浮かべています。
そして漸く動き出したお空のとった行動は──
「さとり様……ごめんなさいっ!」
「なっ!?」
──お燐を引き離すのでは無く、私の手を抱きかかえる事でした。
「お空……ありがとう。」
「へへへっ……。」
私を挟んで頷き合う二人。完全に動きを封じられてしまいました……。
「二人とも……後でお仕置きです。」
唯一動かせる目で、二人を睨む私。お燐は苦笑いを浮かべながら言い訳をします。
「ごめんなさい、さとり様……でもあたい分かるんです……萃香さんがやろうとしてること……きっと今のこいし様に必要な事なんだって……。」
真剣なお燐の言葉に納得した訳では無いです。でも、私にはもう信じて見守る事しかできません……。
外野が静かになったね。
そう思い、チラッと横目で確認すると、さとりがペットである二人に抑えられてるのが見えた。
そっか、そっか。二人は分かってくれたんだ。
「何、余所見してるの!?」
ガッ!
別に余所見してても、かわすなり受け止めるなり出来たけど敢えて受けてやる。
こいしの憂さ晴らしが目的だからね。避けてばっかりじゃ意味がない。
「……まだまだだね。踏み込みが甘いんじゃないかい? ほら!」
そしてしっかりと手本も見せてやろうと、もう一度こいしの脇腹に一発入れてやる。
「ごふっ……!?」
およそ女の子の口から聞こえるには不似合いな声を零し、再び地面に膝を付くこいし。
「おいおいもう終わりかい? あんたも案外、大した事無かったんだね。それともさとりへの想いは、こんなもんだったのかい?」
「っ!? そんな事ない! 私はずっと好きだった! お姉ちゃんの事……姉としてじゃなくて、本当に……!」
今のこいしは挑発すれば容易く乗ってくれた。だからさとりが聞いているのも忘れて叫んでいる。
ずっと胸に秘めていたであろうその想いを……。
──きっとさとりは驚いているだろう。
でも私は驚かなかった。
きっとそうだろうと思っていたのだ。
「じゃあどうして私に譲るような真似をした!?」
「それは……! お姉ちゃんに傷ついて欲しく無かったから……! こんな惨めな気持ち、お姉ちゃんにはさせたく無かったから……!」
優しい子だね、こいしは。そうやって姉を庇って自分が苦しんで……でもね。そんな嘘、誰も喜ばないんだよ。
私がそれを教えてやる。私があんたを救ってやるよ、こいし……!
「だったらこいしが想いを告げりゃ良かったんだ! それをしなかったのは自分に自信が無かったから。違うかい!?」
「違う違う違う違う違う違う違う違う!」
「違うと言うのなら私からさとりを奪い返してみな!」
「ぅぅ…………あああアアアアアァ!!」
咆哮と共に突進してくるこいしを、私は両手を広げ迎え入れた。
ガガガガガガガッ!
無防備になった私に何の遠慮も無く拳を打ち込むこいし。
何度も、何度も……。
そうだよ……全部吐き出すんだ……辛いの全部……私が受け止めてやるから。
右へ、左へ。往復する拳……。
きっとこいしだって痛い筈だ……殴る拳も……その心も。
ごめんね、こいし。さとりは返してやれない……私も気付いちゃったんだ、自分の気持ちに。
だから代わりにぶつけておくれ……あんたのその強い気持ちを……捨てきれない想いを、全て……!
ガッ……ガッ……ガッ……ガ……
永遠に続くかと思われたこいしのラッシュも、私の目が霞んで見えなくなって来た頃、遂に終盤を迎えた。
……どうやら、体力の限界を迎えたらしい。
「ぐすっ……どうして……どうして立って居られるの……どうして……?」
やっと冷静さを取り戻したのだろう。私の胸を力無くポカポカと叩きながら、涙を流してそう吐露するこいし。
「はぁ……はぁ……そんなの、決まっているさ……さとりを愛しているから……私は負けられないんだ。」
「じゃあ……どうして私の攻撃を受けてくれたの……?」
「…………すっきりしたろ?」
私も流石に、満身創痍だったが、それでも頑張って笑顔を作った。
痣だらけで、とても見られたもんじゃないだろうけど。
「萃香さん……。」
「もう……終わりかい?」
私の問い掛けにこいしは静かに頷いた。
「それじゃあこの喧嘩、私の勝ちだ。」
「えっ?……きゃ!」
完全に油断しきっていたこいしに、最後の一発を。と言っても、先程までとは違って大した力は籠もっていない。
それでも、体力の尽きたこいしには十分だったようだ。
「こいしっ……!」
それを受けて吹っ飛ぶこいしに、ペット達の手から漸く解放されたさとりが駆け寄っていく。
「おっ……と。」
「大丈夫ですか? 姐さん?」
「だいじょーぶ……?」
「ああ、悪いねお燐、お空。……痛つつっ。効いたよ……こいしの拳。」
私も二人の元へ駆け寄ろうと思ったけど、足元がフラついた。そこを私の所に駆け付けてくれたお燐とお空に支えられてしまった。
「こいしっ……! こいしっ……!」
「もう……泣かないでよお姉ちゃん……こんな怪我、すぐ治っちゃうんだからさ。」
「ごめんなさい……! 貴女の気持ちに気付いてやれなくて……一杯辛い想いをさせたね……ごめんね……ごめんね……!」
二人の力を借りて漸く姉妹の元へ駆け付けてみると、そこではさとりが普段の鉄面皮をかなぐり捨てて泣き喚いていた。
そこへ私もゆっくりと腰を降ろす。
「萃香さん……。」
「ん……?」
「ありがとう……で良いのかな?」
「もちろん。謝る必要なんて無いだろう?」
ニカッと笑ってやると、こいしも釣られるように笑ってくれた。
これで一件落着っと……あっ、でもさとりには後でこっぴどく怒られるだろうなぁ。
「でも……困った……どうしよう……。」
私は勝手に解決したと思い込んでたもんだから、こいしが零したその一言に思わず首を傾げる。
──他にも何か有るのだろうか?
この場にいる他の面子も同じ様な事を思ったようで、こいしに向かって皆の視線が一点に集まった。
「何かあったかい?」
代表するように、私が尋ねた。
するとこいしは、何故か頬を桜色に染めて真っ直ぐ私を見つめ返してきた。
「うん…………私、萃香さんに惚れちゃったみたい……。」
はっはっはっ、瞳を潤ませて何を言い出すかと思えば──
「何だそんな事…………え?」
何が有ろうと笑い飛ばしてやるつもりでいたが……無理だった──いじらしく私のスカートを掴むこいしは今度こそ嘘をついている様には見えなかった。
「「ええぇ~!!?」」
私とさとりの絶叫が火焔地獄跡に木霊した。
後日──
怪我から復帰した私は相変わらず、地霊殿に居座っていた。
いや言い方を変えよう。
私は此処に永住する事になったのだ。そう、晴れてめでたく、念願の嫁を手にした──のだけれど……。
「萃香さん……お疲れ様……あの、良かったらタオル、使って……?」
仕事を切り上げた矢先に待ち受けていたのはこいし。手に持っていた真っ白なタオルを、私に献上するように両手で差し出してくれた。
「私に? 気が利くねぇ、こいしは。」
私はそう言ってタオルを有り難く受け取り、お礼にこいしの頭を帽子の上から撫でてやる。
「へへへっ……///」
するとこいしはとても嬉しそうに、はにかんだ笑みを零して見せた。
『萃香さん!?』
そんな和やかな雰囲気を壊すように鳴り響く轟音。
思わず耳を塞ぎながら上を見ると、そこにはスピーカーとかいう声を大きくする機械があった。
声の正体はさとりだ。仕事部屋から声だけを送ってきているみたい。
『何が“こいしは可愛いなぁ”ですか!? 私という者が有りながら!』
取り付けたのも、もちろんさとりで、能力で私の声を聞いては、こうしてやきもちを焼いているのだ。
『だ、誰がやきもちなんて……! 大体こいしがいけないんです! 私に黙って抜け駆けなんてしようとするから──』
「お姉ちゃん……そう言うのをやきもちを焼くって言うんだよ。もう、文句ばっか言ってないで、早く仕事終わらせてお姉ちゃんもこっちに来たら良いんだよ。姉妹なんだから仲良くやろうよ。ねぇ~?」
「ねぇ~。」
すかさず突っ込みを入れるこいし。因みにあの機械はさとりの声を一方的に送り込んでくるだけなので、実際にはこいしの声はさとりには届いていない。まぁ私を通じて伝わってはいるだろうけど。
それにしても──
『……“両手に花も悪くないな”ですって……? 萃香さんのばかぁ!』
「こりゃ困ったね……。」
私は嘘はつかないけど、隠し事ぐらいはする……さとりにはそれすら通用しないんだよね。
『隠し事ってなんですか!? まさか……浮気ですか!? そうなんですね!? 私よりもこいしの方が良いって……そう言うんですね!?』
付き合い始めて分かったけど、さとりって結構独占欲が強いみたい。ま、そこが可愛いんだけど。
『か、かかかかかわ……!?』
「分かった分かった! 何も心配要らない! さとりもこいしも私が幸せにしてやるさ!!」
「やったぁー!」
『ど、どうしてそうなるんですか!?』
そう。これが、鬼と覚り妖怪の恋物語──
『私は納得出来ません!!!』
……だけどさとりの説得にはしばらく時間が掛かりそうだ。
タイトルに偽り無し、萃香お兄さんになら二人を任せられるぜ!
しかもなんというトライアングル……ッ!
これは後々の俺×こいしフラグがたったとみて間違いn(ry
これから一日一杯の酒でさとりんに調教されてしまうのが目に浮かぶww
前半タイトルでさとりではなく「覚り」になってたのは確かに気にはなってました。
が、まさかこいしちゃんまで嫁になるとは夢にも思わなかった!!
こいしちゃんもお姉ちゃん好きなんだから取り合いなんかしないで三人で仲良くちゅっちゅすればいいと思うよ!
シリーズ完結お疲れ様でした。いつ投稿されるのか楽しみで毎日気が気じゃなかったですが、これで明日から落ち着いて仕事ができます。
次回シリーズは巫女夫婦と神様夫婦の交尾の様子など詳しく書いていただけると主に私が喜びますwww
新しい地霊殿一家の話も読んでみたくなりますね。
おつかれさまです!面白かった